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 フィデルが王都入りしたのは二日前のこと。毎回やってくる度に借りる街屋敷は、王宮に程近いサリスベリー公爵家保有のものである。
 この辺りは、建国以来の慣例とでも言うべきか。初代サリスベリー公爵より、代々シャフツベリ卿へのみ貸し出すよう申し送られているそうだ。どうしてそんなことになっているのか、当のフィデルが与り知るところではない。
 ただ、サリスベリー公爵家は他に本宅を王都に持っており、そちらは王宮を挟んだ反対側に位置している。そちら側が、王都に住まう貴族たちの居住区というわけだ。
 賃貸屋敷ばかりが集まる区画には、舞踏会(ボール)を開けるような大きな会場もあり、社交期(シーズン)のための施設が揃った区画とも言えるだろう。王宮へ近いほど格が高く、下位貴族や中産階級が借りる集合住宅(テラス・ハウス)は遠く離れた端の方だ。
 因みに、南方守護たるアッシュベリ卿が世話になっているのは、宰相殿の街屋敷である。建国後、陛下より賜った屋敷のはずなのだが、当人が王宮内に棲んでしまっているため、殆どそのまま放置されている有り様なのだ。
 アッシュベリ卿曰く、毎年それはそれは盛大に歓迎されて、滞在中は何不自由なく過ごせるどころか、至れり尽せりらしい。貴人をお世話する機会がそれしかないのだから、家人もここぞとばかりに張り切ってしまうようだ。
 閑話休題。
 本日の予定は友人たちを招いての昼餐と、午後からのダンバーでの茶会である。
 本来ならば晩餐に招きたかったところだが、どうやらオードリーは茶会後、早々に帰宅するらしい。それならば、茶会前に少し時間を戴こうとなったのだった。
 予定通りに街屋敷を訪れたアルクィン卿は、オードリーを支度部屋へ置いて一人書斎へ顔を出し、頼み事を口にしたのである。
 出無精の彼らしからぬ願いに、度肝を抜かれたのは内緒の話。
「うちへ滞在するのは問題ない。歓迎しよう」
 表面上は平静を保ったまま頷いてみせると、有難う、とほわりと笑って、アルクィン卿は僅かに眉をひそめた。
「大丈夫だとは思うけど、念の為。血母上(ははうえ)が、あれほど気に入ったふうなのもね」
「その辺りは、シャナが目を光らせていただろうから、取り越し苦労のような気もするが」
 そういう性分なのだから仕方がないか、と肩を竦める。それに、リリエンソール博士の序ででも、オードリーを訪ねるつもりなのだから、進歩と言えるだろう。
 この冬、吸血鬼(ヴァンピーア)たちが慌ただしくしていたのは知っている。シャノンからの情報に加え、優秀なシャフツベリ氏族(クラン)の密偵たちが、あちこちから情報を集めてくれていたのだ。更に、アルクィン卿からも幾らか情報を貰っていた。
「結局、冬の間はアルクィンにいたのか」
七番目(ティーロ)はあちこち奔走していたし、持て成す余裕はなかっただろうからね。二十番目(ロニー)もたまに様子を見に来てくれてたから、まぁ、何とか」
 七番目(アルストン卿)も途中報告という体で顔を出すことはあったが、あれは愛息子に会いに来ていたのだろうとアルクィン卿は苦笑する。そうでなければ、二十番目(ルウェリン卿)が情報を持ち込んできていたそうだ。
 十五番目は慎重な質だった、とシャノンは語ったらしい。
 それは血子(ゲフォルゲ)たちの中でも共通認識で、どうして彼が捕られるに至ったのか、さっぱりわからないようだ。
十五番目(エッケハルト)血族(ファミーリエ)に関しては、全員の消息は把握できた。生き残っていた者たちは、七番目が引き受けたそうだよ」
「それは良かった。夜の住人(シュライヒャー)を警戒する必要もないな」
 アルストン卿の友人を初めとした幾人かは既に亡かったようで、もしかしたら彼らを囮に十五番目を誘き出したのではないか、と考えているそうだ。
 だとしても、腑に落ちないことはまだ幾らかある。
「目的は、何だったんだろうな?」
 ぽつりと零せば、果たしてアルクィン卿は肩を竦めてみせた。
「永遠を求めた喰い殺し……は、偽装だろうね」
「成り上がりか? だとしたら脅威だが」
「それは無理。出来ないように、血母上が手を打ってる」
 即座に返し、でも、と目を細める。
「それは知るのは、血子たちでも少ないから。成り上がりを狙ったというのは、妥当な線だと思う」
 どんな手が打たれているのかまでは、教えてくれないだろう。聞いたところで自己満足でしかないので突っ込むことはしない。
 フィデルが己の都合で算段しているように、彼も彼の都合で動いている。友人だと思っているし信頼もしているが、お互いの妨げにならない位置を確保することを、暗黙の了解とした上での付き合いだ。
 情報を融通するのは、互いに利益があればこそ。
 初めに、存分に利用するといいと言ったのは、フィデルの方なのだ。それくらいの価値でもなければ、相手も相応の価値ある情報は寄越すまい。
「それならば、寧ろおまえたちにとっての脅威であるわけか」
「懲りてくれたと思いたいところだね。世界図書館(ゲシヒテ)の外にいる者で、所在が知られているのは限られるから」
 有名なのはウェルテの三名だろうが、他については寡聞にしてフィデルは知らない。家令(スチュワード)辺りに聞けば、他にも出てきそうだが。
 血母(ムッター)の最初の子供たちは、七番目以外は全て失われた。次の七人は、彼女の忠実な下僕たち。その次の七人は世界中に散って、彼女の手足となっている。
 けれど世界に散らばる吸血鬼の全てが、心から彼女へ忠誠を誓っているかと言えば、必ずしもそうではないのだ。
 例えば、ウェルテ国内にいる血子たちは、血母へ懐疑的な一派である。最初の七血子から枝分かれした逸れ者や成り上がりたちも、彼女へ膝を折りはしないだろう。
 憂い顔でため息をついたアルクィン卿は、気分を変えようと明るい声をあげた。
「そういえば、今日の茶会の衣装を新調したんだって? 珍しいね」
「あぁ、コハクが私の友人と手を組んでね」
 不本意ながら、茶会から始まって社交期を終えるまでの盛装は、全てシャノンの手による図案から製作されたものが用意されている。この数年は新しく仕立てることもなかったからか、テーラーたちも張り切ったようだ。
 救いは、それほど華美に過ぎないことか。
 端から女性陣の引き立て役と明言されていたこともあってか、佇まいはほんのり上品だったり、どことなく優雅だったりと、無駄に技巧が凝らされていた。こうして、少しずつ慣らされていくのではないか、と危惧しているフィデルである。
「そもそも、我々は女性と違って、殆ど形は決まっているだろう」
「でも流石に、基本に忠実で無難なフロックコートしか着ないのは、そこそこお年を召した人間たちくらいだよ?」
 フィデルは似合うからいいけどね、と苦笑を浮かべて、アルクィン卿は憂鬱そうに窓を見遣った。
 本日は雲一つない快晴で、普段から穴蔵と称されるような城塞の一角で過ごしている彼には、なかなか辛そうな輝かしい陽射しが溢れている。おまけに茶会の会場は、ダンバーの美しい自然と溶け込むような荘園屋敷(マナー・ハウス)の庭を望む、温室風大広間(オランジェリー)だ。大きな板ガラスを造り出す技術が確立された頃に流行った様式だが、カヴァデイル家のそれは、規模も大きく壮麗である。
「……いい天気だな?」
「うん。また令嬢たちに囲まれるのかと思うと憂鬱」
 仕方ないな、と宥めるでなく打たれた相槌に、アルクィン卿は力なく項垂れた。
 何もそんな悲壮さをたたえた顔をしなくても、と呆れ気味に友人を見遣り、フィデルはふと思い出した風情で「あぁそうだ」と口を開く。
「会場で、少しオードリーを借りるかもしれないから、そのつもりで」
「何かあったかな」
「いや、彼女というより、彼女の侍女(レディズ・メイド)がな。あの子を殿下付きへ推薦したいんだ」
 なるほど、と頷いて、アルクィン卿は小首を傾げた。
「うちの家政婦(ハウスキーパー)代理が誉めてたな。飲み込みが早いし、あまり教えることもないって」
「愛嬌もあるし、度胸もいい。何より、あの子は戦える。貴重な人材だと思わないか?」
 オードリーからは一度断られているが、諦めるには惜しいのだ。いい機会であるし、アデライン殿下と面通しさせてしまいたい。あの子なら、きっと殿下も気に入るだろうし。
「一般人の女性で、戦闘訓練を積んでいるのは珍しいね」
「幼児の頃、冒険者になりたかったらしい。危なっかしいからと、私の戦友が護身術として仕込んだそうだ」
 ふと、アルクィン卿が真顔でフィデルを振り向いた。言いたいことはわかる、と頷いてみせた時、扉が音高く叩かれて、従者(ヴァレット)が支度が整ったと告げに来る。
 それでは行こうか、とアルクィン卿を促して立ち上がったフィデルは、開け放たれた戸口を潜って、やたらと豪勢な食堂へ向かったのだ。

  ◇◆◇

 新緑が眩しく輝き、まるで絵画のような風景を望む温室風大広間に、様々な年代、立場の男女が集う。和やかな空気が漂っているのは、老婦人の参加が多いからだろうか。
 今年はテラスも解放されて、庭の東屋(ガゼボ)も利用されているようだ。ピクニック宜しく敷物を敷いている者もいて、それぞれに新茶を楽しんでいる。
 参加数は跳ね上がっているそうだが、社交界(ソサエティ)への伝手を求めた中産階級のヒトビトは早々にあちらこちらへ散ったようで、開始直後の混雑は緩和されているようだ。やはり、殿下が参加しているという一点で、遠慮してしまったのだろう。
 逃げられる前に、と早々にオードリーを捕まえて殿下の元へ挨拶へ出向いたが、内心は兎も角、かの侍女役は慎ましくも堂々と女主人(ミストレス)の後ろへ控えていた。彼女の様子は殿下の目にも留まったようで、可愛らしい子ね、と微笑んでいたものである。
 何より殿下の目を引いたのは、オードリーたちのドレスだろうけど。
 曾ては、日中のドレスはけして肌を露出してはならないと決められていたが、現在はそこまでがちがちに締められていない。今回は人数も多いのでピクニックでもするつもりで、と事前に通達があったこともあって、より軽やかな印象のドレスも多かった。
 そんな中、上品で基本に忠実なドレスを、曾ての華は披露したわけだ。
 型としては首元を詰めた立て襟の、東方のドレスを参考にした、プリジェン卿に倣ったもののようである。露出は一切ないものの微妙な色の違いで染め分けており、流れるような花の模様が、オリーブグリーンのドレスを華やかに見せていた。
 その胸元にはプリジェンの物と思われる、奇麗な七宝のネックレスが飾られている。注意深く観察すれば、ドレスの花模様が細かく描き込まれたそれに合わせられていることに気付くだろう。
 その傍らにある侍女のドレスもまた素晴らしく、慎ましくも愛らしい佇まいのドレスの襟元やカフス、流れるように一筋スカートの後ろへと、女主人と同じ花模様をあしらっているのだ。但しこちらはモスグリーンの地色に近い単色で、けして出しゃばることはない。
 序でにフィデルのフロックコートにひっそりとあしらわれた模様も、彼女らの模様から花を抜いた仕様のようだ。フィデルの抵抗を受けてか、彼の染めは侍女よりも更に目立たない有り様で、間近に立って漸くわかる、くらいの色で調整されている。
 まぁ、洒落てるなって印象は与えられると思うよ。
 そんなことを嘯いていたシャノンだが、実際に挨拶するヒトビトの目線が一度はそちらへ向くので、歩く看板の役目は果たせているようだ。
「フィデル卿のそれ、オードリー嬢(レディ・オードリー)とお揃いなのね。合わせて誂えたの?」
「結果的に巻き込まれた、ですね。発案者はプリジェン卿です」
 小首を傾げる殿下へため息混じりに答えて、苦笑を浮かべるオードリーを見遣る。
「作りたい物を私の友人と話していた時に、折よくオードリー嬢が茶会用ドレスの発注をかけたそうで。どうせなら種類を増やしてみようと、いつの間にやらうちのテーラーまで巻き込んだようです」
 その様子が目に浮かぶわ、と笑う殿下は、目を輝かせてオードリーのドレスを見つめた。ほう、と焦がれるようなため息が零れる。
「相変わらず素敵。これ、印刷生地よね? 社交界ドレスに使われるなんて、初めてじゃないかしら」
「その辺りの蘊蓄は、どうぞプリジェン卿へお尋ねください。染めはシャフツベリで行っていますが、私は渡りを付けただけなので」
「ぜひ聞きたいのだけどね……」
 殿下が遠目に見遣ったその場所には、令嬢たちが華やかに雲集していた。恐らくあの中央辺りに、プリジェン卿がいるのだろう。
 シャフツベリ氏族からの報告によると、現在シャノンもダンバー入りしているそうで、プリジェン卿は大いに商売に励むつもりのようだ。ああして集う令嬢たちのうち、幾人かは社交期本番で、最先端のドレスに身を包むことが出来るはずである。
 あらまぁ、とその様を上品に笑って眺め、オードリーは殿下へ向き直った。
「わたくしのドレスは、こちらのペンダントに合わせて東方風の誂えにしてもらっておりますけれど、その話しをお聞きになったプリジェン卿は、逆にシャフツベリの伝統衣装を元にされた物を選ばれたそうですわ」
「ちらりと見たわ、小花のドレスよね! スカートの膨らんだ感じが、何とも可愛らしかったの」
「古い花嫁衣装から着想されたそうでございますね。若いお嬢さん方が自然と憧れてしまうのも、わかる気が致します」
 もこもこうごうごと群がっていた鮮やかな雲たちは、やがて解けてばらけていく。表情の明るさを見るに、彼女たちの希望が叶ったのだろう。その様を眺めていると、滑るように裾を捌いてプリジェン卿がこちらへやってきた。
 彼女のドレスは柔らかな鶸色で、裾から舞い上がるように新緑色の小花が、丸く膨らんだスカートに散っている。胴衣にも所々散った小花や襟元には、ぽってりとした刺繍。
 襟の形はスイートハート、袖の形は少し長めのティアードで、全体的に甘い表情をしているのが特長、らしい。この辺りは領城の仕立て部屋にやってきていたシャノンが、テーラーたちへ語っていた諸々の聞き齧りだ。
「ふぅ、なかなか酷い人込みであった。臣、アンバー・メイ。お目文字つかまつります。アデライン殿下」
「久し振りね。早速話題になっているそのドレスについて、いろいろお聞きしたいわ」
 御意に、と優雅に会釈した彼女は、オードリーたちを見遣って、何処か満足そうに目許を緩める。
「久しいの、オードリー嬢。ふむ、やはり仕立て士殿の仕事は素晴らしい。そなたの美しさを引き立てておるし、そちらの侍女も慎ましくも可愛らしいのう」
「お久し振りにございます、プリジェン卿。お蔭様でわたくしどもも、素敵なドレスを仕立てていただけましたわ。切っ掛けをくださったプリジェン卿にも、心より感謝を」
 女主人に倣い、オードリーの一歩後ろで美しく最敬礼をした侍女へ微笑みかけたプリジェン卿は、僅かに姿勢を正して殿下へ向き直った。
「今回、我らの新製品として企画させて頂いたこの染めでございますが、それぞれ手法を変えてございます」
 まずは、プリジェン卿のドレス。これはシャフツベリで発展させている印刷技術を、生地へと応用させた物をそのまま使っているらしい。ただし、柄はかの地に根付いていた伝統紋様を存分に活かしたもので、残されていた染め型を元に、印刷機の刷版を新たに作ったのだそうだ。
 フィデルのフロックコートと侍女のドレスは、シャフツベリに元々あった染め技法で、部品ごとに裁断されたあと、後染めされたもの。
 オードリーのドレスは型による後染めだが、異なる色を重ねて染めてあり、仕上げとしてプリジェンの職人が手描きで描き足しをしているそうだ。
「更に、わらわとオードリー嬢の侍女には、部分的に厚みのある刺繍が施されております。全てを刺繍で賄うとなれば、相応に時間も単価もかかりますが、この形であれば家格や貧富での落差に、肩身の狭い思いをする令嬢も減りましょう」
 幸いなことにウェルテ全体を見ても好景気と言えるだろうが、他国ではそうもいかない。シャノンに言わせれば、貴族は貴族で己の矜持を保つだけの財源に事欠く有り様で、中産階級の成金たちの方が、寧ろ豪華な装いをしていることが多いらしい。
 無駄に矜持が高いだけに、下品だなんだと難癖つけて溜飲を下げようとしてるさまがみっともない、とはシャノンの言葉である。
 更に、当然の事ながら中産階級の全てが成金というわけでもなく、そちらも下賤だなんだと大喜びで貶しまくる、根性の悪い勘違い貴族もいるのだそうだ。
 それらは社交界を一体なんだと思っているのか、と。
 思わず真顔で尋ねたフィデルに、シャノンは苦笑を浮かべていたが。
 そんな訳で、シャノンがプリジェン卿の誘いに乗った理由として、この辺りを改善させたいと思っていたからのようだ。贅を尽くすのを悪とは言わないが、時代遅れも甚だしい、と彼は主張するのである。
 この茶会で巧く種が芽吹けば、社交期には見事に花開く。そこを目指して、淑女方から毎年その装いを注目されているアッシュベリ卿も参戦してくるそうなので、他国からの賓客の目にも留まることだろう。
「わらわとしては、既存のドレスの染め直しも、推奨したいところではありますが」
「印象をがらりと変えてしまえば、案外気付かれないでしょうね」
 穏やかに微笑むオードリーの言葉に、殿下もなるほどと頷く。
「一度しか着ないというのも、もったいないものね」
 実際は親族内で回したりもするらしいが、多少の直しで着るよりは幾らかいいだろう。
 とはいえ、フィデルの周囲にいる女性といえば限られるため、実際に回されているさまを目の当たりにしたことはないけれど。
 彼女らと雑談に花を咲かせ始めて姑く、ふと視線を会場へ向けたフィデルに気付いた侍女が、そっと声をかけた。
「アルクィン卿でしたら、あちらの新製品披露の一角にいらっしゃいます。先程は、サリスベリー卿とお話しされていたようです」
「……あぁ、そちらに引き蘢ってるのか。有難う、よく解ったね?」
 いえ、と微苦笑を浮かべた彼女は、ちらりとオードリーへ視線を向ける。
御主人様(ミストレス)より、あまりこうした催しはお好きではないと伺っておりましたので」
 大丈夫だろうか、と位置関係は把握できるように気を配っていたらしい。どうやら、今年持ち込んだ酒類が良い出来だったこともあり、その売り込みを頑張っているそうだ。
 それもそうだが、フィデルの目線だけで良く察したものである。相変わらず目端の利く子だな、と感心していると、彼女は愉し気に目を煌めかせた。
「とても奇麗な黄金色の蜂蜜酒と、素敵な赤色をした果実酒でしたよ。果実酒は、本当は青くしたかったのですって」
 美味しいからこれでもいいんじゃないか、とアルクィン卿に言われて商品化されたらしいが、醸造家たちは未だ諦めていないらしい。
 度々オードリーの高級長屋(タウン・ハウス)を訪れるためか、少しも物怖じした様子もなく囁きかける彼女を見下ろして、フィデルはゆるりと口元に笑みを浮かべる。
「各爵家の当主も把握しているのかい?」
「付け焼き刃ですが」
「少しは前向きに考えて欲しいものだな。私としては、優秀な人材には、それ相応の場所で活躍して欲しいと思うのだけどね」
 大変光栄なことですが、と落ちついた声で応じて、彼女は軽く眉を持ち上げてフィデルを見上げたのだ。
「わたしなら、他国出身の怪しい女なんて、採用しませんけどね?」
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