文字数 8,024文字

 花の盛りも落ちつき新緑が芽吹く最中、シャノンが乗る蒸気機関車は、サリスベリー公爵領はダンバーへと滑り込んだ。
 ウェルテ国の中央に位置するサリスベリーは、初代王弟が治めた地である。そのほぼ中央に王直轄地である王都(ゲートスケル)が存在しており、これが事実上の領都に変えられているのだ。
 とはいえ、サリスベリー公爵の荘園屋敷(マナー・ハウス)は必要なわけで。
 それらが整えられた地であるダンバーが、ヒトビトには領都と呼ばれていた。勿論、正式に定められたものではないが。
 シャノンがこちらへ出張してきたのは、件の大規模なお茶会が、サリスベリー公爵主導の元、ダンバーで行われるからである。
 立地としては王都まで直通の鉄道が通っており、短時間で行き来できること。この後、間を置かず社交期(シーズン)が始まるということもあり、王都へ社交界(ソサエティ)に属する諸々が集ってきていること。また、社交界への仲間入りを狙う中産階級のヒトビトにも潜り込みやすい大らかさであることもあって、毎年この時期のダンバーは賑わうそうだ。
 肩掛け鞄を斜めに背負い、手には大きな鞄を抱えて蒸気機関車を下りたシャノンは、人込みの中に見知った女性を見つけて足早に向かった。
「お待たせしました、コウレンさん」
「長旅、お疲れ様でございました」
 折り目正しく会釈して、プリジェン卿の侍女(レディズ・メイド)は後ろに控えていた荷運人(ポーター)を振り返る。有難く鞄を彼へ託したシャノンは、馬車留めに置かれた四輪馬車(ランドー)へ乗り込んだ。
 鉄道の駅を抱える街は例外なく発展を遂げているが、ダンバーは程よく郊外の落ちついた風情を残したまま、美しく整備されている。彼らが向かうのは上流階級向けへ整備された宿泊施設で、毎年の茶会で慌ただしく移動したくない淑女(レディ)たちが利用する宿なのだそうだ。
「それだけにしては、随分発展しているような?」
「勿論、それだけではございませんから。ダンバーには古くから各種蒸留施設が揃っておりまして、サリスベリーが誇る蒸留酒は、主にこちらで製造されております」
「あぁ、噂の。へぇ」
 それはいい酒が飲めそうだな、とぼんやり思っていると、果たして侍女は小さく笑った。
「お望みのお酒がありましたら、ご用意致しますが」
「あー、はい。……出歩いちゃ駄目かな」
 大丈夫でございますよ、とくすりと笑って、彼女はふんわりと微笑んだ。
「使用人たちも許可されておりますので。必要でしたら衛士たちにお聞きくださいませ。良い酒場(タバーン)があるようですよ」
 荘園屋敷は駅から郊外へ向かう先、広大な森を背にした場所にあるらしい。その森も公爵家の所有で、社交期終わりにはヒトビトが集まって狩猟が行われるようだ。宿は駅との中間に位置しており、便がいいように配慮されているのだろう。
 到着した宿は街の繁華街の中央にあって、どれだけ金離れの良い客が集まるか窺える気がした。かと思えば周辺にあるのは高級店ばかりというわけでなく、程よく良質の店が揃っているようである。
 考えてみれば、上流階級の者ならば馬車で出かけるはずで、近場で買い物をすることもないのだ。なのでこの辺りは、供や背伸びをした中産階級を狙っているのだろう。
 部屋は既にプリジェン卿が確保していた一室を提供されることになっており、手続きもなく案内された。名目は衣装部屋で、居間を作業部屋として使用するのは勿論、続く寝室を好きに使ってくれていいと言われている。
 果たして案内されたその部屋は、とんでもないことになっていた。
「おおう、懐かしの仕立て部屋……」
 思わず呻いてしまっても、仕方がないとご容赦願いたい。持ち込まれた衣装掛の数々、釣り下げられたドレスの山と。それは在りし日の某王室の仕立て部屋を彷佛とさせた。
 あの日なかった物は、部屋の隅に鎮座している足踏みミシンくらいだろう。宿の格を考えればけして広くはない室内に、目一杯物が詰め込まれている。
「これ、どうやって持ち込んだんですか……?」
「ラドフォード氏族(クラン)の皆様総出で……」
 なるほど、と頷いて、シャノンは後ろに控える荷運人へ、持ち込んだ鞄を部屋の隅へ置くように頼む。シャノンもこの鞄に幾らか道具や小物を放り込んできたが、いらなかったような気もしないでもない。
「寝室はこちらに。水周りは寝室から繋がっておりますので」
 案内されるままに覗き込むと、程よく狭い寝室と質の良さそうな寝具、ゆったりとした湯舟を設えた広めの浴室が見えた。
 ……馬車馬のように働けと言われているようだと思うのは、考え過ぎだろうか。
 居間を振り返れば、並ぶドレスの中にプリジェン卿へ仕立てた物が混ざっていることに気がついた。それ以外に並んでいるのは、あちらで用意させた幾つかだろう。
 お茶会が近付いてきた頃に改めて打診されたのだが、彼女は興味を引けた淑女たちへ広告活動を行うつもりらしい。新たな試みに際して幾つか作った試作品を、宜しければ手直しして提供しましょう、というやつだ。
 そこへ付加価値をつけたいのだ、とプリジェン卿は語ったのである。
 何でも、前回の社交期に於いて、殿下が誉めたドレスが密かに話題に上ったらしい。とはいえ、中産階級の令嬢のドレスである。己の矜持が邪魔をして、羨むだけで終わっていたのだそうだ。素直に打診してきた殿下とは大違いである。
 果たして、手直しは話題のドレスを手掛けた仕立て屋に頼みましょう、と提示されて断る淑女がいるだろうか。いや、いまい。
 そう力説したプリジェン卿は、とても良い笑顔で囁いたのである。当然オクロウリー殿へも見返りは用意しましょうぞ、と。
 いやいや、プリジェンへ訪れた時に諦めた工房製絹地の融通に釣られたなど、そんなはずがあるものか。これは純粋に請け負った仕事の話で、流行を仕掛けるからには責任を持ってと思っただけである。
 そんなわけで、シャノンは社交期が始まるまで、この部屋に缶詰め予定だ。プリジェン卿もそれに合わせて宿泊予定で、社交期直前に王都で借りた街屋敷へ移るつもりらしい。
 因みに、いくら領地(シノン)持ちといえど、普段から領地へ詰めている方々が王都へ邸宅を持つことはなく、基本的に期間を区切っての賃貸なのだそうだ。更にこの時期、王都にある高級集合住宅(テラス・ハウス)へ、各地から集ったヒトビトが滞在することになる。いい立地は取り合いとなるし、何より名刺へ記載する住所自体が、社会的地位の誇示になるそうだ。庶民には無縁の世界と言えるだろう。
 尚、王都に街屋敷を持っている貴族たちは、国政に携わるヒトビトだそうだ。賃貸される屋敷も彼らの持ち物で、良い副収入となるようである。
 閑話休題。
 そもそもここが用意されたのも、気軽に淑女が通うことができるように、という配慮のようだ。こんなところを見ても、生粋の商人なのだなと感心する。
 ざっと見て回るドレスたちは、いずれも手を加えるのが惜しいくらい、素晴らしいものばかりだ。この辺りにもプリジェン卿の本気が窺える。手を入れるという箔が欲しいだけなのだから、最低限の手直しを前提にしよう。
「今日の夕食は、琥珀(コハク)様がご招待したいと仰せです。その際に使用人や衛士たちを紹介致します。明日からは、ご自由に活動くださいませ」
 それでは失礼致します、と折り目正しく会釈して侍女たちが去ると、シャノンは肩掛鞄を外しながら寝室へ足を踏み入れた。クロゼットを開けて放り込むと、上着を脱いでハンガーへ掛け、ベッドへ倒れ込む。ふんわりと身体を受け止め、沈み込むそれは、素晴らしい眠りを約束してくれそうだ。
「うわ、予想以上にいい寝具だなこれ。あー、早まった……」
 とはいえ、抱える仕事が他にないのも確かなのである。グウェンドリンの春物も既に万全で、今回は他に社交期用の衣装は一切受けていない。
 流石に、用意された全てのドレスを直すことはないだろうが、ある程度は覚悟せねば。このお茶会は新茶を楽しむ為の緩やかな会であり、社交期始まりを告げる行事でもある。本格開始まで、ひと月弱。場合によっては厳しい事態になりそうだ。
 つらつら考えていたシャノンだが、ゆっくり思考が緩慢になり、うつらうつらし始めて、はっと意識を覚醒させる。
 ……拙い、このままでは寝てしまいそうだ。
 慌ててベッドから起き上がり、軽く髪を撫で付ける。ここへ出張してくるまで、それなりに仕事を詰めて片付けてきたのである。意外と疲労を蓄積していたようだ。
 今日は夕飯を戴いたら、大人しく休むことにしよう。件のお茶会は明後日の昼間。それまでは、しっかり休息を取らせてもらうことにする。
「序でに、明日は街の散策でもしようかな」
 呟いて、窓の外へ視線を向けた。出来れば、素材店の場所も知りたい。頼めば揃えてもらえるだろうけど、その前にいろいろと把握しておきたいのだ。この街にだって、独自の織りや素材が幾らかあるはず。そういうものを探すのは、大変楽しい。
 取り敢えず荷物を開けようか、と踵を返したシャノンは、作業部屋に置かれた鞄へ手を伸ばした。中には愛用の小道具類と、ボタンや留め金等がそれなりに詰まっている。それらを少しの間眺めて、彼は楽し気に取り出した。

  ◇◆◇

 翌朝、宿で朝食を戴いたシャノンは、食休みで少しのんびりした後、街へと繰り出した。
 昨夜のうちに衛士たちから酒場の情報を貰い、使用人や宿の従業員たちから商店の情報を貰っている。後は足で稼いで地元民から話しが聞ければ上出来だ。
 フィデルが言うには、ダンバーも古い都市らしい。
 建国の頃には戦の名残りで寂れていたそうだが、初代サリスベリー公爵が善政を布いたこともあり、徐々に領都と呼ばれるほどにヒトを集めたのだという。なので、何気ない街角の片隅に、ひょっこり建国以前から代々続く商家が紛れているのだそうだ。
 そんな街ならば、恐らく掘り出し物がそこかしこに眠っている。例えば、今や作る者のない古い時代の飾りボタンだとか、既に廃れて久しい美しいレースだとか、近代化によって失われてしまった数々の手仕事だとか。
 まずは教えられた商店を覗き、移動途中にある店々も冷やかす。この時期のダンバーは好景気らしく、ヒトビトの表情は明るく、口も軽い。自然と足は住民たちの利用する商店が並ぶ通りへ向かい、ひっそりと営業していた古いボタン屋を発見して、大喜びで飛び込んだ。
 店内はひんやりとして薄暗く、狭く、けれど壁という壁を小抽斗が埋め尽くしている。奥に座っている老店主がちらりと一瞥くれて、手許の新聞へ視線を戻した。
 店内をぐるりと見回して、手近の抽斗に何気なく目を留める。小抽斗にはそれぞれ小窓がついているようで、開けずに中身が確認できるようになっていた。
 そこに慎ましく収まっていたのは、黒蝶貝を繊細に彫り込んだ、まるでメダイのような飾りボタン。
 それを目にした途端、シャノンの表情が変わった。次々に小窓を確認して、購入したい場合はどうすれば、と奥の店主へ声をかける。顔をあげた彼に、抽斗ごと抜いて持ってこいと言われた途端、丁寧な癖に素早く幾つかの抽斗を抜いて、そっと店主の前の意外に広い作業台へ置いた。まだあるので、と断って踵を返し、本格的に店内の物色を開始する。
 取り敢えず、値段は二の次だ。普段なら大量購入前提で価格交渉もするところだが、これらに関しては言い値で買ってもいい。この宝の山を前にして、高揚しないはずがないではないか。
 たかがボタンと侮るなかれ。これらを仕立て屋に出入りする小間物屋の女主人コリーン・メイスン嬢へ渡したなら、アンティークビーズと組み合わせて素晴らしいペンダントへ仕立ててくれる。それほどまでに、古い時代の飾りボタンは繊細で美しいのだ。
 最早アンティークと呼べる素晴らしい手仕事のボタンの数々を漁り、そのさまを呆気に取られた様子で見ていた店主は、我に返って「ちょっと落ち着け!」と声をあげた。
「おまえさん、これ全部買うつもりか」
「あるだけ全部と言いたいところですが、流石に無理なので数は搾りますけど」
 真顔で応じるシャノンにますます呆れ、老店主は山と積まれた抽斗を見遣る。
「買ってくれるならこちらは有難いがな、こんなにどうするつもりだ」
「あぁ。俺、仕立て屋なんですよ。本当はテーラーなんですけど、最近はドレスも少々」
「ほう、なんだそうなのか」
 これも自分で仕立ててます、と己の衣服を見下ろすシャノンに、今度は店主が表情を改めた。そうして、何やら頷くと軽く手を振ってみせる。
「わかった、好きなだけ漁れ」
「有難うございます!」
 店主と雑談に興じながら抽斗を積み上げ、候補を揃えた後は、相談しながら購入数を決める。その際に店主からボタンの来歴や使用想定など細かく聞かされ、それらに感心しながら手帳へ書き留めた。その際に描き込まれた素描を覗き込み、店主は「巧いもんだな」と感心した風情で零す。
「最近は、機械生産できる便利な留め金も増えてきたからなぁ。小さな工場は廃れていくばかりだ」
「選択肢が増えたのは、仕立て屋としては有難いんですけどね。ただ、こういうところにも気を使ってやりたいと思います」
 さり気なく使われた小さなボタンが可愛らしいと、喜ばれることもある。確かあれは木製の、素朴な花を彫ったものだった。
 今回選んだ物の中にはそういう物も幾らかあって、そんな話しに相好を崩し、店主は何度も頷く。
「ところでおまえさん、見かけない顔だが?」
「仕事で暫く滞在することになりまして、昨日こちらに着いたんです。ほら、お茶会があるでしょう」
「お貴族様のお抱えか」
 まさか、とけらけら笑って、シャノンは軽く肩を竦めてみせた。
「交友関係から回りに回って、お手伝いすることになったんですよ。普段は、オルグレンで小さな仕立て屋を営んでます」
「ほう。近頃、殿下がお召しになっていた散歩着が話題になっていたな。日頃から布屋の女将が、オルグレンで働く女たちは洒落ていると感心してたが、あれを見れば納得だった」
「布屋ですか」
 目を輝かせたシャノンに苦笑して、店主は「おうよ」と頷く。
「教えてやるから、あっちでも買い物してやってくれや。あすこの女将もうちと似たり寄ったりのところがあるからな、なかなか掘り出し物があるはずだぞ」
「本当ですか? 有難うございます、楽しみだな。古いレース欲しいんですよね。機械編みも悪くないんですけど、ちょっと平坦で」
「住み分け出来ればいいんだがなぁ。まぁ、そっちの話しは女将としてくれ。こっちと違って、今でも良い仕事をしている工房も、あるかもしれん」
 こうして心置きなく店内を漁ったシャノンは、大量に買い込んだボタンを抱え、再び街を歩き出した。
 半数程度の抽斗を引っ張りだしたこともあり、きちんと片付けまでしたことは言うまでもない。今後、またお世話になるかもしれない店なのだ、好い印象を持ってもらいたいので。
 というか正直な話し、もう少し買いたかったのだ。
 際限がなくなってしまうからまた後日、というやつである。それに、これから更に散財するかもしれないのだし。……いや、多分するのだし。
 そうしてやってきたのは、やはりひっそりとした路地の、間口の狭い店だった。但しこちらは、丁度お客が帰っていくところに出会す。軽く会釈しあいながら擦れ違い、不思議と明るい店内に入った。
 見上げれば思いの外、天井が高い。そこから柔らかく光が差し込んでいるようで、直射で布が焼けないよう、巧く光を拡散させているようだ。
「おや。珍しいお客さんだね」
 奥から声がかかって、シャノンは視線をそちらへ向ける。そちらには反物を腕に抱えた、ふくよかで愛嬌のある、壮年の女性がいた。
「ボタン屋の御主人から、こちらを紹介されまして」
「おやおや、あの骨董屋かね」
 宝の山でした、と応じるシャノンにおかしげに笑って、女将は棚へ反物を片付けた。
「なるほど。あれを宝と言うのなら、うちの在庫も気に入るかもね」
 こっちへいらっしゃい、と手招かれて奥へ行くと、光の届きにくい奥まった一角へ案内される。そうして、縦長の切り込みと引手がずらりと並んだ壁面を示された。
「さぁ、篤とご覧あれ」
 ぐっと体重を乗せて引手の一つを引っ張ると、がらがらと音を立てて棚が引き出される。そこには、今ではお目にかかれないほど状態のいい絹地の反物が、ずらりと並んでいた。
 柔らかな光沢のある物から、ざっくりとした質感のもの、見事な浮き織りで緻密な柄を描いているものなど、これでもかと揃っている。流石のシャノンも、これほど集めているのには、ついぞお目にかかったことがない。
 言葉もなくそれらを凝視する彼を満足げに眺め、女将は豊かな胸を張る。
「あの骨董屋の客なら、こっちだろうと思ってね? それとも、もう少し庶民向けの織りも見るかい」
「そちらも是非見せていただきたいですけど、まずはこちらで!」
 それからレースありませんか、と意気込んで振り返るシャノンに、女将は事も無げに「あるよ」と告げる。
「古いのもだけど、今でも作られてる新しいのもね」
「後で見せてください。……あぁ、これほどの物は久し振りに見るな。この辺りは、必要になったら探しに来た方がいいかも」
 思い出すのは、某王室に無造作に積まれて保管されていた布たちだ。あすこにあった物も古い在庫が幾らかあり、使ったこともあるけれど。
 今現在、これ程の品を使うような仕事が思い浮かばない。
 唸るシャノンを不思議そうに眺めやり、女将は徐に口を開いた。
「お兄さん、何処かのお弟子さんかい?」
「え、いいえ。これでも工房主です。人間は俺一人ですけど」
 本業はテーラーで、と説明しながらも目は反物を確認していき、ふとそれに気がついた。
 僅かながら、魔素を帯びた布がある。
 それは、細かな浮き織りを施した生地だった。良く見れば華やかな柄ながら、淡く黄味を帯びた白一色のためか、慎ましい印象がある。恐らくこれは、魔素が豊富な土地に生息する蚕から紡いだ糸を使っているのだろう。
 こんな代物もあったんだな、と感心して、ふとグウェンドリンへこの生地でドレスを仕立てたいと思ってしまった。現在、後染めでいろいろ作っている最中で、これを染めてみたいと考えたのだ。彼女も名をあげていっている最中なのだし、遠からず必要になるはず。
「へぇ、女中型自動人形(サーヴァント・オートマタ)を助手にねぇ。シャフツベリは流石だね」
「必要に迫られただけなんですけど、今では有難い存在ですよ。……女将さん、この布ですが三十三フィート取れます?」
 残りがそのくらいじゃなかったかしら、と小首を傾げて、女将はひょいと反物を引き抜いた。そのまま作業台まで運び、慣れた手付きで物差を手に、反物を転がしながら必要分を計る。そうして、ころりと芯が転がった。
「三十四フィートってところかね。残しておくのもなんだし、どう?」
「それじゃ、その一反で」
「まいどあり。押し付けてるし、一フィート分はおまけしとくわ」
 有難うございます、と微笑んで、シャノンは棚を振り返る。
「さて、次ぎ行きましょうか」
「有難いけど、お大尽みたいな買い方だねぇ」
 反物を再び巻きながら、呆れた風情で言う女将へ、これでも自重してますが、と真顔で答える。それに吹き出して、女将は声を立てて笑ったのだ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み