第6話

文字数 2,424文字

 フォークダンス。
 クラスメイトは楽しそうに踊っている。にこやかな笑顔。振付を敢えてひょうきんなものにアレンジする男子。それを見て笑う女子。しかしそんな輪も、僕が入った途端崩れていく。僕の番が来たとわかった瞬間、女はその笑顔を崩す。先程までの表情が嘘かのように真顔になってしまう。しかも、女は僕の番が終わった途端、その鉄仮面をはがし、再び顔面に笑顔を張り付けていた。その様は、あたかも僕と踊るのを不愉快に感じているかのようだった。
 僕だって……。
 そんな思いを隠そうとしながら、僕は必死に踊る。
 僕だって、お前たちと踊りたくなんかないのに。
 僕は顔俯かせた。誰とも顔を合わせたくなかった。人の目なんて、見たくなかった。
 なんだって僕がこんな思いをしなきゃいけないんだ。おかしいじゃないか。頭の中で幻聴が反響する。ああ、駄目だ。駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ。だめだだめだだめだだめだダメだダメダ……。
 そんな時だった。ふと、人影を前に僕は顔を見上げた。
 まずい……。
 一瞬、そうしてしまった自分に焦った。けれど、次の瞬間には、そんな焦り消えてしまった。僕の目の前にいたのは、綾川さんだった。
 綾川さんは僕の目の前であろうと笑顔を絶やすことはなかった。寧ろニコリと僕に微笑んでくれたようにすら見えた。
 ああ、やっぱり綾川さんは……。綾川さんは僕の唯一の救いなんだ。
 僕には綾香さんの姿が、何やら神々しく見えた。後光が射しているとでもいうべきだろうか。それまでの煩わしいもののすべてが、有象無象と化していくかのような光だった。やはり綾川さんだけだ。綾川さんだけが、僕のことを正しく理解してくれる。他の女は僕のことを害虫だと思っている。けれど綾川さんだけは違うんだ。
 そう思った矢先だった。
 綾川さんは、小さく口を開いた。
 「きもーい」
 
 「あああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!」
 そんな絶叫と共に僕は目を覚ました。ガバッと上体を起こす。僕は額に汗を感じた。それに追従する形で、服が汗のせいで肌に張り付いていることに気が付いた。気持ち悪い。冬とは思えないほどに汗をかいている。どう考えてもおかしい。それに息も荒い。動悸もする。
 僕はどうしてしまったのだろうか。もしかしたら気絶して保健室送りにでもなったのかもしれない。
 そう思ったが、僕のいる場所は学校のグランドではなく、真っ暗な自室だった。どうやら僕は、気が動転するあまりここが自室だということにすら気付けなかったようだ。
 夢かあ。
 僕はもう一度寝転がった。ガシガシと頭をかく。もう一度布団をかぶったが、しかし眠ろうとは思えなかった。目を閉じてしまえば、さっきまでの夢の続きを見てしまいそうで、どうにも恐ろしかった。
 僕は時間を確認した。部屋は依然として真っ暗だ。まだ夜なのだろう。
 「2時か……」
 最後に時計を確認したのが一時だから、僕は1時間しか眠れなかったようだ。
 僕は自分の口から乾いた笑いが零れたことに気が付いた。しかし笑いたくもなる。こうも眠れないのでは、もう笑うしかない。
 リビングに降りた僕はコップ一杯の水を飲んだ。
 リビングを出た僕は、廊下の突き当りにある母さんの部屋に視線を配った。きっと母さんは、僕のあの叫び声のことなど何も知らずに寝ているのだろう。いや、きっと母さんはそのことを知っていたとしても僕に何も言ってこないだろう。この人はそう言う人だ。
 「……」
 部屋に戻った僕はパジャマを脱いだ。自分だけの背徳の世界に翼を広げる。今回のターゲットはクラスメイトだった。とはいっても、僕はクラスメイトの顔なんて覚えていないので、空想上のクラスメイトだ。気の強そうな切れ目。160センチ前後の身長。肩にかかるくらいの髪の毛を外ハネにしていて、前髪はスカスカ。そう、それこそ、僕に無関心を貫くあの女のような見た目をしていた。
 そいつは放課後、一人で教室にいた。僕がその教室に入ると、一瞥したがしかし、すぐに視線を逸らした。やはり、この女は僕に興味などないのだ。だが、それでいい。僕は女の前に立った。流石に女も僕を見上げる。その視線には敵意があった。そんな女の表情を見て、僕は思わずニタアと笑った。途端、女の表情が歪む。漠然とした恐怖の色に染まっていく。すかさず、僕は女を殴りつけた。訳も分からぬまま痛みと衝撃が女を襲う。女はそのまま床に倒れ込んだ。僕は女の上にのしかかった。乱暴に服を脱がせていく。当然女は抵抗するが、その度に僕は女の顔を殴りつけた。口の中が切れたのか、唇に血がにじんでいる。泣きわめきながらも、それでもその瞳の中は敵意で満ちていた。たまらず、僕はもう一度女の顔を殴った。すると女は腕で顔を隠してしまった。自分の醜い顔を見られたくないのだろう。いい気分だ。僕は女の胸に顔をうずめた。どこか懐かしい、甘い香りがした。その匂いは、さらに僕の劣情を煽るものだった。もう我慢できない。下腹部に血が集まっていく。僕はズボンを脱いだ。その血をガスにして、僕は腰を振った。女から吐息が漏れる。苦痛に滲んだ声だった。次第に僕は、女の顔が見えないことに不満を感じ始めた。今こいつは、どんな顔をしているだろうか。そんなことが気になって仕方なかった。僕は無理やり女の腕をどかせた。そして露わになった女の表情を見て、僕はこの上ない興奮を感じた。そこには、もう一切の敵意はなかった。血と涙で汚れ、絶望と苦痛に染まった醜い顔。そんな女の表情を見た途端、僕の体から白濁化した欲望が放出された。
 「……」
 僕の手には真っ白な欲望が広がっていた。べたべたして気持ちが悪い。僕は一階に降りて、洗面所で手を洗った。自分の部屋に戻る時、僕はもう一度母さんの部屋の方を見た。廊下と部屋とを仕切るその扉からは、僕を遠ざけるような魔力が出ているように感じられた。
 僕は、虚しくなった。
 
 
 
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