小さな人の情景。

文字数 1,026文字

 今日は珍しく早起きをしたので、寝巻きのジャージ姿のままスニーカーに素足を突っ込んで、朝の散歩に出た。まだ午前中六時過ぎと言う事もあり、空は明るく澄んだ水色で新鮮な空気をあちこちに運んでくれた。
 住んでいる住宅街を抜け、八幡神社のとなりの坂を上り駅前の方へ行く。駅のロータリーに続く道を進むと、一件のコンビニがあった。僕はそのコンビニに入り紙コップのコーヒーを買う事にした。店内に入ると、帽子を被った六十代半ばの男性が一人、ペットボトルのお茶を片手にレジの従業員に挨拶をしている。この店の常連客なのだろうか、この時間帯に来る客としては柔和な笑顔を浮かべて店員に何か話している。店員は西アジア地域から来日したと思われる二十代半ばの外国人で、不器用そうな笑顔で頭を下げていた。
 六十代の男が満足そうな笑みを浮かべて店を後にすると、僕は頭を下げていた外国人に向かってこう口を開いた。
「ホットコーヒーのラージサイズを一つお願いします」
「わかりました」
 外国人の店員は小さく答えた。異国の感謝を伝える言葉にまだ慣れていないのだろう。でも不自然に自分を矮小化して接客するよりもいい。と僕は思う。
 店員はレジ背後の棚から大きめの紙コップを取り出して「一五〇円になります」と小さく答えた。もしかしたら夜勤で疲れているのだろうか。だとしたら異国で必死に働く外国人を労う必要があるのではないだろうか。
「お疲れ様。支払いはICカードでお願いします」
 僕が小さく声を掛けると、店員は少し照れくさそうに微笑みを返した。ICカードが入っているカード入れをレジにかざし、安い電子音が鳴って決済が済むと、僕は紙コップを持ってコーヒーの抽出マシンの前に立つと、紙コップを置いて抽出ボタンを押した。それと時同じくして、一人の妙齢の女性が入店してきた。
「おはよう。ハサン。夜勤大変だったでしょう」
 妙齢の女性は店員の外国人にそう労いの言葉をかけた。彼はこの辺りの住人に慕われ、愛されているのだろう。そう思うと、僕は小さいが幸福な一場面に出くわした事を喜んだ。
 機械から注がれたコーヒーが紙コップに注ぎ終わると、僕はプラスチック製の蓋をして店を出た。指先に伝わるコーヒーの温かさが何とも言えず心地よい。店の外に広がる空は小さな人間達のやり取りに微笑むかのように、青く爽やかだった。


                                     (了) 
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