導入 その3

文字数 4,816文字

「ここまでは前座だ」

 しかし当の閻治は、法積と慶刻の負けを全く気にしていない。

「我輩の不満は一つだけだ! 可憐、貴様さては手加減しているな?」

 ここまでの攻防を見てわかったことが一つだけある。それは、可憐は霊障を何一つ使っていないということ。

「何も隠す気はないわ。私、霊障を使えるタイプの霊能力者じゃないのよ」

 と、可憐は告白した。

「嘘を言え! 法積はともかく、慶刻を倒せた貴様が霊障を操れないわけがないであろう?」
「でも強さは本物よ?」
「馬鹿な」

 あり得ない話ではない。霊障を使えない霊能力者は少なくない。そういう人は大抵可憐のように何かしらに特化した札を使うか、式神を使役する。でもそれでは、霊障を操れる霊能力者には敵わないというのが閻治の見解だ。彼が、【神代】が認知している霊障を全て使える点がこれを助長してしまっている。
 だが可憐の言うことも真実。藁人形や霊魂用の札を与えられれば使えないことはないのだが、彼女はそういうものを所持してないので使用できないのと同じ意味。

「そうか。それなのにそこまでの実力を持つか、貴様」

 閻治の中の闘志がメラメラと燃えてきた。今まで遭遇した霊能力者とは一口も二口も違った人物、可憐。是非ともこの手で倒したいという願望に駆られる。

「私もね、【神代】の跡継ぎには興味があるわ。守るべき存在か否か、判断したいと思ってたのよ」

 と、可憐は言った。続けて、

「あの戦争、多くの人が【神代】のために戦った。私もその内の一人で、親友があの戦争のせいで死んだ……」

 とも。別に親友の死が【神代】側の責任とは彼女も思っていない。可憐が考えているのはただ一つで、【神代】は自分たちが命を懸けて守るべきかどうか……つまりは親友の死は無駄ではないかどうか、である。

【神代】が弱いのなら、可憐は自分が頑張って守らなければいけないと考える。逆に閻治が強いのなら、そういう感情を捨てて【神代】を見守ることができる。
 霊怪戦争を経験した彼女は考え方も変わり、真面目になった。そして真剣さに磨きがかかったのだ。

「霊怪戦争に従軍していたか、貴様は! 通りで強いわけだ」

 対する閻治は父の意向もあって、参戦できなかった。それを考えると、閻治にも闘志が湧いてくる。

(前に三色神社で叢雲と戦った時は、決着がつけられなかった! だがこの女を倒せば、我輩の実力を証明できる! そういう意味では、申し分ない相手だ!)

 だが彼は思い出せなかった。以前手合わせをした原崎叢雲が語っていた、血塗られた運命の相手。そして知らなかった。その相手が、今目の前にいる可憐であるということを。

「準備運動はいらん! すぐに負かせてみせよう!」
「面白くなりそうね」

 洋大が勝負開始の合図をすると、二人の猛者はフィールドを駆け巡る。

「落ちろ!」

 まず仕掛けたのは、閻治の方だ。乱舞で攻める。強化された身体能力は驚異的な戦闘力を発揮し、繰り出された拳がビュンと風を切った。しかしその一撃は、可憐の札に止められる。

「まずはその、邪魔な札を排除してやる! 覚悟するんだな!」

 最初から全力を出すべきと判断した閻治には躊躇がない。鬼火と乱舞の霊障合体・炎獄拳(えんごくけん)を使う。燃え上がる炎が彼の拳に宿るが、不思議と熱さは感じず火傷もしない。

「くっらあああああ!」

 雄叫びと共に放たれる炎獄拳だったが、

「見た目はすごそうね。でもそれ以外は全部ダメ」

 可憐の札を燃やし切るまでには至らなかった。逆に炎を札でかき消されてしまう。

「炎獄拳が通じんとは! 貴様、やりおる!」

 称賛すると同時に次の手に移行だ。まずは後ろに下がって両手を広げた。

「何を出す気?」
「見ておれ、可憐!」

 水だ。鉄砲水を手のひらから繰り出しているのだ。しかもただの水ではない。所々に氷が混じっている。これが霊障合体・流氷波(りゅうひょうは)。雪と鉄砲水の合わせ技である。

「札なんぞ、濡らしてしまえば怖くもない! さあくらうがいい!」

 しかもこの流氷波は、任意のタイミングで水を一瞬で氷に変えることが可能。つまりは当たったが最後、氷で固められて動きが封じられる。それを知らない可憐だが、

「当たれば、の話でしょう?」

 右に左に避ける。

「怖いのか、可憐?」

 閻治は挑発を入れた。確かに彼女の言う通り、相手に当てないと意味がない。だから、

「かすりもしたくないほどか? なるほど貴様は恐怖しているというわけだな?」

 さらに感情を逆撫でする。これに反応した可憐は、

「当ててみなさいよ? どうせ当てられないんでしょう?」

 逆に煽り返した。

「方法なんぞ、いくらでもある!」

 今度は閻治がその挑発に応える。片手の放水をやめ、地面に着ける。

「ならば……。霊障合体・樹海脈(じゅかいみゃく)!」

 すると、聞くに堪えない雑音が発生した。

「これは……?」

 一瞬、可憐の動きが止まる。手で耳を覆い、何が起きているのかを調べた。
 木だ。周囲の木々が揺れている。それがこの大きなノイズを生み出しているのだ。

「木綿と応声虫の合体、ってところねこれは……」

 マンドラゴラのような悲鳴が鼓膜を揺さぶると、頭痛がする。それから逃れるには耳を塞ぐしかないのだが、そうなると攻撃ができない。

「さあ、凍りつけ!」

 そんな彼女に流氷波が迫る。樹海脈のせいで頭が正常に働かず、足並みが少し崩れているので、水流が追いつけそうだ。
 可憐が打った起死回生の一手。それは、

「はあああああああああああああ!」

 自分で大きな声を出すことだった。

「何だ?」

 これが何を意味しているのか。閻治にはわからない。ただ、可憐は叫んだと同時に流氷波をかわすほどの機動力を回復できたことは確かである。そして閻治とすれ違う時、札を振った。流氷波の根元が一方的に遮断された。

「…………自分から大声を出して樹海脈を誤魔化すとは、普通なら思いつかん手だ」

 閻治は、何故可憐が樹海脈の影響から脱出できたのかを独自に分析。そしてそれは当たっている。

「炎獄拳、流氷波、樹海脈……。この三つを突破するとは貴様! 素晴らしい実力だ! 倒しがいのある相手だ! こうでなければ、戦いは盛り上がらん!」
「盛り上げる? 違うわね、全然。戦いっていうのは、勝つか負けるか。それだけのシンプルかつシビアなもの。試験と同じよ、正解か誤答か、だけ。第三の選択肢は、いらないわ」

 閻治は可憐に向かって喋ったが、彼女の語りは別の誰かに向けられている感じがあった。

「ずるずる長引いても興ざめだ、一気に決めさせてもらおう……!」

 ここで閻治、勝負を決めることを決断。一瞬体を、服が崩れるぐらい揺さぶった。

「…!」

 その予備動作で可憐は、彼が何を企てているのかを看破。

(電霊放……!)

 発射のための静電気を貯め込んでいるのだ。問題はそれが手から放たれるのか、それとも何か他の霊障と合体するのか。
 閻治の手には、金属が握られていた。機傀で作ったパチンコ玉だ。それに電霊放を帯びさせ、そこら中の上に向かって豆撒きのように投げる。

「ここまで戦った敬意を表し、黒焦げにしてやろう! 霊障合体・電雷爆撃(でんらいばくげき)!」

 放たれたパチンコ玉が地面に向かって電霊放を放つ、電気の爆撃だ。バチバチと火花を散らしながら稲妻がそこら中に降り注ぐ。

「やっぱり電霊放ね。でも私、あなた以上に電霊放を使える人を知ってるわ。あの男と比べたらあなたの電霊放、猿芝居よ?」
「何だと?」

 それを証明するかのように可憐は札を振り、自分に向かって落ちてくる電霊放を切り裂いた。

「札が、電気を退けた……? まさか!」

 それだけではない。可憐はこの雨のように降る雷の中、前進する。もちろん自分に当たりそうな電撃は札で切り裂いて、だ。

(かなりマズい! 電雷爆撃が通じない、だと?)

 実は閻治には、切り札にしていた霊障合体が二つある。電雷爆撃はその片方だ。修行の一環で霊能力者と手合わせする機会が沢山あって、本当の実力者は彼のことを結構追い詰めることができる。そんなピンチを幾度も切り抜け勝利を与えてくれた、電雷爆撃がここにきて通用しない。
 だが、もう一つ切り札はある。それはあまりにも悪質ゆえに、彼自身が封印している禁じ手だ。

(使うしかない! 疫病跋扈(えきびょうばっこ)を!)

 これはまず、絶対にバレない。電雷爆撃のように予備動作がないからだ。指の一本すら、折り曲げる必要がない。そして見えないから避けようもない。

(旋風と毒厄の霊障合体!)

 簡単に説明するなら、接触しないと効果がない毒厄を旋風に乗せて放つのである。空気は透明で見えず、相手からすれば僅かな風が吹いただけで毒に侵されることになる。まるで重病に、空気感染するかのように。今の閻治と可憐の距離なら、間違いなく当たる。

「何かあるわね?」
「……」

 しかし可憐、勘がいい。何と電雷爆撃をかいくぐっても何もしてこないのは変だと感じ、札を振った。それで風を切り裂いたのだ。疫病跋扈を操作している閻治には、感触でわかった。

(届いてない!)

 ことが。疫病跋扈が振り払われ、通じていないのだ。

(だ、だが! 斬撃の札だけならまだ直撃しても何とかなる! 我輩の慰療で治せばすぐに反撃できるし、負け判定も洋大には出させん!)

 あの札は可憐が火力を押さえているために、皮膚は切り裂かない。だから血も噴き出したりしない。腕で交差し防ぐのだ。

「いっけえええ!」

 可憐の札が迫る。

(大丈夫だ……。切り裂かれる痛みぐらい、平気で受け止められ…………)

 この時、閻治は見た。可憐の札の形状が、先ほどとは異なっていることに気が付いた。
 札を二枚、指で挟んで持っている。その二枚の先端にもう一枚が挟まれている。それが丸ノコのように回転しているのだ。

「これは…!」

 会心の一撃を与えるための秘策だ。
 可憐の札は閻治の腕をかいくぐり、胴体当たった。回転する札が炸裂し、

「う、がががががががががががが!」

 何度も何度も切りつけられる痛みを加えられる。腕や足が思うように動かず、霊障も使えないほどの衝撃だ。
 十秒したら、可憐は自分の腕を引っ込めた。すると閻治は背中から倒れ、

「我輩が、ぁぁあアアアアアあぁあああっっ!」

 断末魔を上げた。そんな彼の胸を踏みつけ可憐は、

「【神代】の跡継ぎがこんなに弱いんじゃ、私もまだまだ修行しないといけないわね。ヤレヤレ……」

 と言い、そのままこの焼物神社から去っておへんろの逆打ちに戻ってしまった。


 言ってしまえば閻治たち三人は、可憐という巡礼者たった一人にボロ負けしたのだ。彼の心に刻まれた敗北の二文字が屈辱的過ぎて、閻治は怒っている。怒り以外の感情を抱けず、焼き物を壊す以外で発散することもできない。
 しかも、可憐の弱点を見抜くことができなかった。だからこのまま霊能力者大会に参加してまた遭遇しても、次も勝つことができない。それも腹立たしい。

 閻治はこの負け、父に言うべきかどうか迷った。しかしいつまでも黙り通すわけにもいかず、電話かをかけ涙声で報告。

「気にするな。弱い者が雑草のように大勢いるように、自分よりも強い者など、この世には腐るほどいるのだから」

 慰めてくれたのだが、【神代】の面子が丸つぶれになったのは事実。閻治は何度も何度も、頭を下げて謝る。涙が何滴も地面に落ちた。
 富嶽は、特別枠を没収した。一見すると非情な態度だが、これ以上負けが込んで息子が傷つき自信を無くすことがないようにするためだ。結果閻治は霊能力者大会に参加できなくなった。
 そして今に至る。片っ端から割ったために、床はかなり散らかっている。

「覚えておれ、可憐! 我輩の怒りは消えんぞ! この屈辱、いつか絶対に晴らしてやる、貴様の敗北でだ!」

 洋大と慶刻と法積の三人は、空に向かって叫ぶ閻治のことを見ていた。負けこそしたものの、彼の持つ偉大な向上心は失われていない。それがわかっただけでも安心でき、後片付けに勤しめる。
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