第198話 防犯とお断り Aパート

文字数 5,989文字


 翌朝。今日は病院に行く日で、もう痛みも腫れもないから本来なら診察の結果を楽しみに気持ちも軽くなるのだけれど……
 昨日の最後の理沙さんからの電話で私の頭の中は一杯になっている。
 それにしても私は優希君が大好きだって、他の男の人は考えられないって何度も言っているのに、これ以上どう言えば伝わるのか。
 しかも今は、学校側との冬美さん残留の話を形式だけでも残しているんじゃないのか。なのによりにもよって彩風さん相手に“お断り”するとか何を考えているのか。

宛元:会長
題名:返事が欲しい
本文:おはよう岡本さん。早速だけど金曜日二人だけの時間が取れるかどうかの
   返事だけでも欲しい。それからまた明日学校で会えるのを楽しみにしてる

 そして携帯を覗くとその会長からのメッセージ。しかも会長とは恋人でも何でもないし、同じクラスでも無いのに何で明日も会う事になっているのか。こんな返事だったらメッセージで十分だと思う。もちろん優希君からだったらいつでも会いたいからこの限りじゃないけれど。
 それでも朱先輩もしっかりと告白を聞いた上でお断りするのが一番だって言ってくれたのだから、返事だけは色よくしておく。

宛元:優希君
題名:様子がおかしい
本文:おはよう愛美さん。昨日から優珠が少し変なんだけどもしかして何かあった?

 そしたら直後に優希君からのモーニングメッセージ。出来ればこっちのメッセージを朝一番で目にしたかった。

宛先:優希君
題名:女の子だけの話
本文:私と優珠希ちゃんの話だからエッチな優希君には言わないよ

 だけれど面倒臭い私は素直には喜んであげない。そのままメッセージの返信だけをして階下へと向かう。


 洗面台で軽く身支度を整えてリビングに顔を出すと、慶以外の両親二人はもう起きていた。
「おはよう愛美。今日は祝日だけど予約診療にしてあるから後でお父さんに送って貰いなさいな」
「今日はお母さんが送ってくれるんじゃないの?」
 朝ごはんの準備をしているお母さんに声を掛けるも、
「ひょっとしてお父さんじゃ駄目なのか?」
 朝からお父さんが泣きそうな顔になっているし。
「そんな事ないって。ただ前回の金曜日がお父さんだったから、今日はお母さんなのかなって思っただけだよ」
 まあ、本音を言うとあの会長にここまで困り切っているのだから、お母さんに男の人の断り方を聞きたかったのだけれど。
「家にいるお母さんはいつでも愛美の顔を見れるけど、お父さんは週末しか見られないからってお父さんが送って行く事になったのよ」
 でも、お父さんの方からそう言ってもらえたら、もうケンカもしていないのだから悪い気はしない。
「ありがとうお父さん。それじゃ今日もお願いするねっ」
「おう! お父さんに任せとけ」
「それじゃ慶久はいつまで寝ているか分からないから三人で頂きましょうか」
 結果的には朝一の会長からのメッセージで気分は悪かったけれど、後は優希君からのメッセージに今の私に対する両親の気持ち。
 この二つが重なって私の気持ちが軽くなる。
「それで今日こそは家でゆっくりするのか?」
 それでも朝食中、やっぱりお父さんが今日の私の予定を聞いて来る。
「ううん。今日は私の復学祝いにって友達の家に招待されているの。だから朝は家で勉強するけれど、病院の後はそのまま友達の家に向かうよ」
 これはようやく私の顔が治ったからで、一週間前だったらそのまま家に帰って来ていた。もちろん今日の招待もほとんど治ったからで先週までなら家に帰っていたのと同様、実祝さんの招待も受けてはいなかったけれど。
 ただ今日に限って言えば、お父さんの反応が私の予想とは違って、
「そうか。それじゃ気を付けて楽しんで来てな。それから夜は四人揃ってみんなで食べような」
 何を疑う事なく、ホッとした表情で今日は楽しんだら良いと言う。
「それから昨日は慶久のお昼の作り置きもしてくれたみたいだけど、今日はお母さんが作るから愛美は何も気にせず楽しんでらっしゃいな」
 しかもお母さんまでお父さんの前だからかもしれないけれど、いつものあの“悪い笑み”も全く浮かべていないし。
「分かった。ありがとうお父さん、お母さん。それじゃ私、少しで部屋で勉強しているから準備できたら呼んでね」
 何となく気にはなるけれど、特に何か形を伴っている訳じゃ無いし、二人に喧嘩をしている様子もないのだから夫婦間二人だけの話なのかなと、両親に見守られる形で自分の部屋へと戻る。


宛元:会長
題名:ありがとう
本文:これで金曜日に向けて準備も進められるし俺自身も頑張れる。だから
   岡本さんも金曜日は楽しみにしてて欲しい。

宛元:優珠希ちゃん
題名:喧嘩も辞めて
本文:さっきからお兄ちゃんの顔が青白いんだけど、まさかお兄ちゃんと喧嘩中
   なんてゆわないわよね。こんな気持ちじゃとてもじゃないけど昨日の愛美
   先輩との約束なんて果たせない

 私が部屋に戻って来たらまた二通のメッセージ。だけれどその内の一通は相手が違う。私は勝手な想像を膨らませているであろう会長は放っておいて優珠希ちゃんのメッセージだ。そう言えば恥ずかしすぎて日曜日、優希君の前から逃げ出して以来約束はおろか、連絡すらもしていなかったっけ。
 それにしても面倒臭い私に不安になるなんて。
 確かにエッチだし、そう言う本も持っているけれど、私のお願い通り写真の方は捨ててくれたんだし、他の男の人なんて考えてもいないのに。
 でも私だってこんな優希君を知っていて、私への気持ちが十分に伝わっていたとしても今回の図書館デートのように、私の知らない他の女の子と楽しそうに喋っている優希君を見て目に涙を浮かべてしまった私。
 何か好きって気持ちが強くなればなるほどもっと一緒にいたくなるし、簡単に不安に苛まれてしまう気がする。
 一通り考えをまとめて優希君の気持ちを理解出来たのなら

宛先:優希君
題名:大好きだよ
本文:金曜日は恥ずかしすぎて先に帰ってごめんね。しかも昨日も連絡できなくて
   ごめんね。さっき私たちの仲を応援してくれている優珠希ちゃんからも心配
   のメッセージが届いていたよ。お兄ちゃんの元気が無いって。
    それに私にしか興味が無い、私にしか下心もエッチな気持ちも出さないって
   言うなら悪い事じゃないよ。

 もちろん私はエッチでもハレンチでもないんだから、優希君があまりにもあからさまだったら恥ずかしい気持ちが大きくなり過ぎてまた逃げてしまうだろうから、そう言う“粗相”はないようにするけれど。

宛先:優希君
題名:それから
本文:だから優希君は悪い事をした訳じゃないんだから安心してね。
   その代わり他の女の子に鼻の下を伸ばしたり、下心を出して楽しんだり
   したらその時は大喧嘩だからね

 その上でもう少しだけ文章を追加しておこうと優希君に、お互いに“そう言う事”を意識した上で、私だけに全ての興味を持って欲しい見せて欲しいと遠回しに伝えて、お互いにゆっくりと関係を深めて行くのかなと思いながら連休中の課題を片付けようと机に向かう。


宛元:優珠希ちゃん
題名:喧嘩してないなら良い
本文:お兄ちゃんも元気になったし、やっぱりアンタが原因だったって文句も
   ゆいたいけど取り敢えずありがと。

 机に向かって集中していると優珠希ちゃんからのメッセージ。これを機に集中力が切れてしまうと同時に、階下からそろそろ出る時間だと声がかかったから返事だけして

宛先:優珠希ちゃん
題名:喧嘩なんてしていないよ
本文:元気になって良かったよ。私は今から病院の診察だよ。優珠希ちゃんこそ
   優希君と仲良くね

 やっぱりその理由で落ち込んでいたから効果てきめんだったのか、まずは不安がっていた優珠希ちゃんに返信しておく。
 その後で、今日はこの後本当に久しぶりに実祝さんの家にお邪魔させてもらうんだからと、少しだけ余所行きの服装に着替えてから洗面台へと向かう。

 その後やっぱりと言うか何と言うか。私の姿を見たお父さんといつの間にか起きていた慶からの視線を受ける私。私を気にしたり心配してくれるのは嬉しいけれど、こうも毎回だとさすがに辟易としてくる。
「ちょっとお父さん。何をボーっとしてるんですか? さっさと愛美を病院に連れて行って下さい。それとも私が送って行きましょうか?」
 そこお母さんから容赦のない一言。
「いや。でも愛美の格好が――友達の家に遊びに――」
「――お父さん。朝から何回同じ事を言わせるんですか? 年頃の娘なんですから、友達の家に行くのでも可愛い格好もおしゃれもさせます。あまりしつこくして愛美に嫌われても知りませんからね」
「?! 愛美?!」
 しかもお母さんが変な煽りを入れるから、お父さんがオロオロしてしまっているし。
「もう。変な事ばっかり考えていないで早く行こうよ」
 優希君ほどとまでは言わないけれど、もう少しで良いから頼り甲斐のある姿を見せて欲しい。そう思ってしまうくらいには我が家の男二人は弱すぎると思う。


 結局中途半端にお母さんに釘を刺されてしまったからか、またしても私に何かを聞きたそうにして無言で私に視線だけを送ってくるお父さん。
 ただせっかく私との時間を考えてのお父さんからの今日の申し出。本当だったら人の恋情なんて軽々しく言うものでは無いけれど、私だって幾度となく友達を悪く言われて、私自身の話も聞いてもらえなくて本当に困り果てているのだ。
 だから失礼は承知の上だけれど、お父さんに男の人の考え方を聞いてみても良いのかもしれない。
 もちろんこの質問によって私への彼氏疑惑を払拭したいと言う福産的な気持ちもないとは言わないけれど。それによく考えたら、男の人――会長――“お断り”の話を聞くのだから、お父さん的には喜んでくれるかもしれない。
「お父さん。お父さんに一つ聞きたい事があるん――」
「――何だ? 愛美からの質問ならお父さん何でも『ちょっとお父さん! 前見てっ!』――ああ。それで愛美はお父さんに何を聞きたいんだ?」
 どころか違う意味で喜びすぎて完全に前をお留守番にしたお父さんを慌てて窘める。なんか今のお父さんの反応を見る限り、相談した後のお父さんを想像すると、交通安全のために今は言わない方が良い気がする。
 ただ私もこの後は予定もあるし、何より男の人の考えと言うか会長が私を諦めてくれる効果的な一言が欲しいのも確かで。
「お父さん。お願いだから驚かないでね。それから安全運転もお願いね。病院に行く途中で事故とか嫌だからね」
 だから私は初めに思い浮かぶ限りの注意事項をお父さんに伝える。
「ああ。もちろんだ。そんな事になったら母さんが悲しむからな。それでお父さんに聞きたい事ってなんだ?」
 ……今のセリフはお母さん的にはものすごくポイントが高いんじゃないかと思うんだけれど。お父さんのお母さんへの想いの一端を垣間見て、大丈夫と判断した私は、
「男の人ってどうしたら好きになった女の人を諦めてくれるの?」
 出来るだけ波風が立たない様に聞いたつもりなのに、
「なんだそれは! 愛美に言い寄る男があの学校にいるのか?! まさかあの情けない担任じゃないだろうな?!」
 どうして何もかもをすっ飛ばして、二人で約束したはずの先生の話になるのか。
「お父さん? 私、お父さんともう一回喧嘩するのは嫌だよ? それとも私が男の人から声を掛けられるのが驚く程意外って事? そこまで私って可愛くないの?」
 普段のお父さんの言動からして全くの見当違いだって事くらいは分かるし、私が社会人になるまでは恋愛自体が駄目だって言うお父さんの考え方

は聞いている。
 だけれど一言聞いただけであらぬ方向へ話が行ってしまうなら、もう聞くのは辞めにする。
「そんな訳ないじゃないか。ただあんなことがあったばかりなのに、平気な顔をして愛美に言い寄って来るような配慮の欠片も、それこそデリカシーも全くないと思わないか?」
 しかもお父さんがデリカシーなんて言葉を口にする始末だ。
 でもよく考えたらそれも一理ある気がする。普段から女の子に対する気遣いゼロの会長だから、ある意味慣れてしまっていた私も気付けていなかった。
「そうなの。だからどうしても好きになれなくて。それでも相手の男の人もどうしても諦めてくれなくて、どうしたら男の人が諦めてくれるのかお父さんに教えて欲しかったの」
 だったらお父さんならではの方法が聞けるかと思って、やっぱり聞いてみる事にする。
「分かった。今からお父さんがその男に文句を言ってやるから、その男の家を教えてくれ」
 なのにこのお父さんは一体何を言っているのか。そもそも優希君の家も知らないのに、嫌いな会長の家なんて知っている訳が無い。
 そうでなくても娘の人間関係に親が口出しをして来るなんて聞いた事が無い……まあ実祝さんのお姉さんは例外なんだろうけれど。
「そんなの好きでもない、お付き合いをしている訳でも無い男の人の家なんて知っている訳ないじゃない。それにお父さんが文句を言うとかも恥ずかしいから嫌だよ」
 どっちにしてもお父さんが全く頼りにならないって分かっただけだった。
「そうだよな。愛美が男子の家なんて知ってる訳ないよな。だったら一つ。そんな男になんて一切近寄らず口も利かない。完全無視をしてしっかり避ける態度を見せる。だな」
 かと思ったところで、
「男にとって好きな女子からの無視は一番堪えるからなぁ。愛美と喧嘩した時ですら俺はものすごく寂しかったんだぞ」
 私の知りたかった答えを教えてくれるお父さん――だけれど、何を好き勝手な言葉を付け足しているのか。私の話を何も聞いてくれなかったお父さんにどれだけ不安と悲しみで一杯になっていたか、このお父さんもまた絶対分かっていない。
 それでも私の欲しかった答えを教えてくれたお父さんに、呆れて良いのかお礼を言って良いのか判断に迷う。
 でもそうか。やり方としてはあまり褒められる対応ではないけれど、どうしても諦めてもらえないなら統括会以外は完全無視で良いのかもしれない。もちろんどれだけ嫌いでも私にそれが出来るかどうかの問題はあるだろうけれど。
「分かった。もう受験まで一か月半を切っているからしっかりと“お断り”出来る算段が付いたのは嬉しかったよ。ありがとう」
 後は何かあれば優希君が助けに入ってくれるし、対策と言うのも蒼ちゃんや友達、後輩を思い浮かべると話は出来ていたけれど、男の人がショックを受けると言う具体的な“お断り”の方法が一つ増えたのは良かったと思う。
「ああ。こういう相談ならいつでも大歓迎だからな」
 そして上手く話が一つまとまったところで目的の病院へと到着した。

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