第17話

文字数 1,489文字

       17

 というわけで、事件は解決だ。私がいまこうして探偵をやっているのも、あのにわか探偵の経験があるからかも知れないね。まあ、格好つけていえば、あれはほろ苦い青春の一ページだったんだろうね。ところで、安西玲奈なんだが、いま彼女はキャリアの警察官僚だよ。警察官僚になったのは、やはり姉の事件があったからかな。それで、懇意にしている朝倉という警察庁の官房参事官から聞いた話なんだが、彼女、いまはS県警察本部の捜査二課長なんだとさ。あの毒舌で部下を泣かせているんだろうな。それでね、近々警察庁に戻り、総務課課長補佐になる予定らしい。警察組織のトップをめざすと公言しているんだとさ。やや性格に問題があるけど、忖度する官僚よりはましかな。ぜひとも風穴を開けてほしいもんだ。
 油断していた。いつもの背中のサインに気づくのが遅かった。
 よれよれのスーツ。皺だらけのワイシャツ。趣味の悪いピンクのネクタイ。うす汚れた靴。そして、せり出した腹と短い足と無精ひげ。それが私の背後に立っている中年の男の風采だった。ひとつ忘れていた。頭はバーコードだった。
 男はクレープというふざけた名前の冥府導使。つまりは死神だった。
 クレープは、断りもなしにソファーに座ると、ゆっくりと事務所のなかを見回し、相変わらずショボい事務所だな、と呟いた。
「なんの用だ」
 甘い顔をみせてはいけない。これがこの連中に対する私の態度だ。
「お前さんの話し相手は猫か」
 いきなりストレートパンチを食らった。
「聞いていたのか」
「ああ、最初からな」
 猫が出入りするのでドアを少し開けていた。だから私の声が漏れていたし、死神が入ってくるのがわからなかったのだ。私は取り返しのつかないミスをしてしまった。それはすぐに思い知らされることになった。
「なんだって、ほろ苦い青春の一ページだって? 泣かせるじゃないか」
 そらきた。
「用がないのなら帰ってくれ」
「そう邪険にするな。いい話を持ってきてやったんだ」
「仕事の話なら断る」
「どうせ暇だろう。ほら、お前さんの話し相手はどこかに行ったぞ」
「暇であろうとなかろうと、あんたには関係ない」
「本当に無愛想なやつだな。よくそれで探偵がつとまるな」
「これでもデキる男で通っている」
「それは前にも聞いた」
 クレープはフンと鼻で笑った。
「それで、いい話というのは仕事の依頼だ。ついてはただとはいわない。それ相応の報酬は出す」
「帰ってくれ。どうせただ働きだろう」
「失敬なやつだな。私がいつそんな真似をした」
「いつもだ」
「まずは話を聞け」
「嫌だ。断る」
「どうしても断るというのか」
「ああ、断る」
「断るのなら相当な覚悟がいるぞ。それを聞かせてやる。私はお前さんのほろ苦い青春の一ページとやらを仲間に聞かせる。するとどうなると思う。明日から毎日のように仲間が入れ替わり立ち替わりここに現れお前さんをからかうことになる。それでもいいのか」
「いいわけないだろう」
「そうだろうな。これで私に協力する気になっただろう。どうだ。ああん?」
「わかったよ。一応話だけは聞いてやる。やるかやらないかはそのあとだ」
 なにが悲しくて私は死神のいうことを聞かなければいけないのか。
「時間はたっぷりある。慌てるな。まずはお前さんの自慢のコーヒーをいただこう。話はそれからだ」
 親譲りの能力で子供の時から損ばかりしている。
 とどのつまり、これだった。いや、そうともいえないことはわかっている。
「どうだろう。私のこの能力は役に立っていると思うか?」
 死神がニヤリと笑った。

                             了
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