第7話 精神への一撃 その3
文字数 4,032文字
車を降りた時のことだ。
「ん? 何だ?」
目の前を何かが遮った。小さくてすばしっこいものだ。気配は幽霊ではない。それが緑祁の背中にぶつかった。
「いて!」
辻神はそれを見て驚いた。
「か、カブトムシ?」
廃墟ホテルの周辺は森林なので、虫がいてもおかしくはない。しかし今は四月。夏の風物詩であるカブトムシがいるのは明らかに変だ。しかもそのカブトムシは、角を緑祁の背中に突き立てたのだ。
「これは!」
反射的にドライバーを取り出して電霊放を撃ち、カブトムシを破壊する辻神。
「応声虫か! でなければこの季節にこんな虫がいるわけがない!」
首をキョロキョロ動かした。近くに誰か、霊能力者がいるはずだ。
「いた! 緑祁、あれを見ろ!」
「あ、今! 見えた!」
大木の陰に人影が引っ込んだ。今隠れた何者かが、応声虫を緑祁に放ったのだ。
「誰だ、出て来い!」
ドライバーを向け、辻神が叫ぶ。すると、
「うるさい低俗なヤツらだ。一々大声で発言しないといけない病気なのか?」
少年が一人、出てきた。
「おまえは……資料で見た。磐梯洋次だな?」
「ほう、わたしのことを把握していたか? 予習だけはできるらしいな」
孤児院の行方不明者の一人だ。こんなところにいた。
緑祁と辻神はここで疑問に思う。何故この洋次は、今ここにいるのだろうか、と。
(何か目的があって、来ている…? だとしたらそれは、何だ?)
意外なことにそれは、洋次の方から言い出した。
「緑祁……。きさまには死亡してもらおう」
「僕に用があるのかい? しかも物騒な……」
名前を呼ばれたので、緑祁は辻神よりも前に出た。
「そうだ。きさまさえ消滅すればいい」
「僕が、そっちに何かしたかい?」
「してはない。だが存在が邪魔だ」
いきなり応声虫を使って、洋次は二体の虫を生み出し握った。右手にはヘラクレスオオカブト、左手にはコーカサスオオカブトだ。
「辻神は下がってて! 僕にだけ用があるらしいから」
「任せたぞ、無理はするな! アイツはできれば捕まえたいからな……」
言われた通り下がる辻神。だが緑祁の命に危険が生じた場合は、すぐに助太刀するつもりだ。
「うりゃあああ!」
先に動いたのは、緑祁である。鬼火を生み出し洋次に向けて放った。だがそれは、
「無意味だな」
洋次が放った電霊放にかき消された。これ自体は驚くことではない。緑祁自身が何度も遭遇している現象だ。しかし、
「い、今……。虫が放電した?」
「ふっ! わたしが霊障合体を使用しないと勘違いしているようだな?」
これは電霊放と応声虫の合わせ技・蚊取 閃光 である。応声虫で生み出した虫を帯電させ、放電する。ちょうど頭部と胸部の角の間でスタンガンのように電流が流れている。しかもこれは単純に手で持って使う以外にも用途があり、
「ぐわぁ!」
緑祁の首に電気が流れた。後ろに洋次の蚊取閃光のギラファノコギリクワガタが飛んでおり、その内の一匹が電気を放ちながら噛みついてきたのだ。
(紫電や辻神のように手で持っても使えて、しかも電気を帯びさせた虫を放っておけるのか! これは厄介だ!)
だが電霊放を使う相手に対し、緑祁は対処法を持っている。鉄砲水で濡らしてやればいいのだ。そうすれば自分に逆流してしまうので、電霊放は使えなくなる。
「なら! 鉄砲水だ!」
手のひらから水を撃ち出す。このまま真っ直ぐ放水できれば、確実に洋次をびしょ濡れにできる。だが直後に緑祁の足首に、刺激が走った。
「うっい!」
オオキバウスバカミキリが、その大きな顎で噛みついているのだ。もちろんこれも、蚊取閃光で生み出された虫であり、噛みついている間ずっと、電流を緑祁の足首に流し込んでいる。そのおかげで彼は地面に崩れ、鉄砲水は無意味な方向に飛んでしまった。
「その程度か? ガッカリさせるな、緑祁! わたしに殺害されるきさまは、もっと猛者であるべきだ」
「……? 意味がわからない。僕に挑んでくるのは別にいいよ。でもそっちは、そんなに特別なのかい?」
「思想も理想も理解できない保持していない馬鹿ばかりだな。うんざりする」
洋次は屈辱を感じた。こんなちっぽけな男の方がいいと、香恵は言っていたのか。そう思うと吐き気がする。
「ならもういい。亡骸となれ!」
始まったばかりだが、洋次はもうトドメを刺そうとした。
「今だ!」
「なにっ!」
ここで緑祁からの、予想外の反撃。何と彼は、自分の足首に噛みつくカミキリを出血覚悟で強引に引き離し、それを洋次に向け飛びかかったのである。
「しかし、間抜けな一手だ。それは蚊取閃光なのだぞ? わたしの任意のタイミングで…」
消せる。だからそうした。しかし緑祁の反撃はそれだけではなかった。この勢いがついている状態が好ましいのだ。
「旋風だ!」
腕を体ごと揺らして起こした風は、いつもよりも強い。しかもこの近距離なので、避けるのはまず不可能。
「ぐっ!」
旋風が洋次に直撃した。スパッと顔の皮膚に薄い切れ目が入った。同時に切り裂かれた痛みも感じる。
「よし、一撃入れたぞ!」
「中々だな。もう終了すると予想していた。が、見事に裏切られた」
洋次は手でその傷を撫でた。すると避けた皮膚が元通りになる。慰療だ。
「これは苦戦しそうだね……。回復手段まで持っているのか!」
いつもは味方である慰療。しかし今は敵。相手にすると異常に厄介であると緑祁は直感的に悟る。
「ふぅっ! 傷口は回復したが……痛覚は興奮している。あの旋風をいつまでもくらうのは、不利だな」
傷を治せても痛みは感じてしまう。ということは、何か強い一撃を受けると負ける可能性があるということ。そう判断した洋次はやはり、勝負をすぐに決めようとする。
「霊障合体・蚊取閃光!」
腕を振ると、その軌跡から大量のクワガタが出現する。
「さあ、やれ! アイツを電流で黒焦げにしてしまえ!」
圧倒的な数の暴力。バチバチと顎で電気を放ちながら、飛んで来るクワガタ。数十匹はいて、全部緑祁に向かって飛んで来る。
(チャンスだ!)
この数に普通なら、恐怖するだろう。しかし緑祁は違った。これが逆転に繋がると確信している。
(アレをやるつもりか、緑祁!)
辻神は容易に想像できた。前にそれを実際にくらったからである。しかし、
(もう終わりだな、緑祁!)
洋次には考えられていない。
緑祁は右手に鬼火、左手に鉄砲水を出しその二つを合わせ、
「霊障合体・水蒸気爆発だ!」
凄まじい爆風を前方に繰り出す。
「なっ! こ、こんなことが……?」
その爆風に吹き飛ばされたクワガタたち。逆に洋次の方に飛んで来るのだ。
「ま、マズ……!」
反応が遅れた。半分は洋次の意思で消せたが、もう半分は間に合わず、自分で蚊取閃光をくらってしまったのだ。
「ぐおおおおお!」
傷は治せるとはいえ、この大量の電撃はかなりの苦痛だ。今度は洋次の方の膝が崩れた。
「どうだい!」
「こ、この……」
緑祁は立ち上がって、洋次に近寄る。疲弊している今がチャンスだ。鉄砲水を避ける余裕なぞないだろう。
「クソ、だが仕方ない!」
突然洋次はスマートフォンを取り出し、その画面を緑祁に見せた。その直後、
「そ、そんな……」
緑祁の足が止まる。
「どうした、緑祁……?」
角度的にその映像は辻神には見えていないので、彼も緑祁の後ろに駆け寄り画面を見た。
「これは……!」
そこには、香恵が映し出されていた。手足を縛られどこかに軟禁されている様子だ。
「まさか、おまえが! 香恵をさらった張本人か!」
ここまで悪質なことをしているとなると、もう辻神も黙って傍観してはいられない。ドライバーを構える。
「待ってくれ、辻神……」
しかし緑祁に制止された。
「どうしたんだ、緑祁?」
「あの画面の、左だ……」
「左?」
そこには、大きなサソリが数匹いる。
「応声虫か! だがこれが一体何の……」
言っている途中に辻神も、洋次のこの行動の意思を理解する。彼はこう言いたいのだ。
「自分に攻撃するなら、香恵の命を刈り取る」
と。人質を取って、二人の動きを封じる作戦なのである。
「誰がその手に乗るか!」
一歩踏み出す辻神。すると画面のサソリが香恵に迫る。上からクモまで糸を伝って降りてくるのも映った。
「……!」
今動くと、確実に香恵に被害が出る。それを察してしまったが故に、二人とも動けない。
「ふふふっ、いいぞ……」
何とか痺れから脱出した洋次は慰療を使ってまず自分の怪我を治し、それから立ち上がった。
「一歩でも動作があれば、香恵の美貌の保証はしない。ついでに生命もな!」
(こ、コイツ……!)
何も悪びれずにそう言うので、怒りを感じる。だが言われた通り動けない。
「くらえ!」
そして動けない相手に蚊取閃光の電撃を撃ち込む洋次。
「うぶ!」
形勢が逆転してしまった。さっきまでは緑祁が有利だったのに、今は人質を見せつけている洋次が勝っている。
「ふははは! 貧弱だな、緑祁! 勝利したいのなら、香恵のことを放棄すればいい。しかしそれができない。これはきさまの、精神の欠点! 勝利というのは常時、犠牲が土台になっている! きさまは綺麗ごとのために、それを自分で蹴飛ばした! それでは敗北へ一直線!」
この精神攻撃が、かなり効いている。事実今の彼は自分の負傷のことよりも、
(か、香恵……! 香恵をどうにか、助けないと……!)
香恵のことを考えていて、動揺している。そこにまた蚊取閃光が撃ち込まれた。
「ぐあぁっ!」
「無様だな!」
しかし辻神は、反撃の機会を狙っている。彼も香恵に危害を加えられたくないので、今は動かない。だが、
(こんな卑怯なことをするとはな……。頭は良くても心は汚れている! 許さんぞ、洋次!)
内心は怒りで満ちていた。
「このまま自分の最期とするか、緑祁? 拒否するのなら、反撃してくればいいぞ? だが香恵はどうなるかな……?」
調子に乗って、更なる煽りを入れる洋次。だがこの直後、思わぬ事態が起きる。
「ん? 何だ?」
目の前を何かが遮った。小さくてすばしっこいものだ。気配は幽霊ではない。それが緑祁の背中にぶつかった。
「いて!」
辻神はそれを見て驚いた。
「か、カブトムシ?」
廃墟ホテルの周辺は森林なので、虫がいてもおかしくはない。しかし今は四月。夏の風物詩であるカブトムシがいるのは明らかに変だ。しかもそのカブトムシは、角を緑祁の背中に突き立てたのだ。
「これは!」
反射的にドライバーを取り出して電霊放を撃ち、カブトムシを破壊する辻神。
「応声虫か! でなければこの季節にこんな虫がいるわけがない!」
首をキョロキョロ動かした。近くに誰か、霊能力者がいるはずだ。
「いた! 緑祁、あれを見ろ!」
「あ、今! 見えた!」
大木の陰に人影が引っ込んだ。今隠れた何者かが、応声虫を緑祁に放ったのだ。
「誰だ、出て来い!」
ドライバーを向け、辻神が叫ぶ。すると、
「うるさい低俗なヤツらだ。一々大声で発言しないといけない病気なのか?」
少年が一人、出てきた。
「おまえは……資料で見た。磐梯洋次だな?」
「ほう、わたしのことを把握していたか? 予習だけはできるらしいな」
孤児院の行方不明者の一人だ。こんなところにいた。
緑祁と辻神はここで疑問に思う。何故この洋次は、今ここにいるのだろうか、と。
(何か目的があって、来ている…? だとしたらそれは、何だ?)
意外なことにそれは、洋次の方から言い出した。
「緑祁……。きさまには死亡してもらおう」
「僕に用があるのかい? しかも物騒な……」
名前を呼ばれたので、緑祁は辻神よりも前に出た。
「そうだ。きさまさえ消滅すればいい」
「僕が、そっちに何かしたかい?」
「してはない。だが存在が邪魔だ」
いきなり応声虫を使って、洋次は二体の虫を生み出し握った。右手にはヘラクレスオオカブト、左手にはコーカサスオオカブトだ。
「辻神は下がってて! 僕にだけ用があるらしいから」
「任せたぞ、無理はするな! アイツはできれば捕まえたいからな……」
言われた通り下がる辻神。だが緑祁の命に危険が生じた場合は、すぐに助太刀するつもりだ。
「うりゃあああ!」
先に動いたのは、緑祁である。鬼火を生み出し洋次に向けて放った。だがそれは、
「無意味だな」
洋次が放った電霊放にかき消された。これ自体は驚くことではない。緑祁自身が何度も遭遇している現象だ。しかし、
「い、今……。虫が放電した?」
「ふっ! わたしが霊障合体を使用しないと勘違いしているようだな?」
これは電霊放と応声虫の合わせ技・
「ぐわぁ!」
緑祁の首に電気が流れた。後ろに洋次の蚊取閃光のギラファノコギリクワガタが飛んでおり、その内の一匹が電気を放ちながら噛みついてきたのだ。
(紫電や辻神のように手で持っても使えて、しかも電気を帯びさせた虫を放っておけるのか! これは厄介だ!)
だが電霊放を使う相手に対し、緑祁は対処法を持っている。鉄砲水で濡らしてやればいいのだ。そうすれば自分に逆流してしまうので、電霊放は使えなくなる。
「なら! 鉄砲水だ!」
手のひらから水を撃ち出す。このまま真っ直ぐ放水できれば、確実に洋次をびしょ濡れにできる。だが直後に緑祁の足首に、刺激が走った。
「うっい!」
オオキバウスバカミキリが、その大きな顎で噛みついているのだ。もちろんこれも、蚊取閃光で生み出された虫であり、噛みついている間ずっと、電流を緑祁の足首に流し込んでいる。そのおかげで彼は地面に崩れ、鉄砲水は無意味な方向に飛んでしまった。
「その程度か? ガッカリさせるな、緑祁! わたしに殺害されるきさまは、もっと猛者であるべきだ」
「……? 意味がわからない。僕に挑んでくるのは別にいいよ。でもそっちは、そんなに特別なのかい?」
「思想も理想も理解できない保持していない馬鹿ばかりだな。うんざりする」
洋次は屈辱を感じた。こんなちっぽけな男の方がいいと、香恵は言っていたのか。そう思うと吐き気がする。
「ならもういい。亡骸となれ!」
始まったばかりだが、洋次はもうトドメを刺そうとした。
「今だ!」
「なにっ!」
ここで緑祁からの、予想外の反撃。何と彼は、自分の足首に噛みつくカミキリを出血覚悟で強引に引き離し、それを洋次に向け飛びかかったのである。
「しかし、間抜けな一手だ。それは蚊取閃光なのだぞ? わたしの任意のタイミングで…」
消せる。だからそうした。しかし緑祁の反撃はそれだけではなかった。この勢いがついている状態が好ましいのだ。
「旋風だ!」
腕を体ごと揺らして起こした風は、いつもよりも強い。しかもこの近距離なので、避けるのはまず不可能。
「ぐっ!」
旋風が洋次に直撃した。スパッと顔の皮膚に薄い切れ目が入った。同時に切り裂かれた痛みも感じる。
「よし、一撃入れたぞ!」
「中々だな。もう終了すると予想していた。が、見事に裏切られた」
洋次は手でその傷を撫でた。すると避けた皮膚が元通りになる。慰療だ。
「これは苦戦しそうだね……。回復手段まで持っているのか!」
いつもは味方である慰療。しかし今は敵。相手にすると異常に厄介であると緑祁は直感的に悟る。
「ふぅっ! 傷口は回復したが……痛覚は興奮している。あの旋風をいつまでもくらうのは、不利だな」
傷を治せても痛みは感じてしまう。ということは、何か強い一撃を受けると負ける可能性があるということ。そう判断した洋次はやはり、勝負をすぐに決めようとする。
「霊障合体・蚊取閃光!」
腕を振ると、その軌跡から大量のクワガタが出現する。
「さあ、やれ! アイツを電流で黒焦げにしてしまえ!」
圧倒的な数の暴力。バチバチと顎で電気を放ちながら、飛んで来るクワガタ。数十匹はいて、全部緑祁に向かって飛んで来る。
(チャンスだ!)
この数に普通なら、恐怖するだろう。しかし緑祁は違った。これが逆転に繋がると確信している。
(アレをやるつもりか、緑祁!)
辻神は容易に想像できた。前にそれを実際にくらったからである。しかし、
(もう終わりだな、緑祁!)
洋次には考えられていない。
緑祁は右手に鬼火、左手に鉄砲水を出しその二つを合わせ、
「霊障合体・水蒸気爆発だ!」
凄まじい爆風を前方に繰り出す。
「なっ! こ、こんなことが……?」
その爆風に吹き飛ばされたクワガタたち。逆に洋次の方に飛んで来るのだ。
「ま、マズ……!」
反応が遅れた。半分は洋次の意思で消せたが、もう半分は間に合わず、自分で蚊取閃光をくらってしまったのだ。
「ぐおおおおお!」
傷は治せるとはいえ、この大量の電撃はかなりの苦痛だ。今度は洋次の方の膝が崩れた。
「どうだい!」
「こ、この……」
緑祁は立ち上がって、洋次に近寄る。疲弊している今がチャンスだ。鉄砲水を避ける余裕なぞないだろう。
「クソ、だが仕方ない!」
突然洋次はスマートフォンを取り出し、その画面を緑祁に見せた。その直後、
「そ、そんな……」
緑祁の足が止まる。
「どうした、緑祁……?」
角度的にその映像は辻神には見えていないので、彼も緑祁の後ろに駆け寄り画面を見た。
「これは……!」
そこには、香恵が映し出されていた。手足を縛られどこかに軟禁されている様子だ。
「まさか、おまえが! 香恵をさらった張本人か!」
ここまで悪質なことをしているとなると、もう辻神も黙って傍観してはいられない。ドライバーを構える。
「待ってくれ、辻神……」
しかし緑祁に制止された。
「どうしたんだ、緑祁?」
「あの画面の、左だ……」
「左?」
そこには、大きなサソリが数匹いる。
「応声虫か! だがこれが一体何の……」
言っている途中に辻神も、洋次のこの行動の意思を理解する。彼はこう言いたいのだ。
「自分に攻撃するなら、香恵の命を刈り取る」
と。人質を取って、二人の動きを封じる作戦なのである。
「誰がその手に乗るか!」
一歩踏み出す辻神。すると画面のサソリが香恵に迫る。上からクモまで糸を伝って降りてくるのも映った。
「……!」
今動くと、確実に香恵に被害が出る。それを察してしまったが故に、二人とも動けない。
「ふふふっ、いいぞ……」
何とか痺れから脱出した洋次は慰療を使ってまず自分の怪我を治し、それから立ち上がった。
「一歩でも動作があれば、香恵の美貌の保証はしない。ついでに生命もな!」
(こ、コイツ……!)
何も悪びれずにそう言うので、怒りを感じる。だが言われた通り動けない。
「くらえ!」
そして動けない相手に蚊取閃光の電撃を撃ち込む洋次。
「うぶ!」
形勢が逆転してしまった。さっきまでは緑祁が有利だったのに、今は人質を見せつけている洋次が勝っている。
「ふははは! 貧弱だな、緑祁! 勝利したいのなら、香恵のことを放棄すればいい。しかしそれができない。これはきさまの、精神の欠点! 勝利というのは常時、犠牲が土台になっている! きさまは綺麗ごとのために、それを自分で蹴飛ばした! それでは敗北へ一直線!」
この精神攻撃が、かなり効いている。事実今の彼は自分の負傷のことよりも、
(か、香恵……! 香恵をどうにか、助けないと……!)
香恵のことを考えていて、動揺している。そこにまた蚊取閃光が撃ち込まれた。
「ぐあぁっ!」
「無様だな!」
しかし辻神は、反撃の機会を狙っている。彼も香恵に危害を加えられたくないので、今は動かない。だが、
(こんな卑怯なことをするとはな……。頭は良くても心は汚れている! 許さんぞ、洋次!)
内心は怒りで満ちていた。
「このまま自分の最期とするか、緑祁? 拒否するのなら、反撃してくればいいぞ? だが香恵はどうなるかな……?」
調子に乗って、更なる煽りを入れる洋次。だがこの直後、思わぬ事態が起きる。