18:00駅前で

文字数 2,618文字

18:00。
今日もいつも通り駅前のロータリーに
ケースを置くと、
さっそくギターを取り出す。
それと小さな看板もだ。
『CDあります』。
誰も買ってはくれないが。

準備ができたら、いつもと同じ曲を弾く。
もちろん新曲もいくつか用意はしているけど、
足を止めて演奏を聞いてくれる人なんていない。

それも当然か。
師走の忙しい時期に、路上ライブなんか
見学している暇はないだろう。
女子高生たちが遠くから何ごとかと
のぞいていたが、
ただのギターの弾き語り。
それに俺はイケメンでもなんでもない。
彼女たちは俺の前を笑いながら通り過ぎていった。

今日もカンパなんて1円も入らないだろうし、
CDも売れないだろう。
25にもなって、まだこんなことをしてるなんてな。
両親たちも『いい加減にちゃんとした職に就け』って言ってるし、
実際そろそろきちんと働かないと、
一生フリーターで終わってしまうかもしれない。
それに今の仕事だって……。
あんな仕事はもう辞めたいのに。

色々な考えが頭の中をよぎっていく。
それでも演奏と歌はやめない。

大声で歌っているのに、
誰も振り向かない。
俺の存在なんかまるでないようだ。

「……はぁ」

曲が終わると、パチパチと大きな拍手が聞こえた。
え――?

10歳くらいの男の子がいつのまにか俺の目の前にいる。
彼が俺の演奏に拍手を送ってくれていた。
親御さんは……。
周囲を見渡すが、少年ひとりきりのようだ。
こんな夜の駅前に、ひとり?

不審に思ったが、子どもからカンパなんてもらえないし、
CDを買うこともないだろう。
今日は撤収だ。
看板をたたみ、ギターをケースに入れると
俺はその場を立ち去ろうとした。
そのとき。

「待って! お兄さん、次いつ来るの?」
「えっ……まあ、何もなかったら明日かな」
「また来てもいい!?」
「あ、ああ」

そういうと、少年は嬉しそうに帰っていった。
変なやつだな……。

それが俺と京介との出会いだった。

京介は翌日も次の日も、
俺の歌を聴きに来ていた。
俺が演奏を始めるのは、決まって18:00。
それにあわせて駅前に出没する。

「洋一さん! 今日はあの歌聴きたいです!
『雪が降って~♪』ってやつ」
「あのなぁ……リクエストするならギターケースにカンパ入れろ」
「わかったよ、もうケチだなぁ!」

そう言って京介が入れたのは5円玉。
どっちがケチだよ。
……でも、俺の曲を聴いてくれるだけマシか。
今のところ、俺の唯一のファンみたいなもんだしな。

路上ライブが終わると、俺は前から気になっていたことを
京介に質問した。

「お前さ、まだ10歳なんだろ? こんな時間に出歩いて、大丈夫なのか?」
「そりゃ怒られるけど……家にいると勉強しろって言われるから
嫌なんだよね」

あったかいココアを渡してやると、プルタブを開けて
それに口をつける。

「だけどそれは親御さんも間違ってねぇだろ?
お前の将来のことを考えて、きっと……」
「僕が将来なりたいものは、父さんや母さんが望むようなものじゃないよ」
「じゃ、一体何になりたいんだ?」

俺が聞くと、京介はちょっと顔を赤らめてボソッと言った。

「洋一さんみたいに……かっこいいギタリストになりたい。
ギター持ってないし、音楽は全然ダメだけど」

……は?
俺みたいにって……。

「俺のどこがいいんだよ。客だっていつもお前ひとりだし、
カンパもほぼ0。音楽だけで食っていけないんだぞ?」
「でも、いいなって思う。自分の作った歌を、自由に演奏して……
どんなに街の人が足を止めなくても、洋一さんの歌、僕は好きだから」
「……そろそろ帰れ。そのうち心配されるぞ」
「もう心配されちゃってるよ! じゃ、また明日ね!」

京介はやっぱり変わっている。
こんな俺の歌が好きなんて。
俺自身が、俺の歌を愛していないのかもしれないのに……。

――翌日の昼。
俺はスーツに黒いバッグを持って、住宅街を歩いていた。
今の俺は、音楽だけじゃ生きていけない。
犯罪だってことは重々承知している。
でも、学生時代に少年院にいた俺を、まともな会社は受け入れてくれない。
履歴書の段階で落とされて……。
だから結局今の仕事をしている。

……今日はこの家だな。

手袋を取り出すと、まずインターフォンで住人の不在を確認する。
奥まったところにある家だから、
堂々と家の裏に周る。
ガラス窓にガムテープを貼り、軽くバールでたたき割ると
あとは鍵を開けるだけ。
そう、俺の昼の仕事は空き巣なんだ。

「本当にかっこ悪いな、俺」

俺に憧れている京介に、こんな本当の姿をバラすなんて
できない。
18:00、駅前。
複雑な思いを抱きながら、今日もギターを手にする。
京介も一番近くで体育座りをしている。

だけど今日の路上ライブはいつもと違った。

「弓狩洋一さんですね? 近くの住宅街の空き巣の件で、ちょっと……」

演奏を止めたのは、ふたりの警察官。
ああ、ここで終わりか。
京介、ごめん。
俺、最後まで『理想の俺』にはなれなかったよ……。

「そんな! 洋一さんが空き巣なんて、何かの間違いですっ!」

警察官に飛びつく京介。
それも簡単に振り払われてしまう。

俺は「一瞬だけ」と警察官に頼み、京介に近寄る。
彼の目を真っ直ぐ見ると、今まで言えなかったことを
伝えた。

「俺は偽物なんだ――。ただの幻想でしかない。
本当は情けないこそ泥だ」

「でも僕は、洋一さんの歌が好きでした!
洋一さんみたいなミュージシャンになりたいって、本気で……」

「俺は『ミュージシャンの俺』にはなれなかった。
だから――お前はお前のなりたい人になれ。約束だぞ」

「僕のなりたい人……」

「行くぞ」

俺は警察官たちに連行され、もう二度と駅前で路上ライブを
することはなくなった。

――7年後。

「ストーップ! 今はちょっと全体的に走りすぎ!」
「ったく、何回やり直させる気だよ、京介」
「そんなの、完璧にできるまでだって決まってるじゃん!」

僕はもう一度エレキギターを肩にかけると、
マイクにそっと近づいた。

「行くよ! 1、2!」

僕のなりたい人……。
洋一さんが捕まったあと色々考えたけど、
僕のなりたい人っていうのは、僕自身なんだと気づいた。
いつでもオリジナルでいたい。
『誰かになる』じゃなくて『自分でいる』ことが大事だって
思う。

子どもの頃のあの約束は、今でも鮮明に覚えている。

『お前はお前のなりたい人になれ』。

だから、洋一さんがなれなかったミュージシャンに
僕はなってみせるよ。
理想の自分に、ね。

曲が終わると、イスに座ってノートに文字を書き散らす。
今日も、僕しか書けない歌を書こう――。
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