11 魔力奉納

文字数 4,259文字

 カイルとリアムはいくつものエレベーターを乗りついで、指定された場所までやって来た。
 そこは広場のような場所になっていた。
 呼び出されたトゥルーフレアはリアムだけではないらしい。
 腕に青い腕章をつけた老若男女が数十人、広場のあちこちにたむろしていて、まだまだ集まってくる。
「ここ、いつも俺が魔力奉納をしている場所の真上だな」
「そうなの?」
 カイルは独自の方向感覚があるので、そう言うことがわかる。
 あの部屋は、ちょうど八百メートル下だ。より正確に言うと、水平方向に三十メートルぐらいずれている。
 真上だとしたらあの辺りだな、と視線を向けると、そこには頑丈そうな大扉があった。あの扉の向こうには何があるのだろうか?
 たぶん、時間が来たら扉が開いてわかるはずだ。

「あら? あなたまでここに来てたるの? こんな下の方の魔力奉納で会うなんて、よほど縁があるのかしら……」
 声をかけられた。メリレイアだった。暇なトゥルーフレアが招集されているなら、メリレイアも条件はリアムと同じだ。
「リアムはわかるとしても、バルカムのあなたがどうしてここにいるのかしら?」
「付き添いです」
 カイルはできるだけそっけなく答えたが、メリレイアは怪しむような視線を向けてくる。
「二人はどういう関係なのかしら?」
「ただの幼馴染です」
「違うし。カイルは私の恋人だから!」
 リアムは叫ぶなり、カイルの腕に抱き着いてきた。メリレイアに見せつけるように胸を摺り寄せてくる。
「おいおい……」
「まあっ! なんですって!」
 メリレイアは、やたらオーバーなアクションで驚いて見せる。
「トゥルーフレアとバルカムが恋人になるだなんて! そんな事が許されるとでも思っているの?」
「逆になんで許されないと思うの?」
「ふむ、その通りね。許されない理由など何一つないわ」
 メリレイアは冷静に答える。
 なんだこの茶番。
「あげないからね……」
「別に取らないから。……まあ、いいんだけど」
 メリレイアは苦笑しつつ、ふと思い出したように言う。
「そうだ。機会があったら聞こうと思ってたんだけど……もしかして、あの時私を助けてくれたガイコツって……」
「それより下の方の魔力奉納って、どいう意味? ここより上があるの?」
 リアムがメリレイアの言葉を遮って聞く。メリレイアは少しむっとしたようだが、教えてくれる。
「私は、塔の最上階で魔力奉納をしたことがあるわ」
「最上階なんてあるんですか?」
「そんな改まった言葉使いはいらないわ。あなたの方が年上だろうし」
「いいんですか……いや、ええと、いいのか?」
「その方が似合ってるわよ。それで、もちろん塔に最上階があるのは当たり前でしょ。二階建ての建物にだって最上階はあるわ」
「それは……そうだろうけど。最上階って何階なんだ?」
「九百九十五階よ」
 随分と大きな数が出た。そんな階数が存在するなど、カイルは想像したこともなかった。
 カイルはリアムの方を見る。
「行ったことある?」
「ないよ……。五百階より上は、ちょっと雰囲気が違うから。用もないのに入ったりできないの」
 五百階と言えば、塔を三角フラスコに見立てた時、三角の終わるあたりの高さだ。
 そこから上は、直径百メートルぐらいの円筒状になっているらしい。上に何があるのかはよくわからない。
「あの辺りは特殊だから。私だって好きな時に行けるわけじゃないわ」
 そう言いながらも、メリレイアは得意げに胸を張って見せる。リアムはぐぬぬと悔しがる。
 カイルは微妙な居心地の悪さを感じながらも話を戻す。
「その……九百九十五階より上はないのか?」
「魔力奉納をした部屋は、天井が高いし、壁に回廊のような物が何段もあったわ。それを入れていいなら、あと三階分ぐらいはあるかもね? 屋根裏に何かの調整用の部屋があるから、それを数えるなら九百九十九階かしら。そこより上には部屋はないわ」
 突然、リアムが驚いたように身を乗り出す。
「え? ちょっと待って? エレベーターも、階段もないの? 梯子も? 千階の部屋って存在しないの? 隠し部屋とかも絶対にない?」
 メリレイアも頷く。
「ないわね。千階……そうよねぇ。きりよく千階まで作ればよかったのに、九百九十九階で終わりにしたなんて……。ヴィレイアン様には何かこだわりでもあったのかしら?」

 そんなことを話し合っているうちに時間が来たのか大扉が開いた。
 扉の向こうは、最下層の奉納部屋に似ていた。天井が高くて、天井付近に大きな球体があって、そこからロープのような物が垂れ下がり、床付近で無数の紐に分かれている。
 何人か、白い生地に青と金の飾りが入った服を着たトゥルーフレアが待っていた。神官か何かのようだ。
 その神官の中に、ごちゃごちゃした装飾のついた杖を持った男がいた。彼がここで一番偉いのだろう。男はよく通る声で話を始める。
「トゥルーフレアの諸君。今日、我らの招集に応えてくれた事を感謝する。この度、下層の魔力奉納が滞るという不測の事態が発生した。意図的な仕事の放棄だ。彼らはこの行動をサヴォタージュと呼んでいるらしい」
 部屋の中で小さなざわめきが生まれる。
 サヴォタージュの話は、上層ではまだ広まっていないらしい。
「魔力奉納とは、塔を生み出したヴィレイアン様へ捧げる感謝の祈りである。それを放棄するなどあってはならない事態。また下層民の信仰心が落ちているのは由々しき問題と言える。近いうちに教育プログラムを見直し、対策を講じなければならないだろう」
 また、いろいろと締め付けが厳しくなるのかな、とカイルは思った。どうやらサヴォタージュは不発どころか逆効果に終わりそうだ。
「しかし、それについては後日考えよう。今日、今すぐしなければいけない事、それは下層民が怠った魔力奉納を我々で代行する事である。さもなくば、遠からぬうちに守護天使の羽を折る者が現れるだろう」
 なぜか急に守護天使の羽が出てくる。
 話の因果関係がよくわからないが、魔力奉納が止まるのは塔が崩壊するほどに危険なことなのだろうか?
「この仕事にトゥルーフレアを使うのは、他の階級の者たちは、先のゾンビの大襲来の後始末に奔走し魔力を消費しているからである。もう一度言う。我らは君たちの協力に深く感謝する」
 男ははっきりとそう言うと、一同の顔一つ一つを確かめるように、ゆっくりと室内を見渡した。そしてカイルの所で視線が止まる。
「……ん? んんん?」
 カイルの近くにいた人たちも、今になって気づいたのか、じろじろとカイルの方を見る。
 トゥルーフレアしかいないはずのこの場所に、一人だけバルカムが紛れていたら、そうもなる。しかも下層民が問題を起こしたと言った直後だ。立場が悪すぎる。
 男はつかつか歩いてくると、カイルの前に立つ。
「何かの間違いかもしれないので確認しておこう。その白い腕章は、どういう事かね?」
 カイルは目を逸らしそうになった、が、嘘をついても意味がない。男の目をしっかりと見る。
「自分はバルカムです。必要な場合はこれをつける事になっています」
「そうだな。では、なぜバルカムの身分である君が、この場に同席しているのかね?」
「お父様、彼がカイルよ。例の件の……」
 メリレイアが何か言いかける。
 どうやらこの男は、メリレイアの父親らしい。
 もしかするとメリレイアは思っていた以上に身分が高いのかも知れなかった。そして、男はそれだけで何かを理解したのか頷く。
「ああ。なるほど? しかし、例の件は確定ではないし、仮にそうだったとしても、これに参加させるのは何か違うのではないか?」
「それは、本人の意思を尊重すると言う方向では、ダメ、かしら?」
「むう……」
 男はうなると、カイルの方を改めて見る。
「君は、ここでこれから何が始まるのか、理解した上で参加しているのかね?」
「魔力奉納、だと聞いています」
「……まあいいだろう。こちらから止める理由はない。だが、下で行っている魔力奉納とは、流れる魔力の量が違うから、無理はするなよ。それと、後で話があるので帰らずに待っていて欲しい」
 そして男はメリレイアの方を見る。
「メリレイア。その男をよく見ておくように」
「別に、おかしな事をする人ではないと思うけど?」
「そうではない。魔力不足によって倒れたりしないように見ていろという意味だ」
「わかったわ」
 よくわからない話だったが、カイルを心配してくれているようだった。

 魔力奉納が始まる。
 天井のロープに繋がる細い紐が一本ずつ全員に配られる。カイル達は床にひざまずいた格好でそれを握る。
 天井の球体から何かの機械音が響いて、手元の紐から光が吸いだされていく。

 やっている事は下層での魔力奉納と変わらなかった。
 ただ、光が流れるごとに、体内の力をごっそり持っていかれるような感覚があった。
 下層でもたまに倒れる人が出たりするのは、そういう事だったのかとカイルは理解する。

 奉納された魔力は上の方に。送り出されていく。
 ただし真上ではない。やや斜め上だ。

 魔力奉納は一分ほどで終わった。
 メリレイアの父親は立ち上がり、カイルの方を見る。そして、目を見張った。
「おい、そこ。どうした?」
 カイルの方を指さして急に大声を出した。何か問題があっただろうか? とカイルが疑問に思ったのは一瞬。
 どたり、隣で何かが倒れる音がした。見ればリアムがうつぶせのまま、頭を床に打ち付けていた。
「リアム? どうした?」
 カイルは抱き起そうと手を伸ばす。リアムは意識を失っているようだった。呼吸はあるがかなり苦しそうだ。
 メリレイアの父が駆け寄って来て様子を見る。
「魔力欠乏症のようだ、ネクタルを飲ませて安静にさせておくしかない」
 そして、メリレイアの方を見る。
「何をしていたのだ。見ていろと言ったではないか!」
「そんな! お父様、私はちゃんと見ていたわ! っていうか、なんでリアムの方が倒れてるのよ! おかしいでしょ、逆ならともかく……」
「そうだな……。これはどういう事だ?」
 メリレイアの父は苦々しい顔で言うが、誰も答えを知らない。
「まあいい。とりあえず隣の部屋に運んで休ませなさい。終わったら直ぐに行くので待っているように」
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