バッドエンド・ヒーロー

文字数 2,477文字

今夜は新月か。
空は雲ひとつないのに、真っ暗だ。
星がいくつか輝いてはいるが、俺には見えないも同然。
美しいものを眺めて感傷に浸るほどの心の余裕が、今はないのだ。

「……はぁ」

駅前の橋の上で、大きなため息をつく。
俺には両親がいない。去年事故で亡くなった。
そのため大学には奨学金で入学した。
しかし、生活費を稼がなくては普通のひとり暮らしもできない。
だから節操なくどんな仕事でもした。
結果、身体を壊して一時期寝込むことになってしまった。
そして先日のテスト……最悪なことに、その休んでいたときの講義内容が
出題されたのだ。
出席日数はアウト、しかもテストは不可。そのせいで今日、留年が決まった。
不幸は続くものって、誰が言ったのか知らない。
だが、本当に不幸は続く。
泣きっ面に蜂? ふざけるな。
もうひとつの不幸は、一番大きな収入源であったバイトがクビになったことだ。
クビ、というたとえが正しいのかはわからない。
俺の働いていたコンビニは、立地条件が悪かった。
周りには他社が3店舗。
どこかがつぶれるだろうとは予測していたが、まさか自分の勤めている場所がつぶれることになるとは……。

最悪だ……この世の終わりだ!

俺の明けない夜は、いつ明けるのだろう。
暗中模索をするのは、もう疲れた。
この橋から映画みたいに「I can fly!」と言って川に飛び込んでしまおうか?
……いや、俺はヒーローじゃない。凡人の俺にはできないよ。
川を背にしてタバコを吸おうとポケットをまさぐっているところだった。
ドンッ! と思い切り体当たりされ、タバコの箱とライターを落とす。

「いっつ……」

ぶつかった男は、黒いバッグの中身をぶちまける。
中身は……現金!? しかも札束がいくつもだ。

急いで金を拾い集める男。
俺はそれをぽかんとして眺める。
何者だ、こいつ。
黒いジャンパーにジーパン、スニーカー。
どれも量販店で買ったものだろう。
この男が、こんな大金を持っていること自体不自然だ。
黙って見ていると、男は俺の視線に気づいた。

「……何見てるんだ」
「い、いえ」

まずい。これは関わっちゃいけないタイプだ。
この男の持っている金は、いわゆる黒い金。そうに違いない。

「……お前、この金が欲しいのか?」
「え?」

男の突然の質問に、俺は目を丸くする。
そりゃ金は欲しい。欲しいけど……。

「いいか、このバッグを持って、奥の岩屋までいけ。
待ち合わせは21:00。誰にも見つかるんじゃねーぞ?」
「うわっ!?」

男は無理やり俺に札束が入ったバッグを押しつけると、
走ってその場を離れる。

――俺はどうすればいいんだ!?

立ちすくんでいると、大勢のスーツを着た男たちが
走ってくる。

「おい! あいつだ! あのカバンの中に金が入ってる!」

おいおい、これはヤバいぞ!

俺はバッグを持って全速力で走る。
あの男、俺を巻き込みやがったな!
本当に今日は最悪な日だっ!!

21:00に岩屋……それまでにこのスーツ軍団を撒かないと!

全力で地下道を下り、一本道の大きな橋を駆け島へと向かう。
島まで行けば、こちらのものだ。
細い路地や裏道に逃げ込めば、なんとかなる!!

大きな鳥居をくぐると、さっそく裏の坂道を駆け上る。
くそ、息が……。

「諦めろ、そこまでだ!」

うしろから走ってきたバイクが、俺の前を塞ぐ。
……くそ。
俺はスーツの男どもに捕えられ、洞窟へと連行された。

洞窟の中は明かりがない。
ロウソクの光が揺らめいているのがわかる。
多分見張りだろう。
だが、しばらく経つと、その見張りもいなくなった。
この暗闇の中、洞窟を歩き回ると出られなくなるとわかっているからだろう。
俺の命がなくなっても、バッグの中の現金が手に入ればいいってことか。
――終わった。
さっき橋の上で『最悪だ』と思ったのは訂正。
今こそが人生最悪、この世の終わりだ……。

そのときだった。
ズボンのポケットが振動する。スマホだ。
うしろ手に縛られてはいるが、取り出すことはできそうだ。
俺は手を使って、うまく横へ移動させる。
指先で音声入力をオンにすると、『警察を呼んで』と指示を出す。
これで誰か助けに来てくれないだろうか。
冬の夜、洞窟内は冷える。
身体は寒いはずなのに、頭はボーッとする。
まさかこんなところで風邪をひいたのか?
神様はなんて意地悪なんだ!

「おいっ! いたぞ!!」

朦朧としていく意識の中、声が聞こえた気がした。


数日後。
俺は入院していた病院を退院した。
ただの風邪だったのだが、監禁されていたということで
色々検査も受けていたのだ。
洞窟に閉じ込められていた俺は、警察に保護された。
スーツの男たちも無事逮捕。
だが、まだわからないことはある。
あの金だ。
盗んだ黒ジャンパーの男は何者だったんだ?

「すみません」

病室をノックする音が聞こえる。
反応すると、着物姿の白ひげを生やしたおじいさんが
部屋に入ってきた。
……誰だ?

「うちの家族が、迷惑をおかけしたそうで」

家族?
何のことだ?

上半身を起こして、じいさんの顔を見る。
にっこり笑うと、じいさんは名乗った。

「私は狭山孝之助と言います。うちのバカ息子が組の金に手を出してね。
ほら、あなたにカバンを押しつけた、黒ずくめのバカですよ」

ちょっと待て。組……?
組って、まさか!!

俺の表情がこわばったせいか、狭山というじいさんは緊張させないように
笑顔を崩さず続けた。

「うちの組のいざこざに堅気のあなたを巻き込んでしまった。申し訳ない。
お詫びにバカ息子の盗もうとした金の半分をあなたにお渡しします。
いや、それだけお伝えに来たんだ。では」

じいさんは風呂敷をサイドテーブルに置くと、さっさと病室をあとにした。

金……いくら入ってるんだ?

恐る恐る風呂敷を開けてみる。
1、2、3、4、5……500万!?

ど、どうすりゃいいんだ!? こんな金。
確かに俺は金に困っていた。
この金があれば、生活は楽になる。
でも……。

「楽して金を稼ぐなんて、人生ズルしちゃいけないよな」

病院を退院すると、俺は近くの養護施設へ段ボールをひとつ送った。

最悪だ……この世の終わりだ。それは今も変わらない。
だけど、今の気分は最高だ。
――俺の一日がまた、始まるんだ。
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