夢を破った教師

文字数 1,949文字

「今日はみんなの将来の夢について、作文を書いてもらう」

小学5年の4月だった。担任の宮下先生は、まだ教師になって1、2年の、若い男性の先生だ。先生はオレたちに400字詰めの作文用紙を配る。

将来の夢、かぁ……。

オレには大きな夢があった。それは、サッカー選手になって、世界の強豪と戦うことだ。そのために、今からサッカー少年団に入っている。ちょっとした自慢だけど、少年団の中では結構うまいほうで、レギュラーなんだ。

オレは将来に夢は馳せながら、マスを埋めていく。このたった400のマスには、オレの夢が一文字一文字書かれているんだから。

数十分経った。ここでタイムアップ。まだまだ書きたいことはあったが、仕方ない。
先生はオレの夢を見たら、花丸で作文用紙を返してくれるだろうか?それとも赤ペンで『頑張れよ!』とコメントを入れてくれるだろうか?

最前列のやつらが、みんなの作文用紙を集めて先生の元へ持っていく。先生は枚数を確認すると、変なことを言った。

「お前らは、今ここに書いたことをしっかり覚えてるよな? なんといっても自分の大切な夢なんだから」

……?

そりゃ当たり前だ。今書いたばっかりなんだし、覚えているに決まっている。それに大事な将来の夢。忘れるわけがない。

みんな一瞬ざわついたが、先生がドンッ! と作文用紙を重ねると、静かになった。

「いいか、みんなよく見てろよ」

先生は集めた作文用紙を、何を思ったのかビリビリに破り始めた。

「先生!?」
「え……?」
「な、なんで!?」

みんなショックを受けているようで、宮下先生を見つめる。中にはあまりにもショックだったのか、泣いている女の子もいる。

宮下先生は作文用紙をビリビリに破いた後、ゴミ箱に入れる。パンパンと手についた紙のカスを払うと、オレたちをにらんだ。

「ショックだったか? 自分たちの書いた『夢』をビリビリにされて、悔しいか?」

オレは無言で宮下先生をにらみ続ける。それを見た先生は、にやりと笑った。

「いいか。お前らが今持っている夢は、こんな風に大人の手で簡単に粉々にされてしまう。

泣いているやつやにらんでるやつは特によく聞け。こうやって、何度も粉々にされても、心を打ち砕かれても、それでもずっと同じ夢を持っていることができるか?」

「………」

「夢なんてな、近づけば近づくほど、その汚さや辛さがわかっていくもんなんだ。
それでも夢を叶えたいと思えるか?」
「………」
「長田、なんだ」

俺は気づいたらイスから立ち上がっていた。宮下先生のことが……憎かったから。

「オレは先生なんかに負けない。他の大人なんかにも」
「と、いうことは、夢を叶えるって誓うんだな」
「……当たり前だ!」

宮下先生は小さく笑うと、オレに言った。

「お前にはこれから何度も大きな試練があるだろう。大人から裏切られるのも当然だが、仲間からの嫉妬や足の引っ張り合い。『夢』なんてきれいなもんじゃない。もっとドロドロして、今のお前には想像もつかないことが起きるかもしれない。それでも夢を叶えるって誓えるんだな?」

「……少なくても、あんたみたいな大人には負けない!」
「ふん、面白い。やれるならやってみろ」

そのあとチャイムが鳴ると、HRが始まる。終わると下校時間だ。宮下先生とはもう二度と会うことはなかった。

そのあと知ったことだが、あの作文を破った日、PTA会長から教育委員会に通報が入ったらしい。そして宮下先生は、あっさりとオレたちの前から消えてしまったんだ。

***

それから7年が経った。1月――

18になった俺にとって、今日は特別な日。高校生サッカー選手権決勝。キャプテンとして、俺はフィールドに立つ。

宮下先生の言葉は今も忘れていない。先生の言った通り、ここまで来るのに色々なことがあった。

 親はサッカーよりも勉強を優先しろと言ってきた。中学の時のサッカー部では、ずっとベンチ。最後の最後でやっと試合に出してもらえた。そしてサッカーで名門の高校に何とか入って、下積み。先輩からのいじめもあったし、キャプテンになってからは後輩や同輩からの
嫌がらせも受けた。

 それでも俺は、夢を諦めない。夢は叶えるんだって強く決意していた。だって、負けたくなかったからな。宮下先生に。

試合開始のホイッスルが鳴る。

宮下先生。俺はあんたのこと、絶対に忘れないよ。だって、あんたがあの時『夢』を破ってくれたから……。今、俺はここにいる。

ふと、客席のほうを見ると、シャープな顔つきの30代くらいの男がこちらを見ていた。
あれは……。

「まだサッカー選手にはなってませんけど、俺は絶対に夢を叶えますよ。あんたがそう仕向けてくれたおかげで、引っ込みがつかなくなったからな」

俺は心の中で、そうつぶやく。去って行く宮下先生から目を背け、俺は夢に向かって走り出した――
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