お疲れさまなぱぱへ

文字数 879文字

2月15日、午前1時――
結局終電になってしまった。
玄関には一応電気がついている。妻は待っててくれているみたいだ。

「ただいま」

鍵を開けて部屋に入ると、パジャマを着た妻が顔を出した。

「おかえりなさい」
「未来は?」
「もう寝てるに決まってるでしょ。私も寝るから。ご飯は食べたのよね?」
「ああ」

靴を脱いで、キッチンへ。
会社カバンの中には、女子社員全員からもらった1000円くらいの義理チョコ。
娘――未来に食べさせてあげたかったな。
あの子は甘いものが好きだから。

そんなことを思いながら、ミネラルウォーターを飲もうと冷蔵庫の前に行くと、
マグネットにメモが挟まっていた。

「ぱぱへ ばれんたいんでーおめでとう ここ開けて」

その紙を見た俺は、つい笑顔になる。
あの子もチョコを用意していてくれたのか。

「疲れてるときは甘いものっていうしな。少しくらいいいだろ」

酒やラーメンで太った腹をさするが、今夜は気にしない。
わくわくしながら冷蔵庫を開けると――

「……ん?」
「ああ、あなた。冷蔵庫、見た? 未来のチョコがあるわよ」
「ちょ、チョコ?」
「うん。あなた、梅干し好きでしょ。それにチョコをコーティングしたやつ」
「は!? お前、食べ物で遊ばせるなよ!」
「なぁ~に言ってるのかしら? あなたの好物にバレンタインのチョコを
つけただけでしょぉ~? 未来が毎晩毎晩毎晩! 午前様になる『あなたのため』を
思って『心を込めて』手作りしたものなのよ~? 食べないわけ『ないわよね』?」

妻はにこにこ笑っている。不自然なほど。
ああ、これはなんというか……妻の復讐なんだ。
娘の善意まで利用しやがったなっ……!

でも、今年入ってずっと飲み会ばかり。
夕飯も家族で食べたほうが少ないくらいだ。
これは俺に与えられた、『バレンタインの罰』だ。

「あなた、明日までに食べてね。朝、未来にちゃあんと感想、言ってあげるのよ?
じゃ、おやすみなさい」

――パタン。

……。
…………。
………………。

「はぁ、明日……いや、今夜は早く帰るようにしよう」

俺は甘じょっぱくてふにゃふにゃした梅干しチョコを
口に放り込むと、娘の真心と妻の怒りに涙した。
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