第1話

文字数 709文字

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 〈親譲りの無鉄砲で子供の時から損ばかりしている〉これは『坊っちゃん』だが、私の場合は、〈親譲りの能力で子供の時から損ばかりしている〉となる。
 その能力だが、他人と違うと気がついたのは小学校の三年生だ。ショックだった。母親に泣きつくと、他人に話してはいけないし、気づかれてもいけないと怖い顔でいわれた。それから母親の言いつけは守っている。
 損ばかりなのかって? いや、まれだが得になったことはある。得というか役に立ったというべきかな。非常にまれだがね。聞きたいかい? では話をしようか。せっかくわが事務所に遊びにきたんだから聞かせてあげよう。
 むかしの話だ。私がまだ大学の四年生のときだ。十二月にもなってまだ就職も決まらずに悶々としているときだよ。言い訳に聞こえるかも知れないが、それほど熱心に就職活動をしなかったせいもあるけどね。結局、就職は……まあ、それはいいか。それでことのはじまりは、いわくつきのアパートに引っ越しをしたところからなんだよ。
 出るんだがそれでよければ紹介する、と安いアパートをさがしていた私に友人がそういった。出るといったら決まっている。例のアレだ。私はかまわないといった。本当にいいのか、と友人は念を押した。最長で三日だったらしい。君で四人目だが、と友人はいった。私はもう一度かまわないといった。そんな些細なことよりも目先の生活費を削るほうが大事だったんだ。
 部屋は四畳半でK大の近くの信じられないぐらい古くて汚いアパートだった。でも共有の風呂場があるのが嬉しかった。引っ越しをしたのは、街がクリスマスソングで浮かれ出した十二月の七日。その日の夜、アレはさっそく現れたんだよ。
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