第193話 信頼の積み木 10 Aパート

文字数 4,455文字


             ※信頼の積み木 2→10 (連動)

 私が一人いつもの場所が空いていたから先に腰掛けて、勉強の用意を始めた所ですぐに優希君が駆け寄って来てくれるけれど、
「愛美さんはまた誤解してる。あの受付のお姉さんは僕たちが二週間姿を見せなかったから、とても気にしてくれてただけなんだ」
 心配してくれていただけだって言うのに、何で物の受け渡しがあったりするんだろう。さっきこの図書館に入る前に言ってくれていた言葉と行動が全く違い過ぎて目に涙がどうしても溜まってしまう。
「優希君。図書館の中『?!』騒がしくしても良いの?」
 目に溜まってしまった涙を優希君に見せたくなくてそのまま俯いていられるようにって、少し声は変わってしまっているけれど、そのまま朱先輩からの参考書とノートを広げる。
 ただ、優希君とお揃いのペンを手に取ろうとした時、目に浮かんだ涙が朱先輩の参考書の上に落ちてその部分がふやけてしまう。その変わってしまった参考書を目にして、私は持とうとしていた優希君とお揃いのペンから普段使っているペンへと持ち直す。
「っ!! 愛美さんをそのままにしておくくらいなら、騒がしくて僕が怒られるよ。だから一度僕の方に顔を向けて話を聞いて欲しい」
 言いながら、いつもは私の正面に腰掛ける優希君が私のすぐ隣に腰掛ける気配がする。
「話って……あのお姉さんと仲良く喋っていた話を私が聞くの?」
 それでも私は“大好き”な人からお願いされたら、同じ間違いを二度出来ない以上、目からこぼれ落ちる程の涙があっても優希君の方へ向き直るしか選択肢が無いのも確かで。
 さっきまでは本当に温かくて優しくて嬉しかっただけに、涙が止まらない。
 ひょっとしてこの気持ちを彩風さんが会長と会う度に感じていたとしたら……前回の金曜日に雷を落としたのはやり過ぎだったのかな。だとしたら増々会長の印象が悪くなってしまう。
「?!?! 違うっ! そんな話じゃないんだ。とにかく先に涙を拭いて欲しい」
 優希君の方へと顔を向けると同時に、私が涙しているとはさすがに思っていなかったのか、ここが図書館と言うのも忘れて、驚いて声を上げる優希君が、慌て気味に私にハンカチを差し出してくれる。
 ただ私が顔を上げると同時に、優希君だけが視界に入れば良かったのに、その視界の端に今さっき優希君に何かを渡していた受付のお姉さんまで視界に入ってしまって、そのハンカチを受け取れずに再び顔を俯ける私。
「……私を想う気持ちは一番だって、誰にも負けないって。それに私にしか興味は無いって、私は私らしくいてくれたら嬉しいって今さっき優希君が言ってくれたばっかりなのに。あの名前も知らない受付の女の人と仲良さげに喋って、何かまで貰って……嘘つき」
 しかも小声で優希君が“私を守らないといけない”って言ってくれていたのも耳にしていたのに。
 本当に朱先輩の言う通りだ。せっかくの二人きりのデートの時に他の異性の名前なんて以ての外だし、今みたいに私以外の女の子と仲良く喋るなんて、普段でも嫌なのに、デートの時になんてして欲しくない。本当に蒼ちゃんに叱ってもらった通りだ。
 異性の名前を出して喧嘩なんて悲しい気持ちにしかならないんだから、会長の話をしなくて良かった。
「そうだよ。愛美さんを想う気持ちは誰にも負けない。だからこそ、あの受付のお姉さんに

“可愛らしい彼女さんですね。夏休みが明けてからここ二週間程二人の姿が見えなくて、夏休みの間にもしかしてと思って心配してただけに、さっきのエントランス前で仲良さげな二人を見て安心したから、彼女さんを大切にして下さいね”

 って言われて嬉しかっただけなんだ」
 このまま誤解した状態で勉強したくなかったのか、ペンを握っている方の私の腕を握ってさっきのやり取りを説明してくれるけれど、
「でもさっき何か貰っていたよね」
 こっちだってちゃんと見ているんだから。
「それってこのペアチョコレートの事だよね。これも僕たち二人を応援してくれているあのお姉さんが“勉強してると甘いものが欲しくなるだろうから良かったら二人で食べて欲しい”っておすそ分けしてくれただけだから」
 そう言って胸ポケットから取り出した二つのチョコレートを、俯いている私にも分かるように目の前においてくれる優希君。
「なんだかんだ言って、まだ付き合い始めてそんな経つ訳じゃ無いけど、それでも二人だけの遠出のデートの時以外の毎週日曜日には、この図書館で二人で勉強してたわけで、受付の人やここの図書館のスタッフさんは僕たちの顔を覚えてくれてるんだ。その上でここの人達も僕たちを応援してくれてるんだよ」
 優希君の説明に恐る恐る顔を上げてみるとまずは優希君がほっとした顔で、なだめるように私の背中をゆっくりとさすってくれる。
 そして次に、さっき視界の端に移った受付のお姉さんだけれど、もう一人のスタッフさんかな。に、頭を小突かれながら気まずそうな表情で私に手のひらを立てて来るお姉さん。
 最後に周りを見て見ると、さすがに一部の人は迷惑そうにしていたけれど、それでも一部の人達は、私たちに向かって笑顔を向けてくれている。
「愛美さんは僕にとって本当に自慢の彼女だから、相手が誰であれ褒められたらやっぱり嬉しいよ。ただ男子から褒められて愛美さんを狙ったり、ちょっかいをかけられたら居ても立っても居られないから、僕としては女の人からの方が喜びだけで不安はないからやっぱり女の人からの方が良いけど、それで愛美さんを不安にして泣かせてしまったんだ……僕は」
 と、肩を落とす優希君。
 何か周りを見て初めて理解出来たけれど、あの受付のお姉さんも気まずそうにしているし周りの人の視線も大体が温かった。
 昨日の朱先輩の言葉をもう一度思い出した訳じゃ無いけれど、見ず知らずの人達も日常に帰ってこようとしている私たちを待ってくれていたんだなって今更になって思い至る。
「……私が早とちりをした上、ワガママを言って変な空気にしてしまったんだよね。ごめん」
 思い至ってしまったら何も知らない内に目に涙を溜めて“嘘つき”だなんて酷い言葉を口にしてしまった自分に対して自己嫌悪が襲って来る。もう今日は勉強会にならないかも知れない。
「愛美さんが謝る事じゃないし、自分を責める必要なんてないよ。僕が愛美さんを不安にはしない、泣かさないって決めてたのに関わらず守れなかったのは僕の方だから。それに僕が愛美さんにしか興味が無いって伝え切れてなかったのも原因かな」
 どうして“大好き”な優希君との久しぶりのデートでこんな空気になってしまったのかな。日常に戻って来るのがこんなに難しいだなんて。
 ほんの些細なボタンの掛け違いだけで優希君と喧嘩みたいになってしまうなんて。
“大好き”な人の話に耳を傾ける、話を聞こうって決めてたはずなのに本当に感情って難しいなって思う。
「優希君が悪いなんて事は無いんだから、自分を責めるのは辞めて欲しいな。それに私、まだ涙していないよ」
 ものすごく無理があるのは承知の上だけれど、涙で濡れた朱先輩からの参考書のページを一枚めくって、優希君に約束を破らせたくなくて、せめてもの私の気持ちを優希君に伝える。
 その上でこれ以上涙がこぼれてしまわない様に上を向いて、再び瞳に溜まりきった涙がこぼれてしまわない様に自分自身に抵抗する。
「愛美さん……本当にありがとう」
 なのにこんな私の顔を上からのぞき込んだ上、後ろからそんなに優しく抱きしめてくれるから
「そんなことしてくれたら私……」
「でも、今流れる涙は嬉し涙だよね。その涙の種類なら僕が約束を破る事になっても、嘘つきになっても良いよ」
 優希君の言葉と同時に、私の瞼からその張力が重力に負けるように私の頬を伝う。
 本当に優希君と一緒にいると、喜んだり落ち込んだり嬉しくなったりと私のココロがよく動く。
 彩風さんと私、女の子に涙されて迷惑と言った会長と、涙した私の顔を見ながら背中から優しく抱いてくれる優希君。
 この差が、私から見た二人の男の人の印象の違いなんだと思う。
「私が優希君を嘘つきにしたくないの。本当にごめんね」
 改めて優希君が渡してくれたハンカチで、溢れてしまった涙を拭き取る。
「愛美さんにこのチョコレート両方ともあげる。ひょっとして愛美さんからしたら他の女の人のは欲しくないかも知れないけど、僕は愛美さん以外興味は無いって分かってもらいたいから、両方とも愛美さんに食べて欲しい。それであのお姉さんから僕への興味を否定したって取ってくれると僕は嬉しい。その上で今日は愛美さんの隣で愛美さんと触れ合いながら一緒に勉強がしたい。それで今後どんな女の人と喋っても僕は愛美さんにしか興味が無いってどうにかして伝えたい」
 優希君の気持ちはちゃんと伝わっているはずなのに、こんな事まで言わせてしまうなんて。これじゃもうただのワガママでしかない。
「ううん大丈夫だよ。今更言っても後付け感しかないかも知れないけれど優希君の気持ちはちゃんと伝わってはいるの。だから今まで通りでいてくれた方が私は嬉しいな。もちろん私の隣に来てくれるのも嬉しいから少し短くなってしまったけれど、私の隣でよろしくね」
 私は優希君の提案を出来る限り否定する事なく甘えさせてもらう。
「せっかく楽しみにしてくれてた僕とのデートなのに、他の女の人と喋った僕を赦してくれた上、約束を違えさせないでくれてありがとう」
 そしていつの間にか、私の女心まで正確に理解し始めてくれているっぽい優希君。
「ううん。私の方こそ面倒臭い女の子でごめんね」
 私たちはお互いに気遣って、それでも受付のお姉さんから頂いたペアのチョコレートを、優希君は固辞してくれたから、両方とも私が口にする。
 その様子を私のすぐ隣に腰掛けた優希君が嬉しそうに見てくれていて……私は優希君に甘えるように、私からもう少し隙間を埋めるように寄り引っ付きながら、勉強に集中させてもらう。

 え? そんなにひっついて本当に集中出来るのかって? そりゃ大好きな人の温もりを感じながらなんだから集中出来るに決まっているって。

「愛美さん、もうお昼回ってるけどどうする? もう少し続ける?」
 どのくらい集中していたのかは分からないけれど、気が付いた時には館内の人もさっきよりも少ない気がする上、ざわついている気もする。
「?! じゃあそろそろ休憩にしっよか。今回はちゃんとお弁当を作って来ているから外のテーブル、借りよ?」
 って言うか、いくらしっかりとくっついて勉強していたからって、優希君の顔がいつもよりだいぶ近い気がする。
「分かった。それじゃ行こっか」
 だけれど、顔が近い事には全く触れずに口付けをする素振りすらも見せずに私に笑顔を見せてくれた優希君が、私の片付けが終わるのを待って外へと連れ出してくれる。

―――――――――――――――――Bパートへ――――――――――――――
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み