第196話 出来心の怖さと信念 Aパート

文字数 7,052文字


 二人で回った校舎内と校内。だけれどさすがに今週は冒険をしようとした生徒はいなかったのか私たち以外の生徒を見かける事は無かった。
 しかも今日に限って言えば、何人かの先生とすれ違いはしたけれど、生活指導の先生も見かけなかったから、誰からも咎められなかった。だからなのか、冬美さんの瞳から私に対する疑いが消えて行くのが分かる。
 その冬美さんに対して心の中だけで文句を言いながら、当初の目的にはなかった半分付け足しの目的だからとこの広い敷地内、小一時間程度で冬美さんと見て回って再び目的の園芸部活動場所に戻って来た時、また私の見た事の無い女生徒が小さなスコップを持って――
「――ちょっとそこの貴女! どうして連休中に部活をしてるんですか? それに今は園芸部は休部中のはずですが、貴女は何年何組のどちら様ですか?」
 ――どちら様ですかって……私が苦笑う暇もなく、さっきまでとは打って変わって相手を咎める雰囲気を前面に押し出して女生徒の元へ向かう。
「え? あ、あっしですか? あっしは今日お手伝いに来たんですけど一年の八幡和葉(やはたかずは)って言います。えっと今日って部活駄目なんですか?」
「駄目も何も何をとぼけてるんですか。連休中は例外なく禁止だって連絡が行ってるにもかかわらず、一年次から悪質な言い訳と違反。一年のえっと……八幡(やはた)さんでしたね。今日の件は連休明けに先生に報告させて頂きます」
 その冬美さんに押されるまま話が完結してしまいそう――
「あっしらを守ってくれる統括会の方々はどうなんですか? それにあっしは13時の待ち合わせでしたから来ただけなのに、せめてあっしらを守ってくれるって言う統括会の方々に話くらいはさせて下さい」
 ――まだ一年だからなのか、私たちの顔を知らないっぽいこの若いだけの八幡さんとか言う後輩女子。
「冬美さんちょっと待って。確かにこの八幡さんの言う通り統括会が話を聞くべきで、その私たちが統括会の人間なんだけれど、ここで誰かと約束をしていたの?」
 それでも、私たち統括会の存在を意識だけでもしてくれているならやっぱり力になりたい。
「ちょっと岡本さん! まさかこの違反者の肩を持つんですか?!」
 だけれどやっぱり頭の固い冬美さん。この対応が変われば劇的に印象は変わると思うのだけれど、ここだけは中々意識を変えてもらえない。
「肩を持つって、冬美さん。せっかくだから私が再教育『?!』してあげる。統括会の理念は何だっけ?」
 だから冬美さん自身の印象が少しでも良くなるように、まだ印象が固まっていないであろうこの若いだけの一年からの信頼を得られるようにとお手伝いしようと決める。
「……生徒の模範となるように、行動する。ですよ――」
「――冬美さん。次とぼけたら足出るよ?」
 今この場でそんな事を聞いていない事くらいは、冬美さんの頭なら分かっているはずなのに早速シラを切ろうとする冬美さん。
「ワタシは間違った事は何も言ってませ――っ?!」
「――冬美さん。私とぼけたら足出すって言ったんだけれど。まさかこの期に及んで冗談だと思った?」
 私に反抗してくるこの頭の固い冬美さんの言葉の途中で、近くにあった小石を蹴り飛ばす。もちろん周りに人がいないのを確認した上で。
「そうやって空木せ――学校側と生徒側の軋轢、食い違いを折衝する事……ですよね。岡本さんが言いたいのは」
「分かっているんならとぼけずに言えって。それに冬美さんも例外は無いって連絡を受けているのなら、私たち統括会が学校側に知られる前に現場を押さえてしまえば問題無いって言っていたのも聞いてはいるんだよね」
 ほんの少しでも気を許せばすぐに頭の固さを見せる冬美さんに、空かさず畳みかけると、
「いえ。そんな話は初耳です。ワタシのクラスで聞かされたのは、くれぐれもこの連休中は活動するな。活動した場合はかなり長期間の部活禁止期間が設けられているって話と内申に書かれるからと言う連絡です。そう言えば来週からは会長の手腕もあって部活再開のお話も伺いましたがそれだけです。今、岡本さんが仰った統括会がどうのなんて話は伺ってません」
 逆に、思いもしなかった他学年の連絡事項にこっちが驚くハメに。しかも隠すことなく不満顔を前面に押し出して。
 つまりもう部活を終えた三年と、今も部活を楽しんでいるはずの1・2年とは連絡内容が違うのか、それともあの教頭の差し金なのか……
「活動してたあっしが言うのもなんですが、そこの“フユミ”先輩? でしたっけ。の仰ってた内容と同じ内容でしたよ」
 しかもこの若いだけの一年後輩も何で冬美さんの肩を持つような事を言い出すのか。この頭の固い冬美さんの前で自分が言った言葉の意味が分かっていないのか。
「分かった。じゃあ冬美さんの言う通りこのまま学校側に話を持って行っても良いんだね」
 だったらこの若いだけの後輩女子に的を変えるだけだ。
「それは……統括会の方が話を聞いてくれるんじゃないんですか?」
「でも自分で、前もってこの連休中の部活は駄目だって聞いてたんでしょ? そこまで言ってしまったら私たちに出来る事、あると思う?」
「……岡本さんが優しいのは分かりますけど、この後輩も自分で言ってるんですから今回は学校側に知らせても良いんじゃなんですか? ――それから八幡(やはた)さん。ワタシは二年でこの岡本さんは三年です」
 なのに好き勝手な事ばっかり言う冬美さん。だから人の話を聞かないって優希君から苦手意識を持たれているってのに。
 まあこれ以上冬美さんに塩を送る訳にはいかないから余計な事は何も言わないけれど、
「冬美さんいい加減にしないと怒るよ? さっき自分で学校側との折衝は統括会の理念だって自分で言ったんじゃないの? それからそこの若いだけの――八幡(やはた)さん。私たちに話を聞いて欲しいのかこのまま学校側に突き出しても良いのかハッキリしなって」
「つ……突き出してもって。それって統括会の理念や目的とも違う気がするんですけど、ひょっとしてあっし、先輩からの約束を守っただけなのに、学校側に突き出されて早速内申に書かれるんですか?」
「ちょっと岡本さん。一年が怖がってますって」
 ただですら岡本さんが怒ったら怖いんですから、落ち着いて下さい。と小声で零す冬美さん。
 何が怖いのか。それでも、こっちが話を聞こうと場を整えているだけなのに、何で私がこんな若いだけの一年に怖がられないといけないのか。
 実はこの若いだけの一年はかなり失礼なんじゃないのか。
 しかも、当の八幡さんはびくびくしながらでも私に話し始めてくれているし。
 本当ならこんな失礼な若いだけの後輩女子なんて突き出してしまっても良いかなと思わない事も無いけれど、自分が統括会の立場に立っている以上、無碍にしてしまうのは後味が悪い気がする。それに冬美さんみたいにきっちり話せば実は良い子だったりするかも……は無いかも知れないけれど。
「……」
「冬美さん。私たち統括会は生徒を守る立場だよ。それに入学早々から学校側に突き出してこの八幡さんを独りにして冬美さんの印象も変わらなくて良いの?」
「それでも皆さんが我慢してる中、一人だけは。一つの部活だけは。しかもよりにもよって禁止期間中の部活を認めてしまっても良いんですか?」
 だけれど私たちが散々悩まされてきた冬美さんの頭の固さ。そんなすぐに柔らかくなってくれたら誰も苦労はしない訳で。
 もちろん冬美さんの言っている事は正しい。この件が引き金になって逆に妬みなんかから孤立する事も考えられるんだけれど。
「えっと八幡さん。誰との約束かは分からないけれど、この連休中だけは例外なく全ての部活が禁止対象だから、今から私たちと一緒に帰ろ? そうでなくても園芸部は初学期の終わりごろから今年度中は部活禁止なんだよ」
 私は八幡さんの説得に切り替えるけれど、さっきから口にしている先輩とか約束とか言うのは気になる。
「えっと。さっきから気になってたんですけど、部活禁止ってあっしの他に2・3人活動してらっしゃる先輩方、おられますよ?」
「ちょっと待って下さい。ただですら部活停止処分を受けてるのに他の活動者ってどう言う事ですか?」
 考え込んでいる間に、私の中にある疑念が急速に育って行くと同時に話が優珠希ちゃんの方にまで飛び火してしまいそうだからと、
「冬美さん。さっきも言ったけれどいつでも再開出来るようにって夏休みの終盤辺りから統括会として『――』手入れしていたから勘違いしているんだよ」
 言い訳としてはかなり苦しかったけれど、午前中に園芸の話をしておいて良かった。
「あ――そうだったんですね。すみません。先輩たちが今日は昼から活動だって仰ってましたんで、もう少し自分でも考えれば良かったです」
 一方この若いだけの一年後輩女子は冬美さんの剣幕に押されたのか、鼻を啜り始める。
「まさか。今日この活動に何の関係もない一年生にまで声をかけたんですか? でも、それではワタシたちを見て統括会の人間だってすぐに分からなかった説明が付きませんね。そこの八幡さん。岡本さんも今日は見逃す、学校側には言わないと公言していますので、ワタシからの質問に一つだけお答えください。そしたらワタシからも先輩を差し置いた判断は致しません」
 さすがに一年を涙させると風聞が良くないと思ったのか、その矛先を一年から少しだけずらす。
「ちなみにだけれど、その人たちとは何時に待ち合わせだったの?」
 ただその前に、私からも確認したいことが出来たのだ。
「えっと……13時に待ち合わせで、先輩たちが姿を現すまでにある程度整理しておきなさいって」
 考えれば色々とおかしくて、辻褄も合わない上に一人で活動しろなんてそれじゃあ私たち先輩があの二人に言っていた事とまるで同じなんじゃないのか。
「ちなみに、この連休中の学校は完全閉鎖だったはずだけれどどこから入ったの?」
「えと、裏門が空いてましたのでそこから入りました」
 そっか。私たちが入った後に入って来たのか。
「ちなみに開いていなかったらどうするつもりだったの?」
「開いていなければさすがに活動出来ないんで帰ったと思います」
 つまり開いていたがために一人来るはずのない先輩を待って活動していたって事なのか。
「岡本さん。さすがにこれはマズいんじゃないですか? 一歩間違えれば大変な問題になるんじゃないんですか?」
 冬美さんも同じ結論に至ったのか、表情に緊張が走る。
「……ちなみに八幡さん。どんな先輩に今日の話をされたの? 今日の指示を受けたの? それに人数は? 1人? 2人? それ以上?」
 最悪心当たりと同一人物だった場合、呼び出そうと心に決めてその人物の特定に入る。
「ちょっと先輩。大事(おおごと)にしなくて大丈夫ですから。先輩たちも今日が休みだって抜けてただけかもしれませんし。現にあっしも確認し損ねてますし」
「でもその方から中止の連絡とか、今もお詫びの連絡とかも入ってないんですよね」
 ところが私の激変した雰囲気を感じ取ったのか、急に口を重くする。
「駄目だよ八幡さん。こう言うのはなぁなぁで済ませたら、八幡さんの為にも相手の為にもこの園芸部の為にもならない事くらいは分かるよね」
「そうです。岡本さんの言う通りこう言うのは見過ごしたら駄目なんです。それに喋ったとしてもワタシたちは統括会の人間ですから、悪戯に広めるような事も悪い様にも致しませんよ」
 その八幡さんに対して驚いた事にとても柔らかい口調で説得をする冬美さん。
「いえ。本当に大丈夫ですから。それにここで先輩方相手に騒ぎ立てたら、残りの学校生活もやり難くなると思うんです」
「――今、園芸部って2~3人しか部員はいないはずなんだけれど、髪の派手な子?
それとも大人しい性格の子?」
 今まで散々待ち合わせをしていただの、先輩に言付けられていただの言って、優珠希ちゃんと御国さんを匂わせておいたクセに、何を今度は無かった事にしようとしているのか。
 それだったら初めから内申とか言わずに自分から一人でやっていたって言えば良かったはずなのに。ただ知ってしまったからには看過出来る話じゃない以上放っておく訳にはいかないし、この中途半端さに違和感を感じるけれど、お生憎様。私は中途半端のままにはしておかない。
「ちょっと岡本さん?!」
「早く言ってくれないとどんどん遅くなるよ? それともこのまま先生――学校側に報告入れた方が良い?」
 それでも尚渋るこの八幡さん。これじゃあ本当に典型的な形そのままなんじゃないのか。これで腹立つなって言う方がどうかしている。私はそんな事の為に園芸を手伝った訳じゃ無い。
「言わないんなら、二人共連絡先を知っているから直接連絡するけれど良いね」
 蒼ちゃんにしても冬美さんにしてもそう。どうして被害者側がいつもいつも黙って耐え続けないといけないのか。二人共を心から信用していただけにその落胆と言うか、怒りは半端じゃない。
「って何で岡本さんがそこまで知って『……金髪の派手な髪の先輩です。もう一人の先輩とはあまり喋った事自体ありません』――そう。ありがとう」
 ――佳奈にはほとんど喋らずにわたしにばかりすり寄って来て――
 そう言う事か。つまりこの子が優希君を好きだって言って園芸部を手伝ってくれる若いだけの後輩女子だったのか。
 だからある程度騒ぎ立てて、それも中途半端で止めようとしたって事なのか。つまり、今回は私たちへの偵察と言うか、敵情視察と言う所なのか。
 確かに優珠希ちゃんの言う通り知らなければ、気付かなければ狡猾とも取れるけれど、こんなにも分かり易い狡猾さなんて無いし、私からしたら可愛い子供騙しと同じくらいの認識だ。
 順序立てて考えていけば優珠希ちゃんの行動理由は理解出来るけれど、その件も含めて私はしっかりと正面から迎え撃つと言っておいたはずだ。

 それにやっている事はあの天城と変わらない。だったら優希君がとても大切にしている優珠希ちゃんを、私の断金の友達にした天城と同じようにさせてはいけない。優希君が冷たい目を向けた天城と同じ行動をこれ以上させたらダメだ。
 今を見逃したら、御国さんや穂高先生を含めたみんなが悲しい思いをするだけになってしまう。
 だからこれだけは本当に厳しく行こうと決めてしまう。

 私は覚悟を決めて、携帯電話を手にして
「ちょっと岡本さん?!」
『お兄ちゃんのお願いも聞けないハレンチ女が、こんな時間にどうしたのよ』
「先輩……」
 優珠希ちゃんに連絡を取るけれど、当然今の状況を知らない優珠希ちゃんは、いつもの調子で返してくる。
『今。私、学校にいるんだけれど』
 本気で腹を立てている私は、相手が誰であろうが馬鹿正直には全てを始めから伝えない。それは優希君の妹さんであっても同じだ。
『はぁ? 学校って何で学校にいるのよ。今日学校休みなんじゃないの? わたしはここ最近機嫌が悪いんだから、アンタの天然をわざわざ――』
 私の覚悟、気持ちや想いを知らずにボロボロとこぼし始める確信的な行動と分かる優珠希ちゃんの意思。私は止まらない落胆をため息と共に押し出して
『――その学校で八幡さんに会って、目の前で鼻を啜っているんだけれど』
 だからこそ優珠希ちゃんにも、今は私の方が腹を立てているって伝わったと思う。
『……』
『黙っているって事は心当たりがあるって事で良いんだね』
 先の言葉でもう分ってはいるけれど、ここは自分の口でハッキリと言わさないと駄目だ。こう言うのは甘やかすところじゃない。
『……優珠希ちゃんがだんまりって珍しいね「“ゆずき”ってどこかで……」だんまりとか、取り繕うのは優珠希ちゃん。一番嫌いなんじゃないの?』
 だから優珠希ちゃんに絶対自分から言わせるつもりで追い込んでいく。
『――それで今日の件は一人で八幡さんをけしかけたの? それともまさかとは思うけれど御国さんも「関係無いわよ。わたし一人がゆった事よ」――そう。だったら今から一人で学校に来て。そして通用門は開けてあるから園芸部活動場所まで来て。もちろん優珠希ちゃんなら、私が一人で来てって言う意味くらい分かるよね』
 私が言い切ると同時に、受話器を含めた三方向から声が上がる。
「ちょっと岡本さん?! 加被害者を会わせるんですか?!」
「あっしは本当に気にしてないんで! それに一人でお手伝いって言っても、自主的にそう言う日もありましたし、適当に切り上げて帰るつもりもしてましたからっ!」
『そんな事ゆったって、その女は――』
『――そんな御託はいいから言い訳している暇があるならさっさと来いっつってんのっ! 今から1時間以内に来なかったら御国さんに連絡を取って、今日なんでこんな事になってんのか聞くから』
 冬美さんも、八幡さんも何を言っているのか。確かに合わせるのは良くないかもしれないけれど、どんな理由があってもこんな事をして良い訳が無い。
 私は今日、しっかりと優珠希ちゃんを叱ると決めたのだ。
 有無を言わせずに切った電話の後、取り敢えず待っている間、
「三人分の飲み物を買って来るから、ちゃんと待っててね。間違っても先に帰ったり帰らせたりしたら冬美さん。さすがに私の性格、少しくらいは分かるよね」
 冬美さんと八幡さんが頷くのを確認してから一度

へと向かう。

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