第1話

文字数 1,470文字

 「きもーい」
 「近づくなって」
 「まじセクハラじゃない?」
 小学生時代、僕のことを執拗にからかってくる女子たちがいた。僕は彼女たちの名前を未だに憶えている。金木みゆ、飯塚かおり。この2人だ。
 その2人の僕へのからかいが始まったのは、席替えがきっかけだった。その席替えで、僕は金木みゆの隣の席になった。そして斜め前には飯塚かおり。金木は、僕が隣になったとわかった瞬間、顔を顰め「なんでこんな奴の隣なの?」と不満を垂れた。
 「ほんとやなんだけど」
 「みゆちゃん可哀想」
 「まじ最悪」
 2人は歪んだ顔で僕を見ながら、僕の悪口を言い合った。その表情は、嫌悪感の一色に染まっていた。僕は「ははは、ごめんね」と作りたくもない笑顔を取り繕って、言いたくもない謝罪の言葉を口にした。
 それからの2人の僕への態度は酷いものだった。例えば授業中、自分の机に広げた教科書が、少しでも金子の机に入ると、金子は血相を変え、それを嫌がった。「まじできもいんだけど」金木はその都度机を離しながら、嫌悪感に満ちた視線で僕を射抜いた。また、昼休憩、机を合わせて給食を食べている時、僕が隣の男子と話していると、2人は僕にだけ「うるさいんだけど」と注意をした。僕が何か言葉を発す度に、2人は嫌そうな顔し、そして僕を咎めた。「うるさい」「だまって」「気持ち悪い」そんな言葉を投げかけられるうちに、僕は昼休憩のみならず、授業中に先生にあてられた時以外、2人の前で話すことをやめた。2人は、僕を害虫か何かだと思っていたのか、僕が近付くだけで過剰に嫌がったし、誤ってぶつかってしまった時は最悪だった。2人は決まって、僕とぶつかると服に汚れが付いたかのように体が当たった個所をハンカチやティッシュで拭いた。
 そんな日々を過ごして、僕の不満がたまらないわけがない。けれどそんなフラストレーションの履け口がどこにもないまま、鬱屈とした日々を重ねていった。
 そして、次の席替えが来た。僕は心底嬉しかった。耐え難いこの日々から、やっと抜け出すことが出来る。そう思った。晴れやかな気持ちで学校に行くと、先生が早速朝会で席替えを行った。すると金木は「やっとこいつから離れられる」と、清々しそうに伸びをした。
 その時、貯まりに貯まっていた黒々とした感情のすべてが、堰き止めていたもののすべてが、溢れ出た。
 「うるせえよ!!」
 僕は大声で怒鳴った。ぽかんと口を開く金木。何が起こったのか分からず動揺する飯塚。
 「俺だってお前の隣になんていたくなかったよ。俺だってお前の隣から離れられて清々するわ!!」
 当然の反応をしたつもりだった。これくらいの暴言、2人にとっては当然の報いだと思っていた。けれど、放課後、先生は僕だけを呼び出した。悪者は、僕だった。
 金木は泣いていた。クラスの女子たちは金木を慰め、僕に罵詈雑言を浴びせた。「ひどい」「サイテー」「なんなのあいつ」女子たちは金木の味方だった。男子たちはおろおろと状況を静観するのみで、僕の味方に付いてくれる人はいなかった。女子を泣かせたというその一点のみで、僕の印象は地に落ちたのだ。けれど、泣きたいのは僕の方だった。
 放課後、僕は先生に状況を説明した。ちゃんと説明すれば分かってくれる人もいる。そんな望みを、僕はまだ捨てていなかった。けれど先生すら、僕の味方ではなかった。
 怒りさえしなかったが、先生は僕に「我慢してあげて」と言った。
 我慢?我慢ってなんだよ……。
 僕はただひたすらにやるせなかった。悔しくて握りしめた拳をどうすることもできなかった。
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