17 結末

文字数 3,882文字

 部屋の中央にある台が何のための物なのか、カイルにはよくわからない。
 だが重要な物のはず。オルドロスたちはあっさり壁際まで下がってしまったが、いいのだろうか?

 もしこの台を破壊したりしたら、大惨事になりかねないのではと思うと、カイルは心配になってきた。
 もちろん、この台も、塔や天使像と同じく「破壊不能」なのだろうけど。

 デュアトスはカイルの方を振り返り、肩を叩く。
「さてと、カイル君。君の出番だ。あれを何とかしてくれ」
 部屋の中央の装置を指さしているようだが、どうしろと言うのか。
「無理ですよ。初めて見る装置だし……」
「そんなわけはないんだがな」
 デュアトスの声は自信ありげな様子だったが、もう騙されない。また中身のないハッタリに決まっている。
 だが、それはそれとして、あえて部外者のカイルに任せるのは解せない。
「どうして俺に?」
「おまえが、唯一のネクロマンサーだからさ」
「ネクロマンサー?」
「俺の聞いた話が本当なら、ネクロマンサーはこの塔を崩壊させることができるらしい」
「ありえない……」
 塔は破壊不能だ。千年もの間、小石ほどの大きさすらも損なわれた事がない。
「実はな、革命の成功は、おまえに掛かってるんだよ。おっと、本当に崩壊させるなよ? 下手に崩すとここも危ないからな。できるって事を見せてやるだけでいいんだ」
「……わかった。やってみる」
 カイルはとりあえずそう答えておく。
 少なくとも自分が従ったふりをしている間は、状況が悪化しないはずだ。
 カイルは中央の装置に近づく。スイッチやレバーの類は見当たらない。ただの黒い平らな台のように見えた。
 触っていると魔力が微量に吸い出された。ヴィレイアン広場で、天使の像の羽に触った時の感じに近い。だが、大した量の魔力を吸われているわけではない。
カイルの手元に、光のワイヤーフレームで作り出された立体映像が映し出された。
 テロリスト側からも、トゥルーフレア側からも、ざわめきが上がる。
 デュアトスは嬉しそうに肩を叩いてくる。
「いいぞいいぞ。反応してるじゃないか。それで? 何ができる?」
「いや……ちょっと把握するのに少し時間がかかりそうだ」
 デュアトスの言葉を信じたわけではないが、つまらない誤操作で塔が崩れたりしたら困る。カイルは、できるだけ何も変わっていないことを祈りながら、魔力の流し方を変える。
 動かし方の感覚はすぐにつかめた。スケルトンを遠隔操作する時によく似ている。
「……二つ同時に、できそうだな」
「ん?」
 デュアトスに独り言を聞きとがめられた
「いや……たぶん、同時に複数の事をできるんじゃないかと思ったんだ」
「うん? 今回は最初だし、一つずつやった方がいいんじゃないのか?」
「まあそうなんだけど……今はまだ、塔の中の様子を見たりするのが精一杯だ」
「下層の奉納部屋の様子とか見たりできないか?」
 カイルは少しずつ魔力を流しながら、見える範囲を動かしていく。
 やがて奉納部屋が見えた。
「あれ、なんだこれ。シルバーバレットが十人ぐらいいるな。もしかして制圧されてるのか? 今すぐやめさせろ!」
「そんなこと言われても、やりかたがわからない……」
 本当はできる。もう半分ぐらいわかっていた。
 その気になれば塔の可動部にアクセスできる。

 例えば、塔内を流れている熱湯の水路だ。
 水路と廊下に構造的な区別はない。
 扉が閉鎖されて常に熱湯の通り道に使われている場所、それが水路と呼ばれている。それだけだ。
 ロックされている扉をいくつか開けたり締めたりすれば、奉納部屋に熱湯を流し込むこともできる。それだけで室内の人間は全員が茹で死ぬ。カイルにはわかった。
 もちろん、それをやるとバルカムも全滅するし、この機能がデュアトスにばれたら、塔内で安全な部屋はほとんどなくなる。言わない方がよさそうだ。
 デュアトスはトゥルーフレアの方を見る。
「おまえら、今すぐやめさせろよ! こっちには人質がいるんだぞ!」
「いや、そう言われても……ここから何かできるわけがなかろう」
 オルドロスも戸惑っている。別に、何か指示を出したわけではないだろう。異常に気付いたシルバーバレットが勝手に動いただけなのだ。
 デュアトスがそっちと言い争っている隙に、カイルは自分の首飾りに手を伸ばすと、白い塊二つを引きちぎった。
 塊の一つに魔力を流すと、それは頭蓋骨のような形になる。
 もう一つの塊には白い足が生えて、虫のように床を這って行く。
 デュアトスがカイルの手元のガイコツに気が付く。
「ん? それはなんだ?」
「ああ、なんか、台の裏に置いてあった。ここで使う物だと思う」
「そうか? まあ、使えるなら何とかしてくれ」
「奉納部屋の方はいいのか?」
「……今から戻っても間に合わない。だが、後で目にもの見せてやるからな」
 デュアトスは悔しそうに言う。
 同時に、テロリストの方で動きがあった。リアムがその場に座り込み、寝転んだのだ。
 首の鎖を握っていたレドヒルがそれを咎めている。
「おい、何やってんだ?」
 リアムは両腕を適当な方向に投げ出すと、寝返りを打つ。
「私、もう立ってるの疲れた。次に動く時まで、横になってていい?」
「……いや。ダメな理由はないが」
 メリレイアすら、「なにやってんだおまえ」と言いたげな視線を向けていたが、リアムは起き上がろうとしなかった。
 リアムが何を考えているか察して、カイルは台の操作を続ける。
 数分ほどが経過した。
 デュアトスがしびれを切らしたように言う。
「何か攻撃手段はないのか?」
「……ちょっと待ってくれ。用意はできてる」
 そろそろ時間稼ぎも限界だった。そして用意はほぼ終わった。
 リアムが寝転がったまま、呼んでくる。
「ねー、カイルー、まだー?」
「いつでもいいぞ」
「おっけー。じゃあ五秒後で」
「おい待て、おまえら何の話を……あっ?」
 そこでようやくレドヒルは気づいた。
 リアムが寝転んだのは、こっそり天井を見張るためだと。

 ザンッ、鋭い打撃音とともに、レドヒルの右腕が切り落とされた。
 天井から斧を持った小型スケルトンが降って来た。もちろんカイルが生み出した物だ。
 スケルトンは着地の衝撃で砕け散るが、既に役目は終えていた。
 リアムは、アクセサリーを外すかのような滑らかな動きで自分の首輪を外しながら立ち上がり、メリレイアの首輪に指先で触れる。
 メリレイアの首輪が真っ黒な煙を噴き出した。なぜか爆発はしない。
「おい! おまえら何やってる!」
「伏せろ!」
 驚くデュアトスの声。そしてオルドロスも叫ぶ。
 カイルが伏せた上を、細い光線のような物が何本も飛び交った。

 制圧が終わるまで、ほとんど一瞬だった。
 次にカイルが顔を上げた時には、テロリストは全滅していた。
 顔を煤で真っ黒にしたメリレイアがせき込みながら言う。
「あんた、この首輪に何したの?」
「火薬を燃やしたの。外すのは精密すぎて時間がかかるから……」
「次からはもう少し煙が出ない方法を考えてくれると助かるわ」
 この時点では、まだ笑っていられた。



 事件後、カイルは収監された。
 病室、という事になっているが、別にケガをしたわけではないし、外から鍵がかかる二重扉の部屋なのは隠す気もないようだった。

 カイルは脱走する気もなかったので、毎日ぼんやりと壁を見て過ごした。
 とてつもなく退屈なのと、床や壁や天井が、人骨のように白い以外に不満はなかった。

 三日ほどしたころに、オルドロスが面会に来た。
「元気かね?」
「どこも悪い所はないですよ……いつになったら出れるんですか?」
「まあ、そのうちだ」
 オルドロスの言葉は歯切れが悪かった。
「俺は、収監されるような悪いことをした覚えはないんですが……」
「そうだとも。君自身に問題があるからこうなっているのではない。それは、君もわかっているのでは?」
 トゥルーフレアの間でバルカム全体に対する不信感がある、というのが主な理由だろう。
「それは誤解ですよ。バルカムの殆どは、デュアトスの行動に賛同していません。俺だって人質を取られてなかったら、ついて行ったりしませんでした」
「わかっているとも」
 カイルは、エレベーターの二人組の事を考えた。
 あいつらは死んでも構わないようなクズだった。
 しかし、トゥルーフレアの全てがあんなおかしい人間だったわけではない。
 それと同じことだ。
「バルカムとかトゥルーフレアとか、そうやって一まとめにして考えるのが、そもそもよくないのでは? もっと、一人一人が人間であるという考えを持たないと……」
「それはあるな。やはり意識改革を進めていくしかない」
 オルドロスはそう言ってから、悲しそうに首を振る。
「……と、言いたいところだが、少し難しいかもしれない」
「どういうことですか?」
「トゥルーフレアを下層で活動させる計画は、もう無理だ。反対意見が多すぎる」
「そうですか」
 予想された事だった。
 デュアトスの「革命」は、溝を広げるだけに終わった。


 カイルは数日後に釈放された。
 リアムと話し合いたかった。だが、それもダメだった。
 シルバーバレット数人に、見張られるようにエレベーターまで送られ、黙って最下層行きのエレベーターに乗り込むしかなかった。
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