第7話 謀反の狂想曲 その2
文字数 3,570文字
皇の四つ子には、息があった。修練は彼女たちのことを殺そうとせず、かと言ってこれ以上反撃できない程度に加減し、見事戦闘不能に至るまで消耗させたのだ。
「何をする気じゃ、修練……?」
周囲を見渡す。【神代】の霊能力者たちは、負けている。数で劣っているのに加え、相手を生かしたまま捕まえるというのは、即席の部隊では不可能なミッションだ。
(でも、誰も殺してはいないな? 蛭児や網切たちに命じておいて正解だった)
修練には、他の誰かに対し殺意はない。
だが、ここでやっておかなければいけないこともある。それは【神代】の予備校、その本店の破壊だ。【神代】という組織がいかに脆いものなのかを、知らしめておく必要がある。
(それを済ませば、蛭児や皐、『月見の会』の蘇った死者たちも満足だろう。私は私の目標に近づき、達成するだけのことだ)
何で何を攻撃するのかは決まっている。真っ先に破壊するのは、ニホンザリガニのネオンサインだ。
「さ、させぬ……」
緋寒は腕の力だけで這って、修練を止めようとした。しかしその修練は旋風に乗って大きくジャンプし電信柱の上に登ると、
「東京は日本最大の巨大都市だ。供給される電力も、日本一ということ」
電霊放の準備を始めた。使う電源は、首都を回す膨大な電気。凄まじい破壊力になるだろう。
「あっ!」
修練が電気を自分に集結させ始めると、周囲の明かりが弱くなった。場所によっては完全に停電しているところもある。
その修練の視線の前に、一匹の蛾が舞った。ヨナグニサンだ。こんな季節、しかも東京では絶対に見れないその姿から彼は、
(誰か来たか?)
来訪を察知する。下を見ると、何やら言い争っているらしい。峻や紅と向き合っているのは、
(洋次たちか。今更もう用はないんだが……)
正直、対処に困っていた人材だ。精神病棟の脱出を手伝ってくれたのは嬉しいことなのだが、同時に彼らの仲間の内一人が【神代】側に密告したらしいのだ。だから信用できない。
口喧嘩のキッカケは単純だった。秀一郎が緑に、
「今後の計画を教えて欲しい」
と頼んだ。しかし緑は、また裏切られるかもしれないと感じ、拒否したのだ。そこから罵声の浴びせ合いに発展してしまったのである。
「どういうつもりなんだ! 仲間だろうが、オレたちは!」
「とか言いつつ、保険をかけたいんじゃないの? 現に寛輔はあの夜にいなかったんだし」
「だからそれはもう謝ったじゃないの!」
「うるさいヤツだな、いつまでも!」
ここは修練がまとめなければいけないだろう。さらに周りを見渡す。
(おや?)
視線の先に、三人の人がいる。一人は見たことがある。ダウジングロッドを持っている紫電。だが隣の二人は知らない顔だ。彼の目線を感じ取った蒼が、
「ああっ! アイツ、素知らぬ顔で戻ってきやがったわ!」
指を差して反応した。
「寛輔……」
洋次は一瞬だけ、安堵の表情を浮かべた。
「おい、修練! 思い返せばお前には一発、くらった記憶があるぜ! 今度は俺の番だ!」
ダウジングロッドを向け、狙いを定める紫電だったが、
「静かにしていろ」
「どわっ!」
鉄砲水を上からシャワーのように浴びせた。体が濡れてしまっては、電霊放は撃てない。そしてその鉄砲水は峻たち修練の本来の部下にはかからず、洋次たちには当たった。
「どういうつもりだ、修練?」
「もう、いい」
「…?」
ここで切り捨てるのだ。片方の手を彼らに向け、そこから電霊放を撃ち込む。
(すまないな……)
罪悪感を覚え心の中で謝った。次の瞬間、修練の手のひらから黒い稲妻……電霊放が飛んだ。
(ヤバい!)
結構な威力であることは、見ればわかる。紫電と雪女が駆ける。このままでは洋次たちどころか自分たちも危うい。
「急げ、早く逃げろ!」
対抗して電霊放で電磁波のバリアを張る紫電。雪女も、
「何とか、足しになって……」
物理的な壁として、雪の結晶で電磁波を遮ろうとする。だがやはり修練の電霊放の方が威力があり、押されつつある。
「何してるんだ、早く!」
遅れて現実を理解した洋次は、
(わたしたちはもう、用済みってことか……)
精神に堪えるものがあった。でも体は動いてくれた。この場から離れるのだ。
「きさまも」
助太刀に入ってくれた紫電と雪女のことも強引に引っ張る。
「うわ」
電磁波のバリアと雪の結晶が限界を迎え、破壊された。あと一瞬でも遅れていたら、電霊放が直撃していた。
「まさか、お前に助けられるとは思わなかったぜ……。だが、サンキュー!」
「まだ安心はできないが、その言葉は受理しておく……」
とにかく離れる。洋次、秀一郎、結そして寛輔に加え、紫電と雪女の姿もちゃんとある。
(行ったか……)
紫電や洋次たちがいなくなった。これで何も心配せず、電霊放を撃てる。
「チャージ完了だ、くらえ……!」
両手を合わせ、開く。手の付け根から指先まで使って、超大口径の電霊放を、修練はネオンサインに撃ち込んだ。
彼が放つ電霊放は闇影の黒色だが、それでも辺りが昼間のように明るくなる。直後に轟音に爆音、そして鈍い音が生じる。
「ああ、そんなことが……!」
ネオンサインは跡形もない。それどころか、建物自体崩壊しが瓦礫に変わっているのだ。
「ま、負けた……。【神代】が、負けた……」
シンボルマークの破壊は、その場にいる霊能力者たちの戦意を一瞬でそぎ落とすには十分過ぎた。皇の四つ子ですら、先ほどまでは立ち上がろうとしていたのに、今はもう項垂れ涙を流し泣いているのだから。
「ヤツらの心の拠り所は、今や煙たい廃墟と化した」
電信柱から飛び降りた修練は仲間を集めると、
「網切が震霊を使えるな? これからの移動は網切に任せろ、蛭児」
「わかりましたよ。しかしいや~、スッキリしましたねさっきのは!」
「何だかアタシも心が躍り出しそうだわ!」
やはり、【神代】の本店への攻撃には効果があった。蛭児と皐はかなり満足満悦の模様。それで【神代】への怒りが和らげばいいのだが、
「では、私は網切たちを引き連れて富山にある『月見の会』の慰霊碑を壊しに行きますよ。そこでさらに死者の霊魂を集め、軍隊の数を増やさなければ!」
「そうか、わかった」
蛭児の中では、まだ復讐心は消えていない。皐も、
「アタシも早く紫電の野郎を殺したいわ」
殺意を未だ持っている。時間をかければどうにかなるか。前向きに考えた結果修練は、
「前にも言ったが、私は青森に用がある。皐、君も一緒に来い。蛭児とは後で合流しよう」
蛭児は再び地面に潜った。今夜は別の場所に移動して休み、明日以降に行動するのだ。修練と皐、そして峻たちもこの場を去り、一旦県境の廃病院に戻る。
救急車や消防車、そしてパトカー、さらにはマスコミの中継車まで来ている。もちろん【神代】の関係者はもっと多い。
「これ、飲めよ」
紫電は人数分のジュースを自販機で購入し、ベンチに座る洋次たちに手渡した。
「裏切られたのか、わたしたちは……」
さっきは緊急事態でよく理解できていなかった。改めて考えると、悔しい思いで溢れる。計画を持ち掛けられた時点で警戒するべきだったのかもしれない。だが頷いた自分が一番悪い。
「気にしなくていいよ、無事で何よりだから」
フォローを入れる雪女。感情が絡まれば誰しも間違った道を進んでしまう。だがこれからいくらでも修正できる。
「どうなるんだ、オレたち?」
「精神病棟行き、あり得るわね……。一生幽閉かもしれないわ」
ただ、やってしまったことを認識し、そして逃げることはもうできない。それを意識するとどうしても心に絶望感が漂うのだ。
「まずは、話を聞かせてくれ。寛輔からも聞いたが、その先を、だ! あれだけの霊能力者ネットワークに登録がない人数、どうやった?」
「蛭児ってヤツが、『帰』…、禁霊術だっけ? それを使ったんだよ。『月見の会』の跡地で。蘇った死者なんだ、あれは」
「おい、マジか? 禁霊術を使った、だと……?」
秀一郎の言葉に絶句する紫電。信じたくないが、その話が正しいなら納得がいく。
「他には何か話してた?」
「うんと……」
一生懸命思い出す結。
「確か『月見の会』の跡地って、二つあるんだっけ?」
「そうだね。きみたちが行ったのは時間と距離的に千葉の方。もう一つは富山にあるよ」
「そこに行って、慰霊碑を壊して新たな死者を蘇らせるって言ってたわ、蛭児が」
「それは絶対に止めないとだ。他には、どう?」
「皐が紫電のことを殺したがってるわ」
「え、どういうこと?」
復讐を企んでいることを聞いた。理由までは話していなかったのでわからなかったが、
「重要な情報だ! ありがとうな!」
紫電はすぐに【神代】に報せる。
「大勢の霊能力者は、禁霊術で蘇った死者だ! そして修練、皐、蛭児の三人は、復讐のために動いている!」
「何をする気じゃ、修練……?」
周囲を見渡す。【神代】の霊能力者たちは、負けている。数で劣っているのに加え、相手を生かしたまま捕まえるというのは、即席の部隊では不可能なミッションだ。
(でも、誰も殺してはいないな? 蛭児や網切たちに命じておいて正解だった)
修練には、他の誰かに対し殺意はない。
だが、ここでやっておかなければいけないこともある。それは【神代】の予備校、その本店の破壊だ。【神代】という組織がいかに脆いものなのかを、知らしめておく必要がある。
(それを済ませば、蛭児や皐、『月見の会』の蘇った死者たちも満足だろう。私は私の目標に近づき、達成するだけのことだ)
何で何を攻撃するのかは決まっている。真っ先に破壊するのは、ニホンザリガニのネオンサインだ。
「さ、させぬ……」
緋寒は腕の力だけで這って、修練を止めようとした。しかしその修練は旋風に乗って大きくジャンプし電信柱の上に登ると、
「東京は日本最大の巨大都市だ。供給される電力も、日本一ということ」
電霊放の準備を始めた。使う電源は、首都を回す膨大な電気。凄まじい破壊力になるだろう。
「あっ!」
修練が電気を自分に集結させ始めると、周囲の明かりが弱くなった。場所によっては完全に停電しているところもある。
その修練の視線の前に、一匹の蛾が舞った。ヨナグニサンだ。こんな季節、しかも東京では絶対に見れないその姿から彼は、
(誰か来たか?)
来訪を察知する。下を見ると、何やら言い争っているらしい。峻や紅と向き合っているのは、
(洋次たちか。今更もう用はないんだが……)
正直、対処に困っていた人材だ。精神病棟の脱出を手伝ってくれたのは嬉しいことなのだが、同時に彼らの仲間の内一人が【神代】側に密告したらしいのだ。だから信用できない。
口喧嘩のキッカケは単純だった。秀一郎が緑に、
「今後の計画を教えて欲しい」
と頼んだ。しかし緑は、また裏切られるかもしれないと感じ、拒否したのだ。そこから罵声の浴びせ合いに発展してしまったのである。
「どういうつもりなんだ! 仲間だろうが、オレたちは!」
「とか言いつつ、保険をかけたいんじゃないの? 現に寛輔はあの夜にいなかったんだし」
「だからそれはもう謝ったじゃないの!」
「うるさいヤツだな、いつまでも!」
ここは修練がまとめなければいけないだろう。さらに周りを見渡す。
(おや?)
視線の先に、三人の人がいる。一人は見たことがある。ダウジングロッドを持っている紫電。だが隣の二人は知らない顔だ。彼の目線を感じ取った蒼が、
「ああっ! アイツ、素知らぬ顔で戻ってきやがったわ!」
指を差して反応した。
「寛輔……」
洋次は一瞬だけ、安堵の表情を浮かべた。
「おい、修練! 思い返せばお前には一発、くらった記憶があるぜ! 今度は俺の番だ!」
ダウジングロッドを向け、狙いを定める紫電だったが、
「静かにしていろ」
「どわっ!」
鉄砲水を上からシャワーのように浴びせた。体が濡れてしまっては、電霊放は撃てない。そしてその鉄砲水は峻たち修練の本来の部下にはかからず、洋次たちには当たった。
「どういうつもりだ、修練?」
「もう、いい」
「…?」
ここで切り捨てるのだ。片方の手を彼らに向け、そこから電霊放を撃ち込む。
(すまないな……)
罪悪感を覚え心の中で謝った。次の瞬間、修練の手のひらから黒い稲妻……電霊放が飛んだ。
(ヤバい!)
結構な威力であることは、見ればわかる。紫電と雪女が駆ける。このままでは洋次たちどころか自分たちも危うい。
「急げ、早く逃げろ!」
対抗して電霊放で電磁波のバリアを張る紫電。雪女も、
「何とか、足しになって……」
物理的な壁として、雪の結晶で電磁波を遮ろうとする。だがやはり修練の電霊放の方が威力があり、押されつつある。
「何してるんだ、早く!」
遅れて現実を理解した洋次は、
(わたしたちはもう、用済みってことか……)
精神に堪えるものがあった。でも体は動いてくれた。この場から離れるのだ。
「きさまも」
助太刀に入ってくれた紫電と雪女のことも強引に引っ張る。
「うわ」
電磁波のバリアと雪の結晶が限界を迎え、破壊された。あと一瞬でも遅れていたら、電霊放が直撃していた。
「まさか、お前に助けられるとは思わなかったぜ……。だが、サンキュー!」
「まだ安心はできないが、その言葉は受理しておく……」
とにかく離れる。洋次、秀一郎、結そして寛輔に加え、紫電と雪女の姿もちゃんとある。
(行ったか……)
紫電や洋次たちがいなくなった。これで何も心配せず、電霊放を撃てる。
「チャージ完了だ、くらえ……!」
両手を合わせ、開く。手の付け根から指先まで使って、超大口径の電霊放を、修練はネオンサインに撃ち込んだ。
彼が放つ電霊放は闇影の黒色だが、それでも辺りが昼間のように明るくなる。直後に轟音に爆音、そして鈍い音が生じる。
「ああ、そんなことが……!」
ネオンサインは跡形もない。それどころか、建物自体崩壊しが瓦礫に変わっているのだ。
「ま、負けた……。【神代】が、負けた……」
シンボルマークの破壊は、その場にいる霊能力者たちの戦意を一瞬でそぎ落とすには十分過ぎた。皇の四つ子ですら、先ほどまでは立ち上がろうとしていたのに、今はもう項垂れ涙を流し泣いているのだから。
「ヤツらの心の拠り所は、今や煙たい廃墟と化した」
電信柱から飛び降りた修練は仲間を集めると、
「網切が震霊を使えるな? これからの移動は網切に任せろ、蛭児」
「わかりましたよ。しかしいや~、スッキリしましたねさっきのは!」
「何だかアタシも心が躍り出しそうだわ!」
やはり、【神代】の本店への攻撃には効果があった。蛭児と皐はかなり満足満悦の模様。それで【神代】への怒りが和らげばいいのだが、
「では、私は網切たちを引き連れて富山にある『月見の会』の慰霊碑を壊しに行きますよ。そこでさらに死者の霊魂を集め、軍隊の数を増やさなければ!」
「そうか、わかった」
蛭児の中では、まだ復讐心は消えていない。皐も、
「アタシも早く紫電の野郎を殺したいわ」
殺意を未だ持っている。時間をかければどうにかなるか。前向きに考えた結果修練は、
「前にも言ったが、私は青森に用がある。皐、君も一緒に来い。蛭児とは後で合流しよう」
蛭児は再び地面に潜った。今夜は別の場所に移動して休み、明日以降に行動するのだ。修練と皐、そして峻たちもこの場を去り、一旦県境の廃病院に戻る。
救急車や消防車、そしてパトカー、さらにはマスコミの中継車まで来ている。もちろん【神代】の関係者はもっと多い。
「これ、飲めよ」
紫電は人数分のジュースを自販機で購入し、ベンチに座る洋次たちに手渡した。
「裏切られたのか、わたしたちは……」
さっきは緊急事態でよく理解できていなかった。改めて考えると、悔しい思いで溢れる。計画を持ち掛けられた時点で警戒するべきだったのかもしれない。だが頷いた自分が一番悪い。
「気にしなくていいよ、無事で何よりだから」
フォローを入れる雪女。感情が絡まれば誰しも間違った道を進んでしまう。だがこれからいくらでも修正できる。
「どうなるんだ、オレたち?」
「精神病棟行き、あり得るわね……。一生幽閉かもしれないわ」
ただ、やってしまったことを認識し、そして逃げることはもうできない。それを意識するとどうしても心に絶望感が漂うのだ。
「まずは、話を聞かせてくれ。寛輔からも聞いたが、その先を、だ! あれだけの霊能力者ネットワークに登録がない人数、どうやった?」
「蛭児ってヤツが、『帰』…、禁霊術だっけ? それを使ったんだよ。『月見の会』の跡地で。蘇った死者なんだ、あれは」
「おい、マジか? 禁霊術を使った、だと……?」
秀一郎の言葉に絶句する紫電。信じたくないが、その話が正しいなら納得がいく。
「他には何か話してた?」
「うんと……」
一生懸命思い出す結。
「確か『月見の会』の跡地って、二つあるんだっけ?」
「そうだね。きみたちが行ったのは時間と距離的に千葉の方。もう一つは富山にあるよ」
「そこに行って、慰霊碑を壊して新たな死者を蘇らせるって言ってたわ、蛭児が」
「それは絶対に止めないとだ。他には、どう?」
「皐が紫電のことを殺したがってるわ」
「え、どういうこと?」
復讐を企んでいることを聞いた。理由までは話していなかったのでわからなかったが、
「重要な情報だ! ありがとうな!」
紫電はすぐに【神代】に報せる。
「大勢の霊能力者は、禁霊術で蘇った死者だ! そして修練、皐、蛭児の三人は、復讐のために動いている!」