家庭内戦争。

文字数 1,709文字

今夜は我が家で壮絶なバトルが繰り広げられる予定だ。
俺にできることは、その被害を最小限に抑えること。

「星竜、星竜~! 港の敗者、今日も泣く~!」

酒屋の仕事からキッチンにどかどかと入ってきた親父が、
大声で歌うと、料理をしていた母さんがさらにでかい声で応戦する。

「今夜は巨星が倒れる日~! 空しく闘魂滅びゆく~!」

あーあ……。
もう嫌だ。試合が始まる前からこの調子。

試合っていうのは、ふたりの歌で察しがついたかもしれないけど、
野球の試合だ。

母さんは熱狂的星竜ファン。
対する親父は、昔ながらの巨神ファン。

試合開始ちょっと前。
料理がテーブルに運ばれる。
食事開始とともに、ゲームもスタート。

「よっしゃ! 初球安打!!」
「ふん、次でアウトにしてやるわよ!」

ふたりは食べることよりも試合に熱中。
ひいきの選手が打ったら手を叩く親父。
アウトを取ると喜ぶ母さん。

食事と一緒に消費されていくビールは、
すでにふたり合わせて6本目。

俺は親父のビールに、こっそりと酎ハイのロング缶を混ぜる。
それでも親父は気にせず、がぶがぶと酒を消費していく。

「ここで一発ホームラン……おっ! 打ったぁ~!! っしゃあああっ!!」
「くそっ! なにやってんのよ! トシッ~~~!!」

かあさんはガンッ! と思い切りビール缶をテーブルに叩きつける。

が、心配しなくても大丈夫。
このあと試合は大逆転。
母さんのひいきする星竜が勝利することになっている。

……それがわかるのが、俺、『川上優勝』の能力だ。
ちなみに『優勝』はそのまま『ゆうしょう』と読む。

俺の生まれる予定だった日……その日が星竜と巨神の優勝決定戦だったからだ。
どちらも『絶対自分のひいき球団が優勝するから、記念に!』ということで
『優勝』。
ひどいネーミングだが、つけられてしまったのはしょうがない。
ともかく両親がこんなもんだから、
俺も小さい頃から大嫌いな少年野球をやっていたし、
今も中学2年なのに球拾いという重役をやらせていただいている。

俺は両親がこれだから野球が嫌いだ。
それに星竜と巨神が対戦するたびに大ゲンカ。
ひどいときには鍋や皿、カップが飛び交う。
さらに燃え上がった日は、親父が日本酒の空瓶を
バット代わりに持ち、母さんがビールの空き缶を投げるなんてこともある。

これがまぁ、俺に野球の才能があって、両親仲良く俺を応援してくれるようになってたら
別だったのかも……と思うこともあったが、
そうじゃなかったんだからしょうがない。

ただ、持っていたのは無駄な能力。
『時間を巻き戻せる』能力だ。
だから俺はこの能力を使い、『比較的平和に』夫婦ゲンカを終らせる。

「ここ~で一発!!」
「俺たちが王者っ!!」

さっきも言ったが、今日は母さんがひいきする星竜が勝つ。
それは俺が先に試合の結果を『見た』からだ。

……『時間を巻き戻せる能力』。
これだけだとすごい、と思うかもしれないが、この力には制限がある。
というか、制限しかない。
時間を戻せるのは1日1回。
しかも、それは星竜と巨神の試合の日のみ。
時間を戻してできることは、両チームの試合をテレビで観ることだけだ。

こんな能力何になる?
せめてテスト前に使って、試験問題を先に見ることが
できるとかさぁ……。
ま、野球関連でもいいさ。
相手が次にどんな球を投げるかわかるとか……。

だけど、すごい能力があっても家族仲が悪かったら
それも不幸だよな。
そう考えると、この力は神がくれた『平和を作り出す能力』なのかも。
……そのぐらい考えないとマジでやってられない。

親父の酒に酎ハイの缶を混ぜたのは、酔いが早く回るようにだ。
ビールと酎ハイを飲み終えた頃に、そっと日本酒とお猪口をテーブルに置く。
親父は自然と日本酒に移行。ちゃんぽんで酔っ払い完成。

「やったぁっ!! 打ったぁ~!! 走れ、走れ!!」
「くっそ、マジかよぉ~……」

食事が終わったふたりは、悲喜こもごも。
普段だったら負けたチームを応援していた方が突っかかって
大ゲンカになるはずだけど、
今日負けた親父はすでにぐてぐて。

「ちっくしょ~……」

がくりと肩を落とすと、ふらふらしながら寝室へ行ってしまった。
母さんは上機嫌で食事のあと片付けをしている。

うん、今夜も平和だ――。
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