負けてたまるか!

文字数 980文字

ボク、安西博仁には秘密がある――。
といっても、そんな大きなものじゃない。
ひとりカラオケに行くことが趣味。
それだけ。
みんなに言うと若干引かれることもあるが、
ひとりカラオケの敷居は昔よりずいぶん低くなった。

それはともかく――これはボクと謎の相手との戦いの記録だ。

カラオケは機種を選ぶことができる。
まぁ、色んな機種はあるが、ボクが使っているのはひとつ。
そこに無料会員登録すると、全国採点ランキングが
記録されたりして、HPでチェックできたりするんだ。

もちろん、おひとり様のボクは、歌うときいつも全国採点する。
この採点機能はズルすればいくらでもズルできると聞くが……
ボクは当然正々堂々と勝負する!
歌う曲は主に童謡。なぜかって?
童謡が一番歌いやすい……いや、採点に有利だからだ。
当然、気分転換に普通に今風の曲もたまには歌う。
だが、ボクが童謡『ふるさと』を歌い続けているのは、
この曲で全国ランキング1位を独占していたから。
『していた』と過去形なのは、悔しいことにボクの記録をずっと塗り替えるやつが
いるからだ。
その登録名は『ヒロ』と表示されていた。
ボクは『ひろひと』という名前。登録名は『ピロ』。名前まで似ている。
ボクが1位を取ったあと、数日すると『ヒロ』が記録を更新している。
ちくしょう、マジかよ!

今日も大学の帰りにひとりカラオケ。
休みの日はフリータイムで11時開店から19時までいて
『ふるさと』を絶唱することさえあるっていうのに!
店員がボクのことを『ふるさとさん』と呼んでいることも知っている。
だけど『ヒロ』には勝てないんだ!

「なんでだよ……」

晩飯を食っていると、母さんが鼻歌をうたいながら皿洗い。
歌っているのは『ふるさと』。

「ねぇ、なんでその曲歌ってるの」

まぁ、なんとなくだろうけど。
そう答えると思ったのに、母の答えは――。

「最近カラオケで歌うのよ。十八番でね、ずっと全国ランキング1位なの」

……え?
ちょ、ちょっと待て! それってもしかして……。

「母さん、もしかして『ヒロ』って名前で登録してる?」
「あら、知ってたの?」

知ってたの? じゃねぇ!!
そう言えば母さんの名前も『博子』。
もしかして、いやもしかしてじゃない!
ずっとボクは母さんと戦っていたのか!

「絶対、次は絶対負けねぇからな!」

それだけ言い残すと、ボクは自分の部屋のドアをバンッ! と閉めて
とりあえずふて寝した。
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