第12話 竹取爺さんは見た、かぐや姫の涙(春)

文字数 1,390文字

「下宿のおばさん、一ケ月は毎日モウソウだった」
 うんざりそうに嘆くのは、高校生のころ櫛引に下宿していたという知人。櫛引も田舎だが、もっと山奥の方に住んでいると、高校に通うにも下宿しなければならない。若かった彼は、良からぬことを連日妄想(もうそう)していたわけではない。五月に孟宗(もうそう)(じる)を毎日食べさせられたという話だ。
 その彼も年を重ね、この時期になると孟宗汁の味が忘れられないようで、先日、(たけのこ)掘りにやってきた。近くの湯田川温泉の孟宗(もうそう)(ちく)が有名だが、ここ櫛引にも竹林は多い。


 季節初めには、まだ地面から顔を出していない筍を掘り出すのが楽しみだ。ゴム長で歩き回ると、足の裏で何か突起を踏んだ感触があるので、意外に見つけるのは簡単だ。
 小さいが、柔らかくて、まだ日の光を浴びていない白い筍は、米糠(こめぬか)であく抜きをする必要もない。少し()でこぼすだけで、サッと天ぷらにしても、シンプルに豆腐の味噌汁にしても、美味しく頂ける。自分で掘るからこその贅沢だろう。
 しかし、いつまでもそんな悠長なことは言っていられない。一度、地面に顔を出し始めると、次から次へとボコボコと出てくる。一日に何センチも伸びるから、伸びすぎて食べられなくなる前に、毎日、筍と格闘だ。特に雨が降りそうなときは要注意だ。「雨後の筍」というのは本当で、雨の後は急激に伸びる。漸く掘り終わったと思って、ふと後ろを振り向くともう伸びている……そんな筍と「だるまさんがころんだ」をしているようだ。

 (チョコンと芽だけ出した筍) 

  (掘り出したまだ白い筍)
 筍掘りは道具が大事だ。長い柄の先に三角形の刃が付いた草削(くさけず)り用の三角ホ―と、鉄の刃先がずっしり重い唐鍬(とうぐわ)があれば便利だ。
 まず筍の片側(湾曲の内側)の土を三角ホ―で掻き出す。あとは唐鍬をゆっくり振り上げ、ヘッドの重みを感じながら振り上げた軌道上をそのまま戻し、バスンと打ち込んでやる、それだけだ。コツは右手の力を抜いて、スイングプレーンを大切にすること……これって、ゴルフのスイングと同じではないか!


 根元の赤いブツブツ線上辺りで切れれば上出来だ。初めの頃は、一本掘るのに10分もかかったが、今では一本1分で掘り起こせるようになった。

 すっかり竹取爺さんならぬ、筍掘り名人になった私は、今朝、初めて筍が涙を流しているのに気がついた。
 大地の水が筍の頂きから溢れ出てくる。朝日にキラキラ輝く水滴は、かぐや姫の涙だろうか。また一つ、自然から素晴らしい贈り物をもらった。


 (かぐや姫の涙かと・・・)
 ということで、我が家ではこの時期、孟宗汁、筍の天ぷらをふんだんに楽しんでいる。
 実は、私が育った秋田ではタケノコと言えば「ひめたけ」(根曲竹)のことで、孟宗竹はあまり食べたことが無かった。ひめたけは笹の仲間で細くて小さいが、柔らかくて香りも良く、大好物だ。味噌で煮た素朴な味と香りが何とも言えず、豚バラ肉、シラタキ、シイタケと一緒に煮るしょうゆ味の煮物も格別だ。でも最近は、孟宗、厚揚げ、しいたけを、酒粕と味噌で煮込んだ孟宗汁も、自分のふるさとの味として馴染んできたようだ。
 竹林は維持が難しくどんどん荒れてきている。老化が進むこの地域で、若い人たちが、この美味な伝統を引き継いでいってくれたらいいな。

 (孟宗汁)

 (筍と山菜の天ぷら)
(2023年5月、写真も)
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