二月の桜

文字数 510文字

「あ、桜が咲いてる。もうそんな時期なんだ」
「雅也、あれは桜じゃないわよ。梅。何度教えたら見分けがつくの」

智春は毎年、僕の言葉を笑って訂正する。
僕もそれが分かっていた。
二月に桜が咲くなんて、早すぎる。

それでも僕は、毎年間違えた。

「もう桜の季節だね」
「やだ、子どもじゃないんだから、いい加減覚えてよ。2月に咲くのは梅よ」

高校生になっても、あなたは長くて黒い髪を風になびかせて
僕に同じことを注意する。

いいんだ、間違えたって。
僕が桜を梅と言って、あなたがそれを違うという。
ずっとずっと繰り返し。

そう思ってたのにね。

二月の最後の日、あなたはいなくなった。
大きな棺に入れられて、骨になった。

お寺にあったのは、大きな梅の木。
少し遅く咲いた花を見て、僕は小さく言った。

「まだ、梅の季節だったのに」
「これは桜だよ。今年はずいぶん暖かかったから、
花が早く咲いてしまったみたいだね」

寺の住職の言葉を聞いて、
僕は目を見開いた。

桜の開花宣言はまだ出ていない。
ここの桜は、この寺だけの宝物なのか。

智春、二月に桜が咲いたよ。
信じられないかもしれないけど、僕は間違えていない。
梅じゃない。これは桜。

あなたの墓前に桜の花びらを置く。

僕はあなたのことを――
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