文字数 7,874文字

 仕上げた仕事の検品を終えて部屋に戻ったシャノンは、ふと寝室へ視線を向けた。閉じていた扉の向こうでは、いつかの夜のようにヴィレムが淡い灯火の傍で、ゆったりと読書している。
 こうして見ると、これで吸血鬼(ヴァンピーア)だというのが不思議なほど凡庸な印象の男だ。よくよく観察してみれば悪くない造作なのに、これといって印象に残らない。
 彼に言わせれば、本来の吸血鬼はそういうモノだったらしい。真祖が女の胎へ宿ると同時に産み落とされた、最初の一人であるヴィレムも然り。産まれ落ちた真祖も、可愛らしさはあったものの、何処にでもいる平凡な女児だったそうだ。
 彼らは、夜の眷属だ。きらきらしい有り様では夜闇に紛れることも出来ないし、先代真祖の眷属たちも、大体がそういうモノだという。
「お待たせ、ウィル」
「終わったのか?」
 無事に、と頷くと、柔らかく微笑んで「お疲れ」と労ってくれる。
 古びた装丁の本を閉じるさまを横目に、シャノンはベッドへ腰掛けて足を伸ばした。根を詰めていたわけではないが、頗る気分は軽い。
 今日の検品分で目出度くシャノンの仕事は終了し、早々と缶詰めから解放されたのだ。当初の予定ではもう暫くかかるはずだったのだが、予想外にドレスが各種取り揃えられていた点と、直しも最小限で済むものが殆どだったこと、プリジェン卿の針子たちが優秀だったなどなど。様々な幸運に恵まれて、恙無く仕事を終えたのである。
 とはいえ、プリジェン卿は当初の逗留予定は変えるつもりがないらしく、シャノンにも残りは好きに過ごしていいとのお言葉を戴いていた。なので有難く厚意は戴いて、暫く素材漁りをする拠点とさせて頂く所存だ。そのうち数日は、プリジェン卿のお針子たちを案内する約束もしている。
 彼女たちも作業中はほぼ缶詰め状態だったので、買い物や食べ歩きなど、楽しみにしていることも多いようだ。プリジェン卿が逗留予定を変更しないのは、頑張った彼女たちへの御褒美という面もあるのだろう。あちこち渡り歩いてきたシャノンから見れば、良い雇い主と言える。
 実際、素晴らしい仕事を予定よりも早く仕上げたのだからと、僅かながら報酬の上乗せがあった。つくづく、ヒトを使うのが上手い御仁である。道理で結束の固い、優秀なお針子たちが集うわけだ。
「後は、数日ぶらついてから帰るつもりなんだけど。ウィルの方は何かあった?」
「俺より、そちらだろうに。アールヴだって?」
 帰る予定も立ったことだからと、序でに「成りゆきで保護した」と連絡したところ、どうやら頭を抱えさせてしまったらしい。疲れたような顔で嘆息されて、誤魔化すような笑みが浮かぶ。
「いや、不可抗力だし」
「そいつらは、ウェルテの保護下に入るのか?」
「当人たちの意志は尊重するって話だけど、保護の方向で動くみたいだね」
 あの様子では、アールヴが住むには厳しい土地ばかりだろう。それなら、確実に安住できるとわかっているここへ根を下ろした方が、スーリエも安心だ。おまけに条件のいい就職先も打診されて、断れるかどうか。
 氏族(クラン)を通してメルカダンテ女史から聞いた話しでは、彼女らも問題なく周囲へ馴染んできているらしい。その様子は、氏族たちの目にも微笑ましく映るようだ。彼らからも好意的な話しを漏れ聞いている。
「馴染めるのなら、その方がいいだろうな。ウィルは、エルフの情報持ってる?」
「胸くそ悪い話で良ければ?」
「アールヴについて?」
 突っ込めば、ひょいと肩を竦められる。どうやら正当な世界図書館(ゲシヒテ)の継承者は、相変わらずの情報量を脳内へ納めているらしい。
「それ、全ての集落で起こってること?」
 胡乱に尋ねれば、当たり前に横行していることさと、いともあっさりと答えてくれる。
「そもそも、あれらは近親婚を重ね過ぎている。立ち戻らないはずがないだろう。御蔭で需要と供給の均衡も崩れず安泰だ」
 胸くそ悪いだろう、と僅かに目を細め、ヴィレムは書物机へ肘を置いて頬杖をついた。
 仮令それを不快だと思ったとして、部外者に出来ることはない。それを解っているからこそシャノンは何も口にしないし、ヴィレムも手を出そうとはしないのだ。自己満足で動いたとしても、到底間に合う状況ではないだろうから。
 しかし不思議なのは、大戦前に即座に引き蘢ることを決め、今まで実行できていたこと。
 あの当時は、無駄なことを、と思ったものだった。そんなふうに逃げ出して、あれらが生き抜いていけるとは、到底思えなかったから。殊更に追わなかったのもその為だ。
 けれど実際は、現在まで生き延びてしまっている。おまけに、あの当時の生活を、すっかり保ったままだという。更にスーリエの話から、移住先を求めて辿り着いた場所に一から築いていったというよりも、初めからそのように整えられた所へ住まいを移しただけのような印象を受けた。
 もし本当にそうならば、一体いつから準備をしていたのか。そもそも当時を思い返せば、魔素消失を予め知っていたかのような動きに不気味ささえ感じる。
 おまけに。
「……どうして、当たり前にアールヴを使おうと考えたんだ?」
 後々まで有用であると判断すれば、どれほど困難だろうと即断即決する傾向のあるフィデルですら躊躇ったことだ。倫理観に悖る行為だと奇麗事を言わないにしても、それが遠からず何処かで破綻するはずと、肌で感じているのだろう。永久機関なぞ、ただの幻想でしかない。まして、それが生物に頼っている以上は。
 軽く眉を持ち上げたヴィレムは、さぁな、と興味薄げに呟く。
「あの頃の生活を捨てられずに縋っているくらいに、あれらには先見性はない。なのに、なんだか変じゃないか。どうして」
 シャノン、と静かな声に名を呼ばれて、思わず口を噤んだ。ゆったりと頬杖を外して背筋を伸ばしたヴィレムは、小さくかぶりを振る。
「今のまま、安穏と暮らしていたいのなら、それ以上は駄目だ」
「……どうして」
「今のおまえを見て、誰よりも喜ぶのはおまえの家族だろう。彼らは、おまえを外へ逃がすことに躍起になっていた。それを無下にする気は、俺にはない」
 なんだよそれ、と胸中にぽつりと浮かんで、シャノンは我知らず拳を握った。自然と、表情も苦々しくなる。
 彼と家族の間には、何となく溝があることには気づいていた。
 理由なんて知らない。溝は憶えている限り最初からあって、シャノンから埋められるものではなかった。父は積極的に関わってくることはなかったし、兄たちは祖父が亡くなるまでは距離を置いていた。
 おそらく、外からは仲の良い家族と思われていたことだろう。家族はいつだってそう振る舞っていたし、そう見せねばならない何かがあるのだろうと朧に理解して、そのように彼自身も倣っていたから。
 思えば、それに気づいた時から、ずっと息を潜めて生きていた気がする。深く息が吸えたのは、いつだって彼女の傍だった。だから、次第に家に寄り付かなくなったのだ。
 その、馬鹿馬鹿しくも重大な事柄の、理由らしきものを今更示されて、どうしろというのだ。おまけに、何故それをヴィレムが語る。
 彼は、初めからシャノンを知っていた。大戦の後のことだ、その所為だと自然と考えていたが、もしかしたらもっと前から知られていたのか。
「ウィルは、何を知ってるんだ?」
「この話しはこれで終わりだ。探ろうとしても無駄だぞ。何処にも、何も残っていない」
「処分されたから?」
「違う。口伝でのみ遺された物だと、知識として承知していただけさ。流石に内容は知らないが、文書として遺す危険性を、おまえの先祖たちは知っていたんだろう」
 俺も先代からちらりと聞いただけだ、と肩を竦めて、物憂げな表情になる。
「本来なら、おまえにも申し送られたはずだ。ただ、そうはならなかった。この世に、その詳細を知る者は何処にもいない。おまえの母親を最期に、いなくなった」
 それは恐らく、あの魔素消失事件があったから。それを何となく理解して、ふと忘れていた母の言葉を思い出す。
 あなたに話さなければならないことがあるの、と。
 確かに言ったのだ。だからあの日、終業後に実家へ寄るはずだった。当日の朝、顔を出した長兄に念押しされていたことも、序でに思い出す。
 シャノンを除いた家族全員が、事情を承知していたのは確実だろう。家族内の序列を思えば、祖父が主導で父が協力者。そして義両親も、承知したうえで引き受けたのだろう。彼女や兄たちは、避けようもなく巻き込まれたといったところか。
 口伝だというのなら、必要最低限。生まれた子供を守るのに必要なだけ、知らされていた可能性が高い。その所為で役目に縛られるのは必至だ。
「……よく憎まれなかったな、俺」
 兄たちにしてみれば、たまったものではなかっただろうに。
 何となく距離を取ってしまっていたのはシャノンの方だが、長兄はいつも気にかけてくれていたし、次兄はさり気なく見守ってくれていたようだった。疎外感を抱えていても家族を嫌えなかったのは、彼らがいたからだろう。
 そんなふうに思えるようになったのは、死別する一年くらい前のこと。もう少し腹を割って話せば良かったと悔やんでも、後の祭りだった。
 それはさておき。
「ああもう、なんで小さいうちから言い含めておかなかったんだ!」
「内容が内容だ。己で判断が下せる歳まで遠ざけられても、不思議ではないな」
 見透かしたような物言いに、胡乱な目を向ける。本当に知らないのか、と訝れば、断片的に知っていることはある、と平然と告げた。
「だからこそ、話す気はないんだよ。断片でしかないから真意はわからない。おまえの先祖の意図も窺えない。そんなもの、歪みしか産まないだろう」
「……下手に知ったら、如何にも歪みそうな部品しかない感じなのか」
 望むまま生きたいのなら不用意に触るな、と。もう一度禁止を言い渡されて、シャノンは一つため息を落とす。
「それは流石に遠慮したい。……エルフについて触らなきゃいいの?」
「アールヴについて、な。しかし、エルフに触らない方がいいのは確かだ」
「あー、そうだろうねぇ」
 知られたら、碌なことにならないのは確かだ。黙って使われてやる気なぞさらさらないので、一部地形が変わる事態になるかもしれない。今回知った事実が胸くそ悪いので、一欠片の罪悪感も刺激されることはないだろう。とはいえ、流石にこの平和な文明社会において、今更殲滅戦なんぞしたくもない。
「アールヴの先祖返りだということは、他者には隠してるのか?」
「別に。聞かれたら答える程度だけど?」
「それなら、ウェルテの奴らは積極的に巻き込んではこないか……。用心するに越したことはないが」
 気をつけるよ、とひらり手を振って、シャノンはふと表情を改めた。
「そうそう、ウィルの方だよ。何か拾えた?」
「さっぱりだ。ただ、シャフツベリ氏族が動きだしたぞ。それから、アッシュベリの白竜」
 アッシュベリ卿が? と訝しく首を傾げると、果たしてヴィレムは肩を竦めて見せる。
「あれは、サリナスだろう。黒竜族の裏王家だ。武芸に秀で策謀に長け、時には影も排出する。そこの次期首領だぞ、あの姫様は」
「まじか。ええー、あの見た目で?」
 思い出すのは、ふんわりと巻いた亜麻色の髪。煌めく空色の瞳に影を落とす(けぶ)るような睫毛と、ぱっちりとした目は奇麗なアーモンド型。白竜族特有の優美さを誇る淑女は、明るい人柄の気持ちのいい人物だった。
 しかし、あれで彼女は南方守護なのである。
 更に更に、件の宗教戦争において武勲をたて、敵味方様々な感情を孕みながらも戦乙女と広く綽名される、優れた武人なのだ。シャノンとしては一目見て、これとは戦いたくないと思った人物でもある。とはいえ、見た目はふわふわと甘い雰囲気なのだ。あれを頭とするのは如何なものか。
「確定ではないが、限りなく有力な候補だな。あれほどの傑物は、この世代にいない」
「見た目、完全に白竜なのに? 清清しいまでの実力主義だな」
 素直に感心してしまったシャノンは、いや待てよ、と思い留まる。そういえば、彼らが暑苦しいほどに敬愛している若様も、見た目こそは黒竜らしいものの、中身は全くらしくない魔術士なのだ。あれを素晴らしい素晴らしいと手放しで讃えられるのだから、その真逆でしかないアッシュベリ卿を兎や角いうはずもない。
 況して彼女は、若様の妹分なのである。
 国内では姫様扱いであろうことは、容易に想像できた。とはいえ、あの国家はこの辺りの国々とは価値観が違うようなので、こちらの王家を想像すると違うのだろうが。
 果たしてヴィレムは、軽く肩を竦めたようだった。
「黒竜族から戦姫を嫁に出したんだから、その後継を返してもらうことにも抵抗はないんだろう。しかし、あれが乗り出してきたのなら、労せずお零れに与れそうだ。宗主国はなぁ、なかなか」
「入り込めなかった?」
「いや。入るのは問題ない。ただ、あすこは駄目だな。シャノンは絶対に近付くなよ。俺も長居はしたくない」
 ため息混じりに零したヴィレムは、はたと思い出したように口を噤んだ。
「そういえば言い忘れていたが、宗主国に吸血鬼がいたぞ」
 去年末、シャノンと会った翌日には、早速出掛けていったらしい。相変わらず腰が軽い性分である。
 宗主国と彼らは呼ぶが、正式にはファーニヴァル市国。国として極めて小さく、一都市と見れば累を見ないほど大きな、天来教の本拠地だ。
 背後を峻険な山々に囲まれ、足許には広大な森。開かれた門は森を切り開いた一隅だけという、恐ろしく堅牢な要塞でもある。かの宗教戦争時にウェルテが潰し切れなかったのは、この立地の所為もあったようだ。台頭してきた時期を考えても、初めからそのつもりで選ばれた場所なのだろう。
 普段は静かな祈りの場として機能しているらしいかの地は、熱心な信徒たちからは聖都と呼ばれ、世界中から巡礼に訪れるヒトビトが絶えない。それが定められた典礼の頃となると増々増えるそうで、国一つが賑わう稼ぎ時でもあるようだ。
 宗教国家とはいえ、住んでいるのは当然ながら宗教家だけでなく、彼らの生活を支える一般人も多くいるし、巡礼者たちの宿泊施設だって必要なのである。雰囲気としては、王城の代わりに大聖堂が鎮座している古い王都が近いらしい。但し、それら構成員全てが、天来教の信者というだけで。
 閑話休題。
 一年を締めくくる晩冬の典礼を目指して巡礼するヒトビトに紛れて入り込んだ市国内は、年末ということもあって、大層賑やかだったそうだ。秋には収穫祭も迎えていたし、世界的に豊作傾向にあったためか、寄進も多く資源は潤沢だったことが窺えた。
 ただし、酷く歪んでいたという。
 本来ならば清浄であるとされるその場所は、酷く重苦しく淀んでいて、初めて目の当たりにしたヴィレムも驚いたらしい。曰く、他国の聖堂は凡そ静謐として気配も澄んでいることが多く、真摯な祈りが場を満たしているそうだ。その辺りは、曲がり形にも宗教らしい。
 ざっと眺めて読み取れたのは、幾重にも張り巡らされた糸のような術の痕跡と、淀んだ悪意のようなモノ。それらを丁寧に読み解けば、一種の洗脳だったそうだ。
 異様なまでの狂信はその所為かもしれないな、と。
 ため息を零すヴィレムは、それらをどうするかと思案しながら街をそぞろ歩き、微かな同類のにおいに気がついたらしい。
古い血(ゲシュペンスト)じゃなくて? 逸れ者?」
「いや、血母(アレ)血子(むすこ)だ。十四番目。しかも宗主国枢機卿にして大司教様だった」
「え、それどうやって入り込んだんだ?」
 そもそも、あの宗教は人間至上主義である。魔素生物全般を魔獣と呼んで嫌悪し、弾圧を加えることを正当化している集団だ。特に、ヒトから成るモノへの当たりは強く、葬り去ってやることこそが慈悲であると、好き勝手に喚いている。
 入り込むだけならば、出来なくはないだろう。しかし、歳を取らなければ怪しまれるし、何年も生き続けていれば、人間でないことは容易にばれる。別人を演出するにしても、自在に見た目を変化させることが出来るような魔素生物は皆無だ。
「幻術? でも大昔なら兎も角、被せ続けるのは不可能だよな」
「そこは、奇跡の御業と言ってやれ。魔素生物弾圧なんぞやらかしてるくせに、崇めている教祖は魔素生物という本末転倒具合だぞ。深い信仰で至ったと言えば信じてしまう」
「御目出度過ぎて呆れるね。……いや、そうか。だから洗脳なのか?」
 それがもし、十四番目が編んだものならば、最初期から潜んでいた可能性が非常に高い。世間で真しやかに語られている黎明期も、随分と怪しいことになっていそうだ。
 思案しながら口にすれば、ヴィレムも眉をひそめて同意を示す。
「序でに、古い血の末路があれだったのも、洗脳の所為だった可能性が高い。幾ら何でも、あれではお粗末だ。あの、二つ名まで頂いた狡猾な女が」
「あー、確かに。妙に憎悪が深いし、何だか視野狭窄だしさ。少し気になってたんだよね」
「しかし、そうなら何故、あれは古い血について血母(ムッター)へ報告しなかったんだ?」
「そこも変だけど、そもそもグレタの性格を考えると、宗主国を牛耳ってどうするって話しだよな。……独断か? 何の為に」
 十四番目、第二世代の第七血子()だ。七番目の子供は、非凡鬼才と某かに定められている。それは血子(ゲフォルゲ)でも変わりなく、あの波瀾に満ちた第一世代で唯一生き残ったのは七番目。ウェルテ東方守護を担っているのは二十一番目だ。
「何か狙ってるのか? 例えば、下剋上」
「七番目と二十一番目は、血母に対して懐疑的だな。動いているのが奴らなら、それも有り得る。しかし、確か十四番目は盲信していたはずなんだ」
「ならば、それすらも見せ掛けとか?」
 さてどうだか、と軽く肩を竦めてみせるヴィレムに苦笑して、シャノンは一つ思い出して口を開く。
「吸血鬼といえば、誘う者(フェアブレッヒャー)はどうなった? これといって騒ぎは聞かないけど」
「あぁ。血母が一枚上手だったようだ。罠が仕掛けられていて、ひっそり自滅した」
 あれは毒かな、と物憂げに吐き出して、僅かに顔をしかめる。
「成れはしたが、同胞を増やそうとした途端にな。ヒトの血を毒素に変える何かを、血子に仕込んでいたんだろう」
 それくらいの権限は持っていたらしいな、と皮肉げに唇の端を歪めて、ヴィレムは一つため息を落とした。
「それ以降、また地下へ潜ったようだ。ここのところは動きもないな」
「なんだか落ちつかないなぁ。魔素生物の増殖期と重なって蠢いてる輩が多すぎる」
 それらがシャノンと無縁のところで暗躍しているのなら無視するだけだが、火の粉が降り掛かってくるのだけは頂けない。暫く警戒が必要かな、と内心ため息をついていると、ヴィレムは本を抱えて立ち上がった。
「また、何かあれば報せてやるよ」
 頼むと頷くのを最期にその姿は薄闇に融けて、しんと夜の静寂だけが残される。ふと零れるため息は、淡く解けて消えていった。

〈了〉
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