13 罠

文字数 2,847文字

 カイルが提案したのは、上層と下層の行き来を活発にする事だった。
 結局のところ、トゥルーフレアだろうがバルカムだろうが、少なくとも同じ人間だ。カイルはそれを知っているから、絶望していない。
 だが、多くのバルカムたちはそれを知らない。狭い世界で生きることを強いられている。だから絶望してしまうのではないか。

「はいそこ、どいたどいた!」
 下層の奉納部屋に乗り込んだメリレイアは、団結とか書かれた垂れ幕を二秒で灰にした。
 トゥルーフレアの火力に逆らえるバルカムなどいない。
「ちょっ、トゥルーフレア様ですか? こんな下層で何を……」
 怯えながらも話しかけて来たレドヒルにメリレイアはつめよる。
「そこのあんた、ここの責任者よね? 何もたもたしてるの?」
「えっ、どうしろと?」
「どうもこうもない! 今から魔力奉納を始めるわ。集められるだけの人を集めてきなさい!」
「はっ、はいいい!」
 少し離れた所から見ていたカイルとリアムはかける言葉も思い当たらず、ただそれを見つめる。
「いいのか、あれ……余計に反感買わないかな?」
「あれぐらいなら、まだ……うーん」

 やや不安要素はあったものの、一時間ほどでそれなりの人数が集まった。
 リアムやメリレイアも参加して、魔力奉納が始まる。
 魔力奉納それ自体はごく普通に進んだ。
 下層では奉納する魔力量が抑えめなので、リアムも倒れたりしない。

 終わった頃にアイアンテック階級の職員が荷物を運んでくる。
 ネクタルのドリンクサーバーだ。
「魔力枯渇を防止する効果があるわ。終わった後にこれを飲むと飲まないとじゃ、全然違うわよ」
 メリレイアが紹介すると、バルカムたちは、なるほどと感心している。

 トゥルーフレアが下層に出入りする理由をつくるために考えられたのが、バルカムの意識向上やネクタルの配布を上位階級が行うという物だ。
 最初の改革ポイントは、魔力奉納だ。
 とにかく魔力奉納を復活させないと、深刻な問題が発生するらしい。

 メリレイアの話を聞いていたアバックが首をかしげる。
「この機械って、どうやってネクタルを冷やしてるの?」
「もちろん魔術よ。冷却魔術で冷やしているのよ」
 メリレイアはどや顔で答える。
「でも、火炎系の魔術を入力してたみたいだけど」
「えっ? それは……あ、熱くすると逆に冷えるのよ!」
 メリレイアの笑顔が引きつった。
「それは熱の移動を使ってるのよ」
 リアムが呆れたように助け船を出す。
「この装置は中のネクタルから熱を奪って、天板に移動しているの。熱の移動は火炎系からの派生だから火炎魔術でも物を冷やせるのよ。だからネクタルを冷やせば冷やすほど、天板が熱くなるし、むしろ総量では熱が増えていると思うわ」
「へぇ、そうなんだ……よく知ってるね」
 アバックは驚いたような顔でリアムの方を見る。
 メリレイアも首をかしげる。
「そんなの、どこで習ったの? 機材もなしに火炎魔術だけで実行できるわけじゃないのに」
「いや、見ればわかるし。っていうか、私はできるけど?」
「できる? 前から思ってたけど、あんた、たまに私らと違う物が見えてない?」
「……たまに?」
 なんだか二人は妙な会話をしている。
「おい、もう中身無くなってるぞ」
 デュアトスが大声で叫ぶ。
 いつからいたのだろう、とカイルは思う。というか、サヴォタージュの主催が平然とこれを飲んでいいのだろうか? それとも、これこそサヴォタージュの終了を意味するのか。
「あー、補充ならここにありますがね。ちょっとお待ちを……」
 レドヒルがにやにや変な笑みを浮かべながらタンクを持ってきて、入れ替えた。
 デュアトスはそこから出てきたネクタルをコップに入れると、メリレイアに差し出す。
「レディー、お先にどうぞ」
「必要ないわよ? 私たちトゥルーフレアの魔力量をなんだと思ってるの?」
「今回の主催はあんただろ? むしろ、あんたが最初に飲むべきだと思うぜ?」
 トゥルーフレア相手に随分な言葉遣いだな、とカイルは思った。恐れを知らないとはこのことか。
 それでもメリレイアは笑顔で受け取ると飲む。
「ほら、あんたも」
 デュアトスはリアムにも同じことをする。
 リアムは差し出されたネクタル入りのコップを受け取り、一気に飲み干して……そのコップを床に落とした。
「え? リアム? どうした?」
「あっ、あっ、あっ……」
 カイルが駆け寄るが、何か様子がおかしい。
 リアムは体をガクガク震わせながら、その場にへたり込んでしまう。顔は真っ青で、息も絶え絶えだ。
「ちょっと、どうしたの? まさかあんた、また倒れ……ヘボュ? オボエエエッ?」
 メリレイアの方は、顔色を変えないまま、体を折って盛大に嘔吐した。
 床に広がる吐しゃ物を見ても、それが自分の物だと理解できないのか呆然としている。
「何? 今の……うっ?」
 時間差で吐き気を自覚したのか、口を押えてどこかに行こうとして、壁際でうずくまった。
「ちょっ、大丈夫ですか? トイレ? トイレは向こうに……」
 アバックが慌てて介抱しようとしているが、メリレイアはその手を振り払い、その場でまた吐いた。

 二人とも急に体調が悪くなった。これは、毒か?
 今飲んだネクタルに、何か入っていたとしか思えない。
 だとしたら、一番怪しいのは、やや強引に飲むよう勧めてきたデュアトスだ。そのデュアトスは二人の急変を見ても、驚くどころか笑っていた。
「ひっひっひ……。バカみてぇ。俺は最初から言ってたんだぜ。これは革命なんだよ」
 これは自白。いや、もはや勝利宣言だ。

 カイルの見ていた限りでは、デュアトスが手元で毒を仕込んだ様子はなかった。
 だとしたら、補充を持ってきたレドヒルも怪しい。
「まさか……おまえら、組んでたのか?」
「バレたか。そうだよ。あれは全部演技だったんだ。実は俺もおまえらの言うバルバル組ってやつでな」
 レドヒルは皮肉気に笑う。
 カイルも、他のバルカムたちも、どうするべきなのかわからず困惑している。
 カイルの知る限り、ここまで明確な形でトゥルーフレアに反旗を翻したのは、バルカム史上初めての事かもしれない。誰も理解が追いついてない。
 アバックが怯えながら聞く。
「あ、あの……結局、革命って何だったんですか?」
「おいおい、今更そんな事聞いちゃうのか? ま、教えてやるよ。……おまえらフランス革命って知ってるか? 知らないよな? なんか大昔にそういうのがあってさ……貴族? 今で言うトゥルーフレアみたいなやつが、大勢ぶっ殺されたって話だぜ」
 そしてデュアトスは高笑いする。

 バルバル組。
 それは数世代にわたってバルカムに居ついた血族の総称、というか蔑称だ。
 永遠の底辺を約束された存在。
 革命を求める者がいるとしたら、そういう者たちだろう。
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