第10話
文字数 1,720文字
家に帰っても僕は一人だった。孤独を噛み締める。何の音もしない部屋がどうにも恐ろしくなって、僕は珍しくテレビをつけた。しかし、流れてくるニュースには一瞥もくれず、僕は布団にくるまった。
僕は綾川さんに袖にされたのだ。どす黒い感情が、ふつふつと体の奥の方から湧き出てくる。
なんで、どうして。
そんな思いばかりが口をつく。
結局、綾川さんも僕のことを否定した。あの女たちのように。綾川さんだけは、この世界に輝く唯一の輝きだと思っていた。しかしそうではなかった。そうではなかったのだ。
学校からの帰り。僕は見た。
フォークダンスで一緒に手をつないでいた男子生徒。綾川さんはそいつと仲睦まじく手をつないでいた。綾川さんはフォークダンスの時よりも楽しそうだった。綾川さんは、僕には見せたことがないような笑顔だった。
僕はふと、綾川さんが僕に見せた笑顔を思い出した。あの笑顔は、きっと嘘だったのだ。まやかしの笑顔。かりそめの笑顔。僕を騙すための笑顔。
許せない。許せない許せない許せない。
きっと今頃、僕を罵倒しているに違いない。
「あんな男と付き合うわけないのにね」
そう彼氏に苦笑いする綾川さん。
声が僕の頭の中で響き始めた。それは幻聴なのだろうが、しかし幻聴とは思えない生々しさをもって、僕に届いた。
「きもい」「セクハラなんだけど」「マジありえない」「近づかないでよ」「なんなのあんた」「ほんときもい」「触んないでよ」「うるさい」「黙って」
ああ。ああ……。
ダメだ。
声が止まらない。耳ふさいでも、それでもなお聞こえてくる。
「最悪。あんたのせいでこの服もう着られないじゃん」
「みゆちゃんかわいそう。ほんとありえないわ」
「あんたのせいなんだからお金払ってよ」
「そうだよ。じゃなきゃ可哀想だよ」
黙れ。黙れ黙れ。黙れ黙れ黙れ黙れ。
「私の机にまであんた教科書入ってるんですけど」
「あんたが私に近づくとかセクハラだから」
「あんた害虫だから。ゴキブリだよ。ゴキブリ」
「ほんと死ねばいいのに」
止まれよ。何で止まらないんだよ。
ずっと、ずっとあいつらの声が響いてるんだ。
頭がおかしくなりそうだ。どうにかなりそうだ。どうにかしてくれよ。助けてくれよ。
「今日席替えじゃん!」
「うれしー!やっとあんたの隣じゃなくなる」
モウダメダ。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
僕の絶叫と共に、声は止まった。
そして僕の前に涙を流す金子みゆの姿が現れた。
そうだ。あの一言をきっかけに僕が怒鳴って、それで金子は泣いたのだ。僕の味方は誰一人いなかった。男子も女も、先生すらも、みんな僕を責め立てていた。お前が悪い。そう言っていた。
だって……だって僕は、僕はずっと……違う、僕は……だって僕は……。
その日の夜。仕事から帰ってきた母さんにこの話をした。しかし母さんは僕に背を向けたまま「疲れてるの。後にしてくれる」とだけ言って、自分の寝室に向かった。
そうだ。母さんも、母さんさえ、僕の敵だった。
じゃあ、じゃあ僕の味方はどこにいる?誰が僕を助けてくれるんだ?
僕は一生、このまま一人なの?
なんで僕は、どうしても僕は……。
僕だけこんな思いをしなきゃいけないんだ。
おかしいじゃないか。僕だけこんな思いをして、みんな僕を虐げる。僕を否定して、そして楽しそうに笑うんだ。でも僕が起こったら我慢をしろだなんて言われて、そんなの不平等だ。理不尽だ。
その時、あるニュースが流れ始めた。
それを見た瞬間、僕はにやりと口角を上げた。それは殺人鬼の特集だった。
そうだ。僕にも味方がいる。
彼だけは、何も言わず僕の味方でいてくれるんだ。
ああそうだ。いいことを思いついた。
この世界が許せないなら。この僕が断罪してしまえばいいんだ。僕にはその権利がある。僕は、この殺人鬼のように、この世を正す資格がある。
そうだ。そうだよ。
この狂った世の中を、僕たちの力で変えるんだ。
僕はそっとテレビに触れた。
光を放つテレビは、どこか温かった。
僕は綾川さんに袖にされたのだ。どす黒い感情が、ふつふつと体の奥の方から湧き出てくる。
なんで、どうして。
そんな思いばかりが口をつく。
結局、綾川さんも僕のことを否定した。あの女たちのように。綾川さんだけは、この世界に輝く唯一の輝きだと思っていた。しかしそうではなかった。そうではなかったのだ。
学校からの帰り。僕は見た。
フォークダンスで一緒に手をつないでいた男子生徒。綾川さんはそいつと仲睦まじく手をつないでいた。綾川さんはフォークダンスの時よりも楽しそうだった。綾川さんは、僕には見せたことがないような笑顔だった。
僕はふと、綾川さんが僕に見せた笑顔を思い出した。あの笑顔は、きっと嘘だったのだ。まやかしの笑顔。かりそめの笑顔。僕を騙すための笑顔。
許せない。許せない許せない許せない。
きっと今頃、僕を罵倒しているに違いない。
「あんな男と付き合うわけないのにね」
そう彼氏に苦笑いする綾川さん。
声が僕の頭の中で響き始めた。それは幻聴なのだろうが、しかし幻聴とは思えない生々しさをもって、僕に届いた。
「きもい」「セクハラなんだけど」「マジありえない」「近づかないでよ」「なんなのあんた」「ほんときもい」「触んないでよ」「うるさい」「黙って」
ああ。ああ……。
ダメだ。
声が止まらない。耳ふさいでも、それでもなお聞こえてくる。
「最悪。あんたのせいでこの服もう着られないじゃん」
「みゆちゃんかわいそう。ほんとありえないわ」
「あんたのせいなんだからお金払ってよ」
「そうだよ。じゃなきゃ可哀想だよ」
黙れ。黙れ黙れ。黙れ黙れ黙れ黙れ。
「私の机にまであんた教科書入ってるんですけど」
「あんたが私に近づくとかセクハラだから」
「あんた害虫だから。ゴキブリだよ。ゴキブリ」
「ほんと死ねばいいのに」
止まれよ。何で止まらないんだよ。
ずっと、ずっとあいつらの声が響いてるんだ。
頭がおかしくなりそうだ。どうにかなりそうだ。どうにかしてくれよ。助けてくれよ。
「今日席替えじゃん!」
「うれしー!やっとあんたの隣じゃなくなる」
モウダメダ。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
僕の絶叫と共に、声は止まった。
そして僕の前に涙を流す金子みゆの姿が現れた。
そうだ。あの一言をきっかけに僕が怒鳴って、それで金子は泣いたのだ。僕の味方は誰一人いなかった。男子も女も、先生すらも、みんな僕を責め立てていた。お前が悪い。そう言っていた。
だって……だって僕は、僕はずっと……違う、僕は……だって僕は……。
その日の夜。仕事から帰ってきた母さんにこの話をした。しかし母さんは僕に背を向けたまま「疲れてるの。後にしてくれる」とだけ言って、自分の寝室に向かった。
そうだ。母さんも、母さんさえ、僕の敵だった。
じゃあ、じゃあ僕の味方はどこにいる?誰が僕を助けてくれるんだ?
僕は一生、このまま一人なの?
なんで僕は、どうしても僕は……。
僕だけこんな思いをしなきゃいけないんだ。
おかしいじゃないか。僕だけこんな思いをして、みんな僕を虐げる。僕を否定して、そして楽しそうに笑うんだ。でも僕が起こったら我慢をしろだなんて言われて、そんなの不平等だ。理不尽だ。
その時、あるニュースが流れ始めた。
それを見た瞬間、僕はにやりと口角を上げた。それは殺人鬼の特集だった。
そうだ。僕にも味方がいる。
彼だけは、何も言わず僕の味方でいてくれるんだ。
ああそうだ。いいことを思いついた。
この世界が許せないなら。この僕が断罪してしまえばいいんだ。僕にはその権利がある。僕は、この殺人鬼のように、この世を正す資格がある。
そうだ。そうだよ。
この狂った世の中を、僕たちの力で変えるんだ。
僕はそっとテレビに触れた。
光を放つテレビは、どこか温かった。