空白の午後。

文字数 906文字

 近所の食堂で昼食を取っていると、スマートフォンにショートメールが入った。僕は食べていた唐揚げ定食の箸を置き、スマートフォンの画面に表示されたメッセージを確認すると、午後三時から待ち合わせていた相手の都合が悪くなり、打ち合わせをキャンセルしたいとの内容だった。
 僕はすぐさまそれを受諾し「お身体を大事になさってください」という一文を添えて返信した。これで僕は昼食の後、今日の午後が自由になったのだが、素直に喜べなかった。
 とりあえず頼んだ唐揚げ定食を完食し、会計を済ませて店を出る。空は雲が少しばかり浮かぶ青空で、冬晴れの青空から冷たい風が吹いてくる。冬晴れの空と予定の無い午後というのは、実に隙間が多く空虚な感じがした。普段なら予定を埋めて一日を効率よく消費しようと思っている人間が、行わなければならない予定を奪われてしまったら、何も無くなってしまう。
 僕はうつろな気分で駅に向かい、人々が出入りする私鉄の改札口を見た。本来ならこの改札を抜けて予定していた打ち合わせに向かうはずだったのだが、その予定が無くなった今の僕には特別な物では無かったのだが、空白の午後を埋めたいという衝動に駆られ、改札を抜けて駅のホームに向かった。
 一つしかない島式ホームに降り立ち、天井から吊るされた案内板を見る。都心方面に向かう電車と埼玉方面に向かう電車の到着時刻を見ると、埼玉方面に向かう快速電車の方が早く着くらしい。僕は普段とは反対方向に来る電車に興味を持って、埼玉方面に向かう快速電車を待った。
 やがてホームに埼玉方面へと向かう電車が流れ込んできて、空気圧で動くドアが開く。平日の昼過ぎに埼玉方面へ行く人は殆ど居ないのか、車内の乗客は少なかった。僕は車両の連結部に近い三人掛けの席に座り、電車が走り出すのを待った。
 電車が走り出すと、普段とは反対側に身体が揺れる。そのいつもと違う感覚が、奇妙な好奇心を僕に抱かせる。
 電車は幾つかの駅を飛ばし、時速百キロ近い速度で流れる景色を車窓から眺めた。
「空白の午後に出会う物は、どんな物だろう」
 淡い期待とも小さな不安とも言えな気持ちを抱きながら、僕は電車で知らない街に向かっていた。
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