第197話 場所と関係 Aパート

文字数 5,548文字


 時折こちらを気にしながらも帰って行く二人を見送った後、それでも剣呑な雰囲気を出し続ける優珠希ちゃん。
 だけれど以前のように逃げたり後ずさったりはしない。腕を伸ばせば届く距離で向かい合う。
「良いよ。今からは二人きりだからもう言いたい事言いなよ」
 言いたい事、想っている事、感情を動かすような気持ちが無ければそんな表情にはならないだろうから。
「……何であんなメスブタや狡猾女に優しくしたり、よりにもよって友達だとか名前呼びだとか。そんなにわたしよりわたしたちから愛美先輩を奪ってしまうあんな女の方が大切なの? お兄ちゃんの愛美先輩への気持ちはどうなるの?」
 奪うって……別に二人の前からいなくなる訳でも無いし、私も二人に優希君は譲らないって今まで何度も言って来ているのに。
「優希君からの気持ちはちゃんと届いているし、どうもならないよ。それに冬美さんは大切な友達で、あの八幡さんだっけ。あんなに可愛らしい狡猾女なんて全然大した事ないじゃない」
 さっきも思ったけれど、だいたい毎月の全校集会があって私たちが統括会の人間だって知らない訳が無いし、それをワザワザ私たちの前で言う事自体、もう裏がある、とぼけているって教えているような物なのに。それで優希君の顔と名前だけが一致して、部活停止中であるはずの優珠希ちゃんが所属している部活が分かるとか、そんな都合の良い話なんてある訳が無い。大方今までの間にコツコツ調べてある程度分かった上で、私と優珠希ちゃんの関係でも探ろうとしていたとか、そんなオチじゃないのかと思うんだけれど。
 狡猾って言うのはもっとこう、相手の喉元に刃物を立てる寸前まで相手に気取らせない性格と言うか行動を言うんじゃないのか。
 それにしても優珠希ちゃんの蹴りは本当に痛い。まだ痛みが消えない。
「そんなことゆっても二人共情に絆されて、よりにもよってあのメスブタを友達だとかゆい始めてるじゃない。あんなオンナさえいなかったらわたしもこんな事しなくて済んだし、メスブタのマーキングに嫌な思いをする事も無かったじゃない」
 なのに来る女の子のみんなそうやって弾いて、そんな態度だと園芸部員だって増えないんじゃないのか。
「優珠希ちゃん。今日ずっと最もらしい事ばっかり言って取り繕っているけれど、今日優珠希ちゃんがした事は、初学期に私たち先輩が御国さんにした事と同じだって言うのは分かっているんだよね。しかもいなくなっていたらって言う事は、あの時御国さんが辞めるって認めようとしていたって事?」
 心から大切にしているはずの御国さん。その御国さんがあんな理由で辞めるなんて認められないからこそ先輩相手にも噛みついて、自分の服を脱がされたとしても御国さんを守ったんじゃないのか。 (95話)
 あの時二人の絆に心が動いたから私も助太刀したのだ。だからあの時天城であるとか、統括会であるとかあんまり考えていなかったはずなのだ。
「そんな訳ないじゃない。ただわたしたちはお花が好きなだけ。だけどあの女たちは違うの。二人共園芸もわたしたちもどうでも良いの。お兄ちゃんに近づく為だけにわたしたちや園芸部を利用しただけなのよ。どうしてそれが分からないのよ」
 つまり園芸部に下心を持って近づいて来たのが許せないって事か。
 だったらさっき感じた違和感は福産感情的なもので、感じた違和感に直接の影響はないって事なのか。
「それでも八幡さんは自主的に活動もしてくれていたんでしょ? 誰も見ていない中で一人活動する下心って何? それに冬美さん『辞めて。あんなメスブタに親しい呼び方をする愛美先輩なんて見たくも聞きたくもないの』――冬美さん『っ』だって今日も含めて、優希君と優珠希ちゃんの関係を知らない時から園芸を手伝ってくれた時もあるよ」 (32話)
 今の優珠希ちゃんをこれ以上刺激するのは良くないと分かってはいたけれど、私だって冬美さんと友達を辞めたくないし、冬美さんの孤独や気持ちを理解しようと言うのに、優珠希ちゃんの呼び方を容認する訳にはいかないってさっき改めて決意したばかりだから。
 その上で優希君に色目を使った文句はたくさん言わないといけいない。
「何で……何でわたし達の活動場所にあのメスブタを入れたのよ。ここはわたしたちだけの場所じゃないの? なのにわたしの制裁を身代わりになってまで受けて、そんなにあんな女がわたしたちより良いの? 大切なの?」
 だけれど初めの印象が悪すぎる二人の関係。優珠希ちゃんの声が変わる。冬美さんとあの八幡さんが園芸部を踏み荒らしたと感じていても不思議じゃない。だけれどここは学校の中なのだ。だから優珠希ちゃんの中にある感情を理解出来てもその考え方では駄目なのだ。
「優珠希ちゃん。そこは違うよ。ここは学校と言う時間の限られた場所なの。だから二人だけで完結していたら、この園芸部。二年後には誰もいなくなるよ。そうなった時ここに咲いているお花や植木はどうなるの?」
「そんなの下心だけで活動してたって長続きしないじゃない。つまりわたし達の場所を荒らされただけで結果としては同じなのよ。だったらこのままでも良いじゃない」
 このまま、今のまま……か。ひょっとしなくても優珠希ちゃんは寂しがり屋なだけじゃなくて、ものすごく臆病で怖がりなのかもしれない。何かにつけて私と優希君が喧嘩するのも気にしてくれているし。特に他の女の子が入って来た時の神経質な程の反応。
 そして御国さんとの間に誰かが入るのを極端に嫌がる優珠希ちゃん。 (98話)
 そう考えるとますます教頭先生の意図の信ぴょう性が上がる。
「その話。御国さんとしっかり話した事ある? 親友でもあり園芸部仲間でもある御国さんになら聞いてみても、意見・考え方の参考にしてみても良いんじゃないの?」
 そう言えば御国さんからも繊細で傷つきやすいって、八幡さん関連で注意もされていたっけ。
「……どうしてここで佳奈が出て来るの? 今日わたしの話なんて一度もしてくれてないじゃない! 愛美先輩にとってわたしって何なの?」
 そしてとっても寂しがり屋で甘えん坊な、私にとって
「“とっても可愛い優珠希ちゃん”だよ」
 この後輩をどうしたら安心させられるんだろう。
「そんな事いくら口でゆったってあのメスブタとも仲良くしてるじゃない。結局わたしなんて――」
「――優珠希ちゃん。そんなに不安だったら話してあげるけれど、お兄ちゃん――優希君――には話さない事と、八幡さんにちゃんと謝って赦してもらう事の二つ。約束できる?」
 一度気を許した相手にはとことんまで情が厚いとっても可愛い優珠希ちゃんに、寂しい思いなんてして欲しくなかった。
「嫌よ。大体あの狡猾女が園芸部を踏み荒らさなければ、今日だって愛美先輩と――」
「――優珠希ちゃん。真面目に活動していた人に踏み荒らすって言うのは違うよ。それに園芸部に誰が入って来ても私と優珠希ちゃんの関係は変わらないし私と優希君がどうなる心配もない。どうしたら優珠希ちゃんは分かってくれる?」
 優珠希ちゃんの言葉を抱きしめて止めた私が、優珠希ちゃんに笑顔を向けて聞き返す。
「そんなの決まってるじゃない。あの二人と今すぐ縁を切って今後一切一言も喋らない。わたしたちの目の前に二度と姿を現さないって確約してくれたら、大元がいなくなるんだから安心出来るわよ」
 私の気持ちがどうしたら伝わるのか聞いたはずなのに、出て来た答えは安心に対する回答。
 しかも私が抱いていても優珠希ちゃんはこれと言った抵抗も逃げる素振りも見せない。どころかこれだけ悪態をついているにもかかわらず、私からたくさんのビンタをしたにもかかわらず、私に甘えるようにもたれかかって来る寂しがり屋の優珠希ちゃん。
「どうしてそこまで不安なの? 私、優希君と別れる気なんて無いし優珠希ちゃんと疎遠にもなろうなんて思った事ないよ?」
 気が付けば口付けだって当たり前のように毎回しているし、最近に至っては“お互い”に“その先の事”まで意識しているのに、別れる訳が無い。
 ただ、万一の可能性があるとすれば優希君の気持ちが私から離れてしまった場合だけれど、そんな事考えたくもないのだからこの話はナシにする。
「そんな事ゆったってお兄ちゃんがあのメスブタの“脂肪”に触った時、愛美先輩の事だからあんなメスブタ相手に身を引こうとか、お兄ちゃんと別れるとか考えてたんじゃないの? あの“絶望”の週末、どれだけわたしが不安だったか分かる? あの週末本気でお兄ちゃんと喧嘩したわたしの“絶望”が分かる? わたし、もうああゆう想いはしたくないの。あんな思いをするくらいなら周りが敵だらけでも良い。わたしは愛美先輩以外の女にお兄ちゃんの目が行かない様に排除して行くだけ」
 私が考えていた最悪の結末まで分かっていたっぽい優珠希ちゃん。
 それにしても“絶望”か……。そこまで私と優希君の仲を考えてくれるのは嬉しいけれど、絶望と言う極端とも言える感情の色が、また私に新しい違和感を産む。
 優珠希ちゃんが“脂肪”と切り捨てる恐らくは冬美さんの胸部……胸。その言葉と体全体で冬美さんを嫌っていると表現する優珠希ちゃんに、泣きたい気持ちになるけれど、それよりもどうしても“絶望”と言う言葉が気になる。
「それも大丈夫だよ。優希君は私だけを見てくれている。それは私だけじゃなくて朱先輩や蒼ちゃんだって認めてくれている。その上で私であろうと優希君であろうとおかしな言動をしていたら、すぐに厳しく注意も飛んで来るよ。特にあんな事があった蒼ちゃんは、男女関係に対してものすごく厳しくなったから、優希君にも私相手にも本当に小姑かって言うくらいうるさいよ。
 逆に言うとそれくらいには私たちの仲を、特別な人、親友、友達はみんな応援してくれている。それでもまだ不安? 怖い?」
 だけれどここもまた、私の気持ちより絶望を感じる程の不安を持った優珠希ちゃんをどうするかなのだ。
「そんな事ゆったってどうせ男なんて、みんなこの脂肪の大きい女が良いんだから分からないじゃないっ! でなかったらよりにもよってあんなメスブタの“脂肪”になんて触りたがる訳ないじゃないっ!」
 なんかもう、色々と失礼極まりない言葉をまき散らしながら、更に声音を変えて嗚咽寸前の声に変える優珠希ちゃん。
 こんな声を聞いて叱る事も注意する事も出来なくなった私は、辛抱強く優珠希ちゃんの言葉に耳を傾ける。
 ただ私同様優希君だって、女の人に慣れてはいなかったんだから、突然の冬美さんの行動にびっくりしたまま、私よりも明らかに大きい冬美さんの胸に手を置いたとしても、びっくりしてパニックになって逃げたって言う優希君の言葉からしても、今なら冬美さん自身に触れても嬉しくないって言う言葉の意味も分かるし、冷静に優希君の気持ちを聞く事も出来る。
 つまり相手をどれだけ信用しているのか。相手をどのくらい理解しようと出来ているのか。こういうなんて言うのか、気持ちの持ちようみたいなのがハッキリしていると、取り乱す事が少なくなるのかもしれない。
「……優珠希ちゃんは自分のお兄ちゃんを信じないの? 優希君確かにエッチだけれどそんなに節操無しかな? 近づいて来た女の子みんなに良い顔して、私に隠れて色々な女の子と遊ぶような――」
「――いくら愛美先輩でもそれ以上は辞めてちょうだい。お兄ちゃんがそんなサルじゃないって信じ

の。それでもあの狡猾女はわたしよりも大きな脂肪を二つもぶら下げてるのよ。お兄ちゃんだって男なんだからあんな狡猾女に、メスブタの時のように再び変な気でも起こされたら……」
 自分で言って、今度は明確に私にしがみつく優珠希ちゃん。
 そっか……だからこその違和感だったんだ。お兄ちゃん――優希君――を信じ

。だから他の男の人のように、“力のある男の人が詰め寄って来た女の子を振り払える”と言う理屈を通さなく――いや、通

なっているのか。それでも困った事に、実際冬美さんの胸に手を触れた事実だけは残っているから、不安が消えないのかもしれない。そこに私の気持ちをかなり正確に言い当てて見せた優珠希ちゃん。
 だから多分優珠希ちゃんの言う不安は理解できているとは思う。だけれどそこまでで“絶望”とまで言わせたその気持ちまでは理解できない。
 ただ、今優珠希ちゃんが持っている不安に関しては幸いにして消す事は出来るのだ。
 確かに男の人のためについている訳じゃ無いって言うのに、私たちの胸に興味を持つと言う男の人達。なのに優珠希ちゃんをここまで不安にする男の子の下心に呆れる。
 だけれど本当に皮肉な事に、優希君に限って言えば大きさなんて関係無いってちょうど昨日のデートでしっかりと証明して見せてくれているのだ。
 そう。デートの終わり掛け、私の気が緩んだ“隙”を突いて私の服の襟元からしっかりと中をのぞいてこっそりと楽しんでいた優希君によって。
 しかもあの時のだらしのない鼻の下まで伸ばし切った優希君の表情。多分下着以上のものも見えていたと思うけれど、恥ずかしくて何をどこまで見たかなんて聞けていない。
 でも大きく無い私の胸にそこまで興味を持ってもらって、冬美さんの胸の時にはびっくりしてパニックになって。エッチだけれどちゃんと私以外に興味は無いってこれ以上ないくらい行動で示してくれているのだ。
 この話が出来れば優珠希ちゃんにとって何より安心出来る話だと思うのだけれど、さすがにこんな“大人の話”を優珠希ちゃんにする訳にはいかない。

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