世界おにごっこ

文字数 1,315文字

年末年始はラッキーなことに、NYのタイムズスクエアでふたり一緒に過ごせた。
ここ数年はすれ違いだったけど、今年は一緒だ。
だけど、この私たちの意地と根性の鬼ごっこはまだまだ続く。
妻は一緒に年末年始を過ごしたあと、また私に告げた。

「私からは絶対謝らないわよ」

スタートの合図だ。
もうお互い許し合っているというのに、くだらない。
しかし、私自身は悪くない。悪くないのに謝れるか。
……ああ、これだからいけないんだな。

でかい会社の理事をやっていた私が退職する頃には、
金に苦労しない生活が待っていた。
まったくありがたいことである。
私は今まで仕事でできなかったことをやりたいと思った。
それが海外旅行だ。
世界の様々な場所を見てみたい。
妻を連れて、色んな場所に行った。
イギリス、フランス、ドイツ。
インド、ベトナム、中国……。
もちろん仕事の時に行ったアメリカや、
バカンスで過ごしたバリやハワイなどにも行った。

そのとき、問題が起きた。
妻がいないのだ。
英語はできるから何とかなるとは思ったが、
妻がホテルに帰ってこない。
心配した私は彼女を探し回った。
海沿いのカフェでひとりお茶をした彼女を見たときは……
心配を通り越して怒声を上げた。
それがきっかけだ。
私たちの『世界鬼ごっこ』が始まったのは。

『世界鬼ごっこ』のルールは簡単。
まず、妻がどこかの地へ向かう。
スマホで到着を私に知らせると、位置情報サービスを
酷使して、彼女のいる国へと向かうのだ。
そこからは電車やバスを使うが……以前彼女がいた場所は、
カナダの滝の近くだった。
ともかく逃げるほうも捕まえるほうも命がけだ。

「着いたわよ。探しに来て。……ずっと待ってるから」

いつもとは違う口ぶりに、私は少々心配になった。
『ずっと待ってる』なんて、彼女は言わない。
『私を見つけられるかしら』とか『今回も楽しみにしてるわ』とは
いうが。

私はすぐにスマホを見る。
先ほどかかってきた電話の国番号は……嘘だろう?
まさか。
位置情報サービスも、そこを表している。
私は急いで荷物をまとめてホテルをチェックアウトすると、
すぐにそこへと向かった。

大きな壁に白い門。それを開けると、花たちが私を出迎えてくれる。
管理人に世話を任せていたのだ。
鍵を開けると、レコードの音が聞こえた。
アンティークのソファの上には、彼女が。
ゆったりと紅茶を飲んでいる。

「あら、今回は早かったじゃないの」
「早くもなるさ。『ずっと待ってる』なんて、お前らしくない」
「ふふっ、やっぱり待っていたくなったのよ。長年留守にしていた、自分の家でね」
「絶対謝らないんじゃなかったのか」
「私は謝らないわ」

相変らず素直じゃないな。
言葉では謝らないが、ここの家に帰ってきたということは、
やっぱり旅先より自宅が一番ということだろう。
……それに、最初に悪かったのは私なんだ。
これは妻に謝る最後のチャンスかもしれない。

「悪かったな。お前のことを放っておいて」
「今更よ。……それより、お茶を飲むでしょ? インドで手に入れたのよ」

妻のうしろ姿をみた私は、ソファに深く沈み込むと、
カチャカチャと聞こえるカップの音を聞きながら、温かい紅茶を待っていた。
――この勝負は、最初から頑固でかわいらしい妻の勝ち、だ。
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