第5話 万雷の一閃 その3
文字数 3,114文字
戦いが終わった後、紫電はすぐに川岸に向かって陸地に上がった。ちょうど雪女とサイコも騒ぎを聞きつけていて、
「ごめん、紫電……。私、きみのピンチに気づけなかった」
「気にすんな。もう解決したんだしよ」
「ホントにごめん! 八ツ橋が美味しくて」
「それは謝ってる言葉じゃねえぞコラ!」
人の目線を痛いほど感じる。ここで役に立つのが、サイコの霊障だ。
「確か、ミラージュビューイングって言ったよな? サイコ、今使ってくれ。ここから離れたい」
「オッケー」
サイコは蜃気楼を駆使し、自分たちの体に偽の風景を投影した。そのままそこから離れる三人。
「そう言えばこれ、お土産店のゴミ箱に捨てられてたんだよ」
「これか? 提灯のようだが?」
雪女は提灯の残骸を紫電に差し出した。
「でもこれから、何かただならぬ気配を感じる」
「ああ、俺もだ」
「でも、あまり力強い感覚じゃないよ? 何か、弱っちい感じ?」
三人とも、その提灯を触って確かめる。確かに雪女の言う通り、この世ならざる感覚がある。だが同時にサイコの意見も正しく、それは弱々しい。
「あの幽霊が、これに封じられていた。それなら今の変な状況も説明できそうだよ。どう?」
「そうかもな……」
幽霊……迷霊が除霊されたからか、それとも解き放たれた瞬間からか、段々力が弱くなっていったのだろう。
ということは、
「誰かが放った幽霊だったってことだな?」
そういう結論にたどり着く。
「何か起きてるのか?」
気になった紫電は【神代】のデータベースにアクセスし、情報を集める。
「おや?」
真っ先に目に入って来たのは、香恵の情報だった。どうやら二条城で同じような幽霊と提灯と遭遇したようなのだ。そしてそれは、緑祁も一緒。
「緑祁と香恵も、この京都に来ているのか!」
「じゃあ、これについて何か知っているかも?」
「呼びかけてみるね」
スマートフォンを取り出し香恵に電話をかける雪女。
「あ、もしもし? 香恵? 私、雪女だけどさ……」
話を聞いた香恵は、
「一度、京都駅に来てもらえないかしら? ちゃんと情報を共有したいわ」
紫電たちと合流することを提案する。
「どうする、紫電? 何かしらの事件が起きてるっぽいけど、無視して観光続ける気じゃないよね?」
「当たり前だ」
紫電は決断した。一度、京都駅に戻ることを。
(誰かが何かしでかしているな? 緑祁がそれに巻き込まれているんなら、俺が先に犯人を探し出して、アイツを出し抜いてやるぜ!)
ライバル心に火を付ければ、すぐに行動を開始できる。
電車を降りて改札を出て、大空広場に移動する三人。そこのベンチに緑祁と香恵が座っていた。
「久しぶり、紫電! 活躍は聞いているよ」
「緑祁! また面倒なことに首を突っ込んでいるな? 悪いが俺も混ざらせてもらうぜ!」
紫電としては緑祁のことを出し抜きたい。だが緑祁としては紫電が味方になることはとても心強いのだ。
「香恵、暑くないの?」
「気にしないで。暑いって聞くだけで、ため息出そうよ……」
香恵も雪女も、久々の再会を喜ぶ。
「んで、香恵! 何が起こっているのかを教えて欲しいぜ!」
「その前に、そちらの人は誰?」
「サイコって言います! 【UON】の霊能力者だよ!」
「ああ、話には聞いているわ。でもどうして紫電と一緒にいるの?」
「アタシはね、シデンをヨーロッパに連れて行くために来てるんだよ!」
それを聞いた緑祁と香恵は驚き、
「ええ! 紫電、留学するの? 嘘? 本当?」
「嘘だ! お前と決着つけてもねえのに、日本を去る馬鹿に俺が見えるか!」
即座に否定する紫電。
(良かった! 紫電がいなくなったら面白くなくなってしまうよ!)
緑祁は一安心した。一方の香恵は、
(もったいないわね。紫電ほど優秀なら、海外でも霊能力の範囲外でも、活躍できそうなのに……。でも本人に意思がないなら、それが一番いい選択だわ)
紫電に出て行って欲しいからそう感じているのではなく、その優秀な才能を世界で開花させた方がいいと思っているようだ。
サイコのためにも緑祁と香恵は自己紹介。それから、
「今、私たちはある人物を探しているの」
「それは?」
「姉谷病射だよ」
「…? 聞いたことはねえな」
「福井に住んでいる人物だから。今は京都に来ているのだけれど、この町で幽霊に取り憑かれて、行方不明に」
「それは大変だ……! 心当たりはあるのか?」
「ない……。だから、探しても全然……」
「待って」
ここで雪女が、件の提灯を取り出し、
「それとこれは、どういう関係があるの?」
と聞く。しかし二人はその回答を持ち合わせておらず、
「ごめんなさい、何もわかっていないのよ……」
「謝ることないよ。これから調べればいいんでしょ?」
その通り。そしてサンプルが増えれば特定も速くなるだろう。
「ねえ? そのビョウイとかいう人が放ったんじゃないの?」
話を聞いていたサイコが、突拍子もないことを言い出したのだ。
「何言ってんだお前! そんなことするヤツ、いるわけがねえだろう! こんなこと、バレたら【神代】への背信行為に……。待てよ?」
紫電は思った。取り憑かれているからこそ、そういうやってはいけないこともしてしまっているのではないか、と。これは彼は、病射について知らない……その人柄を詳しく聞かされていないから考えられるのだ。
「どう思う、香恵?」
「……ないわけではなさそうだけど、低そうね」
全ての可能性を考慮すれば、あり得ない話ではない。しかし、
(でも病射は、この京都の人じゃないわ。土地勘があるとは思えない……。絵美と刹那も遭遇したらしいし、知らない場所の広範囲を迷わず動けるものなの? 私には、無理だわ……)
その不可能を可能にしているカラクリが思いつかない。
結局緑祁と香恵は、紫電たちと別れた。宿泊するホテルがまず違うし、お互いに、
「相手よりも先に真実にたどり着きたい」
という競争心があったためだ。
「あ、お疲れ様」
このホテルに、絵美と刹那もやって来る。
「緑祁は?」
「先に寝てるわ。移動で疲れているみたいだし、ゆっくり休んだ方がいいみたいね」
もう終電が過ぎているほど遅い時刻に、ホテルのエントランスのソファーに座って情報交換をする。
「魔綾、病射っぽい人はいなかったのよね?」
「私が見てた限りでは」
魔綾は式神を数体所持しているらしく、式神にも監視に参加させていたようだ。
「そう言えば、嵐山でも騒ぎがあったんだって?」
「ええ、紫電と雪女のことね。遭遇したのは多分私や絵美たちと同じ、提灯があったわ。【神代】に提出してあるから、明日には結果が出るはずよ」
四人が気になっているのは、幽霊を解き放った人物のことだ。サイコが言ったように病射本人なのか、それともまた別の人物の仕業なのか、その目的は一体何なのか。それら全てが謎である。
「明日も同じようなことをするの?」
ここで絵美がそう言った。
「うーんとね……」
考え込む魔綾。正直、今日一日を通してわかったことがある。それは、今の手法は効率が悪すぎるということだ。
(病射の姿はまだ見えないし、誰かが幽霊を京都に放っている。どこで出て来るかわからないのに、前もって場所を決めてそこに行くのは、正直悪手だ。だが、事態が起きてからでは遅い。病射に何かあっては、もっと遅い。【神代】に応援を頼もうにも、この京都の町は広すぎる――)
しかしそれ以外に方法がないのも事実。
「とりあえず、【神代】に聞いてみてその結果を待ちましょう。何か、わかるかもしれないわ」
このまま話を続けても、ただ疲労が溜まるだけだ。香恵たちは会議を打ち切ってそれぞれの部屋に戻って、体と心を休ませることにした。
「ごめん、紫電……。私、きみのピンチに気づけなかった」
「気にすんな。もう解決したんだしよ」
「ホントにごめん! 八ツ橋が美味しくて」
「それは謝ってる言葉じゃねえぞコラ!」
人の目線を痛いほど感じる。ここで役に立つのが、サイコの霊障だ。
「確か、ミラージュビューイングって言ったよな? サイコ、今使ってくれ。ここから離れたい」
「オッケー」
サイコは蜃気楼を駆使し、自分たちの体に偽の風景を投影した。そのままそこから離れる三人。
「そう言えばこれ、お土産店のゴミ箱に捨てられてたんだよ」
「これか? 提灯のようだが?」
雪女は提灯の残骸を紫電に差し出した。
「でもこれから、何かただならぬ気配を感じる」
「ああ、俺もだ」
「でも、あまり力強い感覚じゃないよ? 何か、弱っちい感じ?」
三人とも、その提灯を触って確かめる。確かに雪女の言う通り、この世ならざる感覚がある。だが同時にサイコの意見も正しく、それは弱々しい。
「あの幽霊が、これに封じられていた。それなら今の変な状況も説明できそうだよ。どう?」
「そうかもな……」
幽霊……迷霊が除霊されたからか、それとも解き放たれた瞬間からか、段々力が弱くなっていったのだろう。
ということは、
「誰かが放った幽霊だったってことだな?」
そういう結論にたどり着く。
「何か起きてるのか?」
気になった紫電は【神代】のデータベースにアクセスし、情報を集める。
「おや?」
真っ先に目に入って来たのは、香恵の情報だった。どうやら二条城で同じような幽霊と提灯と遭遇したようなのだ。そしてそれは、緑祁も一緒。
「緑祁と香恵も、この京都に来ているのか!」
「じゃあ、これについて何か知っているかも?」
「呼びかけてみるね」
スマートフォンを取り出し香恵に電話をかける雪女。
「あ、もしもし? 香恵? 私、雪女だけどさ……」
話を聞いた香恵は、
「一度、京都駅に来てもらえないかしら? ちゃんと情報を共有したいわ」
紫電たちと合流することを提案する。
「どうする、紫電? 何かしらの事件が起きてるっぽいけど、無視して観光続ける気じゃないよね?」
「当たり前だ」
紫電は決断した。一度、京都駅に戻ることを。
(誰かが何かしでかしているな? 緑祁がそれに巻き込まれているんなら、俺が先に犯人を探し出して、アイツを出し抜いてやるぜ!)
ライバル心に火を付ければ、すぐに行動を開始できる。
電車を降りて改札を出て、大空広場に移動する三人。そこのベンチに緑祁と香恵が座っていた。
「久しぶり、紫電! 活躍は聞いているよ」
「緑祁! また面倒なことに首を突っ込んでいるな? 悪いが俺も混ざらせてもらうぜ!」
紫電としては緑祁のことを出し抜きたい。だが緑祁としては紫電が味方になることはとても心強いのだ。
「香恵、暑くないの?」
「気にしないで。暑いって聞くだけで、ため息出そうよ……」
香恵も雪女も、久々の再会を喜ぶ。
「んで、香恵! 何が起こっているのかを教えて欲しいぜ!」
「その前に、そちらの人は誰?」
「サイコって言います! 【UON】の霊能力者だよ!」
「ああ、話には聞いているわ。でもどうして紫電と一緒にいるの?」
「アタシはね、シデンをヨーロッパに連れて行くために来てるんだよ!」
それを聞いた緑祁と香恵は驚き、
「ええ! 紫電、留学するの? 嘘? 本当?」
「嘘だ! お前と決着つけてもねえのに、日本を去る馬鹿に俺が見えるか!」
即座に否定する紫電。
(良かった! 紫電がいなくなったら面白くなくなってしまうよ!)
緑祁は一安心した。一方の香恵は、
(もったいないわね。紫電ほど優秀なら、海外でも霊能力の範囲外でも、活躍できそうなのに……。でも本人に意思がないなら、それが一番いい選択だわ)
紫電に出て行って欲しいからそう感じているのではなく、その優秀な才能を世界で開花させた方がいいと思っているようだ。
サイコのためにも緑祁と香恵は自己紹介。それから、
「今、私たちはある人物を探しているの」
「それは?」
「姉谷病射だよ」
「…? 聞いたことはねえな」
「福井に住んでいる人物だから。今は京都に来ているのだけれど、この町で幽霊に取り憑かれて、行方不明に」
「それは大変だ……! 心当たりはあるのか?」
「ない……。だから、探しても全然……」
「待って」
ここで雪女が、件の提灯を取り出し、
「それとこれは、どういう関係があるの?」
と聞く。しかし二人はその回答を持ち合わせておらず、
「ごめんなさい、何もわかっていないのよ……」
「謝ることないよ。これから調べればいいんでしょ?」
その通り。そしてサンプルが増えれば特定も速くなるだろう。
「ねえ? そのビョウイとかいう人が放ったんじゃないの?」
話を聞いていたサイコが、突拍子もないことを言い出したのだ。
「何言ってんだお前! そんなことするヤツ、いるわけがねえだろう! こんなこと、バレたら【神代】への背信行為に……。待てよ?」
紫電は思った。取り憑かれているからこそ、そういうやってはいけないこともしてしまっているのではないか、と。これは彼は、病射について知らない……その人柄を詳しく聞かされていないから考えられるのだ。
「どう思う、香恵?」
「……ないわけではなさそうだけど、低そうね」
全ての可能性を考慮すれば、あり得ない話ではない。しかし、
(でも病射は、この京都の人じゃないわ。土地勘があるとは思えない……。絵美と刹那も遭遇したらしいし、知らない場所の広範囲を迷わず動けるものなの? 私には、無理だわ……)
その不可能を可能にしているカラクリが思いつかない。
結局緑祁と香恵は、紫電たちと別れた。宿泊するホテルがまず違うし、お互いに、
「相手よりも先に真実にたどり着きたい」
という競争心があったためだ。
「あ、お疲れ様」
このホテルに、絵美と刹那もやって来る。
「緑祁は?」
「先に寝てるわ。移動で疲れているみたいだし、ゆっくり休んだ方がいいみたいね」
もう終電が過ぎているほど遅い時刻に、ホテルのエントランスのソファーに座って情報交換をする。
「魔綾、病射っぽい人はいなかったのよね?」
「私が見てた限りでは」
魔綾は式神を数体所持しているらしく、式神にも監視に参加させていたようだ。
「そう言えば、嵐山でも騒ぎがあったんだって?」
「ええ、紫電と雪女のことね。遭遇したのは多分私や絵美たちと同じ、提灯があったわ。【神代】に提出してあるから、明日には結果が出るはずよ」
四人が気になっているのは、幽霊を解き放った人物のことだ。サイコが言ったように病射本人なのか、それともまた別の人物の仕業なのか、その目的は一体何なのか。それら全てが謎である。
「明日も同じようなことをするの?」
ここで絵美がそう言った。
「うーんとね……」
考え込む魔綾。正直、今日一日を通してわかったことがある。それは、今の手法は効率が悪すぎるということだ。
(病射の姿はまだ見えないし、誰かが幽霊を京都に放っている。どこで出て来るかわからないのに、前もって場所を決めてそこに行くのは、正直悪手だ。だが、事態が起きてからでは遅い。病射に何かあっては、もっと遅い。【神代】に応援を頼もうにも、この京都の町は広すぎる――)
しかしそれ以外に方法がないのも事実。
「とりあえず、【神代】に聞いてみてその結果を待ちましょう。何か、わかるかもしれないわ」
このまま話を続けても、ただ疲労が溜まるだけだ。香恵たちは会議を打ち切ってそれぞれの部屋に戻って、体と心を休ませることにした。