第13話 カッコウで目覚め蛙の声で眠る(梅雨の終わり)

文字数 2,162文字

 しばらく外に出かけていなかったが、毎日家に居ても櫛引の自然は感じられる。それは音だ。
 初夏には毎朝、明るくなり始めた頃に「カッコー、カッコー」と聞こえてくる。この夏の渡り鳥は、♬ もう起きちゃいかがとカッコが鳴く♬ と歌われたように、目覚まし時計のように朝を告げてくれる。一方で、子供の頃にはいつも聞こえた「コケコッコー」という鶏の声が、とんと聞かれなくなったのは少し寂しい気がする。
 カッコウはオーケストラの指揮者のようだ。カッコウが刻むリズムに合わせて、たくさんの小鳥たちがさえずり始める。
「チーチー」「チュピチュピ」「キョキョキョキョ」「ピールピール」と、実に多彩だ。ときどき「ギャッ」と聞こえるのは、何かを警戒しているのか。この辺りでは、スズメ、ヒヨドリ、ムクドリ、セキレイ、ハトなどが窓外を賑やかに飛び交っている。空高くトンビがゆったりと飛び、ときには庭をキジが走る。生まれて間もない幼鳥が、危なっかしく飛んでいるのも、この時期だ。庭に落ちてきて猫に捕まりはしないかと、ひやひやしながら見守っている。
 鳥の声に混じって、遠くに、やがて近くに、聞こえてくるのは「ヴィーン、ヴィーン、ヴィーン」という草刈り機の音だ。ときおり「キン、キーン!」と鳴るのは、石に刃が当たったのだろう。梅雨前には草がぐんぐん伸びるので、私も電動刈払機で草刈りをするが、慣れない様子に心配顔の近所の人は「ダフらないようにな(地面を叩かないようにな)」と、ゴルフ用語でアドバイスしてくれた。「キンコンカンコン」と朝六時のチャイムが聞こえてくる頃には、朝食に戻るのだろうか、草刈の音も静かになる。

 そしてこの時期、夜の主役は蛙たちの大合唱だ。田んぼも池も多いこの地域では、田植えから梅雨にかけて、蛙たちの恋の季節でもある。
「ギガギガギガ」「ウゴウゴウゴ」「ガオガオガオ」「ゲェゲェゲェ」「グォグォグォ」「ゲコゲコゲコ」
 小鳥に負けず、こちらも多彩だ。オスが自分をアピールするために、互いにタイミングを微妙にずらして鳴くので、みごとな輪唱を聞くようだ。疲れて休むときには、みんなで一緒に休む。そう言えば、♬蛙の歌が聞こえて来るよ♬という歌もあったな。小鳥にしろ、蛙にしろ、自然の音を心地よい音楽としてとらえて来た日本人の感性は、何とも素敵だ。蛙が田んぼの害虫を食べ、その蛙が今度は鳥の餌になる、そういう自然の生態系の中で生きて来たからだろう。
 庄内地方には、ニホンアマガエル、ツチガエル、ウシガエル、モリアオガエル、トノサマガエルなど、たくさんの蛙がいる。開け放った窓から聞こえてくる大合唱に、引っ越してきたばかりの頃はびっくりしたものだ。しかし、それも今では心地よい子守唄になっている。
 夜中に、「ギャー、ギャー」と、犬か猫が首を絞められているような、不気味な大音声で身構えたこともある。真っ暗な通りを誰か歩いていないか、こわごわ(のそ)くが誰もいない。そんなことが何回か続いた後、アオサギの鳴き声が、まさに「ギャー、ギャー」だと知り、納得した。アオサギは近くの田んぼにいて、我が家の上は飛行コースになっているからだ。その気品のある姿は白鳥にも負けないのに、あの泣き声では百年の恋も冷めてしまいそうだ。

 アマガエルが、灯りに集まる虫を狙って窓に張りついていた。

  (我が家の窓に張りつく蛙 2023年7月)
 蛙の写真を撮りに、貯水池にそーっと近づくと、まだ数メートル手前なのに、あれほどうるさかった鳴き声がピタリと止む。そっと耳を澄ませていると、「チャポーン」と池に飛び込む音が聞こえ、(ほたる)がふわりと浮いた。
 素人に夜の写真は難しい。ましてや蛍と蛙という取り合わせは困難極まる。そこで、最近流行(はや)りの生成AIで作ってみた。それがこの写真である。

  (生成AIで作った田んぼの蛍と蛙)       
 個人的には、写りは悪くても実際の写真の方が好きだが、生成AIの進化と共に、本物と偽物を見分ける力が、ますます求められる世の中になっていくのだろう。そのときに役立つのはリベラルアーツ、多くの優れた古典に接し、小説を読み、良い映画を見て、絵画や書など本物の芸術作品に接することだ。そういう機会を子供たちに増やしていくことが、これからの日本には、ますます大事になると思った。

 さて音と言えば、昨日、防災行政無線の屋外スピーカーから熊警報が聞こえて来た。
「今朝6時頃、西荒屋で体長1メートルほどのクマの目撃情報がありました。近所の方は、十分に気をつけてください」
 西荒屋といえば、我が家から5、6キロの距離である。近くのゴルフ場の地名は、そのままズバリ、熊出(くまいで)だ。昔から熊が良く出たのだろう、と今さらながらに気がついた。どうりで市役所がクマ注意の張り紙を各戸に配っていたわけだ。その黄色い紙は、ドアを開ける前に気付くよう、玄関の内側に貼る。(いわ)く「玄関の外にクマいるかも!気をつけて!」
 もらった時には、「何だ、これ」と思ったけれど、今は、ソーっとドアを開ける。ほとんど意味のないJアラートに比べて、この熊警報は非常に有用である。さっそくしまっていた熊鈴をバッグに付けなおした。
 昨晩の大雨でノウゼンカズラの花もだいぶ散ったが、梅雨明けはもうすぐだ。


(2023年7月)
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