第1話 目的地は呉 その1
文字数 3,923文字
それは修練が拘束された二日後の話である。
「行くって? 呉に?」
緑祁は唐突にそのことを香恵に伝えたので、驚かれた。
「僕は遠慮するって言ったんだけど、聞き入れてくれなくて……」
「ごめんなさい、頭から話してくれる? 起承転結、序破急をできれば完結にお願い」
「うん……」
香恵の作った夕食を食べ終え緑祁は夜の散歩に出かけた。コンビニに入って今晩飲む炭酸飲料を選んでいた時のことだ。
「失礼だが、君…。霊能力者だな?」
彼のことを呼び止めた人物がいたのだ。霧ヶ峰 琴乃 だ。彼女ももちろん霊能力者であり、同じ雰囲気を感じ取ったのである。
「そうだけど、何か僕に用事が?」
「今、暇つぶしをしていてだな、それに少し参加してくれないか?」
具体的な内容は言われなかった。だから緑祁はそれがすぐに終わる内容と誤認し、彼女について行ったのだ。
案内された場所は、雀荘だ。
「せっかく修練を捕まえるという大義名分の下ここに来たって言うのに、到着したらもう終わっていた。それではつまらない。だから私の仲間が、霊能力者と遊んでいる」
「遊びって、コレかい?」
床に転がっていた牌を拾い上げ言うと、
「そうだ。幽霊が関係しないことだからこそ、霊能力者ネットワークのランク付けを気にせず遊べる。それに何も賭けたりはしないよ。どうだ、握れるか?」
「…パソコンのゲームでやったことはある。だからルールは大体知ってるよ」
それを聞いた琴乃は嬉しそうに、
「よし! じゃああっちの席に座ってくれ」
指で示された卓には、既に男と女が一人ずつ席に着いている。
「よう! 僕は夏目 聖閃 だ。こっちの女は奥川 透子 。案内役が霧ヶ峰琴乃だ」
「初めまして、永露緑祁っていうよ」
簡単に自己紹介を済ませる。
時期的なことと統制が完全に執れていないこともあって、修練を追い詰めたのが緑祁であることはこの時、三人は知らない。ただ自分たちと同じ、青森に集められた霊能力者という認識だ。
「じゃあ早速やろうぜ! さっきまでのはタダの雑魚でな、骨がなかった。期待外れにならないよう、頑張ってくれよ?」
この三人の内、聖閃の趣味がギャンブル。残る二人はそれに合わせているだけだが、付き合いが長いので腕も結構磨かれている。そんな猛者相手に緑祁は牌を握る。
(早く帰らないと香恵が心配しちゃう……)
卓にいる四人の内、緑祁を除く三人はいつもチームを組んで活動している。そのため、事実上の三対一だ。彼らがコンビ打ちをしないことだけが唯一の救いか。イカサマも行わない。
「これがいらねえな」
聖閃はそう言い牌を切った。その時、
「あ、それだよ。ロン」
緑祁が手配を倒す。
「何ぃ? そんな馬鹿な?」
捨て牌を確認する聖閃。彼が切ったのは『東』だ。
(透子の捨て牌に二枚……。地獄待ちかよ! コイツ、できるな……!)
ここで彼は、目の前に座る緑祁がずぶの素人でないことを悟る。
(いいだろう! こうなりゃ徹底的に叩き潰してやるぜ!)
長年の経験が、聖閃に勝負から降りることを選ばせなかった。
「さあ次局だ! 今度は僕が先に上がるぜ!」
全自動麻雀卓が配牌を終わらせ、次のゲームがスタート。
(いい手牌だ!)
思わずニヤリと笑う聖閃。『白』、『撥』、『中』が二枚ずつ。役満も狙える、金塊を掘り当てた気分だ。
だが、
「リーチだよ」
緑祁の番が来ると、彼は牌を切ると同時にリー棒も置いた。
「これは……。ダブルリーチ? 嘘でしょ? あんた、そんなに整ってんの?」
透子が声を漏らした。それに対し、静かに頷く緑祁。
これの何が厄介かと言うと、緑祁に対する安全牌が全くわからないことだ。
麻雀では、相手の捨て牌で和了ることができる。だがそれは、自分が切った牌と違わなければルール違反だ。例えば『一索』を既に捨てているのに誰かがそれを切った時、たとえそれが当たり牌であっても和了ることはできない。この、自分で自分のあがり牌を切ってしまっている状態がフリテンである。このルールが存在するために対戦相手は、捨て牌から何が切っても安全かを推測し、切って行ける。
だがダブルリーチの場合、その安全牌が今切った牌しかない。緑祁のリーチ宣言牌は『三筒』。
ちなみに何故ダブルなのかと言うと、麻雀発祥の地中国ではそもそも、リーチ自体が第一巡の時にしかできなかった。でも日本では、聴牌すればリーチを宣言できる。つまり中国麻雀本来のリーチに加えて通常の意味でのリーチ、なのでダブルなのだ。
「待ちなさいよ! ちょっと……!」
しかし『三筒』が、透子の手牌にはない。だから彼女には、自分の牌が全て危険に思えるのだ。
「………」
緑祁の顔色をうかがいながら恐る恐る牌を切る透子。通った様子だ。続く聖閃は、
(金塊を手にしていたのは、コイツもか! だがな緑祁、ダブルリーチの欠点……局が進めば進むほど、安全牌が増える! 整っていたからって安直にリーチ宣言したのが命取りだぜ! 和了り牌以外は切るしかないんだからな!)
『四索』を切る聖閃。
が、
「それだよ」
緑祁は牌を倒した。
「なぁっ、に!」
緑祁の役は、七対子。同じ牌が二個ずつ、それが七つの構成だ。しかも一、九、字牌が一つもないタンヤオでもある。
(このヤロ!)
静かな怒りが聖閃の中でこみ上がってくる。
(この僕から、二度も和了るだと? ふざけやがって! ここまでされて、ギャンブラーであるこの僕の魂が、もう黙っていられない! 容赦しないぞ、緑祁……!)
もしも経験だけで勝負に勝てるなら、この日初めて実物の牌に触れた緑祁は、小学生のころから雀卓に座ったことのある聖閃には絶対に勝てないだろう。
だが、勝負は積み重ねた過去の努力だけでは語れない。運や勘も重要だ。そしてそれ以上に求められる要素……それが閃きである。
(この牌は危険だ……)
本能的にそれを感じ、緑祁は自分の手牌に不要であっても危険牌を切らなかった。
「流局か。まあいい。僕は聴牌していたぜ?」
麻雀では、誰も和了らなかったらその局は終わる。この時、聴牌していれば手牌を見せることで、点棒がもらえる。この局で聴牌していたのは聖閃だけだ。
(次の局で、目に物見せてやるぜ! 緑祁!)
意気込みは良かったものの、この後流れを掴めたのは緑祁の方だ。無言で山から引いてきた『撥』を卓の上に置いた。
「ロンだ! ロンロン! 国士無双! 役満だぜ、どうだ緑祁!」
聖閃は牌を倒した。
が、
「僕はこれ、まだ切ってないよ…?」
「あ…?」
緑祁も手牌を倒す。
「確かこれは、緑一色だよね? 緑色の牌だけを使って作る役」
彼の方が一瞬先に和了ったのだ。
「く、クソ……!」
聖閃は感じた。この流れでは、勝つことはもう不可能であることを。透子や琴乃も、
「な、納得できないわ……。まさか本州の最北端に、こんな輩がいるなんて! あり得ない! あり得ないわよ!」
「私は自分の目が理解できない…。ただの麻雀なのに、怪奇現象を目の当たりにしている気分だ…」
これ以上勝負を続ける意味を見失っている。だから緑祁は、
「もういい? 早く帰りたいんだけど…」
と、席を立った。
「ま、待て緑祁!」
だが聖閃が呼び止める。
「続けるの、聖閃?」
透子が聞いたが、そうではない。
「僕は負けを認める。悔しいが、流れはお前の味方をしている! これでは勝てない」
「なら、もう用はないよね…?」
「だがな、勝者が何も得られないっていうのは、ギャンブルの精神に反することだぜ! 僕は生まれ切ってのギャンブラーだ、その辺はキッチリさせたい!」
「でも賭け事は、日本の法律じゃご法度だよ。それは知ってるはずだ」
「ああ。でもな、このままお前が手ぶらで帰るのは、納得がいかない! だから持って行け!」
そう言って、カバンからクリアファイルを取り出した。
「これは、何?」
「本当なら修練の件が終わった後、僕らがするはずだった依頼だ。広島の呉にある、海神寺…。そこに行け! そこで特別な儀式を行うのだが、お前が行くべきだ!」
緑祁としては面倒という理由もあるが、本来なら聖閃たちがこなすはずの依頼を横取りする気はない。のだが、
「確かに渡したぞ?」
強引に押し付けられてしまった。そして気負けしたので、
「わかったよ。いつ行けばいい?」
「早ければ明日だ」
「あした…? 急すぎるよ!」
「文句は修練に言いな! とにかく、僕らの代わりに呉に、必ず行けよ?」
クリアファイルの中には数枚のプリントが入っていた。それに目を通し、それから雀荘を出て家に戻った。
「なるほどね。本来なら聖閃、透子、琴乃の三人に回って来るはずの案件を緑祁が勝ち取ったわけね」
「そんな気は、本当はなかったんだけど…」
だが、もう行くと言って頷いてしまった。
「なら早速、準備よ? 朝一番で新幹線に乗れば、七、八時間で着くわ」
そして香恵も行く気満々なのだ。
「そんなにかかるのか…。大変な旅になりそうだね」
嫌な予感を抱く。そしてこの時の緑祁はまだ知らない。この虫の知らせが的中することを。
次の朝、九時に家を出た。新青森から東京までは新幹線で一本道。そして東京で東北新幹線から東海道・山陽新幹線に乗り換えて広島に行く。五時半ごろ、広島駅に到着した。
「フォッサマグナを越えるのは、僕は初めてだよ。香恵はどう?」
「私は何度かあるわ」
既に日が落ち始めている。だが青森よりも温かい空気だ。広島市内に入った緑祁は、初めて訪れるこの都市に興味を抱き、
「少し観光していかない?」
と提案した。だが時間が押していることは彼も香恵も把握しているので、
「帰りにしてみましょう。今は急いで海神寺に向かうわよ」
とにかく目的地に急ぐことに。
「行くって? 呉に?」
緑祁は唐突にそのことを香恵に伝えたので、驚かれた。
「僕は遠慮するって言ったんだけど、聞き入れてくれなくて……」
「ごめんなさい、頭から話してくれる? 起承転結、序破急をできれば完結にお願い」
「うん……」
香恵の作った夕食を食べ終え緑祁は夜の散歩に出かけた。コンビニに入って今晩飲む炭酸飲料を選んでいた時のことだ。
「失礼だが、君…。霊能力者だな?」
彼のことを呼び止めた人物がいたのだ。
「そうだけど、何か僕に用事が?」
「今、暇つぶしをしていてだな、それに少し参加してくれないか?」
具体的な内容は言われなかった。だから緑祁はそれがすぐに終わる内容と誤認し、彼女について行ったのだ。
案内された場所は、雀荘だ。
「せっかく修練を捕まえるという大義名分の下ここに来たって言うのに、到着したらもう終わっていた。それではつまらない。だから私の仲間が、霊能力者と遊んでいる」
「遊びって、コレかい?」
床に転がっていた牌を拾い上げ言うと、
「そうだ。幽霊が関係しないことだからこそ、霊能力者ネットワークのランク付けを気にせず遊べる。それに何も賭けたりはしないよ。どうだ、握れるか?」
「…パソコンのゲームでやったことはある。だからルールは大体知ってるよ」
それを聞いた琴乃は嬉しそうに、
「よし! じゃああっちの席に座ってくれ」
指で示された卓には、既に男と女が一人ずつ席に着いている。
「よう! 僕は
「初めまして、永露緑祁っていうよ」
簡単に自己紹介を済ませる。
時期的なことと統制が完全に執れていないこともあって、修練を追い詰めたのが緑祁であることはこの時、三人は知らない。ただ自分たちと同じ、青森に集められた霊能力者という認識だ。
「じゃあ早速やろうぜ! さっきまでのはタダの雑魚でな、骨がなかった。期待外れにならないよう、頑張ってくれよ?」
この三人の内、聖閃の趣味がギャンブル。残る二人はそれに合わせているだけだが、付き合いが長いので腕も結構磨かれている。そんな猛者相手に緑祁は牌を握る。
(早く帰らないと香恵が心配しちゃう……)
卓にいる四人の内、緑祁を除く三人はいつもチームを組んで活動している。そのため、事実上の三対一だ。彼らがコンビ打ちをしないことだけが唯一の救いか。イカサマも行わない。
「これがいらねえな」
聖閃はそう言い牌を切った。その時、
「あ、それだよ。ロン」
緑祁が手配を倒す。
「何ぃ? そんな馬鹿な?」
捨て牌を確認する聖閃。彼が切ったのは『東』だ。
(透子の捨て牌に二枚……。地獄待ちかよ! コイツ、できるな……!)
ここで彼は、目の前に座る緑祁がずぶの素人でないことを悟る。
(いいだろう! こうなりゃ徹底的に叩き潰してやるぜ!)
長年の経験が、聖閃に勝負から降りることを選ばせなかった。
「さあ次局だ! 今度は僕が先に上がるぜ!」
全自動麻雀卓が配牌を終わらせ、次のゲームがスタート。
(いい手牌だ!)
思わずニヤリと笑う聖閃。『白』、『撥』、『中』が二枚ずつ。役満も狙える、金塊を掘り当てた気分だ。
だが、
「リーチだよ」
緑祁の番が来ると、彼は牌を切ると同時にリー棒も置いた。
「これは……。ダブルリーチ? 嘘でしょ? あんた、そんなに整ってんの?」
透子が声を漏らした。それに対し、静かに頷く緑祁。
これの何が厄介かと言うと、緑祁に対する安全牌が全くわからないことだ。
麻雀では、相手の捨て牌で和了ることができる。だがそれは、自分が切った牌と違わなければルール違反だ。例えば『一索』を既に捨てているのに誰かがそれを切った時、たとえそれが当たり牌であっても和了ることはできない。この、自分で自分のあがり牌を切ってしまっている状態がフリテンである。このルールが存在するために対戦相手は、捨て牌から何が切っても安全かを推測し、切って行ける。
だがダブルリーチの場合、その安全牌が今切った牌しかない。緑祁のリーチ宣言牌は『三筒』。
ちなみに何故ダブルなのかと言うと、麻雀発祥の地中国ではそもそも、リーチ自体が第一巡の時にしかできなかった。でも日本では、聴牌すればリーチを宣言できる。つまり中国麻雀本来のリーチに加えて通常の意味でのリーチ、なのでダブルなのだ。
「待ちなさいよ! ちょっと……!」
しかし『三筒』が、透子の手牌にはない。だから彼女には、自分の牌が全て危険に思えるのだ。
「………」
緑祁の顔色をうかがいながら恐る恐る牌を切る透子。通った様子だ。続く聖閃は、
(金塊を手にしていたのは、コイツもか! だがな緑祁、ダブルリーチの欠点……局が進めば進むほど、安全牌が増える! 整っていたからって安直にリーチ宣言したのが命取りだぜ! 和了り牌以外は切るしかないんだからな!)
『四索』を切る聖閃。
が、
「それだよ」
緑祁は牌を倒した。
「なぁっ、に!」
緑祁の役は、七対子。同じ牌が二個ずつ、それが七つの構成だ。しかも一、九、字牌が一つもないタンヤオでもある。
(このヤロ!)
静かな怒りが聖閃の中でこみ上がってくる。
(この僕から、二度も和了るだと? ふざけやがって! ここまでされて、ギャンブラーであるこの僕の魂が、もう黙っていられない! 容赦しないぞ、緑祁……!)
もしも経験だけで勝負に勝てるなら、この日初めて実物の牌に触れた緑祁は、小学生のころから雀卓に座ったことのある聖閃には絶対に勝てないだろう。
だが、勝負は積み重ねた過去の努力だけでは語れない。運や勘も重要だ。そしてそれ以上に求められる要素……それが閃きである。
(この牌は危険だ……)
本能的にそれを感じ、緑祁は自分の手牌に不要であっても危険牌を切らなかった。
「流局か。まあいい。僕は聴牌していたぜ?」
麻雀では、誰も和了らなかったらその局は終わる。この時、聴牌していれば手牌を見せることで、点棒がもらえる。この局で聴牌していたのは聖閃だけだ。
(次の局で、目に物見せてやるぜ! 緑祁!)
意気込みは良かったものの、この後流れを掴めたのは緑祁の方だ。無言で山から引いてきた『撥』を卓の上に置いた。
「ロンだ! ロンロン! 国士無双! 役満だぜ、どうだ緑祁!」
聖閃は牌を倒した。
が、
「僕はこれ、まだ切ってないよ…?」
「あ…?」
緑祁も手牌を倒す。
「確かこれは、緑一色だよね? 緑色の牌だけを使って作る役」
彼の方が一瞬先に和了ったのだ。
「く、クソ……!」
聖閃は感じた。この流れでは、勝つことはもう不可能であることを。透子や琴乃も、
「な、納得できないわ……。まさか本州の最北端に、こんな輩がいるなんて! あり得ない! あり得ないわよ!」
「私は自分の目が理解できない…。ただの麻雀なのに、怪奇現象を目の当たりにしている気分だ…」
これ以上勝負を続ける意味を見失っている。だから緑祁は、
「もういい? 早く帰りたいんだけど…」
と、席を立った。
「ま、待て緑祁!」
だが聖閃が呼び止める。
「続けるの、聖閃?」
透子が聞いたが、そうではない。
「僕は負けを認める。悔しいが、流れはお前の味方をしている! これでは勝てない」
「なら、もう用はないよね…?」
「だがな、勝者が何も得られないっていうのは、ギャンブルの精神に反することだぜ! 僕は生まれ切ってのギャンブラーだ、その辺はキッチリさせたい!」
「でも賭け事は、日本の法律じゃご法度だよ。それは知ってるはずだ」
「ああ。でもな、このままお前が手ぶらで帰るのは、納得がいかない! だから持って行け!」
そう言って、カバンからクリアファイルを取り出した。
「これは、何?」
「本当なら修練の件が終わった後、僕らがするはずだった依頼だ。広島の呉にある、海神寺…。そこに行け! そこで特別な儀式を行うのだが、お前が行くべきだ!」
緑祁としては面倒という理由もあるが、本来なら聖閃たちがこなすはずの依頼を横取りする気はない。のだが、
「確かに渡したぞ?」
強引に押し付けられてしまった。そして気負けしたので、
「わかったよ。いつ行けばいい?」
「早ければ明日だ」
「あした…? 急すぎるよ!」
「文句は修練に言いな! とにかく、僕らの代わりに呉に、必ず行けよ?」
クリアファイルの中には数枚のプリントが入っていた。それに目を通し、それから雀荘を出て家に戻った。
「なるほどね。本来なら聖閃、透子、琴乃の三人に回って来るはずの案件を緑祁が勝ち取ったわけね」
「そんな気は、本当はなかったんだけど…」
だが、もう行くと言って頷いてしまった。
「なら早速、準備よ? 朝一番で新幹線に乗れば、七、八時間で着くわ」
そして香恵も行く気満々なのだ。
「そんなにかかるのか…。大変な旅になりそうだね」
嫌な予感を抱く。そしてこの時の緑祁はまだ知らない。この虫の知らせが的中することを。
次の朝、九時に家を出た。新青森から東京までは新幹線で一本道。そして東京で東北新幹線から東海道・山陽新幹線に乗り換えて広島に行く。五時半ごろ、広島駅に到着した。
「フォッサマグナを越えるのは、僕は初めてだよ。香恵はどう?」
「私は何度かあるわ」
既に日が落ち始めている。だが青森よりも温かい空気だ。広島市内に入った緑祁は、初めて訪れるこの都市に興味を抱き、
「少し観光していかない?」
と提案した。だが時間が押していることは彼も香恵も把握しているので、
「帰りにしてみましょう。今は急いで海神寺に向かうわよ」
とにかく目的地に急ぐことに。