幕間講義 6 【民法820条・822条】〖懲戒権〗廃止及び【民法834条】(後)

文字数 7,136文字


直実:そしたらそのままもう一歩踏み込むな
朱寿:この【民法820条】と、特に【民法822条】に関しては、その過去から何度も
   議論されて、改正されて来てるんだよ。
   そこで今回形・文面が変わってた以前の条文があったので引用させて頂くん
   だよ

【旧民法820条】※1898年~2011年
  親権を行う者は、“子の監護”及び教育をする権利を有し、義務を負う。

【旧民法822条】※1898年~2011年
1:親権を行う者は、必要な範囲内で自らその子を懲戒し、又は家庭裁判所の
  許可を得て、これを〖懲戒場〗に入れることができる。
2:子を〖懲戒場〗に入れる期間は、六箇月以下の範囲内で、家庭裁判所が定める。
  ただし、この期間は、親権を行う者の請求によって、 いつでも短縮することが
  できる。

【現民法820条】(監護及び教育の権利義務) ※2011年~2023年(予定)
   親権を行う者は、“子の利益のために”≪子の“監護≫及び教育”をする権利を
   有し、義務を負う。

【現民法822条】(懲戒) ※2011年~2023年(予定)
   親権を行う者は、第820条の規定による監護及び教育に必要な範囲内で
   その子を《懲戒》することができる。

朱寿:分かり易い様に新旧二つの【民法】を並べたんだけど、どうかな? 
   色々感じる部分はあるかな?
冬美:あの。ワタシ聞いた事無いんですけど〖懲戒場〗って何です? 
   響きからして折檻専用場所って感じがして、どう考えても嫌な気しかしないん
   ですけど、躾ける為の専用の場所があったって事なんでしょうか?
優珠:……メス――女に答えるのはムカつくけど、講義だから答えると、〖懲戒場〗
   ってゆうのは、今でゆう児童福祉施設とか少年院のような施設を指すのよ
彩風:つまり、子どもたちの反省を促して更生させるような施設って事?
穂高:さすが空木さんよく知ってたわね。その通りよ。今でこそさっき空木さんが
   言ってくれたような名称に変わってるけど、昔はそんな良いものじゃ無かった
   のよ
直実:とは言っても、昔だから何でもかんでもまかり通った訳じゃないけどな
巻本:ただ、この時代は叩いて分からせるとか、言って聞かなければ叩いて聞かせる
   などは普通だったから、そんなに使われる事も無かったし、〖懲戒場〗自体
   数も少なかったんだ
実祝:先生。裁判所が決めるってあって、その長さも親権者――親が決められるって
   あるけど、1日で終わりとかも?
穂高:そうね。流石にこの辺りは私たちも生きてた時代じゃないから、何とも言え
   ないけどそう言う判例もあったと思うわよ
   ただ、昔からの非行自体は、今も変わらずの判断の部分もあるから、ほとんど
   なかったと思うけど、今の凶悪犯罪なんかを置き換えてもらっても良いかも
   しれないわね。
直実:先生ありがとうございます――ただ気を付けて欲しいのは、当時は今と
   違って、児童相談所に連絡を取ってと言う方法じゃなく、必ず家庭裁判所を
   通さないといけなかった事。つまり緊急性を要する場合などは想定されて
   無かったって事だけはしっかり押さえといてな――優珠ちゃんも。
   法学部目指すなら知っといて損はないと思うぞ
優珠:ありがとうございます
中条:……判断が。難しいな
蒼依:……
佳奈:お兄さんがおらなんで良かった
結芽:あの。うちからも質問なんですけど、旧民法のところに1898年って書いて
   ますけど、ずーっと改正なかったんですか?
朱寿:そうなんだよ。だから〖懲戒場〗自体が無くなった後でも、しばらくはこの
   条文のままだったから、実態と法律が合ってない状態が続いてたんだよ
直実:そこに加えて、近年増加の一途を辿ってた虐待。この二つの問題が民法改正
   の声に繋がったんだ
冬美:そこで先ほどからの話に繋がるんですね
巻本:そう言う事。で。ここからもう一つ考えて欲しいのが、【旧民法】では
   なかった文言。“子の利益のため”
優珠:820条の話がないと思ったら……そうゆうことね
直実:


朱寿:さすが妹さんなんだよ。改正の際に日本が批准した、子供の権利条約を意識
   して盛り込まれた文言。それがこの“子の利益のため”なんだよ
冬美:それも以前この講義で教えて頂きました、子どもの四つの基本権利ですよね
穂高:さすが役員ね。その通りよ。ちなみに四つとも言えるかしら?
冬美:生きる権利 守られる権利 育つ権利 それに 参加する権利 でしたよね
巻本:さすがだな。そしてこれらをまとめるのが 
佳奈:……子供の最善の利益。ですよね
彩風:……あの。今の話の通りなら【民法820条】の条文は親権を行う者は、
   “子の

利益のために”子の監護及び教育をする権利を有し、義務を負う。
   でないといけないんじゃないですか?
優珠:あんた……ちんちくりんなのに、よく気づいたわね
彩風:ち……ちんちくりん。未だにちんちくりん……
直実:ちなみに優珠ちゃん。どうして“子の

利益のために”の


   が省かれたか説明出来る?
佳奈:ひょっとして優珠ちゃん。分かるん?
優珠:えっと……どこかで話してた気がするんだけど、例えばわたしたち子どもが
   お金のかかる、医学・薬学系の学校へ進学したいとゆった時、家庭や親の
   経済的な都合によって、どうしても子供の希望・意見を叶えられない際に
   置いて例外的に認められる場合がある……だったかしら
朱寿:基本的にはそれで十分なんだよ。子供の最善の利益も、もちろん大切なんだ
   けど、それを追求した結果、経済破綻(自己破産)や生きる権利が脅かされる
   なら、そっちが優先になるんだよ
巻本:そう。だから

であって、

との表記には
   ならないし、どちらかと言うと

“子の利益のために”と取った
   方が分かり易いかもしれないな
彩風:……ありがとうございました
冬美:ワタシも理解出来ました
実祝:さすが、来年を託せる後輩たち

彩風:それでもアタシたち子どもを虐待する親は増え続けてるんですよね
蒼依:叩く、暴力だけが必ずしも虐待とも限らないと思うけど
咲夜:ホント。気分も落ちるし、自分の子供なのにね
直実:……正直俺もそこは心を痛めてる。だけどこっちだって必死になって手探り
   でも、解決方法を模索してはいるんだ
朱寿:ナオくん……それが、この2011年に施行された改正民法と同時に拡大解釈
   及び新設された【民法834条】にある〖親権喪失〗及び〖親権停止〗の二つ
   なんだよ (※2)
彩風:〖親権喪失〗と〖親権停止〗……親の権利が無くなるって事ですか?
優珠:それでも良いけど、親の権利を止める。こっちの方が正しいわね。ただ、
   以前からある〖親権喪失〗は字の通り完全に権利が無くなるけど
冬美:えっと……拡大と仰ったのは何でしょうか
穂高:説明するわね。元々この〖親権〗に関する規定や話って言うのは、実親のみ。
   その上〖喪失〗だけの《ゼロオアフル》。いわゆる《“0”か“100”》のどっち
   かだったの。でもね、子の最善の利益を追求する場合、〖親権喪失〗に踏み
   切って良いのか、そのまま子供と親を切り離しても良いのかを悩ませてたのよ
   それに、今は多種多様な家族、親子関係もあるから、親権者及び後見人も含
   めるようになったのよ
直実:だから、一時的にでも親子を離した方が良いと判断できた場合でも
   〖親権喪失〗に踏み切ることが出来なかったんだ
朱寿:その結果、再び家に帰った結果、実親からの虐待により児童が亡くなった
   ケースもあるの。そこで、児童の最善の利益、【子どもの権利条約】や
   【民法820条】を出来るだけ履行できるようにと新設されたのが
   〖親権停止〗。最長二年間子どもの世話や共同生活に制限を付ける制度を
   作ったんだよ。その条文がこれ。

【民法834条】第三節 親権の喪失(親権喪失の審判)
   父又は母による虐待又は悪意の遺棄があるときその他父又は母による親権の
   行使が

困難又は不適当であることにより子の利益を

害するとき
   は、家庭裁判所は、子、その親族、未成年後見人、未成年後見監督人又は
   検察官の請求により、その父又は母について、親権喪失の審判をすることが
   できる。【ただし、二年以内にその原因が消滅する見込みがあるときは、
   この限りでない。】

【民法834条の2】 (親権停止の審判)
   父又は母による親権の行使が困難又は不適当であることにより子の利益を
   害するときは、家庭裁判所は、子、その親族、未成年後見人、未成年後見監督
   人又は検察官の請求により、その父又は母について、親権停止の審判をする
   ことができる。
 2 家庭裁判所は、親権停止の審判をするときは、その原因が消滅するまでに
   要すると見込まれる期間、子の心身の状態及び生活の状況その他一切の事情を
   考慮して、【二年を超えない範囲内】で、親権を停止する期間を定める。

直実:ありがとう朱寿。この条文の内、喪失の方の最後【カッコ】部分と
   【民法834条の2】の全文が追加になったんだ
穂高:この結果、児童相談所も親権者と子供を引き離すのに、
   ためらいがなくなったってわけ
冬美:えっと。質問ばかりで申し訳ないんですがまた良いですか?
咲夜:そんなに何を質問するの?
実祝:あたしも聞きたい事はある
巻本:良いぞ。何でも質問してくれ
冬美:あの。〖喪失〗の方には“著しく困難”とか“著しく害する”とかありますけど、
   〖停止〗の方には“困難”とか“害する”とかだけで、“

”ってないんですね
実祝:……あたしと一緒だった
彩風:……この先輩もすごい。アタシ全然気づかなかった
優珠:当たり前じゃない。〖喪失〗ってゆうのは、失うって事で〖復活〗の規定が
   ない以上、どうしたって一方通行なんだから慎重に慎重を重ねるのが普通
   じゃない。対して〖停止〗の方は、“最長二年”って期限まで決まってるん
   だから、ハードルを低くしてる。何のために新設されたかを考えたら分かる
   んだから、少しは頭使いなさいよ
佳奈:優珠ちゃん。それは優珠ちゃんが法学部目指してるから分かるんであって、
   普通は“著しく”にすら目も行かんで?
直実:いや。さすが優珠ちゃん。俺の説明が無くなったな。朱寿は何か付け足す
   部分はあるか?
朱寿:……ううん。特にないんだよ
直実:朱寿の専門は児童福祉と虐待の方だろ? だから気を落とす事ないって。
   それに専門外は俺もフォローするから
朱寿:ありがとうナオくん
中条:……


彩風:……三点リーダが多いんだけど、何考えてるの?
中条:いや。矢山さんみたいな男ってホントにいるのかなって
実祝:ん。素敵。
九重:なんか大人の男性って感じよね
蒼依:でも、そんな男の人なんて少ないよ
中条:!! そうですよね。副会長や矢山さんみたいな男なんてほとんどいません
   よね
咲夜:そしていつも通りの結論に

穂高:じゃあ私から一つ追加なんだけど、このハードルを低くしたのは、
   児童相談所運営指針内にある規定も意識されてて迅速にかつ素早い判断を
   求められた時に、ためらいを少なくするためもあるって言うのは補足して
   おきたいわね
   それと、拡大解釈の補足だけど、こっちも今までは親族・検察官・児童相談所
   所長だけだったのが、子供本人及び未成年後見人も含まれるとこになったのよ
優珠:……その根拠法文がこれよ

  【改正児童福祉法 47条①項②項及び③項】
   ①児童福祉施設の長は、入所中の児童で親権を行う者又は未成年後見人の
    ないものに対し、親権を行う者又は未成年後見人があるに至るまでの間、
    親権を行う。ただし、民法第七百九十七条の規定による縁組の承諾をする
    には、厚生労働省令の定めるところにより、都道府県知事の許可を得な
    ければならない。
   ②児童相談所長は、小規模住居型児童養育事業を行う者又は里親に委託中の
    児童で親権を行う者又は未成年後見人のないものに対し、親権を行う者
    又は未成年後見人があるに至るまでの間、親権を行う。ただし、民法第
    七百九十七条の規定による縁組の承諾をするには、厚生労働省令の定める
    ところにより、都道府県知事の許可を得なければならない。
   ③児童福祉施設の長、その住居において養育を行う第六条の三第八項に規定
    する厚生労働省令で定める者又は里親は、入所中又は受託中の児童で親権を
    行う者又は“未成年後見人のあるもの”についても、監護、教育及び懲戒に
    関し、その児童の福祉のため必要な措置をとることができる。ただし、
    “体罰を加えることはできない”。

直実:本当によく勉強してるね。これだと第一志望にも合格できるんじゃないかな
穂高:この解説をしておくと、《〖親権喪失〗者》ないしは《〖親権停止〗中》の
   児童に対し、変わって親権を代行する者を児童福祉所長や未成年後見人にも
   拡大したのよ

直実:貴重なご意見と言いますかご教示をありがとうございます
巻本:つまりここまでをまとめると、以前の民法は〖懲戒場〗なるものがあって、
   そこが児童相談所の代わりになってた。
   ただ、今と違って、保護と言う観念が無かったから、あくまで家庭裁判所の
   判断に基づき〖懲戒場〗に送られる事となってた
佳奈:そして、その期間が最長半年で、その期限自体も実の親が短縮を呼び掛ける
   事は出来た
冬美:ところが、100年以上も改正なく続いた法律により、〖懲戒場〗自体も無く
   なり、法律だけが浮いた存在になってたのを2011年の改正の際に子供の権利
   条約も意識した、【民法820条・822条】に書き換えられた
実祝:えっと。その際に増え続ける虐待により迅速な判断も必要になったからと、
   親子の距離を空けてお互い冷静になれるようにと〖親権喪失〗の他に
   〖親権停止〗の条項を【民法834条・834条2】に新設した
咲夜:その前に、増え続ける虐待を前に、何とかしたいって想いが児童相談所に
   あったから、この〖親権停止〗の項目が増えた要因にもなったんだよね
彩風:その〖親権停止〗をより行使しやすくするために、最長二年の期限を設け
   〖親権喪失〗とは違って“著しく”と言う言葉自体が省かれてるって話なんだ
   よね
九重:みんなすごいわね。途中参加のうちでも分かり易い
中条:今までの復習はあーしも分かり易かったんですが、この後は講義の議題でも
   ある【民法820条】と【民法822条】の〖懲戒権〗削除の話なんですよね
蒼依:大人たちがみんな頑張って、子どもの権利条約を意識して、私たちの利益を
   考えてくれてるのは伝わるけど……私の親はどうなんだろ
慶久:んな事言ったら俺んちだって同じです。ねーちゃんばっかで俺なんてあんま
   構ってもらえてないし
倉本:お! 久しぶりに口開けたんだな
慶久:俺にはさすがに難しすぎて、喋れなかった
倉本:そうだな。どうにも入り辛い空気だったもんな
女子:(お前が原因だろ)

愛美:……優希君。私の気持ちわかってくれた?
優希:よく分かったよ。でも、僕の不安な気持ちも分かって欲しい
愛美:うん。だからこれからもお互い隠し事なしで行こうね
優希:ありがとう愛美さん
全員:(絶対あれ。愛美さんに怒っても注意もしてないよね)
優珠:(結局腹黒に飲み込まれたんじゃない)
蒼依:……空木君。ちゃんと愛ちゃんに注意してくれた?
優希:良いよ蒼依さん。僕は愛美さんを信じるし、ましてやあんなことがあったん
   だから、愛美さんに限ってそう言うのは無いよ。それに愛美さんに対して
   知らない事があるからこそ、知る喜びもずっと持てるんだろうし、僕として
   は、広い心を持ってる彼氏って事で愛美さんには今まで通り伸び伸びとして
   もらうだけだよ
冬美:……やっぱり岡本さんの舌に巻かれてしまいましたか
倉本:で? 岡本さんの部屋ってどんなだったんだよ
優希:倉本。僕が自分の彼女の部屋の中を言うと思うか? しかも最大のライバル
   だろ? 言う訳ないだろ
彩風:……
中条:さすが副会長。そこのヤることしか考えてない会長とは大違いですね
実祝:ん。愛美を束縛するのは駄目。流石副会長分かってる
咲夜:……いいなぁ。あたしも早く彼氏欲し――実祝さん。あたしと親友続けて
   欲しいな
蒼依:……
佳奈:なんや文脈がおかしい気がするんやけど
優珠:発情ハレンチ女について深く考えるのは駄目よ
愛美:ありがとう優希君。私、優希君が彼氏になってくれて本当に幸せだよ
優希:愛美さん……
倉本:……
慶久:ねーちゃんのこんな姿を見せられるって、これ。何の罰ゲームなんだよ
朱寿:良かったんだよ。愛さんがとっても幸せそうでわたしはものすごく嬉しいん
   だよ
直実:……朱寿……朱寿は、俺が絶対幸せにするからな
朱寿:ありがとう! 不束者ですが、末永くお願いするんだよ
教頭:(……元教え子の幸せな姿と言うのもまた、良い物ですね)
穂高:(――良かった。自分勝手だから声には出せないけど、船倉さん。本当に
   良かったわね)
巻本:船倉……
生徒:(――やっぱりこの二人は)

――――――――――――幕間講義 6(終)――――――――――――――――
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