第2話 お寺の鎧が紡いだ縁(秋の初め)

文字数 1,845文字

 九月に入り秋の長雨が続いていたが、友人たちが訪れた日には雲間に青空がのぞきホッとした。周りの田んぼでは、ぼうぼうとなっていた畦道(あぜみち)の草刈りがあちらこちらで進められている。もうすぐ稲刈りが始まるのだろう。穂波の陰からピョコンと白鷺が頭を出し、音に驚いたアオサギが飛び出してくる。


 友人の一人が、朝の散歩に行って、近くのお寺の門で国宝の(よろい)を見てきたという。国宝「五重の塔」は羽黒山に鎮座しているが、まさか国宝の鎧が近くの寺で見られるはずはないと、一同は半信半疑であった。しかし、友人はいたってまじめで、経緯がわかったら教えてくれという。
 そこで皆が帰った翌日の早朝、私も妻と一緒にそのお寺に散歩に行ってみた。

 寺の名は「金峯山(きんぼうざん)天澤寺(てんたくじ)」、加藤清正公のお骨が埋葬されている由緒あるお寺である。まだ本堂の扉は閉じられていたが、庭園に居た女性が「今、開けますから」と声をかけてきた。実は、ここはいつもの散歩コースなのだが、本堂の扉が開いていたことは一度もなく、とても驚くと同時に、信仰心の薄い自分などにわざわざ開けて頂いては申し訳ないと尻込みした。
 しかし、その女性、和尚(おしょう)さんの奥様だと思われる方は、立ち去ろうとする私たちを引き留め、扉を開けて本堂の中に導いてくれた。恐縮しながら、慣れない正座でご本尊様を拝み、立派な本堂の装飾を眺めていると、ひとりの男性が大きな(ふすま)を両手で持って、敷居(しきい)にはめ込み始めた。
「もうすぐ寒ぐなるからな」
 襖は、夏の間、外していたのだろう。九月は、この北国では冬に向けての準備が始まる季節である。作業していた方は、天澤寺の和尚さん。気さくな方で、それこそ寺の本堂は敷居が高いと感じる私も、少し肩の力が抜け、「そういえば、ここには鎧があると聞きましたが」と、声をかけると、「ああ、それは今ちょうど展覧会に出している」と言って、パンフレットを見せてくれた。
 「現代甲冑(かっちゅう)特別展」が荘内神社の宝物殿で開催され、天澤寺の所有品も出ているという。目玉は「加藤清正公発掘鎧推定復元」、天澤寺内の清正公の菩提を弔う「清正閣」の地下から発見された鎧の断片を基に、現代の甲冑師、熱田伸道氏が復元したものであるという。発掘された断片の実物も見せて頂いた。驚いたことに、和尚さんは丸岡城甲冑制作同好会会長もされていて、天澤寺では生徒さんたちが甲冑作りに励んでいるのだという。

(発掘された鎧の断片と復元された清正公の鎧)
 感心しながら寺を辞そうとすると、「お茶を入れたから飲んでいきなさい」と和尚さん。奥様が出してくれたのは、おいしいお茶、それに清正公のご縁か「虎屋の羊羹(ようかん)」、そう言えば襖にも庭にも虎の絵や置物がたくさんあったなと思いながら、櫛引に来たいきさつや田舎暮らしの日々の話をしていると、「今を生きるということが、一番大切なことですね」とありがたいお話。
 その場に偶然いらした女性も、一緒に茶飲み話に加わったが、その方は天澤寺内の建物で「つづれ織」を織っているのだという。「つづれ織」は紀元前のエジプトに源流があり日本には遣隋使や遣唐使が持ち帰ったと考えられている織物だ。

 楽しい会話の時間であったが、さすがに朝いきなりの訪問者はそろそろ退散しなくてはと腰を上げ、帰途につくと、(くだん)織姫(おりひめ)が走って追いかけてくる。「(はた)()りの仕事場も見ていいですよ」とのこと。ここの人たちは、本当にどこまでも親切である。再び躊躇(ちゅうちょ)しながらも、「せっかくですから」とお邪魔することにした。そこには、近傍の山々の図柄を織り上げたきれいな作品があり、(はた)()り機やさまざまな色の絹糸が入った籠が置いてあって、体験もできるという。

 友人の(よろい)の話から始まり、初めて天澤寺の本堂に上がり、加藤清正公の鎧の断片も見せて頂き、初対面の和尚さんにありがたいお話を伺い、さらには織物の先生ともご縁ができた。
 なにかに思い切って一歩を踏み出すと、そこからさまざまなご縁が生まれ、つながり、運が開けてくることがある。反対に、その縁を逃すと、二度とチャンスが巡って来ないということも多く経験してきた。来月は、男ながらに機織りにチャレンジすることにしたが、そこからはどんなご縁が生まれてくるのだろうか。

(清正公墓の門と門内に置かれた複製の鎧)
 帰り際に、友人が見たという「国宝の鎧」が門の内側に飾ってあるのを発見した。良く見ると小さく「複製」と書いてある。はて、そのことを友人にどう伝えたら良いものやら。
(2022年9月、写真も2022.9筆者撮影)






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