文字数 7,675文字

 鮮やかに花の咲き揃う庭に面した談話室(サロン)で寛いでいたレアンドラは、俄に賑わう邸内に気づいて小首を傾げた。様子を見て参ります、と素早く退出した使用人(メイド)は、間もなく戻って丁寧に一礼する。
「アッシュベリ卿に申し上げます。女主人(ミストレス)が戻っていらしたようでございます」
「あら、リーラが?」
 珍しいわね、と席を立とうとしたところで、開け放した扉を叩きながら従者(ヴァレット)を従えたリーラが顔を覗かせた。
「久しいな、アッシュベリ卿。不自由はないか?」
「お久し振り、リーラ。毎年、それは快適に過ごせているわ。家人をきちんと労ってあげて頂戴ね」
 今日はどうしたの、と小首を傾げると、果たして彼女は笑う。
「つい先程、ダンバーから戻ったところでね。城へ戻る序でに、顔を見に寄ったのさ」
「あなた、社交期(シーズン)中も職場に缶詰めだものねぇ。あの穴蔵がお気に入りなのかしら」
「アッシュベリ卿は、相変わらずこの談話室がお気に入りとみえる」
 目を細めて窓の外を見遣ったリーラに頷いて、レアンドラは使用人へ紅茶を用意するよう指示する。
「少しはゆっくり出来るのなら、夕食もお付き合いくださいな」
「そうだな、今日は急ぎの仕事もないから、そうしようか」
 心得たふうに一礼する従者へ頷くと、リーラは空いていた椅子へと腰を下ろした。
 大多数の令嬢ならば、庭を愛でるのは日中に限られるだろうか。しかしレアンドラとしては、この屋敷の庭は黄昏れ時に眺めるのが一番だと思っている。ゆるゆると落ちる春の日に取り残された鮮やかな花々が、ゆっくりと宵闇に沈み行くさまは、何度見ても厳かで胸が震えるのだ。
「……どうしてこんなに胸に迫るのかしら」
 呟く声にちらりと視線をくれて、リーラは庭へ目を向ける。
「我が家の庭には、故郷の植物のみが集められているからな。こちらの品種よりも慎ましい印象の物が多いかも知れぬ」
「プリジェンも東方風だと思うのだけど、これほどではないわ」
「プリジェン卿の故郷と(わたし)の故郷は、近くはあるが埴生が違うのさ」
 これを集めたのは昔なじみでね、と彼女は目許を緩めた。
「随分前に儚くなったが、その前にと譲り受けた庭から、ごっそりと移した。あの簒奪者から守られた一つだな」
 簒奪者、と何の感情も伴わない声が示す相手を、生憎とレアンドラは知らない。けれど、この美しい友人が大切に抱えていた何かを、おそらく踏みにじった相手と思っても間違いではないのだろう。
「そういう場所は幾つかあるが、あれはその存在を知るまい。そのうちの一つは、正しく後継に相応しい者が管理しているようだ。そこも、素朴だが美しい庭を抱えていたな」
 懐かしそうに目を細め、薄闇に沈み行く庭を眺める。ゆったりと紅茶を楽しみながら、レアンドラは「そう」と呟いた。
「その庭は、ここと趣向は違うの?」
「あちらは、この辺りの原種のみだったな。やはり慎ましい印象だったが、香りの強い種も多いのだろう。花の季節には芳香が漂っていたが、不思議と上手く調和が取れて、不快な臭いにはならなかった」
 その庭も素敵なんでしょうね、とゆるりと笑みを浮かべて、レアンドラは茶菓子へ手を伸ばす。間もなく夕食ということもあり、用意されているのは小さなメレンゲ菓子だ。口中でしゅわりと甘味が解けて広がるのを、紅茶がするりと洗い流してくれる。
「それで? あなたから見て、どうだったかしら」
 そうだな、と呟いて、麗人は唇の端を引き上げた。
「確かに、トリアと似ていると言われるのも頷けた。しかし、英雄を嫌う者ほどその資質を有するのは何故だろうな」
 苦笑さえ浮かべてみせるそのさまに、彼女が自身と同じ印象を受けたのだと確信する。
 彼は、英雄であることに固執したことなぞ一つもない。でなければ、ああして隠れはしないだろう。何より、彼はいつだって興味の薄い顔をして、貴族たちを監視していた。あれを狡猾な狩人だと知っていたのは、果たしてどれだけいたことか。
 彼ら英雄王について知る者は少ない。王配殿下は実に巧く隠れていたし、徹底して女王が矢面に立っていた。けれど、だからこそ同類は気づいたのだ。この美貌の宰相然り、シャフツベリ氏族長(チーフテン)もおそらくは。
 レアンドラは、美しく整えられたモノを愛している。
 それは機能美の粋を極めた武器然り、隙なく整えられた戦略然り。戦乙女と讃えられ、その戦場を駆ける勇ましさばかりに目を向けられた彼女であるが、その実、裏にも精通している。知らねば、美しい戦略なぞ望むべくもないのだ。
 だからこそ彼女は、無邪気な顔で素知らぬ顔をする。暗躍する諸々をそのドレスの下に隠し、悠然と微笑むのだ。それが貴婦人(グラン・ダーム)のあるべき姿と、母から仕込まれた。その母は、黒竜の血を正しく継いだ戦姫だった。
 サリナス家は、黒竜王家の傍流である。
 古くは臣籍降下した王兄殿下の血筋で、かの人物は王家の者には珍しく政治よりも武を尊び、少々後ろ暗い謀略に長けた人物だったという。
 彼を祖とした一族は、例外なく突出した武に秀でた人物を次々に排出した。その中から影に選出される者も幾らか現れ、いつしか一部はそちらを専任するようにもなったらしい。その人材は性別問わず、優れていれば取り立てられる。レアンドラが母方の姓も名乗っているのは、そういうことだ。
 あの宗教戦争の頃、フィデルの様子を見てこいと大殿から軽く言われたのも、サリナスの娘として見てこいと命じられたのだと受け取ったのである。そのうえで、何を選択しようともレアンドラの勝手。それだけの裁量は与えられていたのだから。
 そうして、彼女は出会ってしまった。
 同時に大戦の頃、フィデルが決断した理由らしきものを、身をもって理解したのだ。抗えない時流というモノは、確かに存在する。必要であると、何者かに組み込まれたような感覚に違和感を感じながら、流されるように身を投じた。あれが彼女の転機だろう。
 英雄王へ積極的に接触して補佐したのは、リーラただ一人。
 けれどそれも、彼女たちの中では暗黙の了解だったのだ。隠しているモノを暴く趣味はない。何より、それが有用だと彼らは判断したのだから。
「しかし、そうだな。王配殿下は英雄を演出した。必要と判断したからこそ、最も有名だった英雄譚を参考にしたのだろう。そういう意味では狡猾な紛い物だ。けれど、魔術士殿は違う。王配殿下が目指したのは、案外あの有り方だったのではないかと思うよ」
「そうね。あれは趣味の良い方だと思ったわ」
 歴史の狭間に埋もれて久しい英雄譚を、王配殿下は何処から見つけてきたのだろう。一番初めにレアンドラが参戦を決めたのは、あれがあったからだ。現代に蘇る英雄譚。それを間近に観察できるだなんて、そんな機会はなかなかないと思ったから。
 更に、フィデルのことが頭にあったことは否定できない。
 曾て、英雄たり得る人物と共に戦場を駆けた。その幸運を羨ましく思っていたし、その痕跡を消していく行為に、納得がいかなかったのだ。自分ならば、と思ったのも少し。
 今となっては、当時のフィデルの気持ちも、少しは理解できる気がするが。
「だからこそ、思うの。あの方になんの(しがらみ)もなく采配を振ることが出来たとしたら、真に英雄と呼ばれたのはどちらだったのかしら。きっとそのさまは、かの魔術士と近かったはず」
 何故なら、かの人は英雄を演出しながら、それを嫌っているように見えた。誰よりも勇ましく慈悲深く、ヒトビトを先導する英雄像を作り上げておきながら、冷めた眼差しは消えなかったのだ。
 その理由は、おそらく実父。
 英雄の資質を持っていたが故に疎まれ、罠にかけられて呆気無く落命した。その報復に生きた実母は、彼の根幹に影を落としている。
 現在、ブライアース家に初代エンベリー公爵の血は入っていない。
 初代が亡くなり、次代が身上を潰して失脚したのち、父系は既に絶えていたことから、夫人の血筋より養子を入れたのだ。しかし、その一連の流れは奇麗過ぎた。後ろ暗い所は何も出てきていない。けれど、あまりに奇麗なのだ。
 王配殿下が夫人の連れ子だった事実は、おそらく誰も知らない。レアンドラも、少々苦労して入手した情報だ。表向き、養父は彼を虐げてはいなかったし、誰の目にも次男こそが後継者として相応しく映っていた。
 だからこそ、彼女は穿った見方をしているとも言える。レアンドラは、徹底して道化を演じる彼を知っていた。軽薄に振るまい、端正な顔に甘い笑みを浮かべて媚びるさまを、半ば感心して眺めていたのだ。そんな完璧過ぎた彼の最終目的はそこで、至るまでの全ては、ただの手遊(てすさ)びだったのではないか。
 彼が身罷ったのは、新たなエンベリー公爵が立って、間もなくのことだった。
「あの頃に魔術士殿がいたら、少し結果も違っていたのじゃないかと思うことがあるの。トリアはきっと自然に笑えていたはずだし、バートだって」
「ないもの強請りだな。もしもは意味がない」
「わかってるわよ。わかってるけど、誰も本当のあの子たちを知らないのよ? そんなの、あんまりだわ」
 初代女王は、一人きりで閉じ籠っても、上手く泣けない女の子だった。いつだって堂々として、時に不敵に笑うさまは、それを隠すための仮面でしかなかった。
 その王配殿下は役立たずの道化だと蔑まれていたが、素顔の彼は静謐に笑う男だった。奇麗に笑うことは出来たのに、それがなんだが彼には似合わなかった。
 レアンドラにとって、彼らは大切な友人で、幸せになってほしい人たちだったのだ。
 果たしてリーラは呆れたような目を向けて、軽く指先でレアンドラの額を弾く。
「何を言っている。ここに、最大の理解者がいるだろうに」
 目を瞬かせた彼女に小さく笑い、ゆったりとした袖の中へ手を引き戻した。
「流石に、真実に気づいているとは思っていなかっただろうが。英雄王として最期まで全う出来たのは、あなたがいたからだろうさ」
 そうなのかしら、と切なく笑って、レアンドラは手許へ視線を落とす。
「少なくとも、沈黙を守ったのは正解だ。我らには英雄が必要だった。共同体として纏まるために、紛れ込んだ異物を排除するためにも」
「そうね。芸術的な手腕だったわ。望んだモノを間近で見られたはずなのに、どうしてか虚しくもなったのよ。だから感傷的になるんだわ」
「悪いことではないさ。ただ、悼む序でに誉めてやるといい。あなたの言葉が一番喜ぶ」
 得意げに笑う初代女王の顔が浮かんで、レアンドラは失笑する。
 確かにそうだ、彼女はそういう人だった。その横で、王配殿下は表情を動かすことなく、そのくせ困った色をほんのり目に浮かべるのだろう。
 砦に詣でたらそうするわ、と応じると、リーラは頷いて、ふと表情と声音を改めた。
「レアンドラ・サリナス。あなたに頼みがある」
 何かしら、と背筋を正して即座に応じると、古馴染みは宰相の顔をして、南方守護にして裁定者へ端的に告げる。
「宗主国が探すものについて、出来得る限り洗い出せ」
 宗主国、と訝しく眉根を寄せて、レアンドラは真直ぐにリーラを見つめた。
「昨年末から検問が厳しくなっているそうだ。更に、聖騎士団が彷徨いていると、既に商人たちの噂にのぼっている」
「そんな状態なのに、あなたが把握してなかったの?」
 不本意ながら、と渋々頷いて、宰相殿は眉をひそめる。
「大々的な遠征ではないようだ。丁度、増殖期だろう? そちらの動きに隠されていた節がある。現に、武装集団の目撃情報は入ってこない。噂の通りだとして、拾った御仁はよほど目端の利く質なのだろうさ」
「魔術士殿ということは?」
 大戦後暫くは追手がかかっていたのではなかったか、と尋ねると、果たして彼女は渋い表情を隠さない。
「何とも言えぬな」
「……いえ、違うわね。去年の騒動があった」
 確か、宗主付きが出てきたという話しを聞いている。既に居場所を把握している者を探すというのも妙な話しだ。ウェルテ国内にいれば宗主国が手出しできるものではないし、何よりフィデルが出さないだろう。誘い出そうとしているふうでもないようだし、それなら別物と考えるべきか。
 口にしたものの、即座に自ら否定するレアンドラに、微妙な表情を浮かべたリーラが緩くかぶりを振った。
「あれは、こちら側の人間らしい。伝手へ問い合わせを頼んだが、驚いていたからな。内部で分裂しているのは確定だろう」
「それは、信用出来るの?」
「一考の価値はある、と思っている。あれはどうやら、東方で道士の末席にいたようだ。洗脳状態にあったのを、振り切ったらしい」
 唇の端を引き上げ、彼女はうっそりと笑う。
「宗主を傀儡から解放したいのだそうだ。あの狂信者たちの中から、よくも真っ当な異端者が出てきたものだな?」
「真っ当、と仰るのね? 宰相殿」
「あれの師を個人的に知っているのでな。染まりきらずにいられたのはその所為か、と納得したくらいさ。あの一門は学徒の類いだ。あれらは狂信の類いを一番嫌う」
 振りでないのなら苛烈なまでに仕出かすだろう、と笑みを深くするさまに、レアンドラは僅かに目を細めて嘆息した。
 それでは、これから世界は少し荒れるかもしれない。
 レアンドラが伝え聞くかの乙女は、全く動かぬ表情を御簾の向こうに隠した、見目のいい御人形だ。昔は多少なりと感情が窺えたとも聞いたが、国中が馬鹿馬鹿しいほどの結界に雁字搦めになってゆくに従って、決められたことだけを繰り返す、初期型の自動人形(オートマタ)のようになっていたようである。
 実際、一度は自動人形に成り変わられたのではないかと、疑って調べたこともあった。その結果に判ったのは、ただの傀儡でしかないという事実だったが。そのくらいに、彼女には個が存在しない。
 そもそも、かの乙女についての記録は、ヘンリク経由でオルディアレス家へと齎されており、そこから興味を持ったのだ。
 一度は英雄と呼ばれた魔術士と並び讃えられた乙女とは、どんな人物かと。
 彼女自身が魔素生物であることは疑いようがない。それなのに人間至上主義へ加担するだなんてと眉をひそめ、すぐに都合のいい道具でしかないのかと気がついた。その滑稽さに、すぐさま興味を失ってしまったけれど。あのとき放り出さずに掘り下げていれば、また違った目が見えていたのだろうか。
「……宰相殿が買っている宗主付きが把握していないのだから、御人形の主人以外が、こっそり糸を引いてるのかしらね?」
 今は、一体誰が聖騎士団の統括をしていたのだったか。筆頭枢機卿は病床にあり、代替わりがあったはずだ。かの乙女の後見は必ず同じ家。けれどそれ以外の役割は、その都度入れ代わっていく。
 思えば、世界を揺るがした宗教戦争も、思想の違いから内部分裂した末に後始末を外部へ押し付けるという、杜撰にもほどがある裏話があったのだ。今度の動きも下手をすれば、二の舞いを演じることになりうる。
「暫く時間をいただくわ。聖騎士団の動向だけは、あまり待たせずにお知らせします」
 助かる、と頷いたリーラは、小さく嘆息して冷めた紅茶へ口をつけた。淹れ直してもらえばいいのに、と思ったのは最初の数年のこと。あまり頓着していない、というよりは仕事に没頭していて冷めてしまうことが多々ある彼女は、どうせまた冷めると気にしないのだ。
 常のように、無造作なくせに美しい所作で半分ほど飲んで、気に入ったのか赤味がかった薄い水色を見遣る。そうして、ちらりとレアンドラへ視線を寄越した。
「拾えた情報は精査せず、全て渡してくれないか。それから、シャフツベリ卿の耳には入れないように」
「あら、どうして?」
 情報は共有すべきではないのか、と小首を傾げると、リーラは僅かに渋い顔になる。
「正確には、大戦の当事者たちには伏せておきたい。吾の伝手がな、彼らの常識を覆そうとしているんだ。下手に情報を与えてしまうのが怖い」
 憶測や不審は不和の元となる。ウェルテの中核を担うのは、曾て大戦の立て役者だった者たちだ。用心するのも頷ける。
「開示は、きちんと裏が取れてからね?」
「取れるとも限らぬがな。当時を証言できる者は皆無だ。しかし、そこをはっきりさせることが出来れば、おそらく宗主国は瓦解する」
「するかしら?」
「確約はせぬよ。しかし、叶えば宗主の存在意義が変わる可能性が高い。魔素生物は当たり前に、我らはただそのように生まれただけだと知っている。それだけのモノを区別して、神聖視している滑稽さに気づかせるだけさ」
 気づくのは末端と一部の知恵者だけだろうが、それでも意義はあるとみているのだろう。かの宗教はそれほどまでに枝葉を拡げ、ヒトビトの中へ浸透しているのだ。
 信仰は、貴いものだとレアンドラは思っている。彼女自身も、創世の神話に語られるモノへ、尊崇の念を抱いているから。しかし、純粋な信心を都合良く利用しようとする行為は、許されるものではないはずだ。信仰とは常に、自身の心だけを救うものでしかない。
 紅茶を飲み干したリーラは、控える使用人を振り返った。
「もう一杯くれないか。これは、何処の茶だろう?」
 畏まりました、と一礼した使用人は、傍らに置かれた缶をリーラへ見せる。
「アッシュベリ卿がお持ちになった、エフィンジャーの新茶でございます」
「美味しいわよね? 先日のお茶会で気に入ったから、譲ってもらったの」
 お気に召したのでしたら買い付けますが、と使用人から言い添えられて頷いたリーラは、ゆるりと目許を笑ませた。
「今年の茶は、何処も出来がいいな」
「作物には良い一年だったものね」
 今年はどうかしら、と嘆息して憂鬱になる。魔素生物の当たり年は、少々天候に影響が出る。去年末にかけてナックラヴィーが出現したことを考えると、気を付けなければならないのは旱魃か。
「夏が心配よね。貯水地の確認をしなきゃ」
「春から夏にかけてが一番忙しいというのに、何故この時期にわざわざ社交期が設定されているのやら」
「同感だけど、この時期じゃなきゃ移動が大変というのもわかるの」
 雪深くなるサックウィルはその最たる例で、引き蘢っていれば情報が行き渡らず、周囲の発展から取り残されてしまう。
 ……引き蘢っているくせに問題なく運営しているアルクィンはさておき。あすこは家令(スチュワード)が化物の類いなのだ。まだ若造だというのに、ヘンリクに及ぶ手腕とはどういうことか。
「こちらで情報交換をして、即座に検討し、反映できるという利点もあるにはある。冬に限られた地域のみで社交しても仕方がないものな」
「冬は、お友達の所へ遊びに行くくらいよねぇ」
 もしくは、領内の代官たちを招くくらいか。雪深くない地域では、年越しの晩餐を行う所もあるようだ。残念ながら、四方の守護でそうした催しを行うことはないが。この辺りは、砦であった頃の名残りともいえる。
「そういえば、この冬は積極的に出掛けていたそうだな?」
「可愛いケープを新調したの! 着たいから、あちこち行ってたわ」
 なるほど、と苦笑で応じて、リーラはすっかり日の落ちた窓の外を見遣った。
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