18 過去
文字数 3,138文字
カイルの両親はシチズン階級の出身だった。
いや、出身という言い方はおかしいか。
塔内での階級は火炎魔術の強さで決まる。つまりカイルの両親はシチズン階級にふさわしい程度の火炎魔術の使い手だった、というのが正確な表現だ。
魔術の強さは適正もあるが、魔力量に左右される部分が大きい。
一般的に、魔力量の高い者同士の間に生まれた子どもは魔力量が高く、魔力量が低い者同士の間に生まれた子どもは魔力量が低くなる、と言われていた。
それは、階級の違う者同士の結婚を阻む理由になる。
そして、将来的な事を考えれば、幼いうちから同じ階級の子どもを集めて育てた方が、いろいろ都合がいい。
教室、という概念があった。
同じ年齢の子どもを数十人、一か所に集めて、魔術の練習をさせるのだ。
お互いをライバル視させ、切磋琢磨させることによって、より優秀な人材を生み出そうという目論見もあったに違いない。
教室の人間は仲間だったが、その一方でライバルでもあった。
カイルは教室の中でトップスリーに入る実力があった。
トップスリーの一人は女子だった。名前はミーシャ。カイルはこの少女の事をあまり覚えていない。良く言えば欠点がない、悪く言えば特徴のない、そんな少女だった。
そして三人目の男子、ハルト。この少年が後に問題になる。
この三人は、努力次第ではシルバーバレットになれるかもと言われていて、教師たちからの期待も厚かった。
リアムも同じ教室の生徒だった。
リアムの両親の魔力量はシチズンの下限に近かったらしく、リアムも魔力量が少なかった。
しかもリアムは火炎魔術があまり得意ではなくて、下手をするとアイアンテックに落ちるかもしれないと言われていた。
これはかなり悲惨な評価だ。
アイアンテックは、火炎魔術以外の分野で活躍する事を求められる階級。要するに、一種の戦力外通知だ。
カイルはそんなリアムをなぜか放っておけなかった。
魔力の扱い方を手取り足取り教えて、なんとかリアムが脱落しないようにがんばった。
それは自分のための時間を削る行為でもあった。
魔力の制御はともかく、火炎魔術の訓練は、ハルト達よりも時間が少なくなった。
教師からは「おまえは上に行ける可能性があるのだから」と何度も諭されたが、カイルはリアムを見捨てる気になれなかった。
カイルの努力の甲斐あって、リアムは魔力の制御がうまくなり、水系魔術を習得した。
なおさらアイアンテックに近づいてしまうのが残念だった。
もしかすると、このころから、カイルはリアムに惹かれていたのかもしれない。
階級が離れれば、いずれ一緒にいられなくなる。それが嫌だった。
他の生徒や教師の事は、うまく思い出せない。
カイルとリアムの二人以外は、みんな死んでしまったから。
〇
その日も、カイルはリアムに魔力の制御を教えていた。
リアムは火炎系はあいかわらず苦手だったが、水系魔術に関しては日々上達していて、カイルも我が事のように嬉しかった。
このままなら、仮にアイアンテックに落ちたとしても、悪くない立場につけるだろう。
教師も半ば諦めていて「カイルはいっそ教師でも目指しなさい」などとアドバイスするほどだった。それもありかな、とカイルは心のどこかで思っていた。
だが平穏は突然に破られた。
「ちょっと、何やってんの!」
ミーシャが叫ぶ。
「へっへーん。これで俺が一番だぜ」
得意げなハルトの声。ハルトは新しい魔術の開発と称して、見かけだけのつまらない技をやって見せることが多かった。今日も、どうでもいい技を思いついたのだろうと、カイルは相手にもしなかった。
教師もいちいち止めたりしない。だがこれは失敗だった。
教師は、その限界を超えた魔術が、最終的にどうなるか判断できなかったのだ。
教室の中で、理解できる可能性があったのは、カイルとミーシャだけだった。
ミーシャは止めようとしていた。カイルも一緒になってやめさせていたら、未来は変わったかもしれない。
「ダメ、それはダメ!」
ミーシャの悲鳴。
「あっ? 嘘だろ、とまれとまれとまれ!」
ハルトの慌てた声。
そして背後から伝わってくる、信じがたい量の熱と光。
振り返らなくてもわかった。
ハルトが強力な魔術を発動しようとして、制御に失敗したのだ。
爆発する。それが直感でわかった。
カイルは目の前にいたリアムを抱きしめた。
自分が盾になればリアムだけは助かるかもしれない。それしか頭になかった。
カイルの視界に焼き付いたのは影だった。
自分とリアム。それを照らす死の炎が作り出した影。
衝撃と共に意識が消え、次に目が覚めたのは病室だった。
あの瞬間に何が起こったのか、今でもうまく説明できない。
〇
病室で目が覚めて。すぐに何かがおかしいとわかった。
魔力がなくなったわけではない。
だが、火炎魔術が使えない。小さな炎すら出せなかった。
あの爆発に巻き込まれながら無傷だったのは幸運だった。
けれど、その代償が自分の火炎魔術だとしたら、それは高すぎるのではないか。
この塔で生きていくなら、火炎魔術の強さは命の次に大事な物だ。
火炎魔術が使えなくなったことはいつまでも隠してはおけない。
リアムにもう一度会うのがつらかった。
再会したリアムは、カイルの顔を見るなり抱き着いてきた。
泣きながら、何度もゴメンと謝ってきた。
最初は何のことかわからなかったが、リアムは予想外の事を語り始めた。
カイルとは逆に、リアムは急に火炎魔術が使えるようになったのだという。それもトゥルーフレアに匹敵する威力の力を得てしまった。
だから、シチズン階級として会う事はもうないのだと、泣きながら語った。
この時、カイルの心の中で何かが折れた。
カイルは、自分がバルカムに落ちるだろうことを何の気負いもなく話すことができた。
リアムは、ゴメンと繰り返しながら泣き続けた。
それでも納得するのは難しかった。
あの爆発の中でただ二人生き残ったのだ。
その一人であるリアムに力が芽生えたなら、自分にだって何かあってもいいのではないか。そう思ったカイルは、ありとあらゆる形で魔術を試した。
そして、本当の絶望を理解した。
確かに、新たな力は芽生えていた。塔の中の誰も知らない未知の属性の魔術。
その魔術の本質を理解した時、カイルは、それが自分の身を危うくしかねない物だと判断した。実際その認識は今もあまり変わっていない。だから、誰にもこの属性の事を教えていない。
リアムは何か察している様子だったが、この件について話し合ったことはなかった。
カイルは、己の魔術を捨てる事を受け入れるしかなかった。
ハルトに対しては恨みしか感じない。こうなったのは全てハルトのせいだ。死んでしまえ、と呪ってから、真っ先に死んでいたことを思い出した。
リアムに対しても、思う所がなかったと言えば嘘になる。
まるで自分の力を奪ったかのような急成長。同じ状況に陥りながら一人だけメリットを得ている不公平さ。
けれど恨みきれなかった。
結局の所、カイルはリアムが好きだった。
リアムはトゥルーフレアとして上に行き、やがてその階級にふさわしい相手と結婚する事になるに違いない。
それがあるべき姿なのだ。そう思うしかなかった。
例え火炎魔術を失おうとも、カイルは生きていかなければならないのだ。
この火炎系が至高とされる魔術カーストの中で。
いや、出身という言い方はおかしいか。
塔内での階級は火炎魔術の強さで決まる。つまりカイルの両親はシチズン階級にふさわしい程度の火炎魔術の使い手だった、というのが正確な表現だ。
魔術の強さは適正もあるが、魔力量に左右される部分が大きい。
一般的に、魔力量の高い者同士の間に生まれた子どもは魔力量が高く、魔力量が低い者同士の間に生まれた子どもは魔力量が低くなる、と言われていた。
それは、階級の違う者同士の結婚を阻む理由になる。
そして、将来的な事を考えれば、幼いうちから同じ階級の子どもを集めて育てた方が、いろいろ都合がいい。
教室、という概念があった。
同じ年齢の子どもを数十人、一か所に集めて、魔術の練習をさせるのだ。
お互いをライバル視させ、切磋琢磨させることによって、より優秀な人材を生み出そうという目論見もあったに違いない。
教室の人間は仲間だったが、その一方でライバルでもあった。
カイルは教室の中でトップスリーに入る実力があった。
トップスリーの一人は女子だった。名前はミーシャ。カイルはこの少女の事をあまり覚えていない。良く言えば欠点がない、悪く言えば特徴のない、そんな少女だった。
そして三人目の男子、ハルト。この少年が後に問題になる。
この三人は、努力次第ではシルバーバレットになれるかもと言われていて、教師たちからの期待も厚かった。
リアムも同じ教室の生徒だった。
リアムの両親の魔力量はシチズンの下限に近かったらしく、リアムも魔力量が少なかった。
しかもリアムは火炎魔術があまり得意ではなくて、下手をするとアイアンテックに落ちるかもしれないと言われていた。
これはかなり悲惨な評価だ。
アイアンテックは、火炎魔術以外の分野で活躍する事を求められる階級。要するに、一種の戦力外通知だ。
カイルはそんなリアムをなぜか放っておけなかった。
魔力の扱い方を手取り足取り教えて、なんとかリアムが脱落しないようにがんばった。
それは自分のための時間を削る行為でもあった。
魔力の制御はともかく、火炎魔術の訓練は、ハルト達よりも時間が少なくなった。
教師からは「おまえは上に行ける可能性があるのだから」と何度も諭されたが、カイルはリアムを見捨てる気になれなかった。
カイルの努力の甲斐あって、リアムは魔力の制御がうまくなり、水系魔術を習得した。
なおさらアイアンテックに近づいてしまうのが残念だった。
もしかすると、このころから、カイルはリアムに惹かれていたのかもしれない。
階級が離れれば、いずれ一緒にいられなくなる。それが嫌だった。
他の生徒や教師の事は、うまく思い出せない。
カイルとリアムの二人以外は、みんな死んでしまったから。
〇
その日も、カイルはリアムに魔力の制御を教えていた。
リアムは火炎系はあいかわらず苦手だったが、水系魔術に関しては日々上達していて、カイルも我が事のように嬉しかった。
このままなら、仮にアイアンテックに落ちたとしても、悪くない立場につけるだろう。
教師も半ば諦めていて「カイルはいっそ教師でも目指しなさい」などとアドバイスするほどだった。それもありかな、とカイルは心のどこかで思っていた。
だが平穏は突然に破られた。
「ちょっと、何やってんの!」
ミーシャが叫ぶ。
「へっへーん。これで俺が一番だぜ」
得意げなハルトの声。ハルトは新しい魔術の開発と称して、見かけだけのつまらない技をやって見せることが多かった。今日も、どうでもいい技を思いついたのだろうと、カイルは相手にもしなかった。
教師もいちいち止めたりしない。だがこれは失敗だった。
教師は、その限界を超えた魔術が、最終的にどうなるか判断できなかったのだ。
教室の中で、理解できる可能性があったのは、カイルとミーシャだけだった。
ミーシャは止めようとしていた。カイルも一緒になってやめさせていたら、未来は変わったかもしれない。
「ダメ、それはダメ!」
ミーシャの悲鳴。
「あっ? 嘘だろ、とまれとまれとまれ!」
ハルトの慌てた声。
そして背後から伝わってくる、信じがたい量の熱と光。
振り返らなくてもわかった。
ハルトが強力な魔術を発動しようとして、制御に失敗したのだ。
爆発する。それが直感でわかった。
カイルは目の前にいたリアムを抱きしめた。
自分が盾になればリアムだけは助かるかもしれない。それしか頭になかった。
カイルの視界に焼き付いたのは影だった。
自分とリアム。それを照らす死の炎が作り出した影。
衝撃と共に意識が消え、次に目が覚めたのは病室だった。
あの瞬間に何が起こったのか、今でもうまく説明できない。
〇
病室で目が覚めて。すぐに何かがおかしいとわかった。
魔力がなくなったわけではない。
だが、火炎魔術が使えない。小さな炎すら出せなかった。
あの爆発に巻き込まれながら無傷だったのは幸運だった。
けれど、その代償が自分の火炎魔術だとしたら、それは高すぎるのではないか。
この塔で生きていくなら、火炎魔術の強さは命の次に大事な物だ。
火炎魔術が使えなくなったことはいつまでも隠してはおけない。
リアムにもう一度会うのがつらかった。
再会したリアムは、カイルの顔を見るなり抱き着いてきた。
泣きながら、何度もゴメンと謝ってきた。
最初は何のことかわからなかったが、リアムは予想外の事を語り始めた。
カイルとは逆に、リアムは急に火炎魔術が使えるようになったのだという。それもトゥルーフレアに匹敵する威力の力を得てしまった。
だから、シチズン階級として会う事はもうないのだと、泣きながら語った。
この時、カイルの心の中で何かが折れた。
カイルは、自分がバルカムに落ちるだろうことを何の気負いもなく話すことができた。
リアムは、ゴメンと繰り返しながら泣き続けた。
それでも納得するのは難しかった。
あの爆発の中でただ二人生き残ったのだ。
その一人であるリアムに力が芽生えたなら、自分にだって何かあってもいいのではないか。そう思ったカイルは、ありとあらゆる形で魔術を試した。
そして、本当の絶望を理解した。
確かに、新たな力は芽生えていた。塔の中の誰も知らない未知の属性の魔術。
その魔術の本質を理解した時、カイルは、それが自分の身を危うくしかねない物だと判断した。実際その認識は今もあまり変わっていない。だから、誰にもこの属性の事を教えていない。
リアムは何か察している様子だったが、この件について話し合ったことはなかった。
カイルは、己の魔術を捨てる事を受け入れるしかなかった。
ハルトに対しては恨みしか感じない。こうなったのは全てハルトのせいだ。死んでしまえ、と呪ってから、真っ先に死んでいたことを思い出した。
リアムに対しても、思う所がなかったと言えば嘘になる。
まるで自分の力を奪ったかのような急成長。同じ状況に陥りながら一人だけメリットを得ている不公平さ。
けれど恨みきれなかった。
結局の所、カイルはリアムが好きだった。
リアムはトゥルーフレアとして上に行き、やがてその階級にふさわしい相手と結婚する事になるに違いない。
それがあるべき姿なのだ。そう思うしかなかった。
例え火炎魔術を失おうとも、カイルは生きていかなければならないのだ。
この火炎系が至高とされる魔術カーストの中で。