第7話

文字数 1,572文字

 眠っていたのか眠っていなかったのか自分でもよく分からない状態のまま、僕は朝を迎えた。ズキズキと痛む頭にも、もう違和感を覚えなくなっていた。リビングに行くと、数日ぶりに母さんにあった。僕は思わずドキリとした。自涜の感覚が思い出され、僕はリビングを出ていきたくなった。
 なんでこんな日に限ってまだいるんだよ。
 そんなお門違いな不満が首をもたげた。
 母さんは僕に一瞥もくれず、化粧をしていた。相変わらず、僕に興味はないようだ。僕は、自分の腹の奥底から何やらに煮えたぎる情動を感じた。どうしてこいつは、こんなにも僕に無関心を貫けるのだろうか。僕は産んでくれ何で頼んでない。勝手に産んでおいて僕を疎んで、まるで育てようとはしない。父さんと離婚して、それは加速度的になった。おかしな話だ。僕は何もしていないのに。だったら産まなければよかったじゃないか。親の無責任な言動を、その責任を、僕が背負っているようだ。僕の人生に擦り付けられたかのようだ。
 僕は昨夜の妄想を思い出した。こんな奴、死んでしまえばいいのに。
 しかしそんな僕の内心など知る由もない母さんは、忙しなく支度を済ませ、「お金そこに置いてるから」とだけ言い残して家を出て行った。
 そうして僕はまた一人になった。
 「……」
 人通りも車も通らない閑静な住宅街。そんな中にポツンとたたずむ一軒家。そこに僕一人。静寂が僕の心の水面を揺らす。たまらず僕はテレビをつけた。
 普段テレビなんて全く見ないが、朝一人でリビングでいる時、僕は決まってニュースを見る。特段理由なんてない。ただ音が欲しいだけだ。だから見ているとはいっても、ほとんど内容は入ってきていないし、どんなことが流れているかになんて興味はない。僕は一人、朝ごはんの支度をしていた。冷蔵庫から昨日買った納豆を取り出し、茶碗にご飯をよそう。そうして僕は朝ごはんを食べ始めた。
 まだ頭はまるで動いていなかった。毎朝やっていることを機械的にこなしているだけで、例えばさっき納豆を取り出したりご飯をよそったりしたが、しかしそれは僕が自分で考えてしたこととはいえないだろう。
 ご飯を食べ始めてもそれは変わらず、僕は目の前に映るものを、どこか非現実的なものとして捉えていた。そんな時、僕の目を覚ますようなニュースが飛び込んできた。僕は思わずニュースに意識を向けた。
 ニュースでは巷を騒がす連続殺人鬼のことについて特集を組んでいた。ニュースは、その殺人鬼の卑劣さを、過去の犯罪者と比較する形で伝えていた。それを見ながら、僕はなんだか誇らしい気持ちになった。人を殺すことの卑劣さなんて僕にはどうでもいいのだ。僕にとってその殺人鬼は世間への復讐心をかなえてくれる存在であり、最早ヒーローのような存在なのだ。そんな僕のヒーローが、ニュースで大々的に取り上げられている。しかも過去の凄惨たる事件と肩を並べうると言われているのだ。僕は殺人鬼のみならず自分のことすらも肯定されているような気分だった。
 殺人鬼の犯行は、大体二週間に一、二回のペースで起こっている。その計算で行くと、まだ犯行は行われないとみるのが妥当だが、しかし防犯意識は忘れず、夜一人で出歩かないように、そうニュースは告げた。
 そしてニュースは他の話題へと切り替わった。それはくだらない、動物の映像集だった。ついさっきまで神妙な面持ちで殺人鬼について話していたアナウンサーが、今度は表情を一変させている。破顔し、なんとも間の抜けた表情だ。こんなものを見て一体何が面白いのだろうか。僕はワイプのアナウンサーとは対照的に顔を顰めた。
 そのタイミングで朝ご飯を食べ終えた僕は食器を台所に片づけ、制服に着替え始めた。
 もし殺人鬼が僕にとってのヒーローなら、あいつを殺してくれやしないだろうか。そんなことを考えていた。
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