文字数 7,967文字

 春を迎えて芽吹きの季節となれば、魔女の夏至を迎えるまで魔女たちは忙しくなる。花を利用する薬草、若葉を利用する薬草から始まり、実を摘むもの、決まった季節の決まった時間に採取せねばならないものまで、気を抜けない日々が続くのだ。自身の荒れ野や畑を抱えている魔女になると、手入れに奔走することだろう。
 斯く言うグウェンドリンも、自身の荒れ野を一つ持っている。尤も、大学の研究用として借りた柵付きの土地で、普段は耕作を引退した地主が目を光らせてくれているのだけれど。
 薬草の殆どは生命力が強く、手入れも殆ど必要ない物が多いが、うっかり持ち出されでもしたら拙い物も、幾らか植わっているのである。大体、そういう物ほど可憐な見た目をしているから厄介だ。
 それから、蔓延るに任せると大変なことになる物の剪定もお願いしている。一応、疎外関係や共生関係をみながら植えているけれど、茂る物は茂るのである。
 今では、ご近所で「魔女さまの荒れ野」と呼ばれているそうで、花の季節に愛でに来る女性が幾らかいるらしい。
 それなら生命力に溢れ過ぎて幾らでも増えることだしと、調理に使われるハーブなら、幾らか持っていっても構わない旨を地主を通して伝えたところ、喜んだご婦人たちが管理を手伝ってくれるようになったそうだ。お蔭様で荒れ野の薬草は元気に青々と茂っており、大変有難い限りである。
 閑話休題。
 グウェンドリンは蒸留も行っているため、花々が咲き乱れる季節は特に忙しい。大量に欲しい時は、業者から蒸留した物を仕入れた方が早いのだが、彼女が住人へ処方する程度なら小回りが利くことだし、自分で蒸留器を使った方が早い。業者では扱われない花の精油であるなら尚更のこと、マリーゴールドの軟膏は冬の必需品だ。
 とはいえ今は、下宿の他の住人たちや友人がサリスベリーへ出掛けてしまっていて、少しだけ寂しい日々を過ごしている。
 シャノンの仕立て工房の飾り窓には、既に初夏の装いが飾られており、淑女たちのため息を誘っているようだ。きっと彼が帰ってくれば、目の回るような忙しさに追われることになるのだろう。
 そういえば、大学の友人たちも帰りを心待ちにしていたのだったか。
 冬の間にすっかりお洒落紳士の仲間入りを果たしてしまった彼らも、初夏の装いの相談がしたくて、そわそわしているらしい。
 これがまたシャノンも良い仕事をしたようで、彼らの個性を存分に活かした仕上がりに、誰もが目を見張ったようだ。教授たちの覚えもいい、とは彼らの言葉である。
 曰く、人間は中身だと言うのはただの詭弁だとのこと。最低限の身だしなみは当たり前のことで、きちんと真っ当な姿をしているかどうかで、真っ先に選別されるのだ。それがよく解った、と反省したそうである。
 シャノンと出会ってから、彼女の周りは目紛しく変化している。
 以前の彼女なら、きっと歓迎しない類いの変化だ。今にして思えば、どうしてあすこまで頑なに拒んでいたのか、よく解らない。今日だって、汚れても手入れが簡単な素材の可愛らしい服を着て、汚れを弾き易い素材の、簡素だけれど便利機能がたくさんついたエプロンを締め、魔女の仕事をしているのだから。
 摘み取ったばかりの蒲公英とメリッサをフルーツブランデーに漬け込んで、彼女は抱えた大瓶を「よっこらしょ」と窓辺へ置いた。後は一日一回は瓶を振りながら十四日間熟成させたのち、漉してきっちり封をすれば完成である。
 この黄金色をした食前酒として最適なエリキシルは、薬種堂で密かに人気なのだという。芽吹きの季節を迎え、これから魔女の夏至までは、こうした作業が多くなる。エリキシルにチンキ剤、薬草が調理に使われるようになってからは、ハーブビネガーやハーブオイルも需要が高いのだ。
 こうして薬種堂の仕事していると、故郷を思い出す。
 夏になれば、彼女はセージワインを必ず作っていたのだ。そもそも、大叔父がセージワインを好んでいて、夏の暑い日には炭酸水割りを必ず飲んでいた。これを飲んでいると、体調を崩し難いのだと言って。
 それを自分が作ってあげたいと思ったのが、魔女への弟子入りのきっかけだったと思う。尊敬する大叔父のためと頼まれて、師も嫌とは言えなかったらしい。
 グウェンドリンが酒を飲める歳になってからは、一緒にバジルワインを食前酒として飲んでいた。師匠に勧められて始めた何気ない習慣ではあったが、一息つける穏やかな時間だったと思う。
 なのにそうした習慣は、オルグレンへ移ってからいつの間にやら遠退いて、すっかり忘れかけていたのである。
 思い出したのは、下宿を見学に来たその日。あなたは魔女なのね、と愉しそうに家主に言われて、そう言えばそうだった、と思い至ったのだ。
 調薬をするのかしら、それなら少し内装を弄ってもいいわね。
 そんなふうに家主から言ってもらえて、思わず「蒸留をしてもいいか」と尋ねてしまったのである。大学の寮のような、共同生活ゆえの細かい制約がないのなら、やりたいことは幾らでもあったから。
 その日の内に入居を決めて、家主に連れられ高級長屋(タウン・ハウス)共通の裏庭へ下りた時、シャノンを紹介された。
 外見だけを見れば、苦手な部類と言えるだろう。華やかな衣装がよく似合う、整った容貌の男性には、あまり良い思い出はなかったから。けれど彼は、グウェンドリンを目にしても顔をしかめることもなく、最初から人懐こい笑みを浮かべて、宜しくと気軽に手を差し出してくれたのだった。
 テーラーだと紹介されたのに、ドレスを作っている最中なのだと聞かされて、妙なヒトだなと思ったのが最初。その作品を見せられて、すっかり魅了されてしまったときには、こういうモノがずっと好きだったのだと思い出せた。
 彼が見せてくれる世界は、とても奇麗で飽きることがない。引っ掛かる既視感に首を傾げたけれど、その時は解らなかった。
 あぁ、彼は師に似ているのか、と。
 思い至ったのは、下宿に漸く慣れた頃。彼の周りにはヒトが溢れていて、そのさまが何だか眩しく見えた。
 自分もその中の一人だと思えるようになったのは、更に半年経った頃。その頃には、すっかり構えることもなくなっていた。その時になって初めて、思っていたよりもずっと、畏縮してしまっていたのだと気づかされたのだ。
 今のグウェンドリンを見たら、大叔父はなんと思うのだろう。
 外へ出るように促されたのは、そんなグウェンドリンに気付いていたからだと、今なら思える。仕事がなければ師と一緒に訪ねたかったと手紙が届いて、ほんの少しだけ落胆してしまったのは秘密にするとして。
 そのうち、郷里(さと)帰りしてもいいのかもしれない。少なくとも以前よりは、誇ってもらえる娘になれているだろうから。
「さて、と。他にやらなきゃいけないことはあったかな……」
 調薬室をぐるり見回して、小さく呟く。窓の外はそろそろ酒場(タバーン)へ繰り出すヒトビトで賑わう頃で、今日はこれで終えて夕飯を食べに出ようか、と思う。
 浴室(バスルーム)蒸留室(スティルルーム)に持ち込んだ器具を丁寧に洗って、あるべき場所へ片付ける。エプロンを外して調薬室を出ると、居間を突っ切って書斎を通り抜けた。
 小さな寝室にかけられた、これまた小さな鏡の前に立って身繕いを済ませると、春コートを羽織ってポケットの財布を確認する。そうして下宿の鍵を手に取ると、逆順を辿って細い階段を下りた。
 下宿の施錠をしてポーチの階段を下りれば、往来は既に賑わいだしている。通りにはあちこちから流れてくる食欲をそそる香りが溢れていて、空腹を自覚した彼女は、いつもの柘榴(グルナディエ)へと歩き出した。
 大股で颯爽と歩くグウェンドリンに眉をひそめるヒトビトなぞおらず、逆に陽気な挨拶が投げかけられる。お気に入りのブーツがこつこつと石畳を叩く音が心地よくて、この街を歩くのは大好きだ。
 柘榴は相変わらずヒトビトが賑わう明るい雰囲気の場所で、入口を潜った途端、顔見知りの見習いが笑顔で丁度空いた席を示してくれる。
「よう、グウェン。今日は早いな?」
 カウンタ席に座った途端、ラッセルが振り向いてにんまり笑った。
 今日もタイをせず襟元のボタンを外し、シャツの袖を捲っている柘榴の名物店主である。ウエストコートは基本襟なし。下町の労働者らしい着こなしだが、草臥れたところもなく、妙に様になっている。カウンタ向こうにいると見えないが、腰を覆う裾の長い前掛けはフェイムと同じ仕様の黒で、堂々とした風情の彼には、よく似合っているのだ。
 彼自身は、昼間の柘榴の顔であるフェイムとは違って、どちらかと言えば凡庸な容姿だろう。けれど人間くさい魅力に溢れた人物で、それは佇まいへ存分に表れていた。
 実のところ、ご婦人方の中にはラッセル目当てのヒトもいるそうなのだが、流石にグウェンドリンのように、気軽に夜の酒場へ足を運ぶのは抵抗があるらしい。フェイム曰く、件の彼女はラッセルが夜の仕込みで顔を出す時間帯を狙って通い詰めているそうだ。それで会話する訳でもないというのだから、涙ぐましい努力と言えよう。
 ラッセルの方が親しみ易く、付き合い易いと思っているグウェンドリンとしては、彼女の気持ちも解るような気がする。慣れてきたとはいえ、やっぱり美形相手は少し構えてしまうのだ。フェイムは礼儀正しくて素晴らしい人柄の人物だと解っているのだけれど、こればかりはどうしようもない。
「切り良く作業が終わったの。水物ばっかりやってから、もうくたくた」
「あー、もうそんな季節か。蒸留もやるのかい?」
「花が咲き揃ったらね。今日のお薦めは?」
 貝が入ってるなぁ、と厨房を振り返り、ランスはちょいと身を乗り出す。
「酒飲みには蒸したの出すくらいだが、おまえさんはがっつり食いたいだろう? リゾットか、パエーリャ風に魚介と炊くかでもしてやろうか」
「炊いてほしいな。後は、適当に合いそうな物をグリルしてもらっていい?」
 応じた途端、後ろの席から「俺もパエーリャくれ!」と声があがる。そちらへ目を向けたラッセルは、序でとばかりに店内を見回した。
「おう、グウェンにパエーリャ擬き作るが、他にも食う奴いるか? まとめてやるからよ」
 途端に、あちこちでぱらぱらと手があがる。それを数えて「今、手ェ上げた奴で打ち留めな」と言い残し、彼は厨房へ入った。よっしゃ、と声があがる中、苦笑を浮かべたグウェンドリンは、見習いへシードルを頼む。
 柘榴ほど、昼間と夜間の顔が違う店もあるまい。
 昼間も勿論居心地は良いのだが、夜間のざっくばらんなやり取りも好きだ。陽気に騒ぐ酒飲みたちの声を聞き流しながら、グウェンドリンは頬杖ついて、明日の作業を脳裏に組み立てる。
 一部のエリキシルはどうしても味が落ちるため、長期保存が利かない。それ以外の物、ある程度は作り置いても問題がない物を中心に、可能な限り量産してしまわなくてはならないだろう。
 チンキはあまり作ったことはなかったが、出来るのならば欲しいと注文を受けている。あれは強い薬だから、あまり安易に作りたくはないのだけど。
 薬種堂の従業員は大学の薬学課程を修了している者たちなのだし、一度きちんと扱いについて講議すれば大丈夫だと思いたい。出来ることならば、彼らにもエリキシルくらいは作ってもらいたいが、どう説得したものか。
 難しい問題だな、と眉根を寄せていると、ふんわりとグリルされた野菜の香りが鼻先に届いて、シードルと共に目の前へ一皿置かれた。野菜を中心に腸詰めや燻製肉も盛られたその上に、とろりとチーズが乗せられている。
「……わぁああ、美味しそう……!」
 歓声をあげるグウェンドリンを微笑ましく見遣って、店員が悪戯っぽく笑った。
「良いチーズが入ったからって、店主(マスター)が」
 熱いうちにどうぞ、と促されて、グウェンドリンはいそいそとカトラリーを手にする。とろりとしたチーズを一口大に切った野菜に絡めて頬張ると、口いっぱいに拡がるチーズの豊かな風味と甘い香りに、自然と頬が緩む。
 チーズの主張が強いというのに野菜の旨味も負けておらず、これだけ簡素な料理だというのに逸品足り得ている。
「これ、キルシュ入ってます?」
「香りづけに加えてますね。チーズだけだと、少し冷めたら固まっちゃうんで」
 すこーし伸ばしてやるんですよ、と囁いて、会釈をして厨房へ戻っていく。
 幸せそうにふくふくと頬を緩めながらグリルを食べつつシードルを飲んでいると、やはり後ろから声がかけられた。
「なぁ、先生。最近ちっとも親方(マギステル)見かけねぇ気がするんだけどさー、どうしてんの?」
 親方、とは技倆の良さを鼻にかけることもなく、真摯に仕事へ打ち込むシャノンへ、住人たちが親しみを込めて贈った渾名である。
 本人へ向けて呼びかけることはないし、当人はそんなことになっているとは知らないが。住人たちには共通で通じる、隠語のようなものだ。だから、わざわざ古い言葉の方を採用しているのだろう。
 グウェンドリンがそれを知ったのも、彼女自身が住人たちから人懐っこく「先生」と呼びかけられるようになってからのことだ。初めて聞かされた時、彼らの仲間入りを果たせたようで嬉しかったことを憶えている。
「数日前に、王都へ出かけてますよ。あっちで出張のお仕事だそうです」
「はぁ、とうとう王都へ呼ばれッちまったのかぁ。すげぇな、さすが親方」
 感心する若者の前で、彼の連れが「まじかー」と頭を抱えた。
「親方に仕事頼みたかったのに! 先生、いつ帰ってくるって?」
「ええと、一応、社交期(シーズン)に入るまで、だったかな。場合によっては伸びるかもって」
「あああああ! 間に合わねぇえええ。俺の一張羅ぁー!」
 諦めて別の所にでも頼めよ、と生暖かい眼差しを向ける若者に、頭を抱えたままの彼は恨めしげに呻く。
「簡単に言うな! 親方の仕事目の当たりにしたらもう戻れねぇよう。こっちが何言っても馬鹿にせず聞いてくれるし、色々教えてくれるし、何より仕事も早くて、滅茶苦茶格好良いの作ってくれるしさぁあ!」
「それは否定しないなー」
「いまさら野暮ったいのはない。無理。ああああ」
「仕方ないだろ、諦めろ」
 そのやり取りを聞きながら、グウェンドリンは小首を傾げた。
 一張羅と言ったことから、何か特別の日の装いなのだろう。確か、たまにトルソーにも着せかけているああした衣装は形はほぼ決まっているし、貸し出しもしていたはずである。間に合わせなら、一から作らなくてもあれで充分なのではないか、と口にすると、果たして彼らは目を(しばたた)かせた。
「え、貸し出し? 本当に?」
「へぇ、あれってそうなの?」
「見本として作ってるから、平均的な寸法らしいですけど。わたしは背丈があるから借りられないね、て話しをしたことがあって」
 見たところ、背丈も平均的のようだし、体格も際立ったところもない。彼ならば、全く合わないということもなさそうだ。
 何に必要なんですか、と尋ねると、彼は少しだけ複雑そうな表情を浮かべる。
「うちの姉ちゃんが結婚するんだよ。ほら、上の人たちが六月の花嫁って言ってるだろ? あれに憧れてるのか、絶対に六月に式挙げるって言っててさー」
「それは、おめでとうございます! だから礼服が必要なんですね。それなら幾つかあったはずですよ。こう、頻繁に着ないけど必要な衣装は貸し出し希望もあるからって」
 詳しくはアマリアに聞いた方がいいかもしれないと提案してみる。
 店は閉められているけれど、そういう客に対しては、かの自動人形(オートマタ)が対応してくれるはずだ。その上で、適切に処理してくれるだろう。何せ彼女はトーン製の傑作にして有能なのだから。
 果たして彼は、安心したふうに表情を緩めた。
「明日行ってみる。ありがと、先生」
 いいえ、とにこやかに応じて、グウェンドリンはふと思いついた風情で小首を傾げる。
「……そうか、六月の花嫁……。蜂蜜酒(ミード)作った方がいいかなぁ?」
 本来、蜂蜜酒は新婦が手作りする物だったが、今の時代はそれもしない。作るのも手間だし、そもそも酒蔵がきちんと製造した物が手頃に買えるのだ。とはいえ、それは蜂蜜を醸しただけの酒。魔女の作る蜂蜜酒とは、少し趣が異なる。
「先生、蜂蜜酒なんて作れるの?」
「エリキシルの延長みたいな物ですよ。薬草を漬けて、効果を上げてやるんです」
 何の、とは言わないが。へぇ、と相槌を打った青年は、改まった様子でグウェンドリンへ向き直った。
「先生、それ作るなら俺にも売ってくれねぇかな。姉ちゃんの結婚祝いに」
「いいですよ。お祝い用に、ちょっと凝った瓶でご用意しておきますね」
 お願いします、と頭を下げる彼に笑顔で応じて、グウェンドリンは座り直した。
 贈り物なのだし、瓶底に花を数輪、沈めておいても奇麗だろう。瓶も細身で、すぐに消費するだろうから色のついてない物がいいだろうか。きっと見た目にも奇麗だ。
 漬ける薬草はどう調整しようかな、とシードルを手にぼんやり考え始めた時、厨房から見習いたちが数人、皿を手に姿を見せる。そうして最期にやってきたラッセルが、「お待ち遠さん」とグウェンドリンの前へ一皿置いた。
 殻つきの貝から、ぷりぷりした身が覗いている。他の具材は、適当に今日の仕入れから放り込んだようだ。一応、魚介という括りにはなっているように見える。パエーリャ擬きと宣言したからか、サフランの鮮やかな黄色に染まった料理からは、馥郁たる香りがふんわりと立ち上った。
「美味しそう! 有難う、ラス」
「おう。あ、鍋底の焦げも入れてあるぞ」
 顔を寄せて囁く声に、彼女も嬉しそうににんまり笑う。
 僅かに残ったシードルを干してお代わりを頼むと、グウェンドリンはまず匙で一口頬張った。サフランのいい香りが鼻を抜けて、旨味をたっぷり吸い込んだ米からは、魚介の良い出汁が感じられる。ああ美味しい、と嘆息したところにシードルが置かれた。
「口に合ったかい?」
「うん、とっても。シャナも、ちゃんと御飯食べてるかなぁ」
 同じく食べることが好きなはずの彼だが、グウェンドリンと違って、平気で食事を抜くことが多々あるのだ。心配そうに口角を自然と下げる彼女に、ラッセルは苦笑を浮かべた。
「まぁ、暫く居座るのはダンバーらしいからな。あすこはあの辺りにしては珍しく、結構飯が美味いんだ」
「へぇ? あぁ、そういえば森を抱えていたね」
 以前に王都へ行った時は、周囲を散策する暇もなかったのである。時間が取れたら行きたかったのにな、とは思ったものの、これまであちらへ行く機会もなくて、結局そのまま忘れていた。
「蒸留酒も揃ってるしなぁ。あっさり誘惑に負けるんじゃねぇか」
「そうだといいね。仕事に夢中になると、寝るのも忘れちゃうんだもの」
 安眠のエリキシル押し付けちゃった、と零すとラッセルは笑って、ほんのりと呆れを眼差しに滲ませる。
「あいつはなぁ、元々あんまり寝ないからよ。短く深く寝る質で。だからって、寝なくていい訳じゃねぇのに」
「あぁ、それでなのかな。過信しちゃうのかも」
 たまにお節介しよう、と密かに心に決めていると、見透かしたようににんまり笑ったラッセルが、「ごゆっくり」と軽く手を振って踵を返した。
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