第20話 モズのハヤニエにならって雪見酒をする(冬の初め)
文字数 1,995文字
「ああ、旨い!」、京都の妹から送られてきた“にしんそば”を一口食べたとき、思わず声が出た。
しっかり出汁 をとった透き通るようなそばつゆ、細くほどよい噛み応えの蕎麦 は香り高く、その上に乗ったあの甘じょっぱい“身欠きにしん”の甘露煮。何とも食欲を誘うではないか。
“にしんそば”を食べると、太秦 を思い出す。祇園四条辺りの老舗のにしんそばも美味しいけれど、私には“にしんそば”と言えば、京福嵐山本線の太秦広隆寺駅近くの踏切を渡った所にあったお蕎麦屋さんだ。仕事で京都に行くと、いつもそこで食べていた。東映の撮影所が近くにあり、時代劇のエキストラさんも食べに来ていて、とても活気があった。近くの喫茶店では、名だたる女優さんがさりげなくコーヒーを飲んでいた。
私にとっての“にしんそば”は、そういう若い日の、ちょっと華やいだ気持ちを思い出させる味なのである。
(送ってもらったにしんそばを頂く2023年12月21日撮影)
ところで“身欠きにしん”とは、冷蔵技術が発達していない頃に保存用に作られたにしんの干物のことだ。干すと身を割りやすくなるからとか、背と腹を分けて半身にするからとか、名前の由来はいくつかあるようだ。
北海道で獲 れた大量のにしんを売りさばくために工夫され、北前船 で京都に運ばれたというから、きっと庄内にも寄って行ったことだろう。庄内では、誰も身欠きにしんを蕎麦に入れようとは思わなかったのかな。
私が育った秋田では、冬魚の保存食と言えば、なんと言ってもハタハタの麴 漬 けだ。たくさん獲 れたハタハタは、一般家庭でも箱単位で買っていた。豊漁貧乏と言われるくらいで、一箱50円位の安さだった記憶があるが、今なら200円~300円位だろう。だから貧乏な我が家でも、箱で大量に買って麹 漬けにしていた。その結果は、冬は毎日、毎日、焼いたハタハタということになる。私の大して強くない筋肉はハタハタで作られたようなものだ。
ハタハタは、真冬の大荒れの日本海に大挙して産卵にやってくる。男鹿半島から出るハタハタ漁の船は、いつも危険と隣り合わせで、毎年その季節になるとニュースで漁船の遭難や亡くなった漁師さんのことが報じられていた。
私にとってのハタハタは、そういう子供の頃の、ちょっと悲しい気持ちを思い出させる味なのである。
秋田の友人が郷土料理のハタハタ寿司を送ってくれた。こちらは麹 漬 けとは異なり、ハタハタを、麹を混ぜたご飯、ニンジン、ショウガなどと一緒に漬けて発酵させたもので、その発酵の仕方で味が大きく変わり、好き嫌いもさまざまである。子供の頃の私は魚臭くてとても食べられなかった。母が山形の親戚に送ったら、「二度と送らないで」と言われ、嘆いていた記憶がある。最近は製造技術が向上したのだろう、実に上品な安定した味になっており、今や私の好物の一つである。
さて、冬を前に庭木の剪定をしていたら、珍しいものを見つけた。庭のサンザシの枝の棘 に、蛙が刺されている。こちらは自然界における鳥さん(モズ)の保存食である。
(2023年12月5日撮影)
「百舌鳥 の速贄 」と言われるもので、寒風に晒 され、みごとな蛙の干物ができ上っていた。庭にはアカゲラもときどき来る。キツツキの一種で、松枯れのもとになる虫を食してくれるので大歓迎だ。頭上を白鳥がコー、コー、と鳴きながら飛んで行き、庭の雪の上をキジが走ることもある。櫛引は、本当に自然が豊かなところだなと、あらためて思った。
(栗の木で虫を啄むアカゲラ 2023年12月20日撮影)
暖冬の今年も、ついに雪の季節がやって来た。午前中に晴れていた空は、午後になると一天にわかに掻き曇り、夜半過ぎには記録的大雪になるという。でも、雪国で雪が降るのは当たり前。晴れているうちに、庭やカーポートの雪囲いも済ませたので、今夜は暖かくしてお酒でも頂くことにしよう。
つまみは、百舌鳥 にならって保存食をそろえてもらった(妻に感謝)。
“燻 りがっこ”(スモークした沢庵)にカマンベール・チーズ。秋田の農耕民の燻製と大陸の遊牧民の発酵食品という、保存食同士の組み合わせの相性はとても良い。ついでに、博多の辛子明太子の卵巻、そして、地元庄内の干し柿と大根の酢の物、それにゼンマイの煮物。たまには、血圧を気にせず、懐かしいしょっぱい味を楽しんでも叱られないだろう。
窓のカーテンを開ければ雪見酒。雪国では、これが最高の楽しみ方である。
(上段左からぜんまいの煮物、いぶりがっことカマンベールチーズ、庄内柿と大根の酢の物、ハタハタ寿司、辛子明太子の卵巻 2023年12月21日撮影)
・・・と思った翌朝、たった一晩に降り積もった雪で、天澤寺の石灯籠はでっかい雪帽子をかぶっていました。みなさま、どうぞ良いお年を。
(2023年12月22日撮影)
(2023年12月)
しっかり
“にしんそば”を食べると、
私にとっての“にしんそば”は、そういう若い日の、ちょっと華やいだ気持ちを思い出させる味なのである。
(送ってもらったにしんそばを頂く2023年12月21日撮影)
ところで“身欠きにしん”とは、冷蔵技術が発達していない頃に保存用に作られたにしんの干物のことだ。干すと身を割りやすくなるからとか、背と腹を分けて半身にするからとか、名前の由来はいくつかあるようだ。
北海道で
私が育った秋田では、冬魚の保存食と言えば、なんと言ってもハタハタの
ハタハタは、真冬の大荒れの日本海に大挙して産卵にやってくる。男鹿半島から出るハタハタ漁の船は、いつも危険と隣り合わせで、毎年その季節になるとニュースで漁船の遭難や亡くなった漁師さんのことが報じられていた。
私にとってのハタハタは、そういう子供の頃の、ちょっと悲しい気持ちを思い出させる味なのである。
秋田の友人が郷土料理のハタハタ寿司を送ってくれた。こちらは
さて、冬を前に庭木の剪定をしていたら、珍しいものを見つけた。庭のサンザシの枝の
(2023年12月5日撮影)
「
(栗の木で虫を啄むアカゲラ 2023年12月20日撮影)
暖冬の今年も、ついに雪の季節がやって来た。午前中に晴れていた空は、午後になると一天にわかに掻き曇り、夜半過ぎには記録的大雪になるという。でも、雪国で雪が降るのは当たり前。晴れているうちに、庭やカーポートの雪囲いも済ませたので、今夜は暖かくしてお酒でも頂くことにしよう。
つまみは、
“
窓のカーテンを開ければ雪見酒。雪国では、これが最高の楽しみ方である。
(上段左からぜんまいの煮物、いぶりがっことカマンベールチーズ、庄内柿と大根の酢の物、ハタハタ寿司、辛子明太子の卵巻 2023年12月21日撮影)
・・・と思った翌朝、たった一晩に降り積もった雪で、天澤寺の石灯籠はでっかい雪帽子をかぶっていました。みなさま、どうぞ良いお年を。
(2023年12月22日撮影)
(2023年12月)