文字数 8,090文字

 上品な雰囲気の薬種堂の一隅で、シャノンは目を(しばたた)かせた。真正面で真剣な表情を浮かべているアリーチアを見つめて、ふと目許を緩める。
「カンテッリ老ね。懐かしい」
 会ったのは一度きり、大戦を乗り切って、世界を放浪していた頃だった。
 彼女は当時も一流の魔女であり、魔術士だったことが窺えたものだ。後に大気中の魔素が枯渇した状態でありながら、アリーチアへヒトの脚を与えた一連の出来事を見ても、その力量がわかろうものである。
「やっぱり! じゃぁ、あなたがあの」
 言いかけたアリーチアへ、静かに、と仕種で示して悪戯っぽい表情と共に薬種堂の外を指すと、彼女は口を噤んで頷いた。そうしてシャノンの腕を掴み、大股で通りへと出る。そのまま人気のない小路へ滑り込むと、真顔で問いつめた。
「あなたがあの、魔術士ね?」
 ひそめられた声ににこりと笑ってみせると、果たしてアリーチアは額に手を当てた。
「そんなのが、どうしてうちの弟子に。あたし、来る必要あった?」
「あー、友達になったのは成りゆき? で。折角こっちまで来たんですから、ちゃんと指導してあげてください。俺はそもそも、魔女の(すべ)は修めてないから」
 そうなの? と意外そうに尋ねられて、素直に頷く。
「術式開発特化の魔術士でしたから。身近に魔女もいたから、多少なりと聞き齧ってますけどね」
「あら意外。だって、あなたなんでしょう? 例の研究書を世へ出したのは」
 うちの偏屈師匠がそう言ってたわ、と堂々と胸を張る彼女に、やっぱり勘付いてたのか、と内心嘆息する。これだから古の賢い女(ウェネーフィカ)の情報網は侮れない。
「出版する手筈を整えただけですよ」
 埋もれるには惜しかったから、と肩を竦めてみせると、まぁねぇ、とアリーチアは唸る。そうして、諦めたように小さく嘆息した。
「そういうことにしておくわ。あなたのこと、うちの弟子は知らないの?」
「殊更に教えることでもありませんし、何より昔の俺が研究対象らしいですから?」
 苦笑混じりに答えると、果たして彼女は笑みを零した。
「あぁ、そう言えば本業の方はそうだったわね。それじゃぁ、言えないわよねぇ」
「なので、内緒にしていただけると」
「いいわよ? その代わり、夕食も付き合って頂戴な。あなたが噂に聞いてた通りなら、美味しいものにありつけそうだもの」
 にっこり笑うアリーチアに失笑して、シャノンは「喜んで」と頷く。そうして、抱えたままだった荷物を置きに宿へ一旦戻ると告げると、彼女は「それならそこで待ってるわ」と薬種堂を指した。
「お貴族様向けって、微妙に縁がないのよね。良い機会だから、じっくり見てみたいわ」
「わかりました。それじゃぁ、また後で」
「えぇ。気をつけてね」
 ひらり手を振るアリーチアと別れ、宿への帰路を辿る。途中、当初の予定だった乾物を幾つか仕入れて宿へ帰り着くと、真直ぐ与えられた部屋へ戻った。
 室内の様子は相変わらずで、午前中に使い易いよう、あちこち移動させたままになっている。どうやら、今日は闖入者もいないらしい。それらを何気なく見回して、ふとため息を落とした。
 まさか、こんなところでグウェンドリンの師と出会すとは思うまい。
 ああいう人物だったんだなぁ、と思いながら買った物をあるべき場所へ片付け、書き付けを待機していたラドフォード氏族(クラン)経由で託して、ふと寝室を振り向いた。サイドテーブルにはほっそりとした緑色の瓶が置かれたままで、それを目にして自然と表情が緩む。
 ちゃんと寝なきゃ駄目だよ、と言いながら出立するシャノンへ、グウェンドリンが押し付けてきたエリキシルだ。どうやら、秋に二人旅をした時のシャノンの有り様に、思うところがあったようである。
 甘味を押さえたそれは睡眠導入に最適な薬草を基本とした処方のようで、ナイトキャップに飲めということらしい。お蔭様で、今朝の目覚めは大変よかった。彼女の作る物は薬酒らしくなく、嗜好品としても美味しい。
 取り敢えず、幾ら興に乗ったとはいえ、旅先の作業で貫徹二日はやり過ぎた、と反省したシャノンである。心配されても仕方ないし、こうした気遣いが素直に嬉しい。
 少し思案した彼は、部屋を出てプリジェン卿の使用人(メイド)を探すと、何かしら小瓶はないかと所望する。間もなく部屋へ持ち込まれた、掌に乗るくらいの小瓶を礼を言って受け取り、エリキシルを注いで上着のポケットに放り込む。
 そうして、ぐるりと室内を確認した後、部屋を出て施錠をした。折よく通りかかった使用人にプリジェン卿がまだ戻っていないことを確認すると、出かける旨を伝えて再び宿の外へ出る。
 往来は早めに酒場(タバーン)へ繰り出すヒトビトでそろそろ賑わいだす頃で、先程までとは違った活気へと移り変わり始めていた。じっくり見たいと言っていたことだし、とのんびり薬種堂へ向かったシャノンは、瀟洒な店内を覗いて目を瞬かせた。
 先程までは閑静だった店内には人だかりが出来ており、その中心だろう処方台の辺りで、アリーチアが質疑応答している。注目すべきは、彼女を囲むヒトビトの目が、きらきら輝いていることだろうか。
 そのさまを唖然と見ていると、彼女がこちらに気づいた。
「お帰りなさい、オクロウリーさん」
「これは一体、何事?」
「あたしが何者か、バレちゃったの」
 小さく肩を竦めるさまに、ああなるほど、と頷く。
 彼女らがいる処方台に様々な器材が広げられていることから、アリーチアも遠慮なく質問攻めにでもしていたのだろう。そうしてやり取りしていれば、同業者だと勘付かない方が可笑しい。
 二つ名を戴くような魔女は絶対数が少なく、更に薬草学を志す者にとっては尊崇の対象である。もし会うことが出来たなら教えを乞いたい者が殆どだろう。
 納得と同時に己のポケットに放り込んできた小瓶を思い出して、何気なく取り出した。
「じゃぁ、これも教材にどうぞ?」
 なぁにそれ? と小首を傾げるアリーチアの傍まで近寄って、伸ばされた白い手へ乗せてやる。そうして胡乱に向けられるヒトビトの目に臆することなく、あっけらかんと告げた。
「オルグレンの魔女特製の薬酒(エリキシル)、ナイトキャップ用。仕事に夢中になるのも良いけどちゃんと寝ろって、出がけにもらった物のお裾分けです。弟子の成長具合が見られていいかな、と思って」
 がたがたんッと音を立てて注目される中、アリーチアは嬉しそうに目を細める。
「あら。あの子の薬酒、美味しいのよね」
 言いながら瓶を開けて、指先に薬酒を一滴垂らすと味を見る。そうして、にんまりと口元へ笑みを浮かべた。
「うん、良い出来だわ。頑張ってるわね」
 味見ていいわよ、と集うヒトビトへ小瓶を回してやると、彼らは喜んで飛びつく。感嘆や驚嘆が飛び交う中、アリーチアはその様子をにこにこと眺めて口を開いた。
「あたしの弟子は、こういうことが得意なのよ。喜ばれるのが嬉しいみたいね。折角こういう素敵な物を作っているんだから、あなたたちにも頑張ってほしいわ」
 それじゃぁそろそろお暇するわね、と処方台を離れてひらひら手を振ったアリーチアへ、彼らは一斉に「有難うございました」頭を下げた。もういいのかと彼女を見ると、拘りなく頷く。
「待ち合わせしてるから、相手が来るまでって約束だもの」
「それならいいですけど。少し早めだけど、混むよりはいいから案内しましょうか」
 薬種堂を出て向かったのはシャノンが昨日も利用した酒場で、中央付近の相席用大テーブルの他にも、まだ幾らか空席が目立っているようだった。昨夜は埋まっていた隅の方の二人掛け席を陣取って、適当に酒肴と食事を頼むと、真っ先にエールと摘みが運ばれてくる。
「薬種堂はどうでした?」
 尋ねると、アリーチアは「そうねぇ」と小首を傾げる。
「化粧品がやっぱり豊富だったわね。手荒れ用の軟膏も、いろんな種類があったし。この辺りは蒸留が盛んだったかしら。だから精油も豊富だったわ」
 文化の熟成は、嗜好品の台頭に表れる。ただ生きていくことを望むだけなら切り捨てられる部分が珍重されるのだ。それがこの地の薬種堂に表れているのなら、現状はなるべくしてなった結果ではある。
 とは言え、と物憂気に頬杖ついて、彼女はオリーブを口へ放り込んだ。
「肝心の薬種が等閑では本末転倒よねぇ」
「そこは、オルグレンだって大して変わってない気もしますけどね。主力はハーブティーやスパイスで、薬種はグウェンが下ろしてる分だけだって話しなので」
 問題なのは、金離れのいい客しか見ていない点。薬種堂の扱う諸々を目にした印象としては、ハーブティーやスパイスの価格はそれほど高くない。物価の安くないオルグレンを思えば、少し安いくらいだろう。ただ、調薬となった場合に跳ね上がるのだ。
「チンキやエリキシルも、殆どないみたいだったわ。あんなの、すぐに用意できる物じゃないのに」
「それなのに、露店では双方取り扱うことも出来ない。弟子と名乗って誤魔化さなければ、安価で調薬も売れない。結果、粗悪な騙りが横行する羽目になる。悪循環ですね」
 指折り数えて、軽く肩を竦めてみせる。せめて住人用の調薬窓口でも作ればいいのに、と思うけれど、そもそも敷居が高過ぎて、住人の方が二の足を踏むのだ。上の主導できっちり改革させねば、どうにもならないだろう。
「勿体無いわ。折角、いい森を抱えているのに」
 憂鬱そうにアリーチアが吐き出した時、注文した品が運ばれてきた。今日のお薦めも湖の淡水魚のようで、様々な種類のフリットである。美味しそう、と頬を緩めた彼女は、早速カトラリーを手にしてフリットを頬張った。
「んー、美味しい! 身がふっくらしてるわ。淡水魚って、もっと泥臭いのかと思ってたんだけど、そんなことないのね」
「水が奇麗な湖ですからね。森からの栄養も流れ込んでるらしくて、いい魚がたくさん捕れるらしいですよ。よかったらバンガーズもどうぞ。こっちは森の恵みですね」
 皿を卓の真ん中へ押しやると、彼女も遠慮せず一本持っていく。豪快にかぶりついて、すぐさまエールを呷ると、満足げに嘆息した。
「あぁ、幸せ。最高ね! これだから旅はやめられないわ」
 グウェンドリンの身軽さは師匠譲りなのか、と納得しつつ、シャノンもエールを呷る。
「今までも遠出を?」
「ここまで遠方へ足を伸ばしてきたのは数十年ぶり。塩害でいろいろ駄目になっちゃうものだから、温室作るまでは素材集めにあちこちね。鉄道って便利だわ」
 ゆったりと飲み食いしながら他愛もない話しをしているうちに、酒場へ繰り出してくるヒトビトが徐々に増え、辺りは明るい喧噪に包まれた。耳に入ってくる話題の多くは各領地(シノン)の新商品についてで、明日から忙しくなるぞ、というのが共通認識のようである。
 明日から缶詰めだなぁ、と思わずぼやくと、アリーチアは不思議そうに小首を傾げた。
「お仕事でこちらに来たのだったわね。明日からなの?」
「えぇ。社交界(ソサエティ)で流行を仕掛けるそうで、そのお手伝いに。今日のお茶会でどれだけ宣伝したのやら。それによっていつまで拘束されるか決まりますね」
 アリーチアは弟子とは違ってお洒落好きな女性のようで、興味深気にシャノンの本業についても、あれこれ質問を投げかける。
 そんな彼らの傍らに、細い人影が立った。
「あの、不躾で申し訳ありませんが、リシュナーの魔女様でしょうか」
 そうよ、とアリーチアが振り向くのを、シャノンもぼんやりと眺める。
 声をかけてきたのは線の細い女性で、目深にローブのフードを下ろしていた。そこから覗いている髪の一房は濃い金色をしており、ほっそりとした顎を縁取るように垂れている。
 ほっと胸を撫で下ろしたらしい彼女は、両手を組むように握りしめ、細い声で訴えた。
「実は、わたしの連れが体調を崩してしまって」
 薬種堂へ駆け込んだが、対応できないと断られてしまったらしい。途方にくれていたところ、となりの商店の主人が「リシュナーの魔女様が先程訪れていたようだ」と教えてくれたのだという。歩いていった方向と連れとの会話を思えば、おそらくこの店だろうと示されたそうだ。
「お食事を終えた後で構いません。是非、診ていただけませんか」
「それは構わないけど、患者はいつから、どんなふうに具合が悪いの?」
「……ずっと、故郷を出てきた時から、あまり調子は良くないみたいでした。食も細くて、小さな頃から顔色も、あまり」
 んー、と思案げに小首を傾げ、アリーチアは徐に口を開く。
「患者に食欲は?」
「ありません。無理に食べても、あまり食べられないみたいで」
「そう。あなたは、何か食べた?」
 いいえ、と不思議そうにかぶりを振る彼女へ、アリーチアは苦笑を浮かべる。
「じゃぁ、食べながらでも詳しく教えて頂戴。あなたも顔色が良くないわ」
 あなたまで倒れてしまったら患者が安心して頼れなくなっちゃうでしょう、と諭されて、彼女は恥じたように首を竦めた。その隙にシャノンが給仕を呼んで、椅子を頼むと女性へ視線を向ける。
「食べられない物はある? なければお薦めは魚介のリゾット」
「はい、あの、それでお願いします」
 温かいお茶も一緒に、と給仕を送り出すと、間もなく別の給仕が椅子を持ってきて、にこやかに女性へ促した。頭を下げて腰掛ける彼女は、フードを下ろすことなく膝の上に手を揃える。そうして、気にしたふうにシャノンへちらりと視線を向けた。
「席外そうか?」
「あ、いえ。大丈夫です。あの、そうではなくて。ごめんなさ」
「偏見なさそうだから別にいいけどね。エルフのアールヴ差別酷いもんな」
 ため息混じりに吐き出すと、果たして彼女はびくりと肩を揺らした。あら、と目を瞬かせたアリーチアが、ひょいとフードの中を覗き込む。そうすればきっと、彼らの特徴的な耳が見えることだろう。
 確認できて納得したのか、アリーチアが感心した風情でシャノンを見遣る。
「よくわかったわね、オクロウリーさん」
「保有魔素で大体わかりますよ。君も似たようなものだろ?」
 不確かな情報を元にやってきたはずのこの酒場の中で、ほぼ真直ぐこちらへやってきたのだ。リュシナーの魔女が人魚(シレーナ)であると知っており、その魔素も頼りに探したのだろうと予測が出来た。
「それじゃぁ、患者もエルフかしら。それなら、薬草の扱いに長けているんじゃないの?」
 深い森の中に住んでいるんでしょう、と小首を傾げるアリーチアへ、いいえ、と沈んだ表情でかぶりを振って、彼女は小さな声で答える。
「わたしの家は武家で、携わっていないんです。連れも、その。そういうものを学ばせてもらえる環境ではなかったので」
 ふぅん? と相槌を打つアリーチアの様子に、シャノンは「ああそうか」と呟く。
「メルカダンテ女史は若いんだったな。エルフって、元々は石造りの王国作って文明的に暮らしてた種族なんです。寧ろ、森の中に引っ込んで大丈夫かって当時思ったくらいで」
 魔術大国を形成していた彼らは、支配下に置いた種族を使い、その美麗な町並みや生活を維持していた。美しい己に相応しい美しい国を、というわけだ。
 注文の品を運んできた給仕に気付いて、彼らは会話を途切れさせると、まずは女性へ食事を進める。温かい物を口にして気が弛んだのか、強張りがちだった口元が綻んだ。黙々と食事を口へ運ぶさまを微笑まし気に眺めて、アリーチアは肩を竦める。
「何だか、酷い偏見が伝わってるのね。全然知らなかった」
「元々、アールヴだった頃には森の民みたいなものだったんですよ」
 それが変に引き継がれているのが、現代における一般のエルフ像だ。訂正すべきエルフたちが全く外へ出てこないため、正されることなく今に至るらしい。
 当のエルフは、アールヴたちの生活をちっとも文明的じゃないと毛嫌いしており、曾ての痕跡を徹底的に消した過去があるのだ。その甲斐あって、シャノンが生まれた時代には既にこっくりとした金髪の美形種族として名を馳せていた。
「だから先祖返りすると、物凄い差別されるんですね。俺も絡まれたことありますけど、なかなか酷かった記憶が」
 今ではそうでもないのかもしれないけど、と付け加えるシャノンに、食事の手を止めた女性が緩くかぶりを振った。
「あの人たちは、変わることはありませんよ。だからわたしも、連れて出るしかなくて」
 倒れた連れが先祖返りなんです、と小さく零すさまに、シャノンとアリーチアは視線を交わらせる。そうしてシャノンは、何気ない調子で世間話を振った。そこで漸くお互いに名乗り、女性の名がリゼット・スーリエだと知ることが出来た。
 そんなことにすら気が回っていなかったことに、彼女は初めて気付いたようでひたすら恐縮していたが。連れが倒れて慌てていたのだ、そこは仕方がない。
 そうして雑談の中で、故郷での生活様式やここへ来るまでの道程等、差し支えのない範囲で語らせ、外の世界との差違を彼女へ説明する。どうやら文明の退化は防いだようで、森の中で存外高度な……寧ろ、殆ど曾てと変わらない生活をしているらしい。
 今回初めて外へ出た彼女には初耳だったこともあったようで、興味深そうに相槌を打ち、彼らが面白可笑しく語る諸々に声を立てて笑っていた。その声が存外心地よかった辺り、やはりエルフなのだろう。
 大凡平穏に食事を終えた彼らは、リゼットの先導で連れが待つという宿へと向かうことになった。当初はついていく気のなかったシャノンだったが、少々気になることがあるから、と押し切って彼女らに続いている。
 案内された宿は少々寂れた小さな所で、件の患者は古びた寝台へ、青白い顔で横になっていた。歳の頃はリゼットと同じくらいだろうか。けれども彼女よりも骨の浮いた身体つきをしており、青年としては背丈も少し低いかもしれない。その髪は、健康だったなら透き通るような淡い金色をしていたのだろう。今は無惨にぱさついて傷んだ様子で、血色の悪いひび割れた唇も痛々しい。
 虚弱かしら、と呟くアリーチアの横で、シャノンは渋い顔をする。
「……アールヴだっていうから嫌な予感してたんだけど。やっぱりかー……」
「あの、何かお判りになりますか」
 縋るように見上げてくるリゼットの眼差しに、シャノンは眉間に皺を寄せたまま頷く。
「一つ確認したい。君たちの集落、外部から一切血は入れてないね?」
 稀に同族からは、と応じるリゼットに、それでは意味がないとため息を落とした。
「アールヴというのは、エルフと違って精霊により近いんだ。まず、魔素の薄い所は害にしかならない。ダンバーは環境がいいから、これ以上酷くなることもないと思うけど」
「それは、オクロウリーさんも?」
 尋ねるアリーチアに、シャノンは軽く肩を竦めてみせた。
「俺は人間の血の方が濃いので、元々そっちの性質が強いんです。ただ、エルフが同族間の婚姻を繰り返した場合、本来のアールヴへ立ち戻る」
 それにしても、それだけでは説明できない程に衰弱が酷いのが気になる。これは、リゼットの話しを聞いて危惧した事が正解だったのだろう。
「スーリエ嬢、答えにくいことかもしれないが、教えてくれ」
 あの魔術大国が、曾ての魔術由来の道具に溢れた文明を捨て去れなかったのだとしたら、それを維持するためのモノが必要になる。その犠牲として、彼らが同族とは認めず見下しており、魔素量が豊富なアールヴは最適ではないか。
「彼はもしかして、動力源として扱われていたんじゃないのか?」
 果たして小さく息を飲んだリゼットは、痛ましく視線を落とすと、悄然と頷いたのだ。
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