月と繭玉

文字数 861文字

「月を繭玉に例えた人って、中々いい表現力の持ち主よね」
 西湖キャンプ場の夜空に浮かぶ、あと一歩で満月になろうとしている月を見上げながらエリコが漏らす。僕はお湯を入れたティーバックの紅茶のマグカップをエリコに手渡し、彼女が見ている夜空の月を見上げる。三日後に満月になる夜空の月は、少し尖ったような楕円形で浮かんでおり、角度によっては蚕の繭玉の様に見えるかもしれない。
「確かに、良い表現だよね。どことなく温もりと美しさが有る表現だとと思う」
 僕は明かりの電気ランタンの側に腰掛け、小さく答えた。僕達はそれぞれのバイクに荷物を積み、今流行りの一泊二日のキャンプツーリングに来ていた。周囲には人間の欲望を刺激する者が一切なく、湖のほとりから聞こえるカエルの鳴き声や、林の方から聞こえてくるアブラゼミの音以外に音は無かった。そのカエルとアブラゼミの鳴き声でさえ、この場所に居ればさして気にならない物だった。
「何かを内包しているのかもね」
「例えば、文化とか歴史とか?」
 エリコの呟きに僕も言葉を添える。
「多分そう。光の無い夜に輝いて光を放つから。むかしの人間が興味を持つのも分かる気がする」
 僕はエリコの言葉に無言で頷いた。確かに月は夜の空に浮かび、光を放つ自然の物だ。今は電気の明かりもあり、夜になっても人間の興味を引くものが大量にあふれている。しかし今僕達のいる西湖キャンプ場の様に、人間と生き物の声以外に何もなければ、月に興味を抱くのは当然だろう。
「そう言えば、こんな作り話を聞いたことがあるの」
「どんな作り話?」
 エリコの放った言葉に興味を持った僕は、聞かせてくれというニュアンスの言葉を返して紅茶を一口飲んだ。
「月は夜にその姿を現すようになると、様々な人間の願いや気持ちを含んで大きくなる。そして欠けて行くのはそれらの願いが一つ一つ叶ってゆくから。という話」
「誰から聞いたの?」
「今、私が作った話」
 僕は苦笑した。小話を作れるエリコの才能が羨ましかった。

                                (了)
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