第9話 心の闇を貫け その1

文字数 2,729文字

 しかし、それを心地よく思わない人物がいるのも確かだ。

「そういうわけにはいかないんですよ…!」

 誰かが叫んだ。女性の声だが、山姫や朔那、皇の四つ子の声ではない。

「何じゃ?」

 この場にそぐわないくらい、不快な音程だった。
 たくさんのチョウが集まっている。その中から、一人の女性が出現。

「おまえは……! データベースで見た顔だ。確か……」
「逆巻峰子じゃ! ここにおったのか!」

 峰子である。岩苔大社の火事以降、行方をくらませていたが、どういうわけかこの焼け跡付近にいて、緑祁に近づこうとしているのだ。

「緑祁、キミはもう後戻りはできないんですよ? わかってるんですか?」
「どういうこと…?」

 峰子は言う。火事を起こして【神代】への背信行為をした緑祁は、もう一線を画してしまい、犯罪者として生きていかなければいけない、と。

「おまえは裁判に出ていなかったから、何も知らないんだな。峰子、緑祁には猶予が与えられた。その短い期間で、おまえと雉美を捕まえることができれば! 緑祁は裁かれない。後戻りできない状態じゃないんだ」
「キミには聞いてませんので、黙っててください」
「何っ!」

 峰子は、緑祁にだけ用事がある。しかし緑祁も辻神と同じ意見であり、

「僕は、自分の未来のために行動するよ。峰子! 悪いけど、捕まえさせてもらう!」
「あら、そうですか? じゃあお縄は緑祁がウチにかけてくださいな?」

 意外とあっさり、両腕を差し出す峰子。

(近づいて…! ほんのちょっと触れれば、それで!)

 彼女の目的は、幻覚汚濁だ。それを流し込むには、緑祁に触る必要がある。

(ここで緑祁をまた心の闇で包み込めば、こんな米粒たちは蹴散らしてくれますね! そして緑祁、おめでとう! 心霊犯罪者、認定です!)

 その思惑に気づけない緑祁は、

「随分と諦めが早いね……。でも、逃がさない!」

 疑いつつも歩み寄った。その時、峰子は心の中でガッツポーズをした。

(もらいました! 姐さん、すぐに緑祁を連れ戻します!)

 だが、

「触るな、緑祁!」

 彭侯が二人の間に割って入る。

「ど、どうしたの、彭侯?」
「……あの、邪魔ですけど?」

 彼は勘付いたのだ。

「緑祁、この女に指一本触れるな! この女の目的は、アンタに触ることだ」
「どういう意味だい……?」
「もうネタは上がってんだぜ。毒厄を心に流し込む方法がある。それは蜃気楼と混ぜること! 確か霊障合体・幻覚汚濁だ! 相手は毒厄を使われたことにすら気づけない……」

 彭侯はずっと考えていた。緑祁のためにできることがあるはずだ、と。しかし同時に、違和感も抱いていた。
 洗脳……マインドコントロールされていない。なのに手を悪に染めた記憶はある。それを緑祁は、自分の意思で行った、と言った。

(もしかしたら、心か! 心に何かされたんじゃないのか? だから、洗脳はされていないけど悪事を働いた! 心の中の正義を書き換えられたんだ。それができる霊障は……毒厄と蜃気楼! だとしたら、真犯人の雉美か峰子のどちらかはその両方が使えるはず!)

 確証はない。あくまでも彭侯の予想だ。しかし今、峰子は何もない空間から出現した。まるで見えない状態だったようだ。それに緑祁に近づいてきた。

「確信した! コイツ、蜃気楼と毒厄が使える! 今、緑祁に触れようとしたのがその証拠だ」
「何を言ってるんですかね、ウチには理解できません」
「じゃあ、連行するのは緋寒でもいいよな?」
「……ッチ!」

 薬束が使える緋寒には、毒厄は通じない。それを察した峰子は露骨に舌打ちをした。

「それみろ! 毒厄を使う気満々だったんだろう? 悪いがそれは通じないんだな! ここでオレたちが捕まえてやる!」

 今ここには、疲労で動けない病射と朔那以外にも人員がいる。辻神たち三人に皇の四つ子。人数差では負けている要素がない。

「馬鹿なことを。自分から袋小路に飛び込むとはな……。観念しろ、峰子! ここから逃げ切れると思わない方がいい。犯人が目の前に出現した以上、私たちは容赦しない。必ず捕まえる」
「へえ、言ってくれますね……!」

 だが峰子は、ただ捕まりに来たわけではない様子だ。腕を振ると同時に、応声虫で虫をばら撒く。

「うお!」

 大量のカブトムシが羽ばたいた。その威圧感に驚く辻神。

「ヤバいぞ、この虫たちは……!」
「何だ、彭侯?」
「毒だ! これはただの虫じゃない! 霊障合体だ、毒蟲だ!」

 毒厄を帯びた悪夢の虫。それがこの周辺に飛び回る。さらに峰子はこのどさくさに紛れて蜃気楼を使って自分の姿を消す。

「させるか! くらえ!」

 だが、完全に見えなくなる寸前に、辻神が電霊放を撃ち込んだ。命中した手応えだ。

「逃がすわけがないだろう。甘いな考えが…! さあ緋寒、峰子はそこにいるはずだ。捕まえろ」
「わかっておる」

 しかし、手を伸ばしても何もない。

「…? おらんぞ?」
「そんな馬鹿な。今の電霊放をくらったら、負傷で動けるわけがない……」

 ここでハッと思い出す緑祁。

「慰療だ!」
「なぬ!」

 峰子は慰療が使える。それを直接目で見たわけではない。しかし、心当たりがある。

「紫電と戦った時だ。僕にカブトムシが一匹、飛んできた。すると僕の傷が治ったんだ。その前にも刹那と雛臥との戦いの後にも、虫か何かに触れられた途端に怪我が塞がったこともあった。今考えれば、あれは応声虫に慰療を中継させていたんじゃないかな?」
「霊障合体・絆創翅目か……。となれば電霊放を撃ち込まれた後に、自分の体に慰療を…」

 辻神が急いで緑祁に駆け寄った。

「気をつけろ、緑祁! 峰子はおまえを狙っている! 誰かに触れられたら、すぐに教えるんだ!」
「わかったよ、辻神!」

 全員が周囲に気を配る。辻神と緑祁は旋風を起こして空気の流れを読んだ。逃げる動きを感じる。

「離れていく……。これは、峰子か! アイツ、どこに行くかわからないぞ!」
「捕まえよう! 僕が行く!」
「緑祁が、か!」

 率先して行くと言い出した。辻神は、いいやこの場の誰もが考える。

(また、幻覚汚濁を使われたら………)

 最悪の事態が引き起こされるだろう。

「オレも行くぜ!」

 そこで、彭侯も名乗り出る。

「待て彭侯。ここは私たちが全員で……」
「もしまた緑祁に幻覚汚濁を使われたら、ヤバい! その時は辻神と山姫が、皇の四つ子と一緒に全力で止めてくれ。ここで一緒に行くのは、オレだけでいい。消耗するのは、オレ一人で抑えたい!」

 彭侯の覚悟もハッキリとしたものだった。それを感じた辻神と山姫は、

「……わかった。必ず捕まえろ! 緑祁を守れ!」
「任せたヨ!」

 景気よく彼らを送り出す。

「よし! 行くぜ、緑祁!」
「彭侯! 信頼しているよ! 一緒に頑張ろう!」
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