第190話 いつも通りの大切さ Bパート

文字数 6,795文字


「それにしても、あのおばさん遅いですね」
 わたしに笑いかけてくれてた愛さんが、視線を逸らしながらまた一言。
 全くなんだよ。自分から言い出しておいて愛さんを待たせるなんて、やっぱり今日は二人で活動するんだよ。
「ああ。こちらに居られましたか。ご無沙汰しておりました。しばらく姿が見えませんでしたので、もしやとも思っておりましたが、本日はお姿を見ることが出来まして良かったです」
 わたしが、ポッと出のおばさまに腹を立ててたら、先週は休む連絡をしたはずなのに安心しましたの言葉と共に、何と活動用具を手にした主催者さんが姿を見せてびっくりする。
「二週も続けて休んでしまって申し訳ありませんでした」
 しかも愛さんにまで謝らせてるし。
「用事があれば休ませてもらう日もあります」
 女性軽視をした事も忘れてなかったわたしが、キッと視線を鋭くして返すと、
「ああ。いえ、そう言う意味では無くて。二週続けてお姿が見えなかったものですから、(わたくし)共はともかくとしましても、他の参加者様たちが、色々気にかけて下さっておりまして」
 例の男性の件もございましたから。と、つぶやく主催者さん。
「そうなんだよ。この世界にはまだまだたくさんの知らない人たちがいるんだよ。それは良い人だけではないけど、気にかけてくれる人もいる。それは愛さんだけに限らず蒼さんにしても同じなんだよ」
 だったら少しでも早く愛さんが日常に戻って来れるように、その考え方と視点を(いざな)うんだよ。
「この活動に参加していて良かったです。朱先輩も主催者さんもありがとうございます」
 その愛さんの身体に力が入ってたのか、それが抜けるのを感じて初めて愛さんの身体に力が入りっぱなしだったのを知覚するわたし。
 分かってたはずなのに、やっぱり理解までは出来てなかった愛さんの

心理状態。
「それで、こちらの道具をお二人に届けるようにと、別の参加者様より伝言と共に預かっておりましたので、どうかお使い下さいませ。それから伝言の方でございますが、
“今日は遠くから二人の仲睦まじい様子を見せてもらうから。しっかりと二人で楽しみな。その代わり、来週こそはあたしも一緒にさせてもらうから、今週だけは水入らずで楽しむんだよ”
だそうです」
「本当に、何から何までありがとうございますっ! それでしたらそのおばさんに“来週は是非ご一緒させて下さい。そしておばさんの楽しいお話も聞かせて下さいね”ってお伝え頂いても良いでしょうか」
「本当に良い笑顔でございますね――もちろんでございます。そうおしゃって頂けましたら、あの参加者様も来週が楽しみでございましょうし」
 わたしの懸念を他所に、あのおばさまが粋な計らいを見せてくれた気もするけど、来週の愛さんへの下心が透けるとなると、やっぱり面白くないんだよ。
 なのに、愛さんも主催者さんに向けてしっかりと笑顔で来週のお約束を取り付けてるし。
 やっぱり、愛さんの心と気持ちを盗んで行ってしまったあのポッと出のおばさまなんて嫌いなんだよ。

 ……気分を取り直して、今日は愛さんと二人だけの久しぶりの活動。今はわたしがトングを持ってウロウロゴミを拾いもって愛さんが持ってるゴミ袋の中にゴミを放り込んで行くんだよ。もちろんそのゴミは愛さんの負担が少しでも軽くなるように、網や袋のような軽いものを中心に。
 なのに愛さんと来たらわたし以外の他の参加者とばかり喋って。本当にわたし以外の参加者さんが心配してたのを肌で感じてるんだろうけど、それ以外にも差し入れまでもらって嬉しそうにしてるし。
「船倉さんもご予定があったんでしょうけど、また姿を見られて良かったわ。主人が船倉さんにって。良かったらもう一人の子と食べてね」
「ありがとうございます。愛さんも喜んでくれると思います」
 まあ、みんなが愛さんを気にかけてくれるのは嬉しいけど、今の奥さんは旦那様に“やきもち”は焼かないのかな。
 手元のパンケーキみたいなのと、さっきの穏やかなお姉さまの表情。まだまだわたしの知らない夫婦の形があっても不思議じゃないかも知れない。

「朱先輩。色々な人からたくさんもらったんですが、私一人じゃ食べきれないんで後で一緒に食べませんか? それか昼からの児童たちも楽しみにしてくれているのなら、そっちに回した方が児童たちも喜んでくれるんでしょうか」
 わたしが奥様と喋っている間に、近くに寄って来てくれた愛さんがカバンの中を見せてくれる。
「本当はわたしもそうしてあげたいんだけど、最近は食中毒などの問題もあって、事前に保護者の方に連絡しておかないと、勝手に食べさせたとか、夜ご飯が食べられないだとか別のトラブルに発展する事もあるし、場合によってはアレルギーで取り返しのつかなくなる場合もあるから、わたしと愛さんで食べて余った分は慶久くんにおすそ分けしたら良いんだよ。今回は慶久くんもおじさまと喧嘩してくれたんだよね」
 最近は、決して是とする事は出来ない多様化を謳われるようになって、本当に色々な人が増えたから、寂しい事に小さな善意ですらも心痛めるような意見を貰う事が増えた。
「そう……なんですね。あの男の子の喜ぶ顔が見たかったんですけれどね」
 わたしと同じような感性を持った愛さんも、同じように心を寂しくしてくれるけど、愛さんがこれ以上傷つかない様にその心を包みたい。
「……でも慶久くんだって喜んでくれると思うんだよ」
 仲の良いご家族だから間違いないはずなのに、ゴミ袋を手に持ちながら寂しさを深くする愛さん。
「……前の学校で蒼ちゃんと知り合った当時、今より更に大人しかった蒼ちゃんが、甘いものを食べたら笑顔になれるって言っていたのを思い出したんですけれど……」
 わたしがまだ愛さんと知り合ってない頃のお話。蒼さんの話を始めてくれるんだよ。
「その当時もやっぱり蒼ちゃんは男子からからかわれていて、私がその男子たちを追い払う度に巾着袋に入ったお菓子を一個ずつ貰ったのを思い出しますね」
 だけど、その話もしんみりしたお話で、わたしは遠くまでゴミを拾いに行くのを辞めて、手近にあるゴミを中心に拾ってはゴミ箱の中に入れて行くようにする。
「甘いもの食べて笑顔になれて、いつもお菓子を持ち歩いてるなんて何か可愛いね」
 女の子は甘いものが好き。もちろんみんなに当てはまるとは思わないけど、女の子の代名詞にもなってる言葉。
「そうですよ。蒼ちゃんは私とは比べ物にならないくらい綺麗で気高いんです。その蒼ちゃんを好きだって言う男子が、蒼ちゃんをからかう頻度が増えて、巾着袋の中にあったお菓子も同じ勢いで減って巾着袋の中身が少なくて寂しい気持ちになったのを何となく思い出しました」
――取り留めも何のオチもない話ではあるんですけれどね――
 と、寂しい表情のまま苦笑いを浮かべてゴミ袋を持ち直す愛さん。

 だけどわたしの受け取り方は違う。今まで全く話そうとしなかった、わたしが知る前の愛さんの過去話。蒼さんとの馴れ初めと言うかやり取り。
「じゃあ愛さんと蒼さんはお菓子から始まったの?」
 徹底して他人を優先する愛さん。その当時も人の為にと何かしらしてたのを裏付けるお話。
 ただわたしが気になったのは、当時は見返りがあったのかと言う点なんだよ。
「どうなんでしょう。確かにお菓子はもらっていましたが、そんなの知らずに男子にからかわれる蒼ちゃんを見ていられなかったのが動機だと思うんですけれど……でも、アメ玉一つ口に入れた時の蒼ちゃんの幸せそうな表情を見るのは好きでしたね」
 そう言って今度は当時を懐かしむ愛さん。
 わたしは道端に落ちてた何かの包装フィルムをトングで摘まんで、ゴミ袋の中に入れて行く。
「その頃から愛さんは笑顔が好きだったの?」
 何となくだけど、人助けと笑顔と言うよりお菓子と笑顔、少ないお菓子と寂しい気持ちって言う方が何となくしっくりくる気がして聞いてみたんだけど、
「どうでしょう。あんまり意識はしていませんでしたけれど、ひょっとしてあの時の蒼ちゃんの幸せそうにお菓子を食べる表情と、お菓子が減って寂しそうにしていた表情は印象には残っていますね」
 どうも空振りっぽい。つまり本当に愛さんの性格がもたらした考え方なのかな。でも、そこまで自分を捨てて人を優先するなんてあるのかな……言葉に出来ない違和感は残るけど、蒼さんは愛さんの大の親友さんでその親友さんの笑顔が印象に残ってると言うなら、愛さんを笑顔にしてくれると言うなら、蒼さんも笑顔にした方が良い気がするんだよ。
「だったらなんだけど、今日色々な人から貰ったそのお菓子は、蒼さんとも一緒に食べたら良いと思うんだよ。
 それで二人共が愛さんの好きな笑顔を浮かべられるなら、それに越した事は無いと思うんだよ。
 ……もちろんこれによって、蒼さんの牽制に対してわたしが愛さんの一番の理解者だって分かって貰えたらとは思ってるけど。
「分かりました。朱先輩からのお気持ちも合わせて伝えておきますね」
 わたしの打算の入った提案に対して、わたしと蒼さんに仲良くして欲しいと思ってるのが滲み出るような喜びの表情を浮かべてくれる愛さん。こんな表情を見せてもらえたら、わたしの方がかえって心がチクンとするんだよ。
「その分、ランチはわたしが持って来てるから大丈夫なんだよ」
 だから、少しズルいけど愛さんに勘付かれる前にここでこのお話はお終い。
「それじゃあさすがに周りの人も減って来たから、ゴミトラックまで行くんだよ」
 わたしたちは河川敷まで急ぐ。


「いつ見てもお二人は本当に仲が良いですね。他の参加者様も、例の参加者様もお二人の姿を見て和まれておいででしたよ」
 いつものようにゴミトラックにゴミ袋を積んだ際、主催者さんから声を掛けられる。
「もちろんですっ! でも、ここの参加者さんも本当にみんな親切にして下さるので、みんなで仲良くしたいですね」
 その返答に、愛さんが毒気の抜ける声と笑顔でわたしの代わりに答える。
「ありがとうございます。そう言って頂けますと私ども含めた、他の参加者様も喜んで頂けると存じます。また何かございましたらお気軽にお声がけくださいませ」
 そして町美化活動の後半。児童たちがはしゃいで怪我をしてしまわない様に主催者さんに見送られながら、河川敷のゴミ拾いを再開させるんだよ。


 こちらもさっきと同じ役割分担で活動をするけど、河原に近い分こっちの方が涼しいし動きやすい。
「……それでブラウスの方は何とかなりそうですか? 私、考えたんですけれど、私と朱先輩を繋ぐものが無くなってしまうのは残念ですけれど、それでも今後朱先輩と付き合って行けるなら無理しなくても良いですから」
 わたしが、今度は目につくガラスの破片なんかを中心に、こんなたくさんのゴミって、本当にどこから来てわたしたちが拾わなければどこに行くのだろうって考えながら拾い集めてると、こちらも今朝、私が気になったお話を振って来る寂しそうな表情を浮かべた愛さん。
 本当なら何とか少しずつ時間を先延ばしにしつつ、何か良い案をと思ってたんだけど愛さんの寂しそうな表情を見てわたしの言葉が止まるんだよ。
「それも親友さんが気にしてくれてるの?」
 だから、それ以上にわたしを気にしてる蒼さんが、今まで以上に気になってしまうんだよ。
「はい……一週間ほど経って連絡が無くて困ってそうなら、もう一回蒼ちゃんが直すって言ってたって言えば良いって言ってくれたんです」
 愛さんの表情を見てると、本心じゃないけどブラウス自体は気になるって所なのかな……もちろん親友の蒼さんから言われたって言うのはあるだろうけど。
 なんか今日は久しぶりの愛さんとの活動のはずなのに、力も入らないし集中力も続かないんだよ。
 でもどうしよう。このまま先延ばしにしても良い案が出るとは思えないし……かと言っていくら愛さんの親友さんとは言え、わたしと愛さんだけのやり取りだし……。
 だけど善意で言ってくれてるであろう蒼さんの気持ちも無碍にしたくないし……
「分かりました。私は朱先輩を困らせたいわけじゃないので、今の話は無かった事にして下さい。蒼ちゃんには今忙しいからって伝えておくので、本当にどうしてもなら改めて声を掛けて頂ければ大丈夫ですので」
 迷ったわたしのトングを持つ手が、完全に止まったのを見届けた愛さんが
 “私の責任で破れたブラウスなのにすみません”
 と恐縮してしまうんだよ。
「それじゃあもう少しだけゴミ拾いをしたらお昼にしましょう! 私、朱先輩のお弁当、頂くの久しぶりなのでとっても楽しみなんですよ。それにいつもみたいに飲み物は私が持って来ていますので、遠慮はしないで下さいね」
 せっかくのお天気の中での愛さんとの活動なのに、しんみりとしたままなのかなと自分を棚に上げて考えてたところに、愛さんの気遣い。
「ありがとうなんだよ愛さん。ブラウスの件は近いうちに連絡するんだよ。それじゃあわたしたちがお昼から利用させてもらう辺りだけは綺麗にして、ランチにするんだよ」
 だからわたしからも今日は、親友さんのお話は辞めておくんだよ。


 楽しみにしていた愛さんとのランチ。まだお顔の腫れが残ってたら美味しく、楽しく頂けないだろうからと今回も一口くらいの大きさの食べ物を中心にしたんだよ。
 愛さんの定番となる飲み物の他、わたしのランチをレジャーシートの上に並べてわたしたちも並んで腰かけるけど……
「……朱先輩にまじまじと見られると恥ずかしいですね」
 その座り方一つ取っても何て言うか、変わった。その動作一つ一つが綺麗になってるし、何よりこれなら空木くんの中に安心材料が増えると思うんだよ。だから、
「恥ずかしがらなくても、十分レディに見える所作になって来てるんだよ」
 独占欲を見せてくれた空木くんだって喜んでくれると思うんだけど、さっきまで笑顔だったはずの愛さんの表情が、苦笑いと愁いを帯びた表情に戻ってしまう。
「私、近い内に会長に告白されるみたいなんです」
 いくら河原に近いとは言っても、残暑のキツイ9月の下旬。寒い訳は無いはずなのに自分で両肩を抱くように両手を肩に持って行く愛さん。
「……会長さんって、倉本君って男の子だよね」
 その自分を守るための動作と、
「はい。以前の距離に完全に戻して、少しでも私の意志を表示しようと思いまして」
 名前ですら呼ぶのを辞めてしまった愛さん。
 元々愛さんは空木くんだけに惹かれたのだから、眼中には無かったはずなんだけど、そこまでの意思表示をするって事はまたあの会長さんとの間に何かがあったのだと当たりを付ける。
「それで良いと思うんだよ。前にも言った通り男の人には狩猟本能があるんだから、一度会長さんの気持ちを聞いた上で愛さんの気持ちをしっかりと伝えれば良いんだよ」
 ただ、今日は愛さんと会った時から気にかけてる、暴力を振るわれて以降の物音や声、突然の接触に対する必要以上の怯え、驚愕反応。
 そして今も無意識にであろう両肩を自分で抱く愛さん。
 本当にこんなにも愛らしい愛さんになんて事をしてくれたんだろう。こんなのはもう怒りだなんて単純な言葉では言い表せない。
「朱先輩はそう言ってくれたんですけれど……」
 わたしの返事に、ランチを一つ口に入れて言い淀む愛さん。
「ひょっとして空木くんが難色を示した?」
 空木くんと話し合った結果、色々な形で独占欲や今回の一件で気を揉んで、心配もして嫌ってなっても不思議じゃないけど……。
「いえ。難色って言いますか、蒼ちゃんと友達がキッパリ否定して、私の性格を分かっていない、会長が怒ったら本当に怖いから二人きりになったら危ないのも含めて、辞めた方が良いって言われたんです」
 驚いた事に難色を示したのは空木くんじゃなくて、親友だって言う蒼さん。しかもわたしが愛さんの性格を分かってないとか、会長さんとの関係を理解出来てないとか、愛さんにかなり近い人物からの決めつけに、あの穂っちゃん相手に感じた辛さがわたしの胸の内に広がる。しかもより愛さんに近い分だけ、その辛さも強い。
「ただ勘違いして欲しくないんですが、蒼ちゃんもその友達も優希君の目の前で会長が私を抱いたのも見ていますし、受話器越しに聞こえるくらい蒼ちゃんにも友達にも本当にキツイ言葉で怒鳴っているのを、私自身も見聞きしているんです。だから私を守るためにって反対してくれている、言ってくれているって言うのは分かって欲しいんです」
 かと思ってたところに更に驚きの話が出て来るんだよ。
 わたしが作ったランチを一つずつ口の中に入れて行く愛さんを眺めて辛さ広がる胸の内に耐えながら、少し思考と方針を考え直す。

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