忘年会必勝サラリーマン

文字数 2,241文字

師走。
うちの部署ではこの時期、営業マンたちがせわしなく
あちらこちらの営業先を回る。
無論、12月下旬に直帰は不可。
そんなことしたら裏切り者扱いだ。
今日も4社で打ち合わせ。それと年末の挨拶。
会社に戻れば年内中に出さなくちゃいけない報告書の作成だ。

今日も外から帰ってきて報告書を作ろうとしていたら、
部長が手を2回叩いた。

「来週の金曜、忘年会な~! 幹事は今井川!
今回もよろしく! ちなみに時間があえば専務も来るらしいから」

「また俺ぇ~!?」

その声に、部署のみんなが笑った。

くそっ、なんでだよ。ただでさえやることが多いっつーのに。
それに年次だけだったら川島の方が下なんだ。
川島は事務方の男。
忙しいはずだが、こいつは今日ものんびり残業だ。
特に仕事はないはずなのに。
それもこれも俺の『能力』のせいだ。
こんな力がなければ、俺が選ばれることなんてなかったのに……。

「はぁ……」

だからといって部長命令には逆らえない。
しかも専務が来るかもしれないんだったら、なおさら部長は
俺を指名するだろう。
……仕方ない。
とりあえず俺は、今日中にやらなくてはならない作業を済ませ、
明日の準備をする。
もうオフィスに残ってるの、俺だけじゃん。
時刻は23:00。ま、早い方か。
電気を消すと、疲れた身体を引きずって、なんとか家に帰った。

そして忘年会当日――。
朝礼が終わると、俺は忘年会に出席メンバーを見回す。

『忘年会、だりぃ……酒、飲めねぇのに』

川島のやつ、んなこと考えてたのかよ。
少しは俺の苦労を知ってくれ。

『お酒より料理がおいしい方がいいのよねぇ~。
野菜やお豆腐メインのお店が最近できたとか聞いたっけ。
お酒は太るからなぁ~』

あれは事務の黒村さん。
女性らしい……というか、まぁ黒村さんはダイエットを気にしてるのか。
体格いいからな。

『二次会はカラオケだよな! 
できれば機械は演歌が多く入っているほうの……』

部長はすでに二次会のことを考えている。
部長の歌はうまいけど、演歌はみんな知らないから
接待カラオケになるんだよなぁ。
ここは若いやつが歌える曲も多い機械のある店にしよう。

『今日も忘年会か。さすがに連日はきつい……』

先輩の吉川さんはお疲れモードか。
あとで栄養ドリンクを差し入れしとくか。

一通りみんなの意見を取り入れ、店を検索。
大体ひとり3000円程度の予算か。
部長には少し多めに払ってもらうとして。

「みなさーん! 今日の忘年会ひとり3000円でお願いしまーす」

「あ、今井川くん」
「2000円、お釣りですよね」
「よくわかったわね、5000円出すって」
「なんとなく、ですよ」

「俺は……」
「ぴったりだとありがたいっす! 先輩」
「おお、そっか!」

「ごめんなさい、私……」
「平気ですよ、7000円のお釣り。どうぞ」

……これで全員分だな。
会費を受け取ると、一斉メールで本日の忘年会会場のマップを
送る。

場所は会社から徒歩5分。
新しくできた和食メインのお店。
ちなみにそこの店は、無農薬野菜を多く使った料理が多く
揚げ物など普通だったらカロリーが高いものも
工夫して低カロリーで作られている。
飲み物は和食が多いことから、日本酒が多い。
だが、ソフトドリンクも豊富だから、
飲めない人間でも大丈夫だと思う。

二次会予定はその隣のビルのカラオケボックス。
忘年会は19:00スタート予定の2時間制。
終了は21:00。
そこから2次会のカラオケは2時間飲み放題。
23:00撤退予定。
3次会は勝手にしてください。

「あいかわらず、お前が幹事をするとスムーズに行くな」
「どうもありがとうございます」

俺の働きに部長はご満悦といったところか。

そう、俺の『能力』は『人の心が読める』こと。
しかし制限がある。
どんなときでも人の心が読めるわけじゃない。
この能力は飲み会や宴会時限定でしか使えない。
まったく、意味のない能力だ。

そして仕事が終わり、忘年会場へ向かう。
料理はすでに決まっているから問題はない。
みんなが頼みたい飲み物は……。

「ビール中ジョッキが7つ、ウーロン茶が3つ、グレープフルーツサワーが2つ……。
あと、梅酒が1つ……えーと、ロックで」
「おおお~!」

俺がみんなの顔を見て注文すると、驚いたような声を上げる。
飲み物は各々が欲しかったものがきちんと配られたようだ。

「では、今年一年、お疲れ様……」
「おお、間に合ったか!」

げ、専務!? マジで来たのか。
部長や他の社員たちが上座にスペースを作る。
そこに座った専務は、俺を見て試すように言った。

「君、今井川くんだっけ? 人の飲みたいものを当てるって宴会芸が
できるらしいじゃない。
私が飲みたいものもわかるかな?」

え、宴会芸っすか。
一応、超能力かなぁ~? って自分では思ってたんすけど。
ま、いいや。
専務が飲みたいものか。
これは当てないとヤバい。
俺のことは、きっと部長から聞いたんだろう。
あの期待に満ちた眼差しを見ればすぐにわかる。

専務の飲みたいもの、ねぇ……。

「………」
「ふふん、わからないのか?」
「いえ、そうではないんですが、本当に頼んでいいんですか?」
「もちろんだ」
「では……」

俺は一呼吸置くと、店員さんを再度呼びつけて
大声で叫んだ。

「ドンペリ1本! あと、この場にいる全員の分のグラスを!」
「はっはっは! すごいな! 今井川君」

このあと俺は専務にめちゃくちゃ褒められた。

忘年会が終わった後も、新年会や色々な飲み会に呼ばれ……。
すっかり上層部とのコネができた俺は、
ひょいひょいと昇格。
いつの間にか社内歴代最年少主任になっていた。
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