7 大群の襲撃
文字数 3,120文字
それは作業四日目の昼頃のことだった。
ピーヒョロロロロ……
遠くからそんな風な音が聞こえた。
「今の、何だ?」
「さあ? 鳥じゃないの?」
カイル達はそんな風に思っていたが、近くにいたシルバーバレット階級の男は、はるか遠くの空を鳥が旋回しているのを見て、嫌そうな顔をする。
「まずいな。今日は、来るぞ……」
「来るって、何がですか?」
カイルが聞くと、男は睨み返してくる。
「おまえら、無駄話をするな。そして急げ。時間があるうちに、一つでも多く片付けておきたい」
どうやら、マズいことになりつつあるようだった。
しばらくしたころ、アバックが遠くの方を指さした。
「あれ? なんだろう……」
最初は、地平線の向こうの山の形が変わった、と思った。
だがよく見ると違う。動いている。ゾンビの群れだ。数百人、数千人、あるいはそれ以上の。
シルバーバレット階級の男は顔を真っ青にする。
「まずい……あいつらミスりやがった」
「ミスったって何を……」
「うるさい! 説明してる時間がない。それよりバケツを一か所に集めろ。次に荷車が来て積み込んだら作業終了だ。おまえらは荷車と一緒に要塞に戻れ。いいな?」
なんだか、やけに慌てている。嫌な予感しかしない。
荷車が来たのは十分ほど後のことだった。何か特別な指示でも出ているのか、かなり急いでいるようだった。
地平線の辺りにいた集団はさっきの半分ぐらいの距離まで迫っていた。なんとなくわかっていた事ではあるけれど、地平線の向こうからやってくる大群は全てゾンビだった。
カイル達は荷車と一緒に要塞に戻る。
途中でシルバーバレットの一団とすれ違った。要塞の中に詰めていたほぼ全員だろう。
アバックが不安そうに言う。
「あれでゾンビの群れを止められるのかな?」
「さあな……」
本人たちが止められると思っているなら、こんなに慌てたりはしないはず。たぶん時間稼ぎがせいぜいだろうとカイルは思った。
要塞内部に戻ると中庭は人でごった返していた。逃げ込んできた者、外に出て行こうとしている者、荷物を移動しようとしている者。あちこちでぶつかり合って、大騒ぎになっている。
カイルは城壁の上の歩廊に上がる。
荒野を見ると戦況は惨憺たるものだった。
ゾンビの群れは要塞の近くまで来ていた。シルバーバレットの戦闘部隊はゾンビの足ばかりを狙って攻撃して、侵攻速度を落とそうとしているようだが、数が多すぎて焼け石に水だ。
今はかなり後退させられ、要塞の近くまで戻ってきている。
要塞の中まで後退しなければならないのも時間の問題だろう。
要塞は頑丈なので、とりあえずゾンビの襲撃には耐えられそうだ。
ただし、閉じこもっているだけで問題が解決するなら、そもそも壁の外に出てゾンビを倒す必要などない。
ゾンビの群れを放置しておけば畑が壊滅する。
だから反撃に出なければいけない、のだが……どうしたものか。
「ゾンビの群れから一部を引き離して要塞の近くで倒す。それを数日にわたって繰り返して最終的に全滅させる作戦だったのだ」
そんな言葉が聞こえた。横を見ると隊長が苦々しい顔で下を見下ろしていた。
今の言葉は誰に向かって放ったものなのか。とりあえず、周囲にカイル以外には誰もいないのでカイルが返事をしておく。
「助けとか……呼んだ方がいいんじゃないですか?」
「ん? 救援要請はもう出してある。一時間もすればトゥルーフレアが来てくれるはずだ」
「そんなにかかるんですか?」
「おまえらが塔からここまで来るのだってそれぐらいかかっただろう。そういうもんだ」
「……それは、仕方ないですね」
カイルは要塞の中庭へと降りる。混雑する廊下を歩いて、水場まで行くと、アバックも来ていた。
「あ、どこ行ってたの? 何かわかった?」
「ここは大丈夫だ。それに少し待てばトゥルーフレアが来るらしい」
「そっか……畑とかは大丈夫なのかな」
「一時間ぐらいなら、大丈夫なんじゃないか?」
「ダメだとしても、僕らじゃどうしようもないよね」
「そうだな」
カイルは目を逸らしてそう答えた。
本当のことを言うと、カイルは全く何もできないと言うわけではない。最低限の抵抗手段はある。だが、それを人前で使うつもりはなかった。
少し時間が経った頃、また城壁の上に行ってみる。今度はアバックもついてきた。
ゾンビは既に要塞を取り囲んでいた。
ゾンビに知能があるようには見えないが、石の壁を突破できないことぐらいは知っているのか、要塞をしつこく襲ってくるような気配はない。
ただ、たまに壁を登ってくるゾンビはいて、シルバーバレットがそれを火炎弾で叩き落としている。
塔がある側の歩廊に何人かが集まって何かを指さしてみる。
カイルもそちらを見ると、骨壁の向こうに車が止まっているのが見えた。
「トゥルーフレアが来たのか……」
しかし、骨壁と要塞の間にも、かなりの数のゾンビがうろついている。ここまで来るのは無理そうに見えた。
だが、一人の人影が壁の隙間から外に這い出して来る。その姿は力なき少女のように見えた。
ゾンビはすぐに気づいて、集まり襲い掛かる。
「危ない……」
思わずカイルは叫んでしまう。少女は一瞬だけこちらを見た。距離はあったが、なぜか理解できた。「あんた何言ってんの」と言いたげな呆れた表情だった。
少女は走る炎だった。
ゾンビが炎上しながら四方に吹き飛ばされる。少女はスピードを落とすことすらなく要塞に向かって走り、そして、転んだ、と思ったら手を地面に叩きつけた。
そこで爆発が起こって少女は空中に舞い上がり、足を抱えてくるくると回転し、城壁の上まで飛んできた。
体操選手のごときYの字のポーズで着地。短いスカートがめくれ上がってピンク色のパンツが見えたが、本人は何とも思っていないらしい。
「はーい、トゥルーフレアが来てあげたわよ。この場の責任者はどこに……って、あら?」
少女はあっけに取られている一同を見渡しカイルの顔で視線を止めた。
それでカイルも気づく。
やって来たトゥルーフレアは、この前荷物を届けたあの少女だった。
「何か縁でもあるのかしら? でもちょうどいいわ。あなた、案内しなさい」
少女はメリレイアと名乗った。
隊長はメリレイアが少女である事を見ても何も言わなかった。トゥルーフレアは歩く爆撃機だ。年齢も性別も関係ない。
しかし、人数が一人なのは受け入れがたいようだった。
「ええと、詰所には普段は十人は詰めているはずでは?」
「ああ、なんかね、西の方でも救援が出てて、みんなそっちに行っちゃったの。だから後詰の私が来てあげたのよ。あと三時間ぐらいすれば塔から追加の増援が来ると思うけど」
「それでは間に合いません。ここはともかく、骨壁は突破されてしまいますよ」
「そうね……」
骨壁を構成する骨の柱は塔と同じく破壊不能。
しかし、骨と骨の間のロープはただのロープだ。ゾンビでも時間をかければ突破できる。そもそも、人間が出入りできるよう、最初から隙間を開けてあるのだから、防御力が低いのは仕方ない。
ゾンビが骨壁を突破すれば、畑を荒らすだろう。
その先にあるのは食料不足だ。塔は無敵の建造物だが、食料が尽きれば人間は死ぬ。それだけは回避しなければならない。
「じゃ、とりあえず、私が少し削って時間を稼いでみるってのはどう?」
メリレイアは、全部倒してしまっても問題ないのだろう? と言いたげな笑顔を見せる。
ピーヒョロロロロ……
遠くからそんな風な音が聞こえた。
「今の、何だ?」
「さあ? 鳥じゃないの?」
カイル達はそんな風に思っていたが、近くにいたシルバーバレット階級の男は、はるか遠くの空を鳥が旋回しているのを見て、嫌そうな顔をする。
「まずいな。今日は、来るぞ……」
「来るって、何がですか?」
カイルが聞くと、男は睨み返してくる。
「おまえら、無駄話をするな。そして急げ。時間があるうちに、一つでも多く片付けておきたい」
どうやら、マズいことになりつつあるようだった。
しばらくしたころ、アバックが遠くの方を指さした。
「あれ? なんだろう……」
最初は、地平線の向こうの山の形が変わった、と思った。
だがよく見ると違う。動いている。ゾンビの群れだ。数百人、数千人、あるいはそれ以上の。
シルバーバレット階級の男は顔を真っ青にする。
「まずい……あいつらミスりやがった」
「ミスったって何を……」
「うるさい! 説明してる時間がない。それよりバケツを一か所に集めろ。次に荷車が来て積み込んだら作業終了だ。おまえらは荷車と一緒に要塞に戻れ。いいな?」
なんだか、やけに慌てている。嫌な予感しかしない。
荷車が来たのは十分ほど後のことだった。何か特別な指示でも出ているのか、かなり急いでいるようだった。
地平線の辺りにいた集団はさっきの半分ぐらいの距離まで迫っていた。なんとなくわかっていた事ではあるけれど、地平線の向こうからやってくる大群は全てゾンビだった。
カイル達は荷車と一緒に要塞に戻る。
途中でシルバーバレットの一団とすれ違った。要塞の中に詰めていたほぼ全員だろう。
アバックが不安そうに言う。
「あれでゾンビの群れを止められるのかな?」
「さあな……」
本人たちが止められると思っているなら、こんなに慌てたりはしないはず。たぶん時間稼ぎがせいぜいだろうとカイルは思った。
要塞内部に戻ると中庭は人でごった返していた。逃げ込んできた者、外に出て行こうとしている者、荷物を移動しようとしている者。あちこちでぶつかり合って、大騒ぎになっている。
カイルは城壁の上の歩廊に上がる。
荒野を見ると戦況は惨憺たるものだった。
ゾンビの群れは要塞の近くまで来ていた。シルバーバレットの戦闘部隊はゾンビの足ばかりを狙って攻撃して、侵攻速度を落とそうとしているようだが、数が多すぎて焼け石に水だ。
今はかなり後退させられ、要塞の近くまで戻ってきている。
要塞の中まで後退しなければならないのも時間の問題だろう。
要塞は頑丈なので、とりあえずゾンビの襲撃には耐えられそうだ。
ただし、閉じこもっているだけで問題が解決するなら、そもそも壁の外に出てゾンビを倒す必要などない。
ゾンビの群れを放置しておけば畑が壊滅する。
だから反撃に出なければいけない、のだが……どうしたものか。
「ゾンビの群れから一部を引き離して要塞の近くで倒す。それを数日にわたって繰り返して最終的に全滅させる作戦だったのだ」
そんな言葉が聞こえた。横を見ると隊長が苦々しい顔で下を見下ろしていた。
今の言葉は誰に向かって放ったものなのか。とりあえず、周囲にカイル以外には誰もいないのでカイルが返事をしておく。
「助けとか……呼んだ方がいいんじゃないですか?」
「ん? 救援要請はもう出してある。一時間もすればトゥルーフレアが来てくれるはずだ」
「そんなにかかるんですか?」
「おまえらが塔からここまで来るのだってそれぐらいかかっただろう。そういうもんだ」
「……それは、仕方ないですね」
カイルは要塞の中庭へと降りる。混雑する廊下を歩いて、水場まで行くと、アバックも来ていた。
「あ、どこ行ってたの? 何かわかった?」
「ここは大丈夫だ。それに少し待てばトゥルーフレアが来るらしい」
「そっか……畑とかは大丈夫なのかな」
「一時間ぐらいなら、大丈夫なんじゃないか?」
「ダメだとしても、僕らじゃどうしようもないよね」
「そうだな」
カイルは目を逸らしてそう答えた。
本当のことを言うと、カイルは全く何もできないと言うわけではない。最低限の抵抗手段はある。だが、それを人前で使うつもりはなかった。
少し時間が経った頃、また城壁の上に行ってみる。今度はアバックもついてきた。
ゾンビは既に要塞を取り囲んでいた。
ゾンビに知能があるようには見えないが、石の壁を突破できないことぐらいは知っているのか、要塞をしつこく襲ってくるような気配はない。
ただ、たまに壁を登ってくるゾンビはいて、シルバーバレットがそれを火炎弾で叩き落としている。
塔がある側の歩廊に何人かが集まって何かを指さしてみる。
カイルもそちらを見ると、骨壁の向こうに車が止まっているのが見えた。
「トゥルーフレアが来たのか……」
しかし、骨壁と要塞の間にも、かなりの数のゾンビがうろついている。ここまで来るのは無理そうに見えた。
だが、一人の人影が壁の隙間から外に這い出して来る。その姿は力なき少女のように見えた。
ゾンビはすぐに気づいて、集まり襲い掛かる。
「危ない……」
思わずカイルは叫んでしまう。少女は一瞬だけこちらを見た。距離はあったが、なぜか理解できた。「あんた何言ってんの」と言いたげな呆れた表情だった。
少女は走る炎だった。
ゾンビが炎上しながら四方に吹き飛ばされる。少女はスピードを落とすことすらなく要塞に向かって走り、そして、転んだ、と思ったら手を地面に叩きつけた。
そこで爆発が起こって少女は空中に舞い上がり、足を抱えてくるくると回転し、城壁の上まで飛んできた。
体操選手のごときYの字のポーズで着地。短いスカートがめくれ上がってピンク色のパンツが見えたが、本人は何とも思っていないらしい。
「はーい、トゥルーフレアが来てあげたわよ。この場の責任者はどこに……って、あら?」
少女はあっけに取られている一同を見渡しカイルの顔で視線を止めた。
それでカイルも気づく。
やって来たトゥルーフレアは、この前荷物を届けたあの少女だった。
「何か縁でもあるのかしら? でもちょうどいいわ。あなた、案内しなさい」
少女はメリレイアと名乗った。
隊長はメリレイアが少女である事を見ても何も言わなかった。トゥルーフレアは歩く爆撃機だ。年齢も性別も関係ない。
しかし、人数が一人なのは受け入れがたいようだった。
「ええと、詰所には普段は十人は詰めているはずでは?」
「ああ、なんかね、西の方でも救援が出てて、みんなそっちに行っちゃったの。だから後詰の私が来てあげたのよ。あと三時間ぐらいすれば塔から追加の増援が来ると思うけど」
「それでは間に合いません。ここはともかく、骨壁は突破されてしまいますよ」
「そうね……」
骨壁を構成する骨の柱は塔と同じく破壊不能。
しかし、骨と骨の間のロープはただのロープだ。ゾンビでも時間をかければ突破できる。そもそも、人間が出入りできるよう、最初から隙間を開けてあるのだから、防御力が低いのは仕方ない。
ゾンビが骨壁を突破すれば、畑を荒らすだろう。
その先にあるのは食料不足だ。塔は無敵の建造物だが、食料が尽きれば人間は死ぬ。それだけは回避しなければならない。
「じゃ、とりあえず、私が少し削って時間を稼いでみるってのはどう?」
メリレイアは、全部倒してしまっても問題ないのだろう? と言いたげな笑顔を見せる。