21 真実
文字数 5,224文字
「私はね、もう人間が何だかわからないの。というか、もう私は人間じゃなくなってるんだと思う」
リアムは引きつった笑みを浮かべながら言う。
「カイルはあの時、後ろを向いてたから見てなかった。私はね、あの時、真理を見たの」
「真理?」
「ハルト君は、魔術を工夫している時、偶然そこに達しちゃったんだと思う。あれを見たのは私だけじゃなくて、他にも何人かいたと思う」
「だったら、どうしてそいつらは助からなかったんだ?」
防壁の強度が足りなかったのだろうか?
シルバーバレットに匹敵するカイルの炎だから防壁に足りたというのなら他の生徒は力不足だったのだろうか? しかしそれなら、ミーシャは?
「あの時の一瞬で爆発したのって、ハルト君だけじゃないの。カイル以外の全員」
「何を言ってるんだ?」
「もちろんカイルみたいに、運よく真理を見ずに済んだ人が他にもいたかもしれないけど、私が知る限り、自爆しなかったのはカイルだけ」
運よく、ってどういうことだ。逆じゃないのか?
「嘘だろ。確かに子どもは爆発しやすいけれど、あの年齢だし、全員そろって同時になんてありえないだろ」
「だからカイルはわかってないの! 真理を見るってそういう事なの! 真理を見たから死んだの。きっと爆死する赤ん坊とかも、何かのきっかけで真理に届いちゃったのよ」
「そう、なのか?」
「真理を見たけど、私も本当の意味が分かったのは数日ぐらい経ってからだった……」
リアムは怯えるように体を震わせる。
「さっきも言ったけど、人間の中には炎があって、でもそれは人間の体の中に押し込めておけるような物じゃないの。だから、一度、本当の魔術の仕組みを見ると、その時点で体が炎に変化してしまう。そして炎の状態では脳もなくなるからコントロールできなくて、それで爆発して消えちゃうの」
「……」
何を言っているのか全く理解できなかった。
だが、真理を見る方法をリアムが他人に教えなかった理由は理解できた。
あまりにも危険すぎる。悪用されるとか以前に、実演した瞬間に相手が死ぬのだ。見せれるわけがない。
リアムはカイルに抱き着いてくる。
その体はガタガタ震えてた。
寒さではない。トゥルーフレアを凍えさせる寒さなどない。あるとしたらそれは恐怖だ。
どれほど強い力を得ても、自分がそれを制御できない可能性を恐れずにいることなどできない。
「私は怖かった。自分が自分じゃなくなりそうで……。カイルが私を抱きしめてくれていなかったら、あのまま私も炎になって死んでいたと思う」
「そうか……お互いに、お互いの命を救っていたんだな」
よくわからないが、そうまとめるのが正しいのだろう。カイルはそう思った。
しかしリアムは首を振る。
「あのねカイル。私の話を、勝手に終わらせようとしないで。最後まで聞いて」
「え? まだ続きがあるのか?」
今の話もそれなりに衝撃的だった。他に何があるというのだ。
「うん。ここから先は、絶対気づかれないようにしてたから。だから覚悟を決めてね」
「あ、ああ……」
カイルが絶対に気づかないという事は、真理に関する何かだろう。
「あの時から、私は人間がなんだかわからなくなったの」
「わからない?」
「人間が、人間じゃなくて炎の塊に見えるようになって……」
「え? そうなのか? おまえの視界、どうなってるんだ?」
「どうもなってないよ。目の前にあるのが人の形をした人間っぽい物として見えているし。特徴とか声とかで、どうにか見分けはつくんだけど」
「それは、人間とリアルな人形の区別がつかないって事か? それ普通のことじゃないか?」
人形のリアルさ次第では、そんなのカイルだって自信がない。
だがリアムは首を振る。
「ううん。それはないよ。だって人形は燃えてないから。むしろどんなにリアルでも絶対間違えない」
「ならいいじゃないか……」
「ただ、ゾンビは……ちょっと」
「ゾンビ?」
人間とゾンビこそ絶対に間違わないと思うのだが……
「人間の中の炎って、ゾンビの肉片とかでも、中に似たようなのが燃えてるの。はっきり言うとね、私、もう人間とゾンビの区別がついてないの」
「それはヤバくないか?」
それは、ゾンビと戦うことが求められるトゥルーフレアにとって最悪では?
「普段は人間っぽい言葉と動きでなんとなく見分けてるけど、混戦状態になったら、絶対誤射しちゃうと思う。だからうかつに前線に出れないし……」
「それは、ちょっとまずいな」
トゥルーフレアでいる以上、戦線から逃げることはできない。しかもリアムは魔力量が少なくてガス欠が早いという欠点まであるから、単独突破にも使えない。
意外なところで苦労しているんだな、というのがカイルの感想だった。
「っていうか、俺の事はどう見えてるんだ?」
「うん、それなんだけどね……ちょっとカイルは特別で……」
急にリアムはもじもじし始める。
「カイルの炎って、すごい綺麗だよね」
「そう、なのか?」
リアムにしか見えていない物の話をされても判断できない。
「その、カイルは……私たちが身分違いになったから、最終的には別々の人生を歩むって思ってるみたいなんだけど、私が炎を取っちゃったせいなのかな? なんかカイルの炎がどこにあるかだけは、いつでもはっきりわかるの」
「そうなのか……」
完全に意味不明だが、辻褄はあっている。
「だからね、カイルがどこか遠くに行っちゃうのは嫌だし、カイルが酷い目に合ったりするのも嫌。できればずっと近くにいたいの……」
リアムが抱き着いて来る。カイルはその背中を軽く叩く。
「よしよし。わかった、俺が悪かったよ」
「本当にわかったの?」
「ああ……」
カイルは一度深呼吸をした。正面からリアムを見る。少し覚悟がいる発言だ。
「リアム。俺は、もう階級が違うなんて湿っぽい事は言わない。リアムが望む限り、俺ができる限り、ずっと一緒にいてやる。だから一緒に下まで降りよう」
それを聞いたリアムは顔を輝かせる。
「いいの? カイルは本当にそれでいいの?」
「良くないわけがあるか。俺は、俺は昔からずっとおまえが好きだった。むしろ俺の方からお願いしたいぐらいで……」
「ふざけないで! 今そんな話してないって言ってるでしょ!」
リアムは真剣に怒っていた。これはちょっと傷つく。
「……ふざけてない。本心だよ」
カイルが言うと、リアムもさほど怒っていたわけではないのか、深いため息をつく。
「あのね、告白は嬉しいし、私はもちろんオッケーだよ? なんなら塔を降りたらすぐに結婚式でもいいよ? カイルがどうしてもって言うなら、いっそ、今からここで初めてでもいいよ?」
「いや、最後のはちょっと……」
カイルは隅の方に転がる物言わぬミイラを視界から外しつつ言った。
他にもダメな理由が十個ぐらいは思いつく。
「でもね、今は違うでしょ? カイルは何しにここまで来たの?」
「それは……」
確かにそうだった。
カイルがここまで来たのは、カイル自身が塔の上が見たかったからだ。リアムは関係ない。
「……本当にこのまま降りていいの? 今降りたら、二度と塔の上に行けなくなると思うよ」
「仕方ないだろ。塔の上にはいけないようになってるんだ。この先に進んでも凍死する」
ここまで来た後、登り始めた事をどれだけ後悔しただろう。
今となっては、生きて降りれるだけでも儲け物とすら思えてくる。
登り始めたころは、塔に対して絶望しか感じていなかった。
けれど。誤解だった。
バルカムに救いはないかもしれないが、少なくともカイルには救いはある。
自暴自棄になって塔を登る必要なんてない。
だがリアムの意見は違うようだ。
「カイルって本当にバカみたい。なんでそんな簡単な事がわからないの? アインドラ様の話全然聞いてなかったでしょ」
「だから、誰だよ、そのアインドラって……」
数秒の致命的な沈黙。
「……は? 何で知らないの?」
リアムはカイルがそれを知らないのをありえないと思っているようだ。
「知らないんだが……トゥルーフレアの誰か?」
「いや、違うでしょ」
「ん?」
「あーもう……、やっぱり交信できてないじゃん、ヴィレイアン様のバーカ」
リアムが何を言っているのか全く理解できない。まるで最近ヴィレイアン本人と会話をしたかのようだ。
千年前の人間とどうやって会話したのか。
しかもカイルがここにいるのはヴィレイアンも無関係でないかのような言い方をする。
意味がわからない。
「じゃあいいよ! 今から私が全部説明するから! あのね、カイルには見えてないかもしれないけど。塔のこの辺りは冷却装置が働いているの」
むしろリアムの目には何が見えているのか。
「冷却装置ってあの天板が熱くなるやつか? でも塔の外側を冷たくしたら、その熱は……」
この辺りがやたら寒い理由は説明がつくが、排熱はどこに行くのか。
カイルはふと気づく。
「あれ? この壁の向こうってもしかして、あの熱湯を作ってるところか?」
「そうだよ。たぶん、あれはお湯を作ってるんじゃなくて、排熱を捨てるために流してるの。たまたま下で再利用してるだけで……」
「そっか。あれはそんな意味が……」
無駄にも思えるが、警備システムの維持コストと考えると、仕方ないのか。
「でも、どっちにしろ、この寒さじゃ、上には進めないだろ? いや、火炎魔術があれば、この寒さは突破できるのか? オルドロスさんも上まで行ったのかな?」
聞いても絶対認めないだろうが、そういうことなのだろう。
そして、何もできずに戻って来た。
リアムも頷く。
「よくわからないけど、ネクロマンサーじゃないと上に行ってもやる事がないんだと思う」
ネクロマンサー。
その単語はなんどか聞いた覚えがある。デュアトスも言っていた。
「つまり俺の事か」
カイルが塔の頂上にたどり着けば、何かが変わるというのか。
「ただし、ネクロマンサーになるためには、火炎系魔術を捨てなければならない」
リアムが付け加える。
「そうなのか?」
実際、カイルが火炎魔術を失ったのと、ネクロマンサーになったのは同時だったが。
因果関係がよくわからない。
「私もアインドラ様からそう言われただけだから……。多分、カイルは真理の裏側を見てるはずだから、むしろ、ここはカイルが私に説明する所なんだけど……」
「いや、真理に表とか裏とかあるのか?」
全然意味が解らないのでリアムの言う事を信じるしかない。
しかし、それは絶望的な条件設定だった。
ネクロマンサーでなければ登っても無意味
ネクロマンサーになるためには火炎魔術を捨てるしかない
火炎魔術がないと凍死する
「こんなのダメだろ。矛盾してるじゃないか」
「そう、一人じゃ絶対に登れないの」
「そうだな登れない。最初から俺もそう言ってるだろ?」
「だ、か、ら! 一人で来るネクロマンサーは、追い返すの。上まで行きたかったらトゥルーフレアを連れてこないとダメ。っていうか、本当はそれができる強度の火炎系魔術が使えるのが、トゥルーフレアの認定条件になってるの」
「いや、だから、俺じゃあ無理で……え?」
カイルはようやく理解した。そして見る。
目の前にいる、トゥルーフレアの力を持つ魔術師の少女を、まじまじと見つめる。
「は? ……はぁっ!? なんだそれ!」
一人なら無理だが二人なら登れる。
あまりにも単純すぎてバカバカしい答えだった。
「どうする、カイル? 運がいい事に、カイルの目の前には協力的なトゥルーフレアがいると思うんだけど?」
もちろんリアム自身の事だ。
ここまでお膳立てされて、否と言える者などいない。
カイルは答えがわかり切った問いを放つ。
「リアム。俺と一緒に来てくれるか?」
「カイルの隣なら、どこでも行くよ」
決まった。
塔の上を、目指すしかない。
カイルは、隅の方に転がっている二人分のミイラを見た。
これは過去に生まれたネクロマンサーで確定だ。火炎系ならこんな所で死なずに下に降りれる。
同時に二人のネクロマンサーが生まれたのでもない限り、死んだ時期も違うだろう。
「なんか、この仕様、ぼっちに辛くないか?」
「そういう人は、塔を登る必要ないんじゃないかな。実際、塔は登らずに適当な人生を送ってた人、結構いるみたいな事も言ってたし」
「そっか……。もしかして、俺って損な性格なのか?」
カイルの言葉にリアムは呆れたようなめ息をつく。
「……今更気づいたの?」
「うん……」
リアムはとっくに気づいていた、というのが地味にショックだった。
リアムは引きつった笑みを浮かべながら言う。
「カイルはあの時、後ろを向いてたから見てなかった。私はね、あの時、真理を見たの」
「真理?」
「ハルト君は、魔術を工夫している時、偶然そこに達しちゃったんだと思う。あれを見たのは私だけじゃなくて、他にも何人かいたと思う」
「だったら、どうしてそいつらは助からなかったんだ?」
防壁の強度が足りなかったのだろうか?
シルバーバレットに匹敵するカイルの炎だから防壁に足りたというのなら他の生徒は力不足だったのだろうか? しかしそれなら、ミーシャは?
「あの時の一瞬で爆発したのって、ハルト君だけじゃないの。カイル以外の全員」
「何を言ってるんだ?」
「もちろんカイルみたいに、運よく真理を見ずに済んだ人が他にもいたかもしれないけど、私が知る限り、自爆しなかったのはカイルだけ」
運よく、ってどういうことだ。逆じゃないのか?
「嘘だろ。確かに子どもは爆発しやすいけれど、あの年齢だし、全員そろって同時になんてありえないだろ」
「だからカイルはわかってないの! 真理を見るってそういう事なの! 真理を見たから死んだの。きっと爆死する赤ん坊とかも、何かのきっかけで真理に届いちゃったのよ」
「そう、なのか?」
「真理を見たけど、私も本当の意味が分かったのは数日ぐらい経ってからだった……」
リアムは怯えるように体を震わせる。
「さっきも言ったけど、人間の中には炎があって、でもそれは人間の体の中に押し込めておけるような物じゃないの。だから、一度、本当の魔術の仕組みを見ると、その時点で体が炎に変化してしまう。そして炎の状態では脳もなくなるからコントロールできなくて、それで爆発して消えちゃうの」
「……」
何を言っているのか全く理解できなかった。
だが、真理を見る方法をリアムが他人に教えなかった理由は理解できた。
あまりにも危険すぎる。悪用されるとか以前に、実演した瞬間に相手が死ぬのだ。見せれるわけがない。
リアムはカイルに抱き着いてくる。
その体はガタガタ震えてた。
寒さではない。トゥルーフレアを凍えさせる寒さなどない。あるとしたらそれは恐怖だ。
どれほど強い力を得ても、自分がそれを制御できない可能性を恐れずにいることなどできない。
「私は怖かった。自分が自分じゃなくなりそうで……。カイルが私を抱きしめてくれていなかったら、あのまま私も炎になって死んでいたと思う」
「そうか……お互いに、お互いの命を救っていたんだな」
よくわからないが、そうまとめるのが正しいのだろう。カイルはそう思った。
しかしリアムは首を振る。
「あのねカイル。私の話を、勝手に終わらせようとしないで。最後まで聞いて」
「え? まだ続きがあるのか?」
今の話もそれなりに衝撃的だった。他に何があるというのだ。
「うん。ここから先は、絶対気づかれないようにしてたから。だから覚悟を決めてね」
「あ、ああ……」
カイルが絶対に気づかないという事は、真理に関する何かだろう。
「あの時から、私は人間がなんだかわからなくなったの」
「わからない?」
「人間が、人間じゃなくて炎の塊に見えるようになって……」
「え? そうなのか? おまえの視界、どうなってるんだ?」
「どうもなってないよ。目の前にあるのが人の形をした人間っぽい物として見えているし。特徴とか声とかで、どうにか見分けはつくんだけど」
「それは、人間とリアルな人形の区別がつかないって事か? それ普通のことじゃないか?」
人形のリアルさ次第では、そんなのカイルだって自信がない。
だがリアムは首を振る。
「ううん。それはないよ。だって人形は燃えてないから。むしろどんなにリアルでも絶対間違えない」
「ならいいじゃないか……」
「ただ、ゾンビは……ちょっと」
「ゾンビ?」
人間とゾンビこそ絶対に間違わないと思うのだが……
「人間の中の炎って、ゾンビの肉片とかでも、中に似たようなのが燃えてるの。はっきり言うとね、私、もう人間とゾンビの区別がついてないの」
「それはヤバくないか?」
それは、ゾンビと戦うことが求められるトゥルーフレアにとって最悪では?
「普段は人間っぽい言葉と動きでなんとなく見分けてるけど、混戦状態になったら、絶対誤射しちゃうと思う。だからうかつに前線に出れないし……」
「それは、ちょっとまずいな」
トゥルーフレアでいる以上、戦線から逃げることはできない。しかもリアムは魔力量が少なくてガス欠が早いという欠点まであるから、単独突破にも使えない。
意外なところで苦労しているんだな、というのがカイルの感想だった。
「っていうか、俺の事はどう見えてるんだ?」
「うん、それなんだけどね……ちょっとカイルは特別で……」
急にリアムはもじもじし始める。
「カイルの炎って、すごい綺麗だよね」
「そう、なのか?」
リアムにしか見えていない物の話をされても判断できない。
「その、カイルは……私たちが身分違いになったから、最終的には別々の人生を歩むって思ってるみたいなんだけど、私が炎を取っちゃったせいなのかな? なんかカイルの炎がどこにあるかだけは、いつでもはっきりわかるの」
「そうなのか……」
完全に意味不明だが、辻褄はあっている。
「だからね、カイルがどこか遠くに行っちゃうのは嫌だし、カイルが酷い目に合ったりするのも嫌。できればずっと近くにいたいの……」
リアムが抱き着いて来る。カイルはその背中を軽く叩く。
「よしよし。わかった、俺が悪かったよ」
「本当にわかったの?」
「ああ……」
カイルは一度深呼吸をした。正面からリアムを見る。少し覚悟がいる発言だ。
「リアム。俺は、もう階級が違うなんて湿っぽい事は言わない。リアムが望む限り、俺ができる限り、ずっと一緒にいてやる。だから一緒に下まで降りよう」
それを聞いたリアムは顔を輝かせる。
「いいの? カイルは本当にそれでいいの?」
「良くないわけがあるか。俺は、俺は昔からずっとおまえが好きだった。むしろ俺の方からお願いしたいぐらいで……」
「ふざけないで! 今そんな話してないって言ってるでしょ!」
リアムは真剣に怒っていた。これはちょっと傷つく。
「……ふざけてない。本心だよ」
カイルが言うと、リアムもさほど怒っていたわけではないのか、深いため息をつく。
「あのね、告白は嬉しいし、私はもちろんオッケーだよ? なんなら塔を降りたらすぐに結婚式でもいいよ? カイルがどうしてもって言うなら、いっそ、今からここで初めてでもいいよ?」
「いや、最後のはちょっと……」
カイルは隅の方に転がる物言わぬミイラを視界から外しつつ言った。
他にもダメな理由が十個ぐらいは思いつく。
「でもね、今は違うでしょ? カイルは何しにここまで来たの?」
「それは……」
確かにそうだった。
カイルがここまで来たのは、カイル自身が塔の上が見たかったからだ。リアムは関係ない。
「……本当にこのまま降りていいの? 今降りたら、二度と塔の上に行けなくなると思うよ」
「仕方ないだろ。塔の上にはいけないようになってるんだ。この先に進んでも凍死する」
ここまで来た後、登り始めた事をどれだけ後悔しただろう。
今となっては、生きて降りれるだけでも儲け物とすら思えてくる。
登り始めたころは、塔に対して絶望しか感じていなかった。
けれど。誤解だった。
バルカムに救いはないかもしれないが、少なくともカイルには救いはある。
自暴自棄になって塔を登る必要なんてない。
だがリアムの意見は違うようだ。
「カイルって本当にバカみたい。なんでそんな簡単な事がわからないの? アインドラ様の話全然聞いてなかったでしょ」
「だから、誰だよ、そのアインドラって……」
数秒の致命的な沈黙。
「……は? 何で知らないの?」
リアムはカイルがそれを知らないのをありえないと思っているようだ。
「知らないんだが……トゥルーフレアの誰か?」
「いや、違うでしょ」
「ん?」
「あーもう……、やっぱり交信できてないじゃん、ヴィレイアン様のバーカ」
リアムが何を言っているのか全く理解できない。まるで最近ヴィレイアン本人と会話をしたかのようだ。
千年前の人間とどうやって会話したのか。
しかもカイルがここにいるのはヴィレイアンも無関係でないかのような言い方をする。
意味がわからない。
「じゃあいいよ! 今から私が全部説明するから! あのね、カイルには見えてないかもしれないけど。塔のこの辺りは冷却装置が働いているの」
むしろリアムの目には何が見えているのか。
「冷却装置ってあの天板が熱くなるやつか? でも塔の外側を冷たくしたら、その熱は……」
この辺りがやたら寒い理由は説明がつくが、排熱はどこに行くのか。
カイルはふと気づく。
「あれ? この壁の向こうってもしかして、あの熱湯を作ってるところか?」
「そうだよ。たぶん、あれはお湯を作ってるんじゃなくて、排熱を捨てるために流してるの。たまたま下で再利用してるだけで……」
「そっか。あれはそんな意味が……」
無駄にも思えるが、警備システムの維持コストと考えると、仕方ないのか。
「でも、どっちにしろ、この寒さじゃ、上には進めないだろ? いや、火炎魔術があれば、この寒さは突破できるのか? オルドロスさんも上まで行ったのかな?」
聞いても絶対認めないだろうが、そういうことなのだろう。
そして、何もできずに戻って来た。
リアムも頷く。
「よくわからないけど、ネクロマンサーじゃないと上に行ってもやる事がないんだと思う」
ネクロマンサー。
その単語はなんどか聞いた覚えがある。デュアトスも言っていた。
「つまり俺の事か」
カイルが塔の頂上にたどり着けば、何かが変わるというのか。
「ただし、ネクロマンサーになるためには、火炎系魔術を捨てなければならない」
リアムが付け加える。
「そうなのか?」
実際、カイルが火炎魔術を失ったのと、ネクロマンサーになったのは同時だったが。
因果関係がよくわからない。
「私もアインドラ様からそう言われただけだから……。多分、カイルは真理の裏側を見てるはずだから、むしろ、ここはカイルが私に説明する所なんだけど……」
「いや、真理に表とか裏とかあるのか?」
全然意味が解らないのでリアムの言う事を信じるしかない。
しかし、それは絶望的な条件設定だった。
ネクロマンサーでなければ登っても無意味
ネクロマンサーになるためには火炎魔術を捨てるしかない
火炎魔術がないと凍死する
「こんなのダメだろ。矛盾してるじゃないか」
「そう、一人じゃ絶対に登れないの」
「そうだな登れない。最初から俺もそう言ってるだろ?」
「だ、か、ら! 一人で来るネクロマンサーは、追い返すの。上まで行きたかったらトゥルーフレアを連れてこないとダメ。っていうか、本当はそれができる強度の火炎系魔術が使えるのが、トゥルーフレアの認定条件になってるの」
「いや、だから、俺じゃあ無理で……え?」
カイルはようやく理解した。そして見る。
目の前にいる、トゥルーフレアの力を持つ魔術師の少女を、まじまじと見つめる。
「は? ……はぁっ!? なんだそれ!」
一人なら無理だが二人なら登れる。
あまりにも単純すぎてバカバカしい答えだった。
「どうする、カイル? 運がいい事に、カイルの目の前には協力的なトゥルーフレアがいると思うんだけど?」
もちろんリアム自身の事だ。
ここまでお膳立てされて、否と言える者などいない。
カイルは答えがわかり切った問いを放つ。
「リアム。俺と一緒に来てくれるか?」
「カイルの隣なら、どこでも行くよ」
決まった。
塔の上を、目指すしかない。
カイルは、隅の方に転がっている二人分のミイラを見た。
これは過去に生まれたネクロマンサーで確定だ。火炎系ならこんな所で死なずに下に降りれる。
同時に二人のネクロマンサーが生まれたのでもない限り、死んだ時期も違うだろう。
「なんか、この仕様、ぼっちに辛くないか?」
「そういう人は、塔を登る必要ないんじゃないかな。実際、塔は登らずに適当な人生を送ってた人、結構いるみたいな事も言ってたし」
「そっか……。もしかして、俺って損な性格なのか?」
カイルの言葉にリアムは呆れたようなめ息をつく。
「……今更気づいたの?」
「うん……」
リアムはとっくに気づいていた、というのが地味にショックだった。