第11話
文字数 1,745文字
僕はこのクソみたいな世界に天誅を下すべき男だ。世間は僕を冷遇する。僕を認めようとしない。ならばこの僕が、この世界に罰を与えねばなるまい。
綾川を殺すのだ。
あの女は僕に嘘を振りまいた。甘い蜜で僕を誘っておきながら、その実、陰で僕を馬鹿にしていたのだ。そんなこと許されるはずがない。許していいはずがない。誰もあいつを罰さないのであればこの僕が自ら手を下す。
だっておかしいじゃないか。僕は今までずっと虐げられてきたんだ。でも文句を言おうと不満を言おうと、我慢しろの一言で一蹴される。なんで僕だけ我慢しなきゃいけないんだ。なんで僕だけ。なんで僕だけが。
殺してやる。殺ししてやる。殺してやる殺してやる。
翌日の学校帰り、僕は綾川の後をつけた。綾川は学校を一人で出た。彼氏と一緒ではないようだ。
尾行のテクニックなど知っているはずもない僕は、綾川の姿を遠くに確認しながら歩みを進めた。しばらく歩いていると僕の家の近い住宅街の方に出た。
意外と家が近いのだろうか。
そんなことを思いながら尾行を続ける。
綾川はそのまま家に帰るのかと思いきや、学習塾の中に入っていった。僕は一瞬逡巡した後、家に帰ることにした。
そうして僕は綾川の尾行を続けた。その結果分かったことがいくつかある。綾川は放課後、毎週火曜日と水曜日に学習塾に行っている。それ以外の日は図書室で勉強し、彼氏と一緒に帰宅していた。彼氏と仲睦まじそうにしている姿を遠目から眺めるのはこの上のない屈辱だった。僕を選ばなかったことへの怒りや、本来僕のいるべき場所に立っている男への不満。そんなものが僕の下腹部の方に溜まっていった。
まるでピカソの絵のような光景だった。何もかもが奇天烈で、何もかもが狂っていた。
そんな二人を見た日、僕は決まって綾川のことを犯した。凌辱の限りを尽くし、尊厳も何もかも破壊した。男を縄で縛り、その前で綾川を犯す想像をした時なんて痛快だった。怒りや悔しさが入り混じった表情を見せるものの、しかし何もすることが出来ない無力感に苛まれる男。そうしてその前で自分の愛している女に欲望をぶつける優越感。真っ白な欲望の塊をティッシュに吐き出した時、僕はこれを綾川の口にツッコんでやりたくなった。
けれど。
その日、自涜を終えた僕の前に灰色の僕が現れた。そいつは何も言わず、何の表情を見せず、ただ僕の前にいる。僕の前に立っている。いてもたってもいられなくなった僕は叫んだ。
「お前は誰だ」
「……」
そいつは何も言わない。何も返さない。
「なんで僕と同じ見た目をしてるんだよ」
「……」
やはりそいつは何も言わない。
「なんか言えよ!」
僕の叫びが反響し、残響が耳に痛い。
なんなんだ。なんなんだこいつは。
僕は大声でまくし立てた。何を言っているのか自分でも訳が分からないままに。怒鳴り散らかした。
するとそいつが、少しだけ表情を変えた。
そいつは、まるで僕を憐れむかのような、そんな悲しい顔をしたのだ。
「なんなんだよその顔……。なんなんだよその顔は!」
僕はそいつに掴みかかった。そいつは何の抵抗もせず、ただ僕にされるままだった。僕は拳を突き上げた。こいつの顔面を、思いっきり殴ってやろうと思っていた。
けれど、何故か体は動かなかった。
そいつの目を見ていると、僕は何故か体が硬直したように動かなくなった。そいつは、ただひたすらに悲しそうな瞳をしていたのだ。そんな目を見ていると、僕は何もできなくなってしまった。
僕はそいつから離れ、後づさりをした。
気味が悪い。気持ちが悪い。
こいつは、こいつは一体何なんだ。
僕は思わず目を瞑った。そして次目を開いた瞬間、視界に飛び込んできたのは、見慣れた天井だった。
「……」
夢、だったんだ。
どうやら気が付かないうちに眠ってしまっていたようだ。シーリングライトの明かりがつけっぱなしになっている。
最近変な夢ばかり見ている気がする。冬なのにびっしょり寝汗をかいていた。僕は頭を抱え、横目で時間を確認した。まだ起きるには少し早い時間だった。
僕は脱力し、枕に頭を預けたが、しかしもう一度眠ろうとは思えなかった。又あいつが現れたらと思うと、眠ることが出来なかった
「なんなんだよ……」
綾川を殺すのだ。
あの女は僕に嘘を振りまいた。甘い蜜で僕を誘っておきながら、その実、陰で僕を馬鹿にしていたのだ。そんなこと許されるはずがない。許していいはずがない。誰もあいつを罰さないのであればこの僕が自ら手を下す。
だっておかしいじゃないか。僕は今までずっと虐げられてきたんだ。でも文句を言おうと不満を言おうと、我慢しろの一言で一蹴される。なんで僕だけ我慢しなきゃいけないんだ。なんで僕だけ。なんで僕だけが。
殺してやる。殺ししてやる。殺してやる殺してやる。
翌日の学校帰り、僕は綾川の後をつけた。綾川は学校を一人で出た。彼氏と一緒ではないようだ。
尾行のテクニックなど知っているはずもない僕は、綾川の姿を遠くに確認しながら歩みを進めた。しばらく歩いていると僕の家の近い住宅街の方に出た。
意外と家が近いのだろうか。
そんなことを思いながら尾行を続ける。
綾川はそのまま家に帰るのかと思いきや、学習塾の中に入っていった。僕は一瞬逡巡した後、家に帰ることにした。
そうして僕は綾川の尾行を続けた。その結果分かったことがいくつかある。綾川は放課後、毎週火曜日と水曜日に学習塾に行っている。それ以外の日は図書室で勉強し、彼氏と一緒に帰宅していた。彼氏と仲睦まじそうにしている姿を遠目から眺めるのはこの上のない屈辱だった。僕を選ばなかったことへの怒りや、本来僕のいるべき場所に立っている男への不満。そんなものが僕の下腹部の方に溜まっていった。
まるでピカソの絵のような光景だった。何もかもが奇天烈で、何もかもが狂っていた。
そんな二人を見た日、僕は決まって綾川のことを犯した。凌辱の限りを尽くし、尊厳も何もかも破壊した。男を縄で縛り、その前で綾川を犯す想像をした時なんて痛快だった。怒りや悔しさが入り混じった表情を見せるものの、しかし何もすることが出来ない無力感に苛まれる男。そうしてその前で自分の愛している女に欲望をぶつける優越感。真っ白な欲望の塊をティッシュに吐き出した時、僕はこれを綾川の口にツッコんでやりたくなった。
けれど。
その日、自涜を終えた僕の前に灰色の僕が現れた。そいつは何も言わず、何の表情を見せず、ただ僕の前にいる。僕の前に立っている。いてもたってもいられなくなった僕は叫んだ。
「お前は誰だ」
「……」
そいつは何も言わない。何も返さない。
「なんで僕と同じ見た目をしてるんだよ」
「……」
やはりそいつは何も言わない。
「なんか言えよ!」
僕の叫びが反響し、残響が耳に痛い。
なんなんだ。なんなんだこいつは。
僕は大声でまくし立てた。何を言っているのか自分でも訳が分からないままに。怒鳴り散らかした。
するとそいつが、少しだけ表情を変えた。
そいつは、まるで僕を憐れむかのような、そんな悲しい顔をしたのだ。
「なんなんだよその顔……。なんなんだよその顔は!」
僕はそいつに掴みかかった。そいつは何の抵抗もせず、ただ僕にされるままだった。僕は拳を突き上げた。こいつの顔面を、思いっきり殴ってやろうと思っていた。
けれど、何故か体は動かなかった。
そいつの目を見ていると、僕は何故か体が硬直したように動かなくなった。そいつは、ただひたすらに悲しそうな瞳をしていたのだ。そんな目を見ていると、僕は何もできなくなってしまった。
僕はそいつから離れ、後づさりをした。
気味が悪い。気持ちが悪い。
こいつは、こいつは一体何なんだ。
僕は思わず目を瞑った。そして次目を開いた瞬間、視界に飛び込んできたのは、見慣れた天井だった。
「……」
夢、だったんだ。
どうやら気が付かないうちに眠ってしまっていたようだ。シーリングライトの明かりがつけっぱなしになっている。
最近変な夢ばかり見ている気がする。冬なのにびっしょり寝汗をかいていた。僕は頭を抱え、横目で時間を確認した。まだ起きるには少し早い時間だった。
僕は脱力し、枕に頭を預けたが、しかしもう一度眠ろうとは思えなかった。又あいつが現れたらと思うと、眠ることが出来なかった
「なんなんだよ……」