純文学とライトノベルの違い。

文字数 2,052文字

 激しい雨が降り続いている。
 昨日から関東に流れ込んできた春の嵐は今日明日と居座り、残った桜の花びらを一掃して、青々とした若葉だけ残すつもりらしい。カレンダーを見ると、四月はもう半分に来ている。五月に入れば、もう草花たちが初夏の装いを始めて、青々と色づく事だろう。
 そんな事を考えながら、僕は狭い部屋で一人パソコンに向かってネットサーフィンを楽しんでいた。見ているのは、僕が欲しいバイクの動画。ベッドの上で寝転がっている美咲の為に、ヘッドホンを着けて動画を見ていた。僕の欲しいバイクは付き合いのあるバイク屋さんの話によれば、コミコミ60万円前後で買えるらしい。だがそのお金は僕が別の事に使うために貯金していたお金で、使うには躊躇があった。
 やがて僕は動画に見飽きると、ヘッドホンを外して動画を閉じ、パソコンを離れて新しく買ったCDコンポに向かった。そしてCDの棚からラヴェルのピアノ曲集を選び出し、音楽を掛けた。するとそのピアノの旋律に目覚めた美咲は寝ぼけ眼で僕を見みた。
「おはよう」
 美咲は朝独特の粘着く声で、僕に言った。
「おはよう。今日は朝マックに行く日だったよね」
 僕は美咲に言った。美咲は布団をかぶったまま、また眼を閉じて粘着く声でこう言った。
「雨すごいよ。またの機会にする?」
「でも朝ごはんの支度をしていないよ」
 その言葉に美咲は考え込んで、しばらくしてこう言った。
「なら行こうか」
 

 それから暫くして、僕達二人は傘を差しながら駅前のマクドナルドに向かい、ソーセージエッグマフィンとハッシュドポテトのセットを二つ頼んだ。僕と美咲は向かい合いながら、雨音の響くマクドナルドで朝食を取る事にした。
「最近、小説は書いている?」
 美咲が不意に尋ねた。
「いや、あんまり。ルイ・アルチュセールっていうフランスの哲学者の本を読むのに忙しいから」
「休眠中なのね」
 美咲はそう漏らして、紙コップのコーヒーを一口飲んだ。その表情を見て、今の僕は自分が何を求めているのか考えた。
 僕はアニメや漫画が好きな普通の男の子として育ったから、ファンタジーやSFロボットアニメは好きだ。そういう分野の作品も書いてみたいという思いもあり、現に今一作の、所謂ライトノベルに分類される作品も投稿サイトに載せている。だけれど僕にとっては未知の分野が多すぎる作品だから、更新が滞っている。とにかく、作品に載せる要素が多いのだ。博識な人なら読むのを楽しめるだろうが、執筆する側からすれば大変だ。
「また短篇を書けばいいじゃない」
「そうしたいね」
 僕は力なく相槌を打った。
 僕が文芸にはまったきっかけはもともと純文学で、志賀直哉の短篇小説を面白いと思うようになった中学生のころだった。その頃は物語と学術書程度の区別しかなかったから、小説に明確なジャンルがあるなど思わず、文章の上手い下手があるだけだと思っていた。だが大学の文学部に進学すると、文章の上手い下手だけでは線引きできない何かがあると実感するようになった。
「君は俺にどんな作品を書いて欲しいの?」
 僕は美咲に質問した。美咲は半分食べたソーセージエッグマフィンを飲み込むと、こう答えた。
「自分の子供に安心して見せられる作品」
「それは児童文学だよ」
「児童文学にひとくくりするのはダメよ。『十五少年漂流記』や『ガリバー旅行記』なんかは大人が読んでも鑑賞に堪えうる素質があると思う。日本だと、『機動戦士ガンダム』とか、『仮面ライダークウガ』とかの作品とか」
 その言葉を聞いて、僕はなるほどと感心した。元々は子供向けであった作品でも、大人の鑑賞に堪えうる作品は存在する。一部のマニアックな層に向けた物ではないのだ。子供が見ても楽しめて、なおかつ大人が見ても破綻しない作品が良くできた作品なのだと。今のライトノベルは高いところばかり見ている気がする。かつてジュニア文庫とか呼ばれていた時の精神は、持ち続けるべきなのだろう。
「じゃあ、反対に大人の読む純文学には何を求める?」
 僕はまた美咲に質問する。
「大人向けの作品には、人生訓とか含みがあると面白いわね。愛情よりも狂気じみた物が良いと思う。人生を経験して、喜怒哀楽を人生で経験した人に向けた何かの作品が」
「絵画で言うなら、マグリットやダリみたいな作風?」
「それはちょっと前衛的すぎる。せいぜいゴーギャンのタッチ辺りね。純文学なら、言葉の美しさで油彩画の迫力やパステル画の透明感を表現してほしい」
 なるほど。と僕は心の中で頷いた。子供から大人まで楽しめる、間口の広くて面白い作品がライトノベルで、含みがあって言葉の美しさがあるのが純文学か、と僕は大まかに理解した。
「なかなか貴重なアドバイスをありがとう」
「大まかにいえば今言ったジャンル分けじゃない。細分化すればかなり複雑だろうけれど」
「これだけ分かっただけでもうれしいよ」
 僕はそう言って、自分のコーヒーを飲んだ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み