第12話

文字数 6,044文字

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 玲奈は午後三時三十分にやってきた。部屋に入る際に最低限のマナーであるノックの心得は感心するとしても、相変わらず口の悪さは感心できなかった。
「もう少し嬉しそうな顔をしたらどうなの」
「これが最高に嬉しそうな顔だ」
「だとしたらがっかりね」
 今日も玲奈はダッフルコートの下に高校の制服というスタイルだった。
「それで、やつと連絡はとれたのか?」
「とれたわ。場所は夏海さんと会ったあの店よ。時間は向こうの指定どおりね」
「お互いに初対面なんだけど、わかるかな」
「姉の葬儀で私をみているからわかるんだって。美人は一度みたら忘れないんですってよ。いつか腕をへし折ってやる」
 玲奈が物騒なことをいった。
「では行きましょう」
 道すがら、私のいうことに反論したり否定したりするなと再度念を押された。
 店は女性客で混んでいた。男の客はひとりもいなかった。入口に近いテーブル席が空いていた。玲奈は入口がよくみえる席に座り、僕は入口を背にする席に座った。
 約束の四時まで一分を切った。君塚翔太はまだ現れない。僕の前にはコーヒーが、玲奈の前には紅茶が、半分以上残った状態で置いてあった。
「まさかドタキャンはないだろうな」
 僕がそういった直後、玲奈が腰を浮かせた。
「彼じゃない?」
 僕が振り向くと、男が入口に立っているところがみえた。黒のジャケットとチノパンとマフラーの男は店内を見回し、すぐにこちらに気づいて満面の笑みで近づいてきた。
「お待たせ。玲奈ちゃんだよね」
 育ちのよさのオーラを全開にした男は、満面の笑みをくずさなかった。
「はい。君塚翔太さんですか」
「そうだよ」
 僕は、自分の隣に移れという玲奈の素早い指の動きをみて、慌てて席を空けた。間髪を容れず君塚翔太は僕が座っていた席に座った。
 すぐに注文を聞きにきた店員にコーヒーを頼んだ君塚翔太は、あきらかに作った顔で、優しい声を出した。
「大変だったね。もう落ち着いたかな」
「はい。おかげさまで。その節はいろいろとありがとうございました」
 あきらかに作った声で玲奈は神妙に頭を下げた。
「あまり気を落とさずにね。相談ごとがあったら、遠慮しないで僕にいってね」
 なるほど、女にモテるにはこうするのか、と感心していたら、玲奈がそっと僕の靴を踏んだ。もしかしたら少し笑ってしまったのかも知れない。
「夏海ちゃんから電話があって、玲奈ちゃんが僕に会いたいというから驚いちゃったよ」
 夏海ちゃんはないだろうと思いながら、なるほど、女にモテるにはこうするのか、と再度感心していたら、玲奈がまたそっと僕の靴を踏んだ。やはり笑ってしまったようだ。
「お忙しいところすみません」
「いいんだよ。玲奈ちゃんの頼みだったら飛んでくるよ」
「本当ですか。嬉しいです」
 田舎芝居をみせられているようで、なんだかバカバカしくなってきた。
 君塚翔太が頼んだコーヒーがきた。君塚翔太は気取った手つきでコーヒーをひとくち飲んだ。
「それで、横の彼が由紀ちゃんの恋人なんだって?」
 この野郎が、みたいな眼で僕をみた。
「夏海さんに聞いたんですか?」
「うん」
「この人は影浦さんといって姉の恋人なんです」
 といって玲奈は僕の靴を踏んだ。僕は慌てて、よろしくといった。
「それで僕になにを聞きたいの?」
「姉と付き合っていたのか、そのへんのところをいろいろと」
「なんで聞きたいの?」
「この人が」
 といって玲奈は僕のほうに向かって顎をしゃくった。
「姉のことをすべて知りたいんですって。理由は聞かないでくれというから、君塚さんも聞かないでください」
「ふーん」
 この物好き野郎が、みたいな眼で僕をみた。
 玲奈が僕の靴を踏んだ。返事をしろ、といっているようだ。
「そうなんです。なにを聞いても怒らないから正直に答えてください」
 僕はむずかしい顔で答えた。
「いいですよ」
 君塚翔太がコーヒーを手に取った。考えているのか、それともたんに勿体ぶっているのか、それはわからなかった。
「付き合ったといっても、ふたりで二、三回食事に行っただけなんです。短い付き合いです。本当ですよ。だから、それ以上の付き合いはなし」
 予想どおりの答えだったのか、玲奈が満足そうにうなずいた。この情報は信憑性があるのだろうか? あとで由紀本人に聞けばわかるはずだ。
「姉を知ったきっかけを教えてください」
「偶然なんだけどね……玲奈ちゃんは知っているかな、遠山芽衣ちゃんを」
「知っています。一度家にきたことがあります」
「それなら話が早い。遠山芽衣ちゃんは前から知り合いでね。その彼女がお姉さんと一緒にいるところに、たまたま僕が通りかかってそれで話をするようになったんだよ」
「それはいつごろですか?」
「九月のはじめごろだったかな」
「それからふたりで会うことになったんですね。会いたいと声をかけたのはどっちですか?」
「お姉さんのほうだった。最初に会ったときに電話番号の交換はしてあったからね。でも、お姉さんから声をかけてもらって嬉しかったよ」
 この情報も信憑性があるのだろうか? あとで由紀本人に聞けばわかるはずだ。
「姉と会っているときに、なにか相談はなかったですか? たとえばストーカー被害に遭っているとか」
「なかったね。警察にも聞かれたけどね」
「困りごととかの相談はどうです?」
「特にないよ。僕たちにシリアスな話題はなかったからね」
「最後に会ったのはいつごろですか?」
「十月のなかごろかな」
 君塚翔太が時計をみた。約束の時間はすぎていた。
「由紀さんと会わなくなったのは、なにか理由があったんですか。交際の期間が短いようだけど」
 僕がはじめて質問らしい質問をした。
「うーん、こんなことをいうと、君には申し訳がないけど、もうふたりで会うのはやめようと僕からいったんだ。嫌いになったわけではないよ……正直にいうと、ほかに好きな彼女ができたんだ」
「君塚さんからいったんですか。姉からではなく」
 玲奈は驚きの声をあげた。
「そうだよ」
 君塚翔太が鼻白んだ顔になった。
「もういいかな。次の約束があるんでね」
「最後にもうひとつ。由紀さんがほかに付き合っていた男性を知りませんか?」
 これだけは聞こうと決めていた質問をした。
「知りませんね。もういいですか」
「ありがとうございました」
 玲奈が礼をいった。僕は黙って頭を下げた。
「じゃあこれで。玲奈ちゃん、相談ごとがあったら、遠慮しないで僕にいってね」
 ほかの女にも、シチュエーションは違えども、同じような決め台詞をいってるであろう君塚翔太は、格好をつけながら店を出て行った。
 自分の前の席に移れという玲奈の素早い指の動きをみて、僕は慌てて移った。
「あいつの足を一回へし折ってやる」
 玲奈が物騒なことをいった。
「あいつは飲んだ料金を払おうともしなかったな」
「あんなやつからもらいたくもないわ」
「お姉さんから会いたいといったのは本当かな」
「会うのをやめようといったのもあいつからといっていたわね。なんだか自分に都合のいいことしかいわなかったじゃない。姉に本当のことを聞けないのが悔しいわ」
 もう少しで聞いてやるよ、といいそうになった。
「なんだかお酒でも飲みたい気分ね」
「おいおい。君はまだ高校生だぜ」
「冗談よ」
「おとなしく帰ることだな。あまり無茶をするなよ」
「わかっているって。影浦さんはこれからバイトでしょう」
「ああ。そろそろ行くよ」
「私はおとなしく帰るわ」
「そうしてくれ」
「ここの勘定はよろしくね」
「高校生に払わせるわけにはいかないからな」
 とんだ散財だ。今月は切り詰めないといけない。
 玲奈が立ち上がった。そのとき思い出した。
「そうだ。由紀さんのノートパソコンだが」
「なに?」
 玲奈がまた座った。
「ログインのパスワードだよ。思い出したんだよ」
「本当?」
 僕は由紀から教えてもらったパスワードを口に出した。玲奈が素早く手帳に控えた。
「よく思い出したわね」
「ああ、必死で思い出した」
「だけど不思議ね」
「なにが?」
「パスワードを他人に教えるなんて普通できないでしょう。ねえ、本当のところどうなのよ。あなたたちの関係は?」
「だから、コンビニで世間話をする程度の仲だといっただろう。それ以上でもそれ以下でもないよ」
「ふーん……まあ、いいわ。姉に会ったらよろしくね」
「わかった」
 まずいことをいってしまった。玲奈がさぐるような眼で僕をみている。
「冗談よ」
「からかうなよ」
 玲奈とは店を出てから別れた。バイトの時間が迫っていた。

 バイトから帰ってすぐに炬燵に入った。今日はいくぶん暖かく、炬燵がなくても我慢できるが、習慣で入ってしまう。炬燵の上には、バイト帰りにコンビニで買ったペットボトルのお茶と、伏せて置いてあるフォトフレームがある。
 ペットボトルのお茶をひとくち飲んで、フォトフレームを起こした。写真の主は着物を着てにこやかに微笑んでいた。
 背中がザワザワとした。入口の引き戸の横に安西由紀がいつものナリで登場した。
「嬉しいわ。私の写真をみててくれたのね」
 そういうと、安西由紀は立っていたところに座り、両膝を抱えた。
「忙しそうだな」
「本当はきのうくるはずだったんだけど、直前で呼び出しをくらっちゃってね。役人っていうのはどうしてあんなに頭が固いんだろう。そうは思わない?」
「そっちの世界にも役人がいるのか?」
「いるわよ」
「なにをそんなに揉めているんだ?」
「私がこっちの世界にいられるのは四十九日までなんですって。だけど私は犯人がつかまるまでと希望したの。役人は駄目だって。それで揉めているのよ」
「君の四十九日というのはいつなんだ?」
「今月の二十八日」
「……あと二週間しかないのか……」
「それまでになんとか犯人をさがし出してよ」
「そうしたいのはやまやまなんだが……」
「いいわ。いざとなったらあなたに取り憑くから」
「嘘だろう」
「それはそうと、私がこられなかった水曜日から今日までで動きがあったんでしょう。その報告をお願い」
「わかった。まずは二日前、つまり水曜日の出来事だ。この日は山本夏海に会った。そして金曜日の今日は君塚翔太に会った」
「ひとりで会ったの?」
「いや、君の妹と一緒だ。段取りはすべて彼女がやった」
「夏海は元気だった?」
「ああ、元気だった。トレーニングウェアを着てパンケーキを食っていた」
「相変わらずね」
「君と会えなくて悲しいといっていた」
「パンケーキを食べながら?」
「ああ、そうだ」
「顔をみたいわ。でも無理ね。まあ、いいわ。それで話の内容を詳しく教えて。ちょっと待って。その前に聞くけど、あなたのことはなんて説明したの?」
「君の恋人だといった。誤解しないでくれ。僕がいったんじゃないぜ。妹がいったんだ」
「まったく。余計なことを……まあ、いいわ。それで?」
「山本夏海には君が付き合っていたボーイフレンドのことを聞いた」
「夏海はなんていったの?」
「あくまでも噂だが、と断ってうえで、君塚翔太のことを教えてくれた。山本夏海は君に確かめたそうじゃないか。君塚翔太と付き合っているのかと。そうしたら肯定も否定もしなかったんだってね。そうなんだろう? ただ、付き合ってはいるが浅い付き合いだと彼女は思ったそうだ」
「正解ね」
「そうなのか?」
「そうよ。彼はただの友達よ。特別な感情はないわ。安心して」
「本当にそうなのか?」
「なによ。疑うの?」
「わかった。それなら話しやすい。山本夏海は君塚翔太に対していい印象を持っていない。僕もだ」
「それはわかるわ。私もそうだもの」
 安西由紀が君塚翔太を嫌っているのがわかった。ちょっとほっとしている自分がいた。
「君塚翔太は極めつきのお坊ちゃんらしいな。父親が政治家なんだって? つまり、将来は政治家だ。山本夏海は将来を憂いていたよ」
「辛辣ね。彼女らしいわ」
「君塚翔太は女にだらしがないから気をつけろと山本夏海に忠告されたけど、どうしても会いたいと妹がいってやつの連絡先を教えてもらった。そしてやつに会った」
「ちょっと待って。夏海は彼の連絡先を知っていたの?」
「遠山芽衣という君の友達に聞いたようだ」
「ああ、そういうことね」
「君塚翔太は遠山芽衣と親しいんだって?」
「いまはどうか知らないけど、ふたりは付き合っていたはずよ」
「やはりそうか。そんな気がしていた」
「それで、彼はどんな話をしてくれたの?」
「やつは君との出会いを話してくれた。それによると、九月のはじめごろ、君が遠山芽衣と一緒にいるところに偶然通りかかってそれで話をするようになったといっていた」
「間違いないわ。キャンパスで私が芽衣といるところに通りかかった彼が強引に割り込んできたんだけどね」
「なんでも、最初の出会いのあと、会いたいと声をかけたのは君のほうなんだって?」
「私が?」
「やつはそういっている」
「嘘よ。彼のほうよ。最初の出会いのときに電話番号を聞かれたのよ。彼ってちょっとイケメンでしょう。つい教えてしまったのね。そのあとしつこく電話がかかってきたのでしようがなくて会ってやったのよ。それが真実よ」
「会ったのは二、三回とやつはいっているが、どうなんだ?」
「正確にいうとふたりだけで会ったのは二回ね。高級なレストランを予約したからと聞いて食の欲に負けただけよ。あと一回は芽衣も一緒。仲よく三人で食事をしたわ。だから、夏海が言う通り浅い付き合いが正しいわ」
「では恋愛感情はなしか?」
「あるわけないわ」
「それを聞いたら妹は安心するんだがな」
「なんで?」
「君塚翔太みたいなのと付き合っていたと知って、ちょっとショックを受けていたからな」
「本当? あなたからいってほしいんだけど、それは無理よね」
「いずれ真相はわかるさ」
「そうね」
「それから、やつとの別れだが、十月のなかごろ、ふたりで会うのはやめようと君塚翔太から切り出したんだって?」
「あのバカ、そんなことをいったの?」
 安西由紀が語気を強めた。
「ほかに好きな彼女ができたから別れたんだとさ」
「嘘よ。まったくの嘘。ふたりで会うのはやめるといったのは私のほうよ。これ以上付き合うとちょっと危険な感じがしたのよ。彼の噂はいろいろと聞こえてきたからね。それが十月のなかごろ。時期はそのとおりよ。あなたはどっちを信じる?」
「もちろん君だよ。やつのいうことは信用できないとわかっていたさ」
「ありがとう」
 安西由紀の表情がやや和らいだ。
「以上で水曜日から今日までの出来事だ」
「まだ肝心なことを聞いていないわ」
「なんだ?」
「夏海を疑っていたでしょう」
「ああ、それか。彼女はシロだ。僕の勘だが」
「そうでしょう。彼女は犯人ではないわ。それを聞いて安心して消えることができるわ」
「彼女は怪しいといったらどうするつもりだったんだ」
「朝まで邪魔をして眠らせないつもりだった」
「じゃあ僕は安眠できるわけだ」
「安心してぐっすり寝てね。そして明日からまた頑張ってね。またくるわ」
 そういうと、安西由紀は唐突に消えた。
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