第190話 いつも通りの大切さ Cパート

文字数 6,505文字


 今までの出来事で、空木くんの中に愛さんを守ろうとする気持ちは確実に強くなってる。その空木くんの目の前で愛さんを“ぎゅ”って抱いた会長さん。
 愛さんの貞操観と驚愕反応を見せる愛さんが、好きな男の子の前で他の男の人に抱かれたりしたら……その上、何より大切にしてる蒼さんやお友達に対して、愛さんが眉を顰めるくらいに口調の変わる会長さん。
 一度役員室へお邪魔した時の、愛さんがいないからこそだと思ってた冷たい言い方。下品な表現だとも思ったけど、
「その会長さんって、普段からそんなに怖いの?」
 仮に好きな人にそんな姿を見せてしまったら、わたしも愛さんも恋愛対象からは外れてしまうくらいは分かると思うんだけど……。
「……いえ。普段は気も長いですし辛抱強く相手の話に耳を傾けてくれます。ただ思い通りに行かなくなるとすぐに機嫌が悪くなるんです」
 わたしのランチを咀嚼し終えた愛さんが、会長さんの印象を教えてくれる。
 そう言えば空木くんも何かあればすぐに手を出すって言ってたし、教頭先生も自分を追い込み過ぎて視野がとても狭くなるって言ってたっけ。 (154話)
 つまり、今の愛さんと空木くんの関係を勘案すると、会長さんの心には全く余裕が無いって事なんだと思うけど……その理由まで考えると会長さんの心に余裕が出来る事は無いんだから……
「ちなみに空木くんは何て言ってるの?」
 そう言えば、空木くんはどう判断したんだろう。
「優希君は告白を受けた方が良いって。男の人は単純だからしっかり断らないと笑顔一つで、下手をしたら喋りかけるだけで期待してしまうから、その期待を完全に砕くくらいハッキリと断って欲しいって、朱先輩と同じ反応、内容でした」
 そうなんだ。憎い妹さんを思い出せば、やっぱり空木くんは分かった上で愛さんに男の人の気持ちを教えた“秘密の窓”を開けたって考えて間違いないんだけど……本当に、何て賢い兄妹なんだろう。
「でも、会長はすぐに機嫌が悪くなるんだよね」
 空木くんが会長さんをわたしに紹介してくれた時にそう言ってたんだから、認識はしてると思うんだけど。
「はい。だから何かあったらすぐに飛び込める場所にはいるって言ってくれました」
 わたしが思ってる以上の対策なんだよ。しかも愛さんもなんだか嬉しそうだし。
「じゃあ愛さんとしては会長さんの告白は聞くの?」
「私としてはそのつもりなんですが、蒼ちゃんが全く納得していなくて、今日優希君に直接確認するって言っていたので、それからになるかと――」
 愛さんの言葉の途中で不意に鳴り出す愛さんの電話機。だったら何も悩む必要は無いかと思って最後に確認すると、まさか――でもないのかな。親友さんが難色を示してるみたいで驚く。
 なんだかさっきのブラウスの件と言い、わたしを意識してるどころか不満や言いたい事がありそうなんだけど……何を考えてるのか暫くわたしの顔と電話機を交互に見て、

『……もしもし。休みの日にどうしたの?』
 鳴り止まない電話機を手にしてた愛さんが意を決したように電話機を耳に当てるけど、その体がほんのわずかビクつくんだよ。
『電話取ってくれたって……何か用事があったんだよね。お礼を言うのはその後だって』
 けど、名前を口にしてくれないから何となく嫌な予感はするけど、電話の相手が誰かを確定できないんだよ。
 電話口の相手が何を言ってるのか判然としないけど、唇が乾燥するのか、しきりに唇を湿らせたり、ため息をついたり電話に出るのをためらったりした姿を見ると、どう考えても親友の蒼さんや空木くんじゃないのは確かなんだよ。
『……どうしてって……特に用事が無いなら今、出先で人と会っているから切っても良い?』
 それだけにとどまらず、こんなに冷たくする愛さんを見るのは初めてなんだよ。これだけ冷たくしても割とはっきりと露骨に態度に出してるにもかかわらず、わたしの予想通りならそれでも愛さんを諦める気のなさそうな会長さん。
 本当に好きだからこそなのかも知れないけど、こんなの世間一般だとストーカーと同じ扱いなんだよ。
 それにも関わらず、しっかりと空木くんと話し合って。時には蒼さんや友達も交えて対処してるんだから、やっぱり今この場だけを切り取ったら冷たいかも知れないけど、そこに至るまでのいきさつを思えば、蒼さんやお友達も含めてこんなにも優しい恋人同士、カップルなんていないんだよ。
 だから愛さんのこの態度を見て、電話口の相手が誰なのかはある程度絞れたんだよ。
『優希君優希君って、私が誰と会おうが会長には何の関係もないじゃないっ! 相手、びっくりさせているからもう切る――』
 その中で今、一番タイミングの悪い人。会長さん。
 しかも

電話口で愛さん相手に言葉悪く大声を出してるのか、愛さんの目が少しだけ潤んで、電話を握る手に力が入ってるのがわたしから見ても分かる。
「……」
 だから愛さんに少しでも安心して欲しかったわたしはランチボックスを横に失礼して、愛さんのもう片方の手を繋ぐ。
『……今はすぐ隣に私を心配してくれる人がいるから、すぐの返事なんて出来ない。だから少し考えさせて欲しいの』
 その甲斐あったからか、愛さんの肩から力が抜けると同時に、声も普通になって目の潤みも無くなるんだよ。
 どころか、会長さんが何を言ったのかは分からないけど、わたしも聞いた事が無いくらい愛さんの声に冷たい感情が混じるんだよ。
『わざわざ私に優希君の悪口を言うために電話して来たのなら、金曜日の話なんて断るからもうナシで良い?』
 一時期、男の人の好意に対して全く対処も出来ていなくて、勝手に男の人の高感度まで上げていた愛さん。なのに今、この電話に限って言えばかなりしっかりと対応出来るようになっていると思うんだよ。
 本当に成長してるんだなって、これなら空木くんも安心だろうなって思う反面、どうしてもわたしの勝手な心が寂しく郷愁の風が吹くんだよ。
『……ごめんだけれど、優希君と相談して決めるから、待って欲しいってさっきも言ったよ』
その上、しっかりと空木くんの名前も出して自分は空木くんの彼女だからって言い切る愛さん。
『悪いけれど、会長とデートなんて優希君に対して浮気になりそうな事なんて出来ないからね』
 しかもどう言う会話の流れなのか、これだけ愛さんがハッキリと空木くんの名前を出した上で、ほとんどお断りをしてるのにまだ愛さんをデートに誘ってるっぽい会長さん。
 これじゃあ教頭先生の仰る通り、愛さんに対しては余裕が無いのは分かるけど会長としても、一人の男の子としても周りが見えてないと言うか、視野が無さすぎるんだよ。
 ……ひょっとしたらストーカーの人の心理状態ってこんな感じなのかな。もちろんだからって許容されるなんて事は無いけど、
 犯罪心理学としてのとっかかりにはなる気はするんだよ。
『そんな話聞きたくないからもう切るね』
 私の考えが寄り道してる間に、会長さんが再び愛さんの気に障る事を言ったのか、そのまま電話を切ってしまった愛さん。
 せっかくの愛さんとのデートの上、この後は愛さんも気にしてくれてた児童との課外実習なのに、なんだか会長さんのせいで愛さんが疲れてしまった気がするんだよ。


 その後、いつ児童が来ても良いようにと、少しでも愛さんの疲れを取るために、色々愛さんに聞きたいのを我慢して愛さんと二人で平らげたランチの片づけを終えた時、
「男の人ってどうしたら分かってくれるのかな。断っても断っても彩風さんじゃなくても私、私……これ以上どう断ったら良いのか分からな――っ?!」
「あ?! お姉ちゃん! 会いたかった! 元気なかったの?」
 愛さんが想いを零してくれたその時、例の愛さんに初恋をしてる男子児童がそのまま抱きつく。
 本当なら全てのお話を聞いた上で、わたしからも何かを助言出来ればと思ったのだけど、
「こーら。女の子に突然抱きついたらびっくりするし、怪我したら危ないから駄目だよ」
「ごめんなさい。でもここ最近ずっと、すーっとお姉ちゃん見てなかったから、つい嬉しくて」
 やっぱり驚愕反応を見せた愛さんが、それ自体を感じさせない表情を男子児童に向けて、優しく諭す。
「お姉ちゃんは別に怒っていないから、次からは気を付けようね。それから女の子をしっかりと心配できる男の子は偉いぞ! 後は女の子をむやみにびっくりさせないように、安心感を与えられる男の子になると女の子も喜んでくれるぞ?」
「それってお姉ちゃんもそっちの方が嬉しい?」
「もちろん! それにこれは男の子も女の子も同じだけれど、相手を大切に出来る人でないとお姉ちゃんは寂しくなるから嫌かな?」
「うん! 分かった。僕も人を大切に出来る男になる!」
 しかも、この男子児童の初恋には気づいてるはずの愛さんなのに、男子児童をその気にさせたっぽい愛さん。言ってる側からと思わない事もないけど、愛さんがそれで笑顔に、元気になれると言うなら甘いのかもしれないけど、わたしからは余計な事は言わない。
 それに、空木くんともしっかり話が出来てるなら、わたしから愛さんの笑顔を消すような話題は、今はその時ではないと割り切ってわたしも、
「それじゃあ今日も河川敷の使用許可の申請に行って来るんだよ」
 児童と遊ぶための準備を始める。


 わたしが河川敷の申請から戻って来た時、愛さんにベッタリな男子児童と共に
「お姉さん。お久しぶりです」
 わたしに懐いてくれてる女子児童も姿を見せてくれる。
「うん。お久しぶりなんだよ。少し遅くなったけど、夏休みの間新しく出来たお友達とは仲良く遊べた?」
「はい! お互いの家に行ってお勉強会も出来ました」
 私は少し甘えん坊の女子児童の頭を撫でながら、愛さん達が待ってるレジャーシートへと戻って、
「そっか。お勉強もしてたんだね。夏休みなのに偉いね」
「はい。早く終わった分色んな友達とたくさん遊べるので、先に済ませる方が気が楽です」
 とても小学児童とは思えないほどしっかりした回答に微笑みながら、次は遊具の準備を始めるんだよ。

 愛さんに初恋してる男子児童が、傷病上がりで激しい運動を控えてる女子児童とあやとりをしてる愛さんを見てると、やっぱり女子児童たちを男子児童が一人見てるって言うのは、このくらいの男子児童ならどうしてもからかわれる対象になってしまう。
ただどうしても酷いようならわたしも声を掛けようと思ったのだけど、
「お姉ちゃんは今日、ずっとここにいるからいつでも話出来るし、みんなとも遊んでおいで」
 愛さんが、本格的にみんなにからかわれる前にうまく男子児童を“和”の中へと送り出す。
 愛さんを大好きな男子児童もまた、好きな女の子から言われたからか素直に“和”に入って行く。本当にお見事なんだよ。
「私。25日の金曜日に会長から告白されるかもしれません」
 わたしが心の中で感嘆してると、女子児童もいるのにさっきの話を続ける愛さん。
「え! お姉ちゃんはお姉さんが言ってた通りモテモテなんですね」
 だけど、まだまだ小さくても立派なレディ。女子児童が目を輝かせながら愛さんの言葉に反応する……余計な一言もあった気がするけど。
「モテたって何も言い事なんて無いよ。“自分が好きになった相手”以外から好かれたって困るだけだよ」
 あやとりを解いた愛さんが、女子児童の頭に優しく手を置くととても気持ちよさそうに目を細める。
 念のためさっきの男子児童に目をやると、別の児童の和に混じって缶ぽっくりを楽しんでくれてるみたいで、からかい自体は終わってるのを確認したわたしは胸をなでおろす。
「え?! でも玉の輿とか狙えるかもしれないじゃないですか」
 カッコ良くて、お金持ちで、優しくて……理想の男性像である白馬の王子様。ある意味では女の子らしくあるけど、色々な人を見て経験すると……考え方自体によって変わる部分は多々あると思うけど、それとは別で愛さんがなんて答えるのかは気になるんだよ。
「玉の輿って難しい言葉を知っているんだね。でもね、お金だけたくさん渡されたって幸せにはなれないし、寂しさだって消えないよ」
 愛さんが、わたしの手をいつも通りふにふにと揉んでる女子生徒の手に視線を送る愛さん。
 ……ととっ。愛さんの視線の先に気付いた女子児童が、わたしの腕ごと抱き込んでしまうんだよ……もっともまだ体格も小さいからか、その姿はしがみついてると表現した方が近かったけど。
「でもお金がないと好きなお菓子も買えませんし、生活が出来ません」
 わたしの手を離したくないと抱き込んだ女子児童が聞き返すんだよ。
「もちろん男の人。ゆ――旦那様には働いてもらわないといけないけれど、足りない分は節約しても良いし、その分私たち女の子だって働けば良いと思わない?」
 ごく自然に旦那様に空木くんを思い浮かべてる愛さん。少し刺激的ではあるけど自然に相手を想像出来るって言うのは、これだけ色々あっても二人がしっかりうまく行ってる証拠でもあるんだよ。だからわたしの表情も綻ぶ。
「逆に質問だけれど、そのお姉さんからたくさんのおもちゃと食べ物だけもらって、全く一緒に遊んでも喋ってもくれなかったらどうする? もちろんその手もいないんだから繋げないよ」
「……それだと家にいるのと変わらないです。寂しいです」
 そして意外なところから垣間見た女子児童の御家庭。
 愛さんも女子児童の言い回しに気付いたのか、優しく頭を撫でてから、
「もちろん生きて行くのにお金は必要だから否定はしないけれど、お金自体は自分の努力次第で稼げるんだから、そう言う心的な考え方もあるって覚えててくれたらお姉ちゃんは嬉しいな」
 女子児童を言い含める。
「分かりました覚えておきます。さっきは失礼な事を言ってすいませんでした。でも、お姉ちゃんってお姉さんが言ってた通り本当に一途なんですね」
 のを、微笑ましく見届けてたら、わたしとのお話をポロポロと漏らす女子児童。
「そうだよ。それに男の子も女の子も他の人と浮気なんてしたら相手はとっても寂しいし傷つくんだから、一途って言うか一人の人を大切にしてくれたらお姉ちゃんは嬉しいかな」
「分かりました。同じクラスの男子はみんな駄目駄目ですけど彼氏が出来たら、お姉ちゃんが教えてくれた事を実践したいと思います」
 会長さんからの告白の話とは逸れてしまったけど、その件は空木くんと相談してくれてるんだからと考えてると、愛さんに返事をした女子児童が、呼ばれた他の児童たちの元へ走って行くのを見届ける。
「……やっぱり優希君には嫌な思いも悲しい思いもして欲しくないですから、どう言ういきさつになったとしても会長からの告白は断るだけですね」
 そして児童たちを周りに見た、わたしたち二人だけのレジャーシートの上でぽつりとこぼす愛さん。
 そっか。話が逸れたんじゃなくて愛さんは重ね合わせてたんだ。
 本当に人の心って分からないから良いんだなって、見つかる楽しみと喜びがあるんだなって、穂っちゃん相手じゃなくて愛さん相手なら感じることが出来るんだよ。
「そうしたら空木くんだって大喜びなんだよ」
 そしてわたしの返事に嬉しそうに“そうですね”ってはにかむ愛さん。
 だけど愛さんに初恋してる男子児童が再び戻って来たから、会長さんのお話も告白のお話も一旦終わりなんだよ。

―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――
           児童たちから元気をもらう一方
       色々な人物を重ね合わせてしんみりとした主人公

        しかも何かのお手付きをしたっぽい朱先輩
     だけど今日が両親もいるからと予想通り帰宅した主人公
         そこには二人に対する想いもあって……

         ただそのお手付きをいち早く看破した親友
      だから増々朱先輩に対する印象は黒くなってしまう親友

        『――それもまた、ブラウスの人が言ったんだね』

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